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赤い翼の輪舞曲 第15話――繋がる世界と結ぶ歌――




 ラ~ララララ♪ ラ~ララ~♪ ラ~ララララ♪ ラ~~♪

 エレンの低く伸びやかな声が、ガランとした調べの館を柔らかく満たす。
 響、奏、アコの繊細な演奏が、その歌唱をしっかりと支える。
 彼女たちの歌声と旋律は、加音町の全域に広がって、石となった人々の身体を震わせていく。

 響は鍵盤を叩きながら、隣で弾いている奏に目で語りかける。
 奏も頷いて、そっと響に微笑みかけた。

 こんなに大変な時なのに、心が弾むのはどうしてだろう。こんなに穏やかな気持ちでいられるのは、何故だろう。
 演奏を開始するまでは、結果ばかりが気になって、不安でいっぱいだったのに。

 響はエレンを見つめる。こうして改めて聴いてみると、エレンの歌声がどれだけ素晴らしいかがよくわかる。
 優しくて、柔らかくて、あたたかくて、そして、ちょっとだけ寂しげで。

(エレンが幸せのメロディの歌姫だった理由が、今ならよくわかるよ。この歌声を知ってるから、ハミィはずっとセイレーンを信じていられたんだね)

 ハミィの歌声が天上に住まう神々の声ならば、エレンの歌声は大地を癒す安らぎの声。
 まるで対照的でありながら、どこか似通っていて――染み渡るように、聴く者の心の奥底に入り込んでいく。

 奏は響を見つめる。こうしているのが、とても不思議に思えた。
 ほんの一年前までは、お互いにすれ違ってばかりで、楽しく会話を交わすこともなかった。
 たった数ヶ月前は、自分が響にピアノを教えていた。何年もレッスンを怠っていた彼女の腕は、初心者に近いほどに衰えていた。
 それが、どうしたことだろう?
 今、隣に居る響のピアノは、天才少女と謳われた頃と比べても遜色ない。いや、遥かに勝っているほどだった。

(もう、ついていくのがやっとよね。それでも、響と一番上手に合わせられるのはこの私。それだけは譲らないんだから――)

 奏は、響に合わせて懸命にピアノを奏でる。
 自分だって、お店の手伝いや、レシピの研究や、勉強の合間を縫いながら、ただの一日も欠かすことなく、ピアノのレッスンを続けてきたのだから。

 アコは、そんな響と奏とエレンを見つめる。
 正体を隠し、本当の自分を偽って、誰にも話せない苦悩を抱えて……。
 それでも、決してあきらめられない願いを胸に秘め、たった一人で戦っていた。
 そんな孤独から、救い出してくれたのが彼女たちだった。

 幼い頃から、両親と一緒に歌うのが、音楽の楽しさだと思っていた。だから、また三人で一緒に暮らせるようになるまで、歌うのをやめようと誓った。
 だけど、世界はアコが思うよりもっと広くて、人間はもっとあたたかくて、音楽はもっと素敵なものだった。

(人はみんな、繋がることができる。響、奏、エレン。それを教えてくれたのは、あなたたちよ。わたし、この世界に来て本当に良かった)

 アコは、感謝の気持ちを込めてオカリナを吹き鳴らす。
 かつて、優しいパパを取り戻すことができたように、きっと元気なみんなを取り戻せると信じて。

 エレンはハミィを見つめる。床に置かれた、物言わぬ冷たい石像。それでも側にいてくれるのが、心強いと感じた。
 たとえどんな姿になっても、ハミィへの想いは変わらない。ハミィが、人間となった自分を、変わらずセイレーンと呼んで愛してくれるように。

 でも、だからこそ――

(お願い、目を覚ましてハミィ! 石になってたんじゃ、歌えないじゃない。一緒に幸せのメロディを歌うんでしょ? 私も、ハミィと一緒に歌いたい――)

 響、奏、アコ、そして自分。四人の絆だって、元々ハミィから始まった。ハミィが居なきゃ、みんなバラバラだった。
 守るから――今度こそ、絶対に守るから――
 だからお願い! 目を覚まして、ハミィ!!

