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赤い翼の輪舞曲 第12話――決戦! 悲しみを刃に変えて!!――




(呼吸が、できない)

 それは問題ない。
 せつなの状態でも五分、イースならその数倍は息を止められる。

(真っ暗で、何も見えない)

 それも構わない。
 暗闇こそは、自分の本来の住処なのだから。

(身体が、思うように動かせない)

 それがどうしたと言うのだろうか? 
 もがき、苦しむのは自分の宿命。生まれた時から自由なんてなかった。
 だけど、

(頭が……割れるように痛い!)

 フュージョンの体内の、分解機能が働いているのだろう。
 肉体の痛みならば、いくらでも耐えられる。けれど、悲鳴を上げているのは、イースの存在そのものだった。
 心も、身体も、全てが砕け散っていくような気がした。まるで荒れ狂う大海に、ボート一艘で挑むような――そんな、絶望的な戦いだった。

 フュージョンの体内に侵入したイースは、苦痛に耐えながら、直感のみを頼りに移動していく。
 今となっては、外側からどうこうできる相手ではない。倒すチャンスがあるとしたら、体内からの攻撃しかないだろう。
 分解吸収されるまでに、後、何分残されているのか? 元より一か八かの賭けだった。目指すものが見つからず、暗い絶望感がイースを苛む。

 それは――精神が汚染され、自我が保てなくなり、身体をフュージョンに明け渡す寸前の出来事だった。


“ギィヤァァ――!!”


 魂を震わせる鳴き声が、眠りに付こうとしていた意識を覚醒させる。
 同時に、自分の心の中から、怒りや悲しみが、後悔や憎悪といった感情が、抜き取られていくような気がした。

(ダメッ! これは――渡せないわ!)

 突き刺さるような、強烈な殺気が込められた鳴き声。声の主には心当たりがあった。彼が――参戦するのだ。
 フュージョンの巨体から、膨大な意思の塊が排出されていく。それは、吸収された人々が、同化される前に残した残留思念。
 イースが何度も目にしてきたもの。かつて、自分自身が集めてきたもの。占い館の貯水槽に蓄えられた、不幸のエネルギーそのものだった。

(そう――あなたも戦おうというのね? ならば、これは共同戦線よ!)


“Release Mode Protection Program Eas Restarted”


 既に、イースの身体はフュージョンに侵食されつつある。
 だが、無策で突入したわけではない。彼女の身体を包む強化服は、ラビリンスの超科学の結晶だ。
 イースの覚醒と共に、スーツの自己防衛プログラムが起動する。着用者の身体を“管理”し、正しく運用させるためのシステム。
 胸の赤いダイヤが、淡い光を放って、彼女の体の状態を解析していく。不要な因子である、フュージョンの侵入を遮断して――強制排除する。

(出て行け! 私の心と身体は、私の愛する者にだけ捧げるもの。お前の自由にはさせない!)

 どうしてメビウスは、不幸のエネルギーを、幸せに満ち溢れていた四つ葉町で集めようとした?
 決まっている。幸せのないラビリンスには、不幸もまた、存在しなかったからだ。
 まして、そのエネルギーなど、集めようがなかったからだ。

(そう。私は、幸せだった――)

 思い出せ、楽しかった日々を!
 悲しみは、失ったものを愛していた気持ち!
 憎悪とは、失ったものを、まだ愛している気持ちだから!
 不幸とは、幸せの反対側にあるんじゃない! 限りなく近いところにある気持ちなんだ!

「我が名はイース! 憎しみの心を刃に変えて、フュージョンを滅する者!」

 イースは再び移動を開始する。液体金属のような高密度の体内を移動するのは、大変な時間と労力を必要とした。
 そうでなくとも、既にイースは大半の力を消費してしまっているのだ。
 焦る気持ちを抑えて、一際強い意志の存在を探す。
 ノイズに負の感情を吸い取られたせいか、フュージョンの体内の混濁した意思の圧力は、随分と弱くなっていた。

 やがてイースは、金色に輝く人型の前にたどり着く。

「どうしてお前がここに居る! なぜ、吸収されずに私の前に立てる!」
「蛇の道は蛇って諺があるわ。この力は、かつてメビウスが全パラレルを支配するために作り上げたもの。道を誤った者同士、共に滅びるがいい!」

