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赤い翼の輪舞曲 第13話――天空より、飛来せしもの!!――




 その姿――まさに全天を覆い尽くす。

 遥か上空を飛翔しているのに、全身を視界に納めることすら叶わない。
 黒光りする翼の先は、東の空から西の空にまで広がっている。棘の付いた尾の先は、南の空に霞んで見えた。
 遥か北の果てには、悪魔を思わせる鋭角的な頭部があるのだろう。そこに輝く赤い双眸は、もはや誰からも認識されることなく、広く地上を見渡していた。

 全長数百メートルにも及ぶ体躯は、既に生物の域を超えている。まるで街一つが命を宿して、空に浮かび上がったかのようだ。
 かつて、トリオ・ザ・マイナーを取り込んだ時のような、形状そのものの変化ではない。
 それでもノイズにとって、これは過去最大の変異であっただろう。

「―――――」

 ノイズが何かを叫ぶ。唸るような低い波動が、パルスとなって大気を振るわせる。しかし残念ながら、それはプリキュアたちの耳に言葉として届くことはなかった。
 なぜなら、ノイズとプリキュアとの体格差は、今や蟻と人間との違いにも等しかったからだ。たとえ蟻が言語を操っても、それが人間の耳には届かないように、その逆もまた然り。両者の間には、決して会話は成立しない。

 ノイズは意思の伝達を諦めて、胸の吸収口を開く。それを見て、メロディたちの間に一瞬、戦慄が走った。
 もし、ノイズの狙いが、未だ世界を静寂に染めることにあったとしたら?
 そのために、メイジャーランドや加音町の人々をフュージョンに吸収させて、丸ごと取り込むつもりだったとしたら?
 しかし、彼女たちは、すぐに首を振ってその可能性を否定する。仲間とは、心を一つにして信じあう、大切な存在のことだから。

 メロディたちが信じた通り、ノイズは胸の吸収口から、何かを取り込もうとはしなかった。街を壊すことも、石に変えることもしない。
 代わりに何かが――無数の赤い光線が、まるで稲妻のようにビリビリと震えながら、地上へと降り注いだ。
 古代においては、落雷を『神鳴り』と呼んで、神々の成せる業として崇めていたという。それは、まさしく神話に語られるような、現実離れした光景だった。

 次第に、その光線は数を増していく。数百、数千の赤い柱となって、天と地とを一つに繋ぐ。
 まるで地表をスキャンしているかのように、巨大な昆虫が触覚を伸ばして何かを探っているかのように、光は、地上を隈なく舐め尽くす。


“ギィヤァァ――!!”


 その叫びを合図に、全ての光が鳴りを潜めた。しばしの間、加音町の空を静寂と暗黒が支配する。
 いや正確には、ジェット機の離陸音にも似た、ノイズの滑空音は聞こえていた。それに混じって、何かが飛来するような、低い風切り音がいくつも発生する。


“ゴオォォォオオオ――!!”


 その音は次第に大きくなり、やがては耳をつんざく轟音となった。

 何かが――あまりにも大量の何かが、地上に降り注ぐ。

 最初は、雹のようにバラバラと。しかし、それも一瞬のこと。すぐに数を増し、暗い空を吹雪のように真っ白に染め上げる。
 雪との違いは、その一つ一つの大きさと重さ。そして、それゆえの落下速度だろう。
 空に描かれた白い直線状の軌跡は、まるで計算し尽くされたように均等な間隔で、幾千万の兵士によって放たれた矢のように、一直線に地表を目指す。
 不思議なことに、その落下物は、建築物には一切激突しなかった。池や湖や、海に墜ちた物も無かった。
 まるで荒野に白い塗装を施そうとでもするかのように、がらんとした平らな地表のみが、白一色に塗り替えられていく。

 その飛来物の正体は、精巧なる石像だった。
 老若男女問わぬ、現代風の衣装を纏った緻密な人物像。いや、よく見れば、その姿は人間のものだけではなかった。
 猫や犬といった動物や、大小様々な楽器まで混じっている。中には、どうみても空想上の生物としか思えないようなものもあった。

