赤い翼の輪舞曲 第11話――天翔ける黒き翼(後編)――
「そんな……全くの無傷なんて……」
「こんなの……どうすればいいの?」
膝を付くメロディとリズムに、どこからともなく声が投げかけられる。
《お前たちは、何のために戦う?》
それが、目の前のフュージョンが発したものだとわかるまでに、メロディたちはしばらくの時間を必要とした。
フュージョンの頭は、彼女たちの遥か上空にある。そこで、発声器官での会話は諦めて、振動によって意思を伝達しているのだろう。
もとより、人型を取らない時は常にそうしているのだが、それがあまりにも巨大な体で行われるので、まるで街全体から声が発せられているかのようだった。
メロディが声を張り上げて答える。
「言ったはずだよ! わたしたちは、全ての人の幸せを守るために戦ってるの!」
《ならば、もう戦う理由はないはずだ。守るべき人間など、最早どこにもいない》
フュージョンの言葉を受けて、ゾクリと、メロディたちの身体の芯に、冷たいものが走り抜ける。
守るべき人がいなくなれば、戦う理由がなくなる。それは、つまり――
「――そのために……。そんなことのために! あなたはメイジャーランドや、加音町の人々を襲ったというの!?」
《襲ったのではない。融合し、一つとなったのだ。故に私は、お前たちが守るべき存在でもある》
メロディの目の前が、真っ暗になる。もう――間違いなかった。
フュージョンは、プリキュアを無力化するために、メイジャーランドや加音町の人々を狙ったんだ。
みんなを守るために戦っていた、自分たちの存在が、願いが、結果として、真っ先にみんなを不幸にしてしまった。
「ふざけないで! 奏太を返して! お父さんや、お母さんを返してよ!!」
「わたしの……パパを! 街の人たちを返して!」
「パパや、ママや、おじいちゃんたちを返して!」
「ハミィや、トリオ・ザ・マイナーたちも返してもらうわ!」
激昂する四人の感情に一切の配慮もせず、フュージョンは静かに語り続ける。
《それはできない。だが、お前たちを吸収することで、その苦悩から解放することはできる》
「そう言うと思ったよ! だったら、力づくでも取り戻すから!」
「あなたを倒して、みんなを元通りにしてもらうわ!」
「パパも、ママも、加音町のみんなも!」
「音吉さんや、メイジャーランドのみんなも!」
《なるほど。それが、まだお前たちが戦える理由か。だが、お前たちは勘違いをしている。私の名はフュージョン。生命体を分解し、融合して再構成する者。私を倒したところで、お前たちの望む者が帰ることはない》
吸収した者たちを取り戻すのは、肉体すら失った死人を蘇らせるに等しい。フュージョンの語るそれは――
まさしく、絶望的な宣告だった。
「そんなっ! 嘘よっ!」
「そんなこと、絶対に信じない!」
《信じようが信じまいが、事実だ。偽り、欺くのは、不完全な生命体の証。私は常に真実しか口にしない》
この怪物は――嘘を言っていない。幾多の修羅場を潜り抜け、強敵との戦いで勘を磨いてきた彼女たちには、それがわかってしまった。
《守るべき者は、もうどこにも居ない。お前たちの戦う理由はなくなった。さあ、どうする? 復讐を果たして、四人だけの世界を作りたいのなら、挑んでくるがいい》
「ごめんなさい……みんな。ごめん……ごめんねぇ……」
「嫌よ……。こんなの、嫌よ……」
もう、フュージョンの言葉も耳に届かなかった。メロディのリズムの啜り泣きが、静かな広場に響き渡る。
ミューズとビートは、あまりの喪失感に、声を発することもできなかった。
もう――帰らない。
メイジャーランドの人々も、そこで奏でられる音楽も。
二度と――戻らない。
加音町の人々も、家族や友だちと過ごすあたたかい毎日も。
ポロポロと、とめどなく涙が溢れてくる。彼女たちを支えていた希望が、涙と一緒に流れ落ちて、失われていくようだった。
四人の身体から、急速に力が抜けていく。まるで変身前に戻ったかのように、高揚感が失われていく。
メロディ、リズム、ビート、ミューズは、腰が砕けるようにその場に座り込んだ。
『赤い翼の輪舞曲――天翔ける黒き翼(後編)――』
《諦めたようだな。ならば、まずは邪魔な変身を解かせてもらおう》
変身しているプリキュアは、容易には吸収することができない。それをパッションとの戦いで経験しているフュージョンは、彼女たちを戦闘不能にすることで、変身の解除を試みる。
遥か上空から、巨大な隕石のごとく落下してくるフュージョンの拳が、身動きの取れないプリキュアを襲う。
それは、もはや攻撃の次元を超えて、天災の域に達していた。
「逃げなきゃ!」「立ち上がらなきゃ!」そんな考えが頭をよぎる。だが、戦う気力を失った身体は、頑なに動くことを拒絶する。
今や視界いっぱいにまで迫ったフュージョンの拳を、メロディたちは絶望的な表情で見つめた。
『――――――――!!!!』
成す術もなく、四人は目を閉じる。
膨大な質量を持った拳が、衝突し――天地が反転するほどの衝撃が荒れ狂う。
それだけの威力を伴った攻撃だった。地面が、いや、大地が――文字通り木っ端微塵に吹き飛んでいく。
コンクリートを砕き、その土壌ごと抉る爆音が、彼女たちの鼓膜を突き破らんと襲いかかる。
(えっ? 音が……まだ聴こえる、ってことは……)
メロディが、恐る恐る目を開ける。続いてリズムが、ビートが、ミューズが、ゆっくりと顔を上げる。