「質問に答えろ! どうしてここに、“私”が居るとわかった?」
「知れたことよ。メイジャーランドのお前には人格が無かった。そもそも、無数の人間の意志を矛盾なく統一などできるはずがない。必ずどこかに、核(コア)があると思ったまで!」

 金色の人型――フュージョンのコアが、イースの赤い眼光に射竦められる。が、それも一瞬。すぐに余裕を取り戻して、威圧的に言い放つ。

「どうして、お前は戦える? 今となっては、元の世界に戻る手段も無いはず。この世界で、お前が守るべき者はもう居ない!」
「ピーちゃんが教えてくれたわ。愛情や、希望や、祈りだけじゃない。悲しみだって、戦う力になるんだって」

「……最後の質問だ。力を使い果たしたお前が、どうして私に勝てると思った?」

 金色のフュージョンが、真っ直ぐに右手を繰り出す。ストレートパンチ。最も初歩的な、人類の原初の攻撃手段。シンプルだが、それ故に最も信頼できる技。
 超高速で突き出された拳は、イースの胸のダイヤを狙う。打ち砕いて、変身を解除させるはずだった。
 ユラリ、とイースの身体が揺らぎ、被弾する直前に姿を失う。
 目標を失って困惑する暇もなく、ゾクッとする殺気がフュージョンの背中に突き刺さった。

「こっちよ」
「なにっ! ゴフッ!」

(残り、2秒……)

「ありえんっ! 私の体内で、私の背後を取るなど……」

 フュージョンが、苦悶のうめき声を上げる。その胸の真ん中から飛び出しているのは、細くしなやかな一本の腕。
 イースの拳が、フュージョンの胴体を背中から打ち抜いたのだ。

「力を暴走させたのは知っていたはず。どうして使い果たしたと思ったの?」

 イースが不敵に笑う。
 金色のフュージョンから、輝きが失われる。ゆっくりと、その身体が崩れ落ちる。

「私からの唯一の質問だけど、答える余裕は無いようね。ならば、止めを刺させてもらうわ!」

(残り、1秒……)

 うずくまるフュージョンに、イースの最後の力を注いだ一撃が迫る。
 その瞬間、二人の周囲に激震が走った!

「グッ――アアァ――ッ!!」
「これは、何が起こってるの!?」

 ピーちゃん……いや、ノイズとフュージョンが、外で戦っているのは知っている。
 だが、フュージョンの体内は流体だ。海底の地震や、海面の津波で水中が揺れないように、これまでイースは然したる衝撃を感じなかった。
 しかし、今は違う。まるで周囲の液体ごと、巨大なミキサーにかけられたかのようだった。螺旋状の水流に、イースと、ダメージを負ったフュージョンのコアが翻弄される。
 激流に飲み込まれたイースは、フュージョンのコアを見失い、何処ともなく押し流されていった。






『赤い翼の輪舞曲――決戦! 悲しみを刃に変えて!!――』






 空が――墜ちてくる。
 それは、悪魔としか形容できない姿をしていた。
 気の弱い人間なら、それだけで死を悟り、意識を断ってしまうだろう。

 鋭い鉤形となった、猛禽類のような爪。遥か上空までしなやかな曲線を連ねる、長大な尾。
 皮骨の変化した、黒光りする分厚い装甲板。それに護られた胴体。背中から伸びるのは、鷲とも蝙蝠とも異なる尖った翼。
 頭から背中にかけては、鶏冠のように鋭利な角が立ち並ぶ。緩やかに湾曲した口の中には、鮫を思わせるような鋭い牙が無数に並んでいた。

 倒すべき敵を見定め、ノイズの強靭な脚が降りてくる。
 三股に分かれた足指の鉤爪は、一つ一つが人間の体を超える大きさだった。
 獲物を切り裂き、掴み殺すための武器。それが、天空の高みからの二本の矢となって、フュージョンに突き刺さる。

 聴覚など、最初の激突による破砕音で麻痺してしまっていた。
 眼前に広がる凄惨な光景と、街ごと揺さぶる振動だけが、辛うじて、これが現実の出来事だと教えてくれる。
 華々しい必殺技など何もない。もっと単純で、原始的で、粗暴なる直接攻撃。それは本気の――そしてあまりにも巨大な物理破壊だった。