 大量の石像を射出し終えたノイズは、まるで風船が萎むように、大幅にサイズを縮小させていた。
 それでもフュージョンを吸収する前の、二倍以上はあるだろう。変わらぬ威圧感漂う巨躯は、そのまま上空に留まった。

 もし、側で見ている者が居たとしたら、きっと気付いたに違いない。
 ノイズは、表情を歪めて苦痛に耐えていた。

 そう。彼の戦いは、未だ続いていたのだった――






『赤い翼の輪舞曲――天空より、飛来せしもの!!――』 






「みんな、伏せてっ!」

 上空から、何かが墜ちてくる。真っ先にそれに気付いたビートが、バリアーを張って直撃に備える。
 時を置かずして、無数の飛来物が地面に突き刺さった。
 耳がジーンと痺れるような爆音が、間断なく鳴り響く。大地震のように足元が揺れ、粉塵が街全体を覆い尽くした。

「止んだ……みたいだね」
「ピーちゃんがやったのよね? 攻撃じゃないと思いたいけど」
「攻撃じゃないわ。私のバリアーには、一つも命中しなかったもの」
「むしろ、ここだけ避けて落ちてきたみたい」

 やがて、土煙が晴れてくる。そこに映った光景は――衝撃的なものだった。

「うそっ! これって……街のみんな……」
「信じられない……。こんなことって」
「加音町の……人たち? ううん、それだけじゃない!」
「うん。メイジャーランドの住人や、妖精たちまで!」

 それは、フュージョンに吸収されたはずの、加音町やメイジャーランドの住人の変わり果てた姿だった。
 四人は駆け寄って、何体かの状態を調べる。
 体温も脈拍もなく、墜ちてきたのに損傷もない。かつてノイズに石化された人々と同じ状態。命の宿らぬ――完全なる石像だった。

「ピーちゃん!」
「「「メロディ!!!」」」

 メロディが再び羽を広げて飛び上がり、ノイズの元を目指す。慌ててリズム、ビート、ミューズも後を追った。
 ノイズはかなりの上空に居て、プリキュアの飛翔能力をもってしても、なかなか近付くことができない。
 それでもメロディは、一心に空を翔ける。もしかしたら、ノイズがとんでもない無理をしたのではないか――そんな、えも言われぬ不安が、彼女を駆り立てていた。
 やがて見えてくる、黒光りする巨大な飛行体。その生物の発する呻き声は、人の操る言語ではないものの、感じ取れる音域でメロディの耳に伝わった。

「ピーちゃん! どうしたの? 苦しいの?」
「キュアメロディか……」

 ようやくメロディは、ノイズの意思に触れることができた。
 言いたいことも、聞きたいことも、山のようにあった。「みんなを返してくれてありがとう」「どうやって助けてくれたの?」「ピーちゃんの身体は大丈夫なの?」
 でも、苦しそうなノイズを見て、そんなセリフが一瞬にして頭から消えてしまう。

「あの、みんなを助けてくれたのよね? ありがとう」

 少し遅れて、リズム、ビート、ミューズが駆けつける。
 リズムは、言葉が出てこないメロディに代わり、恐る恐るといった口調で、ノイズに感謝の気持ちを伝えた。

「助けただと? 私は自分のものを取り返しただけだ。究極の悪である私に、何を期待している」
「でも、始めからそのつもりで、フュージョンを吸収したんでしょ?」

 続いてビートが問いかける。いや、それは質問というより、確認と言った方がよかった。

「そうだ。この世界の者は、全て私の物。異界の侵入者の好き勝手にはやらせん!」
「この世界の者って……。それじゃ、せつなはまだピーちゃんの中に居るの!?」

 メロディが、ハッとして聞き返す。

「だろうな。私の力が及ぶのは、この世界に生まれた者だけだ」
「そんな……」

 青ざめるメロディの隣りから、ミューズが進み出る。
 両手を胸の前で握って、拝むようにノイズを見つめた。

「お願い、ピーちゃん。みんなを元に戻してあげて!」
「それは不可能だ。あとは、お前たちの力でなんとかするのだな。私にできることは、騒音を発し、醜い姿で暴れて、災厄を撒き散らすことだけ。
 救済ならば――私と対等の力を持ちながら、何もできずに取り込まれ、石になって転がっているマヌケにでも頼むがいい」