 四人の想いは重なり合い、奏でる音は、互いに寄り添う一つの豊かな響きとなって、加音町を駆け巡る。
 この旋律が、新たなる幸せのメロディとなることを祈って――






『赤い翼の輪舞曲――繋がる世界と結ぶ歌――』






 十回目の演奏を終えたところで、エレンはギターの弦から指を外す。
 フゥーっと息を吐き出して、仲間たちの方に振り返る。そして、表情を誤魔化すように小さく笑った。
 彼女の顔には、申し訳なさと、悔しさが表れている。でもそれ以上に、精一杯やるだけやった充実感が伝わってくるのだった。

 エレンは、石になったままのハミィを見つめ、心の中で語りかける。

(ハミィ、聴いててくれた? やっぱり、私はハミィのようにはなれなかった。でも、決してあきらめないわ。いつか、きっと――)

 新しい夢は、今回は叶わなかった。でも、これまでの夢と同様に、完全に失われたわけじゃない。
 この胸のビートが止まらない限り、何も諦める必要なんてない。フュージョンを倒して、メイジャーランドに伝説の楽譜を探しにいく。順番が変わるだけのことだ。
 勝ち目が無いなんて問題じゃない。敗北なんて恐れない。自分には、一緒に泣いてくれる親友と仲間が居るのだから。

「やっぱり、ダメだったみたい。みんな、ごめんなさい!」
「謝るのは無しにしよう、エレン。とっても素敵な歌声だったよ」
「うん、私も感動しちゃった。こんな状況なのに、不思議と楽しかったもの」
「お疲れ様、エレン。わたし、やる前に言ったよね? 何があっても、絶対に後悔しないって!」

 ペコリと頭を下げて謝るエレンを、響と奏とアコが笑顔で迎える。三人の顔もまた、明るく晴れやかだった。
 にこやかに互いの健闘をたたえ合った後、全員の表情が厳しく引き締まる。
 これで人間として、出来る限りのことはやった。後はプリキュアとして、力尽きるまで――いや、勝利するまで、戦うだけだ。

 四人は頷き合い、キュアモジューレを取り出す。そして、変身のキーワードを唱えようとした、その時。

 ――カツ カツ カツ……

 高く硬質な音が、調べの館にこだまする。
 実に規則正しいテンポで、まるでメトロノームのように正確にリズムを刻む。

「この音は……靴音? なんだろう。なんだか懐かしいような……」
「響、これって、誰かの石化が解けたってこと?」
「私たちのメロディが――届いたの?」
「来るっ!」

 やがて、その足音の主が演奏の間にたどり着く。階段をゆっくりと降り、姿を現したその人は――
 ブラウンの髪に、真っ白なタキシードを颯爽と着こなした大人の男性。日本人離れした格好が似合う、若々しくて美しいとすら思える人。
 響の父親にして、大音楽家と名高い、北条団先生だった。

「やあ、響。お友達のみんなも集まっているようだね。演奏は、もうお終いかい?」
「――パパッ? うそっ……本当に……」

 息を呑む響の背中を、奏がそっと押してやる。響は一瞬だけ戸惑ってから、団に引き寄せられるようにフラフラと歩き出した。
 やがて、団のすぐ前に立った響は、トン、とその頭を父の胸に預ける。ギュッと抱きついて泣き出したい心境だったが、みんなの前で、それはできなくて。
 団は、そんな響を優しく見つめて頭を撫でた。

「北条先生! ご無事だったんですか? それとも――」
「ああ。何やら大変なことになっているようだね。恐らく、奏ちゃんが後で言いかけた方だろう。僕も先程まで、石になっていたみたいなんだ」