 ノイズの鉤爪は、斜めに振るわれることで『切り裂く剣』となり、直線状に振り下ろされることで『貫く槍』となる。
 標的となったフュージョンは、ドス黒い体組織を撒き散らしつつ、大地を揺るがす絶叫を上げる。
 しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。

 ノイズは、数十メートルにも及ぶ翼を水平に広げると、暴れるフュージョンの体に、両足の爪を深々と突き立てた。
 そのまま上空に舞い上がり、獲物を持ち上げ、落下させようと試みる。
 しかし、高密度なフュージョンの重量は見かけ以上で、到底空には浮き上がらない。やがて爪は体表を滑り、鋭利なる刃となって獲物を下から上へと切り裂いた。

「怖いよ、メロディ……。こんなの、私知らない。ピーちゃんどころか、ノイズですらないじゃない!」

 顔面蒼白のリズムが、メロディに訴えかける。彼女はプリキュアになって、初めて心底からの恐怖を感じていた。
 メロディは返事をしない。痛いほどギュッと掴まれている腕にも、まるで関心を払う様子がない。
 ただ、じっとノイズの戦いを見つめていた。

 代わりに、ビートが足を引きずりながらやってきて、リズムの肩に手を置いた。

「あれは確かにノイズよ、リズム。でも、大きさは以前の数倍、重量は十倍以上ね。なりふり構わない戦い方は、まるで凶暴な獣みたい……」
「ピーちゃん、どんな気持ちなのかな……。どんな想いで、フュージョンと戦っているのかな」

 不安そうにノイズを見つめるミューズの呟きに、リズムとビートは、黙って顔を見合わせた。

 力が拮抗しているならば、戦いの趨勢は、より立体的に動けるものに分がある。
 鼠よりも、鎌首をもたげる蛇が有利であるように。蛇よりも、空を舞う鷹が有利であるように。
 戦いとは、より高い位置に陣取ったものに地の利が働く。

 ただし――それは、『飛び道具を持たない』場合においてだった。

 フュージョンの目が、赤く凶暴な光を帯びる。その下に大きな口が開いて、大量の空気を吸い込んでいく。
 強大な力が、邪悪で、毒々しく、おぞましい力が、フュージョンの口の中に収束していく。
 全てを焼き尽くす、破滅の光。
 恐るべき威力を秘めた、フュージョンのエネルギー弾が発射される。

 それを見て、ノイズはグンと高度を上げると、同じく口を開いた。
 赤く細い舌が、チロチロとのぞく。やがてその舌も、口腔から生み出された光に覆い隠される。
 ノイズの口の中に、悲しみの力が集結していく。巨大な翼が数回大きく羽ばたき、フュージョンの正面で姿勢を制御する。

 フュージョンとノイズが、互いに標的を見据えて狙いを定め、秘めたる力を解き放つ。
 それは、生物同士の戦いの次元を遥かに超えた、強大なエネルギーの激突だった。
 まるで、世界そのものが絶叫を上げているかのような、異音が鳴り響く。
 闇に覆われた空が、鮮血をぶちまけたかのように、一面の赤に染まる。
 ほどなくして、高熱を帯びた強風が、薙ぎ払うかのように地表を吹き抜ける。四人は固く目を閉じ、身を寄せ合って、その熱い嵐をやり過ごした。
 もしもノイズが高度を上げていなかったら、変身している彼女たちですら、無事では済まなかったことだろう。

 目を開けると、暗黒の空が戻っていた。両者の力は拮抗していて、相殺したのだろう。今のは、その余波に過ぎないということだ。
 ノイズは地表に舞い降りて、鉤爪での攻撃に切り替える。
 爪は幾重にもフュージョンを切り刻む。しかし、今度はノイズが絶叫を上げる番だった。

 射程に入ったノイズに向かって、フュージョンが鋭く硬化させた触手を放ったのだ。
 数十本もの棘が、ノイズの翼を、足を、胴体を襲い、その内の何本かは、装甲板を突き破って肉にまで到達した。
 ノイズは慌てて上空に避難する。しかし、その飛翔速度は、見るからに衰えていた。