驚いたことに、全員無事だった。ハッとして前方を見ると、その攻撃を阻む、半透明の障壁がそこにあった。
目の前には、見たこともない、真っ黒な服を着た少女が立っている。重ねた両手を突き出した格好からして、この子が助けてくれたのだろう。
周囲には、無残なまでに抉れ、大きく削り取られた地面が広がっていた。
さっきの衝撃で押し出されたのだろう。彼女たちが居るのは、広場の入り口だった。
実に、数十メートルも移動したことになる。
だが、彼女たちは無傷だった。信じられないことに、そのバリアーは、フュージョンの攻撃の全てを受け止めたのだ。
「イース? もしかして、あなたはイースなの?」
「どうしちゃったの? イース、その格好って……」
「強化服の機能を暴走させてるの。リミットまで、後一分しかないわ。早く逃げて!」
イースは振り向きもせず、問いかけるメロディとリズムに、低い声でただそれだけを告げた。
まるで、自分の表情を、胸に秘めた決意を、彼女たちに見せまいとするかのように。
「そんな、イースを置いて逃げるなんてできないよ」
「それに、今さら私たちだけ逃げたって仕方ないもの……」
「――邪魔だから、消えろと言っている!」
イースが、吐き捨てるようにそう言った。怒りすら感じられる暴言に、メロディも、リズムも、ビートやミューズも愕然とする。
《やはり出て来たな、戦いを長引かせた甲斐があったようだ》
無機質なフュージョンの口調に、初めて歓喜のような響きが宿る。
しかし、そんなフュージョンの言葉を無視して、イースはメロディたちに退却を呼びかける。
「もう一度忠告する。戦う意思がない者は、戦場から去れ!」
「でも、イースはどうするの?」
「決まっている。コイツを――滅ぼす!!」
メロディの質問に、イースは信じられない回答を口にした。そもそも、どうやっても勝てないから、この世界に逃げて来たのではなかったのか?
イースの苦しげな表情と声からも、相当な無理をしてるのがありありと分かる。
リズムが制止の言葉を掛けようとした。が、その瞬間、イースの姿が消失する。強化された、プリキュアの動体視力ですら追えない動きだった。
「ハアァァ――!!」
遥か上空から、イースの叫びがこだまする。その直後、フュージョンの頭頂部に矢のような跳び蹴りが突き刺さる。
フュージョンの巨体が、ついにバランスを崩して転倒する。巨大化したフュージョンがダメージを受けるのを、メロディたちは初めて目にした。
その信じられない威力も然ることながら、一体、どうやって一瞬でそこまで移動したのか?
それは飛翔すらも超えた、瞬間移動と呼べるほどの速さだった。
(残り、40秒……)
大きすぎて小回りの利かないフュージョンは、全身から無数の触手を伸ばして襲いかかる。
機銃掃射のように、超高速で、広範囲に、滅茶苦茶に撃ち出される攻撃。そのことごとくを、イースは易々と避けきった。
(残り、30秒……)
フュージョンの目が赤く凶暴な光を帯びる。その下に大きな口が開いて、大量の空気を吸い込んでいく。
それと共に、強大な力が、邪悪で、毒々しく、おぞましい力が、フュージョンの口の中に収束していく。
全てを焼き尽くす、破滅の光。
恐るべき威力を秘めた、フュージョンのエネルギー弾が発射される。
「しまった!」
イースだけなら、避けることもできただろう。しかし、その効果範囲の中に、メロディたちも含まれていた。
止むなく彼女たちの正面に立ち、再びバリアーを展開する。
「イース!」
「もういい! 無理しないで!!」
イースは小さく呻き声を上げながら、その攻撃に耐え続けた。
本来、彼女があまり得意としないバリアーの強化は、イースの身体に大きな負担をかけ、残り時間を急速に消費していく。
(残り、10秒……)
5、4、3、――
残り2秒を切ったところで、ようやくエネルギー弾の光が収まる。
力をほとんど使い果たしたイースは、フラフラと、フュージョンに向かって歩き出した。
「イース! 待って! 今、助けに行くから!」
「来るな! 来たら――殺す!!」
フュージョンの身体から、数本の触手が、ゆっくりと伸びてくる。
まるで大切な者を抱き上げるかのように、イースを捕らえて上空に持ち上げる。
そして――
胸部に大きな穴を開けて、飲み込んだ。
「イース! そんな……どうして!」
「嘘……嘘よっ!!」
「私――また、誰も助けられなかった……」
「もう、やだよ……。こんなのって……あんまりだよ!」
イースを飲み込んだ穴が、完全に塞がれる。フュージョンが再び動き出し、拳を大きく振りかざす。
《お前たちのその脆さこそが、個である人間の限界だ。私の一部となり、遥かなる高みを目指すがいい》
その時だった。
パタ、パタ、
他に動くものの無いはずの世界に、小さな羽音が響き渡る。
パタ、パタ、パタ、
どこからともなく、黄緑色の小さな小鳥が飛んで来る。
パタ、パタ、パタ、パタ、パタ
ずんぐりとした、フクロウの雛のような体躯。
よく見れば、鋭い爪の付いた足と、細く尖った特徴的な翼を持っている。
その生き物は、プリキュアとフュージョンとの間に降りて来ると、そのまま空中に静止した。
「ピーちゃん!」
「良かった、無事だったのね」
「ねえ、なんだか様子が変よ。怒ってるみたい」
「どうしたの? ここは危ないよ。あなただけでも逃げて」
《貴様――また邪魔立てする気か!》
“ギィヤァァ――!!”