 団は、大よその状況を察しているといった風で、奏の言葉を遮った。細かい事情を聞いている時間は無いと、彼なりに判断したらしい。

「それじゃあ! 私の歌は――私たちの“幸せのメロディ”は、ちゃんと届いたのね!」
「良かったね、エレン」

 確かなる手ごたえを感じて、エレンが両拳を握り締めて喜びの声を上げる。アコも、目尻を拭ってエレンを祝福した。
 ようやく落ち着いた響は、団から離れて簡単に状況を説明する。
 今、自分たちが奏でていたのは、“幸せのメロディ”と呼ばれる曲に代わるもの。それが、本当に「人を幸せにする力」を持てば、街の人たちを元に戻せるはずなんだと。

「前にも同じことがあったね。“不幸のメロディ”だったかな? 石化はその影響だろう。僕の耳には、楽しい音楽しか聞こえない。それで人より早く元に戻れたんだろうね」

「人より早く」という団の言葉に、全員が色めき立つ。最初の一人、それは何よりも大きな一歩だった。
 さっそく、演奏再開の準備を始める。
 少人数の楽団においては、指揮そのものは、さほど重要ではない。しかし、指揮者の能力はそれだけではなかった。ましてや団は、世界最高峰の指揮者であり、大音楽家でもあるのだ。

 団は卓越した才能をいかんなく発揮して、楽譜のアレンジを行う。いや、それは単なるアレンジという代物ではなかった。楽器の特性、各人の演奏力を正確に分析し、それを活かした曲の再構成をやってのけるのだ。
 これまでの演奏は、四人が全く同じ旋律を、ただみんなで一斉に奏でていただけだった。しかし、団はそれぞれの楽器に、独立した楽曲――つまりパート譜を割り振っていく。
 単独では曲として成立しない複数の楽曲が、互いに交わることによって、本来の作品の旋律――“幸せのスキャット”となるように構成したのだ。
 僅か一分半ほどの即興曲は、団の手によって、四分を超える本格的な組曲へと進化を遂げた。

 こうして新しい“幸せのスキャット”が演奏される。団が指揮に加わったそれは、もはや別次元の音楽に生まれ変わっていた。
 軸となる旋律は同じでも、曲の厚みがまるで違う。完成度においては天と地ほどの開きがあるだろう。
 次の奇跡はすぐに起こった。最初の演奏が終わるのと同時に、床に置かれたハミィの身体が、灰色から真っ白へと変化し始めたのだ。
 温もりと柔らかさを取り戻したハミィは、エレンめがけて飛びついた。

「セイレーン! またセイレーンの歌声が聴けて、ハミィはと~っても幸せニャ!」
「良かった……ハミィ。本当に――」

 エレンも、ハミイを頭の横に抱えるようにして、しっかりと抱きしめた。
 続いて、ハミィに声をかけようとした響と奏とアコが、異変に気付いて後ろを振り返る。

「響っ! また!」
「うん、足音が聞こえる。今度は二人?」
「まさかっ!」

 団に続き、新たに二人の人間が姿を見せる。その格好はどう見ても、この世界の、この時代のものではなかった。
 一人は、赤い髪に赤い髭、頭にヘ音記号を模した飾りを着けた、精悍で気品溢れる壮年の男性。
 もう一人は、金髪のロングヘアーに真っ赤なバラの髪飾りを付け、白とピンクの華やかな貫頭衣を着た、若く美しい女性。
 いずれも、豪華な衣装に劣らぬ風格と、貫禄を兼ね備えた人物。

「やっぱり! パパ~っ! ママ~っ!」

 アコが感極まって女性に飛びつく。
 驚いた表情の団に、響がそっと耳打ちする。男性の名はメフィスト、女性の名はアフロディテということ。異世界メイジャーランドの国王と女王であること。
 そして、友達のアコの両親であることを。