「ピーちゃん!」
「待って! メロディ! どこに行こうというの?」

 思わず飛び出そうとしたメロディを、羽交い締めにするようにリズムが止める。
 泣きそうな顔で抱きつくリズムの腕を、メロディは優しく掴んで、ゆっくりと解いた。

「わたしね、ピーちゃんの気持ちが、わかったような気がする」
「聞かせて、メロディ。どうわかったの?」

 ミューズが一歩進み出て、メロディを見つめる。

「ピーちゃんは、悲しいんだと思う。悲しいから、戦っているの」
「悲しいから……戦う。そうね。私には、わかるような気がする」

 ビートが胸に手を当て、自問するようにつぶやく。

「ピーちゃんが泣いてるの。傷付いて、苦しんでる。だから、わたし……」
「それでも、ダメと言ったらダメよ! 行かせないから!」

 リズムが通せんぼするように両手を広げて、メロディの前に立ちはだかる。
 そして、子供がイヤイヤをするように、大きく首を振った。その度に、瞳に浮かんだ大粒の涙が零れ落ちる。

「無理よっ! こんなの、もう私たちが割って入れるような戦いじゃない! メロディまで居なくなったら、私……」
「ピーちゃんは仲間だよ、リズム。そうでなくても、悲しみに耐えてる子がいるなら、行かなきゃ。わたしたちプリキュアは、全ての人の幸せを守るために戦うの」

 そうしている間にも、戦局は大きく動く。
 負傷して、機動力の低下したノイズは、もう飛行できる利点を活かせなくなっていた。
 フュージョンは、両手を下ろして仁王立ちになる。軸足を回転させて、身体の向きを常にノイズに合わせ、機銃掃射のように、その体から大量の飛礫を打ち出した。

 飛礫一つ一つの威力は、たかが知れている。高度を取っている、ノイズの装甲板を打ち破れる程じゃない。
 しかし、数が出鱈目に多かった。次々と撃ち出される飛礫は、命中した物も、外れた物も、ことごとく旋回して本体へと帰還し、またノイズへと向かっていく。
 これではまるで、無数の小さな拳で身体中を殴られ続けているようなものだ。
 もはや互角の戦いなどどこにもなく、一方的にノイズが傷つけられ、弱っていくのみだった。

《殺すには惜しいな。ノイズよ、私の一部になる気はないか?》
「誰に口を利いているのだ、下等生物め。不死身の私に、敗北はあっても降伏はない」

《果たしてそうかな? 悲しみを糧に成長するお前は、人類が消えれば転生も叶わぬはず》

 フュージョンは、ノイズについて、既に多くの情報を掴んでいた。
 吸収し、同化した人々の記憶の中から、ノイズにまつわる記憶を「思い出す」だけの、簡単な作業だ。

《我々の目的は似通っている。お前は、自分の醜い姿と声が憎いのだろう?》
「そうだ。私は忌み嫌われる存在。幸せと同時に生み出され、疎まれ、憎まれ、否定され続ける存在」

《ならば、私と融合すればいい。個体差が無くなれば、騒々しい世の中は、真の秩序と静寂を得るだろう》
「そんな世界ならば、私も消え去るしかない。無論、それは望むところだが……。お前の存在だけは、断じて許さん!」

《人から生まれたお前が、再び人の一部に還るだけだ。認めろ、ノイズ! お前と私の目指す世界は同じだ!》
「違うっ! 私は……」

「全然違うよ! ピーちゃんは、あんたなんかと全然違う!」

 突然、第三の声が――巨大な二体の声に比べて、小さく、弱く、それでも凛と響く声が、フュージョンとノイズの会話に割って入る。
 ノイズを庇うように両手を広げ、その目の前に舞い降りたのは、キュアメロディだった。その背中には、赤いリング状の羽が左右に二枚づつ広がり、ほのかに淡い光を放っている。

《どこが違うと言うのだ? 自分の姿を疎み、自分の声を嫌い、そのために世界を滅ぼそうとしたのだぞ!》
「そうだよ。だけど、少なくともピーちゃんは、それが悲しいことだってわかってた!」