小鳥が再び、おぞましい声で鳴く。その声は、魔力を伴ってフュージョンに突き刺さる。
《これが、どうしたのいうのだ? ……なにっ!》
フュージョンの声に、焦りの色が滲む。まるで体のあちこちに空気穴が開けられたみたいに、巨体の至るところから、赤いオーラが噴出したのだ。
オーラは束となって、小鳥の体内に吸い込まれていく。
小鳥の両目は赤く、紅く光り、その身体は、黄緑色から、茶色へ。そして、ドス黒く変色していく。
「フュージョンから流れ出た不幸のエネルギーが、ピーちゃんに注がれていく……」
止めることもできないまま、メロディが呆然とつぶやく。
“ピィ――――!! ピィ! ピィ! ピィ! ピィ――――!!”
真っ黒に変色した小鳥から、突如、巨大な羽が伸びる。その大きさは――小鳥本体の数百倍、いや、間違いなく数千倍はあった。
次に、地面を震わせて、二本の足が伸びる。それも同じく、胴体の数千倍はある大きさだった。
さらに、爬虫類を思わせる巨大な尻尾が、空を切り裂くように伸びる。
“ピピピピピィ――――ピィ――――!!”
小鳥の胴体が膨れ上がる。最後に長い首が伸びると、その先端から、爛々と輝く真っ赤な双眸が開き、フュージョンを睨み付けた。
一見すると、巨大なトカゲのようでもあり、肉食系の鳥のようでもあった。
鹿の角・蝙蝠の羽・兎の眼・大蛇の体・蛟の腹・鯉の鱗・鷹の爪・虎の掌・牛の耳。“九似”の特徴を持つ、伝説上の生物。
数多のパラレルに等しく伝わりし、最強の名を冠する生命の頂点。
あるいは荒ぶる神か、おぞましき悪魔の化身。
魔竜――ドラゴン
その忌まわしくも美しき姿と、伝承すら超える力を持つ、ノイズの完全体の復活だった。
“ギィヤァァ――!!”
「ピーちゃん……。また、ノイズになっちゃったの?」
「でも、大きいよ! 前に見た時の、何倍もあるじゃない!」
フラフラと進み出るメロディの腕を、本能的な恐怖を感じたリズムが掴んで引き止める。
「それだけ、ピーちゃんが受け入れた悲しみは、深くて大きいのよ……」
「ごめんね、ピーちゃん。わたしたちが弱いばっかりに」
ビートが呆然とつぶやき、ミューズは力なく謝った。
《それが貴様の、本当の姿か》
「黙れ! 下等生物め!!」
《なん……だと?》
「不愉快だ! 静寂の世界は、確かに悪くない――
だが、お前の音が耳障りだ! 誰の許しを得て、私の世界で暴れている!」
“消えろ!!”
ノイズの口から、真紅の光線が放たれる。それは、石化の呪いを持つ暗黒の吐息。
フュージョンは、何とか抵抗したものの、少なからぬダメージを負って後ずさる。
ノイズの巨大な羽が大きく広げられ、空に向かって舞い上がった。その堂々たる巨躯は、フュージョンと比べても遜色ない程の大きさだった。
風が止んだはずの加音町に、揚力で生まれた暴風が吹き荒れる。ノイズは遥か上空まで飛び上がり、再び急降下してフュージョンに迫る。
視界を覆い尽くす巨大なノイズの羽によって、地表に降り注ぐ僅かな光すらも遮られ、真っ暗闇が訪れる。
空が――墜ちてくる。
そう表現するしかないほどの、圧倒的な存在感。見る者に、この世の終わりを感じさせるほどの恐怖。
“天翔ける黒き翼”
負の思念の集積体であり、全宇宙の悲しみが集まって生まれた、究極の悪――ノイズ。
そして、全ての命と意思の統一を目指す、究極の生命体――フュージョン。
今ここに、完全体のノイズと肥大化したフュージョンの、人外のモノ同士の、決戦の火蓋が切って落とされたのだった。
最終更新:2013年02月17日 10:19