「それって……クレッシェンドトーンのこと?」
「そうだ。あいつとお前たちの技ならば、フュージョンを完全に滅することができる」

 ミューズがノイズを見つめたまま、コクリと頷く。それは、彼女も予想していた答えだった。
 せつながこの世界に来た理由――『フュージョンを倒せる力』とは、クレッシェンドトーンの力を借りた、“スイートセッション・アンサンブル”のことなのだろう。
 ミューズに続いて、今度はリズムが質問を繋ぐ。

「でも、フュージョンはピーちゃんが吸収しちゃったんじゃないの?」
「そのつもりだったが、奴の力は強すぎた。ダメージを負った隙に一時的に支配下に置いたが……奴が回復すれば、今度は私が喰われるだろう」

 たまらずメロディが悲鳴を上げた。

「そんな! それじゃ、ピーちゃんが苦しそうなのは……」
「そういうことだ。もう時間がない。早く、幸せのメロディで石化を解くがいい。そして、私ごと奴を消滅させろ!」

「そんなことできないよっ!」
「私は人間が存在し続ける限り、何度でも生まれ変わる。すぐに小さき姿で、お前たちの前に姿を現すだろう」

「それでも! 今のピーちゃんは、死んじゃうってことじゃない。もう……もう、あんな悲しい思いは、嫌だよ!」
「それに、幸せのメロディなんて無理よ。ハミィまで石になってるのよ? 伝説の楽譜だってないのにどうやって……」

 悲痛な声を上げて、メロディはノイズの提案を拒む。そこに、これまで黙って会話を聞いていたビートが割って入った。
 そんなことは――前提からして不可能だと。

「だったら手遅れになるまで、ただ手をこまねいているがいい。とにかく消えろ――集中の邪魔だっ!」
『きゃああ!!!!』

 ノイズは大きく羽ばたいて、その風圧をプリキュアに叩き付ける。
 風の煽りをもろに受けた四人は、飛翔の数倍の速度で地上へと墜落する。そして地面に激突する寸前で、どうにか体勢を立て直して着地した。

「あっぶない! もう、乱暴なんだから!」
「違うよ、リズム。ピーちゃんは、時間が無いのを見越して、手を貸してくれたんだと思う」
「とにかく、どうにかしてみんなの石化を解かなくちゃ!」
「それが――それがどうにもならないってことは、姫であるあなたが一番わかってるはずでしょ!」

「ビート……」

 ミューズが驚いて目を見開く。
 怒鳴るようなキツイ口調でそう言い放って、ビートはミューズを睨みつける。ミューズに忠誠心すら感じている彼女が、こんな態度を取るのは初めてのことだ。
 ミューズに腹を立てているのではない。ビートが責めているのは、不甲斐ない自分自身だった。
 親友であり、幸せのメロディの歌姫でもある、ハミィを守れなかった。
 みんなの夢を守りたかったのに、それが自分の夢だったのに、現実は過酷にもそれを否定する。

「うん……。伝説の楽譜は、メイジャーランドのどこかにあるはずだけど、探す余裕なんてなかった。あったとしても、幸せのメロディを歌えるのは年に一度だけよ」
「そんなことだけが問題なんじゃないわ。一番の問題は、ハミィが居ないってことよ……」

 力なくつぶやくビートに、リズムが問いかける。

「でも、ビートだって、幸せのメロディを歌ったことはあるんでしょ?」
「それは、歌の妖精のセイレーンだった頃の話よ。今の私は、ただの人間の黒川エレン。もう、歌声に力を乗せることはできないわ」

「だとしても、やってみようよ! 今みんなを助けられるのは、わたしたち四人だけなんだよ。歌って! ビート。あなたしかいないの。わたしも、なんとか思い出してピアノ伴奏してみるから!」
「私も一緒に弾いてみる。幸せのメロディはハッキリとは思い出せないけど、できる限り再現してみる」
「ピアノなら、調べの館が一番近いわ。わたしのオカリナもあるから、一緒に音を合わせてみる」