「メフィスト様! アフロディテ様!」
「挨拶は抜きよ、セイレーン。非常事態なのはわかっています。簡潔に状況を説明してください」

「はい。実は――」

 アフロディテとメフィストは、最低限の状況だけ理解すると、団に向き合って手短かに挨拶をする。

「アフロディテさん、それではあなたが“幸せのメロディ”の指揮者なのですね? ならば、この場はお任せしましょう」
「いいえ。これは私も聴いたことのない音楽です。“幸せのスキャット”でしたね。どうか、この曲とセイレーンたちのことを、よろしくお願いします」
「実は、外にも何人か目を覚ました者たちが居るのです。わたしたちは、部下のトリオ……いや、三銃士たちと一緒に、外に居る者たちをまとめようと思います」

 団とアコの両親が打ち合わせを行う中、ハミィはセイレーンにあることを提案していた。

「ハミィも、セイレーンと一緒に歌うニャ! いいかニャ?」
「もっちろん! いいに決まってるでしょ、ハミィ。一緒に歌いましょう!」

 去っていく二人を見送るように、すぐに演奏が再開された。今度は、エレンの独唱ではなくて、ハミィとの二重唱として――

(これは……)

 団が一瞬、驚きの表情を浮かべる。猫が歌うことに驚いた――わけではない。外で起きている異変に比べれば、それは些細なことだろう。
 驚くべきは、ハミィの歌唱力と、エレンの声との相性だった。
 エレンの歌声は、大地を癒す安らぎの声。そしてハミィの歌声は、天上に住まう神々の声。その対照的な声がハーモニーを奏でることによって、真に“奇跡の歌声”となるのだ。
 友情のハーモニーパワー。エレンとハミィの歌唱力。妖精の神秘の歌声。彼女たちが奏でる美しき旋律。そして、団による究極のアレンジ。
 それらが一つに重なり合い、“幸せのスキャット”は、伝説の楽譜に記された“幸せのメロディ”に迫るほどの力を発揮する。

「王子正宗です。北条先生! 僕たちも、演奏に加えてください!」
「博尺(はくしゃく)、馬論(ばろん)、無戸(ないと)、貴志(きし)。音楽王子隊、ここに推参しました!」
「西島和音です。歌はダメだけど、大抵の楽器は弾きこなせるよ!」
「東山聖歌です。コーラスならお任せ下さい!」

 次々と、団や響たちの縁の者が調べの館に集結していく。私立アリア学園の生徒や教師も居たし、演奏の腕に覚えのある街の住人たちも居た。
 彼らに混じって、異形の生物たちの姿もあった。アフロディテが選んで送り込んだ、幸せのメロディの正規の演奏者たちだ。
 新たなる幸せのメロディである“幸せのスキャット”は、見る見るうちに厚みを増し、スケールを増大させて、遂には街中を揺るがす大演奏となった。

 それは、調べの館の中だけの話ではなかった。
 アフロディテは、“音楽の力”と呼ばれる、メイジャーランドの人間特有の魔力を使って、街中の人間や妖精たちを指揮していた。
 団の指揮に同調させて、念話を飛ばして統率していく。

 加音町の人々も、メイジャーランドの人々も、フュージョンに呑み込まれた時の記憶は残っているようだった。
 頭上に浮かぶ竜の化け物は、敵ではなく味方なのだということ。その内部に潜む敵が、やがて目覚めるであろうこと。自分たちの音楽が、その窮地を乗り越える力を持つのだということを。
 女王アフロディテの呼びかけもあり、全ての人間と妖精は、“幸せのスキャット”の元に一つになろうとしていた。

 世界の壁を超え、種の違いすらも乗り越えて、街全体が一つの大楽団となっていく。
 加音町の住人は、みんな何がしかの楽器を携えて演奏した。楽器を持たぬ者には、メイジャーランドの楽器の妖精が、自らの身体を預けた。

「響っ! 今、アフロディテ様から!」
「うん。聞こえてるよ、奏。また一つ、わたしの夢が叶っちゃった」

 アフロディテから、たった今、全ての人間、妖精、動物たちの石化が解けたとの報告が、念話であったのだ。
 街の映像が、響たちの頭の中に映し出されていく。

(いつか、メイジャーランドの人々と一緒に、音楽を奏でたい)