《自分の目的を叶えることが、悲しいだと?》

「自分の姿を疎むのは、みんなの姿を美しいと思ってるからでしょ? 自分の声が嫌いなのは、みんなの声や音楽を、素晴らしいって感じてるからでしょ?
 世界を石にしたら、自分も消えるって言ってたよね。それは、一人で生きるのが、辛いってわかってるからだよ!」

 自分は、奏と喧嘩しただけで、どれほど悲しい思いをしただろう。
 パパに、冷たく突き放されただけで、どれほどの悲しみに打ちひしがれたんだろう。
 ましてや、全ての人から恐れられ、憎まれ、忌み嫌われることを宿命付けられた、ピーちゃんの悲しみはどれほどのものだろうか?

「喜んでる人の陰には、悲しんでる人もいる。成功した人の陰には、失敗して泣いてる人がいる。いつだって、幸せと不幸は隣り合わせだから……。
 だから、わたしたちは悲しみを受け入れる。ピーちゃんと一緒に、生きていくって決めたの!」

「そうよっ! 少なくともピーちゃんは、笑顔を知っていた!」
「歌う楽しさを知ってた!」
「それができなくて、悲しむ心を持っていた!」

『幸せも、不幸も認めないあんたなんかとは、全然違うんだから!!!』

 日差しの届かぬ漆黒の空に、白、青、黄色の羽が、光の花のように浮かび上がる。
 キュアリズム、キュアビート、キュアミューズの三人だった。

「リズム! ビート! ミューズ!」

「ごめん、メロディ、遅くなっちゃった」
「ううん――ありがとう、みんな」

《なぜだ……。なぜ、お前たちは立ち上がる? 戦う理由なら、既に失ったはずだ!》
「ピーちゃんを守りたい。リズムを守りたい。ビートを守りたい。ミューズを守りたい。戦う理由なんて、それで十分だよ!」

 メロディの宣言を支持するかのように、リズム、ビート、ミューズがメロディと合流する。
 もう、四人の顔に絶望の色は無かった。
 恐怖を勇気が駆逐し、迷いは決意に取って代わる。
 激しく燃え上がった闘志が瞳に宿り、果敢にフュージョンを睨み付ける。

《……最後の一人になるまで、抵抗を止めないということか?》

「独りになっても戦うよ。わたしだって、この手で守りたい人間の一人だもの!」
「この胸の鼓動が、人が、最初に聴くリズムなの」
「そのビートが鳴り止まない限り、本当の最後は訪れない!」
「音楽の女神の名にかけて、邪悪な存在には決して屈しない!」

「「「「心に音楽が響いている限り、わたしたちは絶対にあきらめない!!」」」」

《やはり、個とは度し難いものだな。力を持って一つに統べるしかないようだ》

 怒気を発するフュージョンに対抗するように、ノイズの翼が力強く羽ばたく。
 ノイズの赤い瞳が、プリキュアを、キュアメロディをじっと見つめる。そして、厳かな口調で語りかけた。

「どんな悲しみだって、乗り越えられると言っていたな。確かに、見せてもらった――」
「ピーちゃん! 大丈夫なの?」

「ああ、私に考えがある。フュージョンの動きを、一瞬でいいから止められるか?」
「わかった。やってみる!」

《まとめて墜ちろ!》

 フュージョンは空一面に、飛礫の弾幕を張る。とてもではないが、避けられる数でもなければ、密度でもない。
 そもそも、逃げ込めるだけの空間が一切ないのだ。
 ビートとミューズは、それぞれバリアーを展開して四人を包む。
 だけど、数が多すぎる! これだけの攻撃を受けては、到底耐え切れるとは思えなかった。

 しかし、それらの飛礫が、プリキュアに命中することはなかった。
 ノイズが巨大な羽を一振りし、突風を巻き起こす。それで飛礫の多くは弾かれ、残りも軌道を外した。
 ただし、完全に回避できたのはプリキュアだけだった。巨大なノイズは、翼風の防御だけでは間に合わず、多くの飛礫にその身体を曝した。

《ノイズよ。先ずは、お前から吸収させてもらおう!》
「よそ見をしていていいのか? もう、一対一の戦いではない!」

《なにっ?》


“プリキュア・スイート・ハーモニーキック!!!!”