「無理だって言ってるでしょ! 幸せのメロディは、音楽に形を変えた神秘の力の塊よ。あのメロディは、決して覚えられないの。だから再現なんてできない。そのために、伝説の楽譜や音符があるんじゃない!」
「それでも、やろうよ。わたしたちは、絶対に諦めちゃいけないの!」
「ねっ? 一緒に頑張ろうよ!」
「お願い、ビート。わたしは、もう一度パパやママと会いたい! そのためなら、どんなわずかな可能性にだって賭けてみたい!」

 希望を胸に、幸せのメロディに挑もうとする、メロディ、リズム、ミューズ。
 しかしビートは、苦しみに表情を歪めて、まるで彼女たちを恐れるかのように、数歩後ずさった。

「私はハミィの歌声に嫉妬して、世界を不幸のどん底に突き落とそうとしたわ。それを後悔してるから、プリキュアになって、みんなの夢のために戦おうとしたのよ! それなのに、最後の望みを、今度は私の歌声で断てって言うの?」
「断つんじゃなくて、繋ぐんだよ、ビート。わたしたち、みんなで!」
「このままでいいの? ハミィだって、きっとあなたの歌が聴きたいはずよ」
「人間になったって、力を失ったって、セイレーンはメイジャーランドの誇る歌い手よ。わたしたちも、一緒に頑張るから――」

 三人の仲間の心からの励ましも、今の彼女には苦痛でしかなくて……。

「それでも――歌えないわ。私には無理よっ!!」
「待って! どこに行くの!?」
「ビート!」

 追い詰められたビートは、逃げ出すように背を向けて走り去った。
 慌てて後を追おうとするリズムとミューズの手を、メロディが掴んで引き止める。

「追わないであげよう。きっと、ビートには気持ちを整理する時間が必要なんだよ」
「だって! 今はそんなことを言ってる場合じゃ……」
「わかった。わたし、ビートを信じて待ってみる」

「ミューズまで!」
「リズムも信じようよ。わたしたちは、仲間じゃない」
「もう……。わかったわよ!」

 メロディは、ビートの小さくなった後姿に向かって叫んだ。

「ビート! わたしたちは、一足先に調べの館に行って、待ってるからっ!」

 振り向きもせず、返事もしないまま、ビートの姿はすぐに見えなくなった。

「ほんとに行っちゃった。ビート、大丈夫よね?」
「わたしたちは、先に練習しておこう。ビートが戻るまでに、幸せのメロディの伴奏を完成させないと」
「そうね。セイレーンは、本物の幸せのメロディの歌姫だった。足を引っ張るとしたら、素人のわたしたちの方だと思う」

 メロディは、石になった人々を見つめ、そして、遥か上空を仰ぎ見た。

「待っててね、みんな。もう少しだけ我慢してね、ピーちゃん。そして、せ……。きっと――みんな救ってみせるから!」

 喉まで出かかった名前を、メロディは悔しげに飲み込んだ。まだ、みんなを石から戻す目処すら立っていない。ノイズを傷つけずに助ける方法も、見つかっていない。
 まして、イースを――せつなを救い出すなんて、一体どれだけの奇跡を重ねる必要があるのだろうか。

「焦らないで、メロディ。あなたは前向きで居てくれなきゃ。慌てるのは、私にまかせて」
「今は、幸せのメロディのことだけを考えよう。ほんと、人間は欲張りよね」

「クスッ、そうだね。行こう!」

 そう。ほんの少し前までは、一縷の望みすらも見出すことができなかったのだ。それに比べたら、今の状況にはどれだけの救いがあることか。
 でも、希望が戻れば、それを失う不安が一緒に付いて回る。結局、幸せと不幸は隣り合わせなんだろう。
 これから先も、ずっとこんなことの繰り返しなのかもしれない。
 それでも、喜びも悲しみも、何も感じないよりはずっといい。乾いた心のまま生きるよりも、思いっきり泣いて、慌てて、怒って――そうやって乗り越えて、幸せをつかみたい。

 調べの館までの道をひた走りながら、メロディは、改めてそう思うのだった。



最終更新:2013年02月17日 10:45