 かつて、ノイズとの決戦を前に、響が心に描いた夢。
 それは、響の想像を遥かに超え、かつて敵であったノイズすらも聴衆に加えて、現実のものとなったのだ。

「よかったニャ、セイレーン」
「おめでとう、エレン」

「ありがとう、みんな」

 ハミィとアコは、口々にエレンを祝福する。
 送られてきたイメージの中のアフロディテに、団も笑いかける。
 加音町の人々や、メイジャーランドの住人や妖精たちも、共に手を取り合って喜んだ。


“ギィヤァァ――!!”


 そんな和やかな一時を、ノイズの絶叫が引き裂いた。
 全ての者が、一斉に上空を見上げる。響たちもまた、館の外に出て仲間の様子を心配そうに見つめた。
 変化は、すぐに起こった。

「「「「ピーちゃん!!!!」」」」

 ノイズの硬い装甲が、皮膚と骨格の変化した鎧が、沸騰したお湯の表面のようにボコボコといびつに膨れ上がっていく。
 まるで亀が甲羅に閉じこもるように、首や尾が短く太く縮み上がる。逆に胴体は、締め付けられたように細くなっていく。空に翻る翼だけが、辛うじてそのままの姿を保っていた。
 やがて、ノイズの皮膚を突き破り、無数の触手が彼の身体から飛び出してきた。それらはノイズの身体をぐるぐる巻きにして、硬い外装を溶かしていく。
 溶けて、縮んで、それを繰り返していく。その体躯は、一周り、いや二周りほど小さくなって、ギュッっと高密度に圧縮されていく。サイズの低下と反対に、威圧感は高まり、力が増大していくかのようだった。

 ゆっくり、ゆっくりと、身体を変化させつつ、ノイズは地上間近まで降下していく。
 いや――それはもう、ノイズではなかった。

 鉛色の、のっぺりとした滑らかな流体の身体。細くしなやかな痩身でありながら、力強さを感じさせる独特のフォルム。
 呑み込んだ人々を放出したからだろうか。先ほど戦った時のような、ずんぐりとした体型ではない。あれほどの、圧倒的な大きさではない。
 初めて相対した時と同じその形状は、フュージョンの本来の姿なのだろう。違うのは、背中に生えた大きな翼。それは最後に残った、ノイズのたった一つの面影だった。
 もっとも、いくらか小さくなったとは言え、それでも街で一番高い時計塔に匹敵する程の巨体でもあった。

「私の名はフュージョン。全ての意思を統合し、人類を完全なる生命体に導く存在」

 鉛色の巨人は、人差し指を伸ばして調べの館に向ける。
 そこに、この世界の復活の鍵があることは、ノイズの記憶を共有する彼には手に取るようにわかっていた。

「やってくれたな。流石の私も危ないところだったぞ。だが、もう終わりだ。もはやお前たちの中に、私に対抗できる者は居ない」

 調べの館の庭に出ていた響、奏、エレン、アコは、険しい表情でフュージョンを睨みつける。

「よくも……よくもピーちゃんを!」

 怒りに震える響の姿が、フュージョンの目に留まる。狩るべき獲物を見つけ、赤い瞳がその一点を見据える。

「まずは、お前たちから吸収してくれる!!」


“お待ちなさい!!”