 遥か上空から、落雷のような勢いでメロディ・リズム・ビート・ミューズの跳び蹴りが炸裂する。羽に宿るフェアリートーンが、四人のタイミングを完璧に同調させる。
 この状態でしか放てない、最強の打撃系必殺技。それは閃光のような疾さで飛来し、吸い込まれるようにフュージョンの後頭部に突き刺さる。
 ダメージは決して大きくはないが、フュージョンの巨体がバランスを崩して両手を突く。
 四つん這いとなった状態では、エネルギー弾も、飛礫だって放てない。

「散れっ! プリキュア!!」
『えっ?』

 フュージョンの目が、赤く凶暴な光を帯びる。しかし、フュージョンの背中しか見えていない彼女たちは、それに気付かなかった。
 俯いたフュージョンの口が、大量の空気を吸い込んでいく。
 強大な力が、邪悪で、毒々しく、おぞましい力が、フュージョンの口腔に収束していく。
 全てを焼き尽くす、破滅の光。
 フュージョンは振り向きざまに、プリキュアに向けて、その強大なる威力を解き放った。

 迎撃も防御も間に合わないと判断して、ノイズはプリキュアの盾となるべく回り込む。
 しかし、フュージョンの放った光は、破壊光線となる前に――
 空中で四散した。

「なんっ……だと?」

 衝撃を覚悟していたノイズが、驚きの声を上げる。

「一体、なにが起こったの?」
「見て! メロディ。なんだか、フュージョンが苦しんでるみたい」
「胸の辺りを押さえてるわ。そんなところ、一度も攻撃なんて受けてないのに」
「わからないけど、今がチャンスよ!」

 メロディ、リズム、ビート、ミューズが、状況を分析し、好機と見て反撃に移ろうとした。
 しかし、その動きをノイズが止める。
 フュージョンの正面で大きく翼を広げ、胸部に魔力を収束させていく。

「プリキュアよ、下がれ! 一緒に、飲み込まれたくなければな……」

「ピーちゃん! 何をするの?」
「胸を開くって、まさかっ!」
「無茶よっ!」
「フュージョンを、逆に吸収しようなんて!」

 体長ならば互角のノイズだが、体格ならばフュージョンの方がずっと大きい。
 だが、ノイズはためらいもなく、胸部の吸収口を解放させた。
 本来ならば、入口より大きな物を吸い込むことなど不可能だ。しかし、フュージョンの本質は流体である。
 原因不明の苦しみで悶え、形状も不安定になっていたフュージョンは、ノイズの吸引力に耐え切れなかった。グニャリと体が伸びて、やがて完全に吸い込まれてしまう。

「嘘っ……そんな……」
「ピーちゃんが、フュージョンを吸収しちゃった……」

 メロディとリズムが、状況を受け入れられず、呆然とつぶやく。
 吸収口を閉じたノイズは、しばしの沈黙の後、大きく苦しみだした。

「やっぱり、無理だったのよ!」
「苦しいの? ピーちゃん!」

 ビートとミューズも悲鳴を上げる。
 ノイズは羽を閉じて、首と尻尾を丸め、うずくまるような状態で地面に落下した。

『ピーちゃん!!!!』

 ドクン ドクン ドクン ドクン

 身体を丸めたノイズは、まるで巨大な卵か、あるいはサナギのようにも見えた。
 心音のような不気味な波動に、全身が反応し、大きな震えが走る。
 ひと波ごとに、ノイズの身体が、大きく、大きく、肥大していって、そして――


“ギィヤァァ――!!”


 吸収前の、更に数倍のサイズにまで巨大化したノイズが、翼を広げ、両足と首と尻尾を伸ばし、大きく叫び声を上げた。
 フワリと浮かび上がるその姿は、まさに全天を覆い尽くす。
 もう――メロディも、リズムも、ビートも、ミューズも、圧倒されて、声をかけることすらできなかった。

 遥か上空まで飛び上がったノイズの目が、赤く、紅く、緋く光る。
 何かが――とてつもなく大きな、何かが起ころうとしていた。



最終更新:2013年02月17日 10:43