 凛と響く透明な声が、フュージョンの宣言を阻んだ。
 同時に、不安に怯える人々の波を掻き分けて、一人の老人が響たちの前に姿を現す。

「フュージョンよ、貴様の野望もそこまでじゃ!」
「そうです。対抗できる者なら存在します。それこそが伝説の戦士――プリキュアなのです!」

 老人の手にした白い箱から、柔らかな光が零れ落ちる。
 先ほどの声は、そこから発せられたものであるらしかった。

「おじいちゃん!」
「「「音吉さんっ!!!」」」

「プリキュアになって、奴を倒すんじゃ! もう、みんな知っておる」

 その言葉を受けて、街の人々が、響、奏、エレン、アコを見つめる。
 もともと、プリキュアの存在は公然の秘密だった。皆が気付かないフリを装っていたに過ぎない。
 その正体まではわからなかったものの、飛行船のように浮遊する調べの館から彼女たちが降りてきた時に、みんな薄々察していたのだった。
 そして、それはメイジャーランドの住人の存在と、アフロディテの声と、フュージョンに飲み込まれた時に共有した、おぼろげな知識によって裏付けられた。
 プリキュアの名を聞いて、街の人々の表情に希望の光が差す。それは、メイジャーランドの人々も、妖精たちも同じだった。みんなの声援を受けて、四人はキュアモジューレを高々と掲げた。

「人間はね、一人一人みんな違うから素晴らしいの。この世界は、たくさんの夢で奏でられる、幸せのメロディそのもの。それを奪おうとするなんて――」
「「「「絶対に許さない!!!!」」」」


“レッツプレイ・プリキュア・モジュレーション”


「ドドッ」「レレッ」「ララッ」「ドドッ」

 フェアリートーンが空を舞い、四つの音と光を放って、キュアモジューレに装着される。

 力強い変身の掛け声と共に、宙にト音記号の模様が描かれる。
 コンパクトの中央部から浮かび上がった始まりの記号は、光り輝く五線譜を伸ばして少女たちの身体を包み込む。

 四色の光から紡ぎ出される、神秘の力を纏った伝説の戦士。
 ドレミファソラシド……と軽やかなオクターブの響きと共に、聖なる儀式が完結する。


“爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!”
“爪弾くはたおやかな調べ! キュアリズム!”
“爪弾くは魂の調べ! キュアビート!”
“爪弾くは女神の調べ! キュアミューズ!”


「「「「届け! 四人の組曲! スイートプリキュア!!」」」」

 フェアリートーンは、自らの身体をリング状の羽に変えて、プリキュアを空へと導く。
 まさに、舞い上がろうとしたその瞬間だった。一人の少年が、両親の制止を振り切って、彼女たちの元に駆けて来る。

「待って! お姉ちゃんたち! それにアコ! ううん、プリキュア!」
「「「奏太っ!」」」
「奏太君っ! 無事で良かった」

 元気そうに駆けて来る少年は、奏の弟の奏太だった。
 その手には、緑色のアクセサリーの付いたペンダントが握られている。

「ねえ! せつなお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
「せつなは……」

 奏太の質問は、疑問ではなく、問い詰めるような響きを伴っていた。彼は、せつながイースに変身できることを知っていた。
 戦う力があるのに、ここに居ない。その理由は、一つしか考えられなかった。

「お願いだっ! 頼むよ! せつなお姉ちゃんを助けてあげて!」

「奏太、あのね……」
「――危ないから、出来るだけここから離れてるんだよ」

 リズムが何か言いかけるのを、メロディが遮った。話している時間は無いから。
 そして何より、返す言葉が無いのだから――

「どうして! どうして答えてくれないんだよっ!」

 奏太は尚も食い下がり、今度はミューズとビートに詰め寄ろうとする。
 しかし、二人もまた、悲しそうに目を伏せるだけだった。

「どうしてなんだよっ!」

 少年の叫びを背に受けながら、四人は空へ飛び立った。

 遂に復活した、フュージョンへの切り札。伝説の宝石箱“ヒーリングチェスト”を得て、プリキュアは最後の戦いに挑む。

 ノイズの言葉が本当ならば、クレッシェンドトーンの力は、フュージョンすらも凌駕するはず。
 何より――今の彼女たちには、大勢の守るべき人々がいる。それが先程にはなかった、身体の奥底から湧き上がるような力を彼女たちに与えてくれる。

 しかし、それは同時に――残酷な決断を彼女たちに迫るのであった。



最終更新:2013年02月17日 10:48