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赤い翼の輪舞曲 第16話――融合を超えろ! 心を繋ぐ組曲の調べ――




(ここは……? 一体、どうなっているの?)

 イースは、荒れ狂う流れの中でもがいていた。
 フュージョンのコアを追い詰めておきながら、後一歩のところで、結局止めを刺すことはできなかった。
 いかなる力の働きによるものだろうか? フュージョンの体内は大きく歪み、滅茶苦茶にかき回されて濁流と化したのだ。
 体中に居るイースもまた、抵抗することも叶わず、流れに身を任せるより他無かった。
 こうなっては現在位置の把握すらできない。イースの優れた感覚器官も、周囲の変化の正体がまるっきり不明とあっては何の役にも立たなかった。

(もう、この身体も持たない……)

 イースの情報を管理し、身体機能の強化・増幅を司る胸のダイヤに、ピシリと大きな亀裂が入る。
 強化服の機能を暴走させた代償だった。
 全力で動けるのは、後わずか一秒足らず。フュージョンの侵食に耐えるだけなら、まだしばらくは持つだろうが、それも――時間の問題であった。


“ギィヤァァ――!!”


 耳をつんざき魂を打ち砕く、竜の咆哮。
 この世界において究極の悪と恐れられた、ノイズの叫び声が聞こえてくる。

(そう――あなたも戦っていたのよね。なら、後のことは任せていいかしら?)

 できることなら、この手でフュージョンを滅ぼしたかった。だけど、もう仕切り直すだけの時間が自分には残されていない。
 体内に入り込む前の対決で、浪費した力が惜しまれる。もっとも、それだって奴を油断させるのに必要なフェイクだったのだから仕方が無い。
 結局のところ、一か八かの賭けに、敗れただけの話だった。
 昔から、欲しいものほど手に入らなかった。後一歩で敵を仕留め損なう。そんな惨めな結末は、確かに自分の最期に相応しいのかもしれない。

 ピシリ。ピシ、ピシピシ……。

 胸のダイヤの亀裂が、蜘蛛の巣状に広がっていく。それと共に、真紅の宝玉が黒ずんで色彩を失う。
 イースは一人、暗闇の中で消滅の時を待った。

(せめて、この戦いの結末くらいは見届けたかったけれど……)

 しかし、いくら待ってもその瞬間は訪れない。それどころか、何の前触れもなくフュージョンの侵食が止まった。
 そして、何が起きたかを確認する間もなく、闇の中に、突如赤い光が出現した。

 始めは、深い闇を真一文字に切り裂く一本の赤い線だった。やがてその線の中程が、徐々に上下に膨らみ始め、イースの視界を赤く染めていく。
 なんと、それは巨大な生物の目だった。自然界には存在しない、爬虫類と猛禽類の両方の特徴を備えた鋭い眼差し。

(もしかして……ノイズの瞳!?)

 視界の一切利かないフュージョンの中にあって、唯一視認できるもの。ノイズの瞳を、イースはじっと見つめる。
 視線を感じないため、ノイズがこちらを見ているわけでは無さそうだ。彼の目には、殺気すら宿っていない。
 やがて、瞳の中に何が映っているのかに気付いてイースは目を見開いた。

(あれは……地上の映像? じゃあ、今ノイズが見ているのは、街の様子だってこと?)

 まるで赤いフィルターがかけられた、巨大なスクリーンを見ているようだった。
 見つめられていないのに、ノイズの瞳が見えるということ。視覚を共有しているということ。
 それはつまり――
 ノイズの内側から、ノイズの目を見ているということだった。

(ということは、私は……フュージョンは今、ノイズの体内に居るってことなの?)

 ノイズにも吸収能力があることは、響たちから聞いて知っていた。
 竜のような姿をしてはいても、彼は悲しみの化身。生物学上の生き物では無いのだ。でも、まさかフュージョンを逆に呑み込むなんて、想像もしなかった展開だった。
 ともあれ、この状況は歓迎すべきものだった。ノイズとフュージョンとの対決は、ノイズに軍配が上がったのだ。

(メロディたちは? お願い! 無事で居て!)

 ノイズの視界の中に彼女たちの姿を探す。しかし、そこにあるのは人気の無い街の様子ばかりで、動く者の姿を確認することはできなかった。
 その映像に、突如、大きな変化が表れた。朱に彩られた空を切り裂いて、大量の矢のような何かが、地上へと放たれたのだ。
 イースは瞳を凝らして、視神経に意識を集中する。機能が衰えているとはいえ、彼女の動体視力は、大きさも形状も人間そっくりの石像の姿をはっきりと捉えた。

(あれは――まさかっ!)

 やがて、心地よいメロディがイースの耳に届く。ノイズの瞳が調べの館を映し出した。音楽はどうやら、そこから発せられているらしい。
 しばらくすると、街中を埋め尽くした石像に変化が訪れた。怯え固まっていた顔が、一人、また一人と柔らかな笑顔に変わり、冷たく固まっていた手足は、滑らかな動きを取り戻す。
 そんな人々の様子を確かめるように、ゆっくりと、街の隅々まで映像が流れていく。見えているのはノイズの瞳に映る景色だけなのに、何だか彼の穏やかな眼差しまでもが感じられるような気がした。

(そうだったの……。あなたは、私とは違う。何も諦めていなかったのね。ごめんなさい。そして――ありがとう)

 気が付くと、イースの両目からは涙が溢れ出ていた。
 暗闇に溶け込んだイースの漆黒の闘衣が、まるで色が抜け落ちるように、白く、白く変色していく。

 それは、“幸せのスキャット”が起こした、誰も知らないもう一つの奇跡だった。






『赤い翼の輪舞曲――融合を超えろ! 心を繋ぐ組曲の調べ――』






 上空から、翅の生えた巨人が迫る。闇色の翼は、夜空を切り裂いて飛翔する。
 その速さからは考えられないような、圧倒的な質量を伴って。

 フュージョンは、メイジャーランドや加音町の住人たちを失った代わりに、ノイズを吸収してその力を己の物としていた。
 肥大化した巨躯は幾分縮んだものの、痩身で切れのある肉体は、より高い戦闘能力を発揮する。
 小さくなったとは言え、それでも体長は数百メートルに達し、体重は数千トンにも及ぶだろう。
 しかし、プリキュアたちは臆せず、真っ向からぶつかっていった。

 巨大な隕石が落下するかのように、フュージョンがプリキュアめがけて拳を叩き付ける。
 四人はひと塊になって、上空目指して翔け上がる。
 滑るようにフュージョンの拳を潜り抜け、半円を描いて交差する。その姿は、まるで可憐な花が開いていくようにも見えた。

「おのれっ! ちょこまかと……なにっ!?」

「「ミュージックロンド!!」」
「ハートフルビートロック!」

 メロディ、リズム、ビートは、敵と交差する一瞬の死角を突いて、必殺技を叩き込んでいた。
 赤、白、青のリングが、フュージョンの巨大な身体を拘束する。

「無詠唱だと!? 威力も以前とは桁違いだ!」
「シャイニングサークル!」

 暗闇に、華麗に走る光のライン。まるで花火のように、夜空に巨大な五芒星が浮かび上がる。

「身体に――力が入らん!」

 ミューズの描いた魔方陣は、フュージョンの気の流れを乱して力を拡散させた。

「まだまだ、これからよっ!」

 ビートが、ラブギターロッドを高速で弾き鳴らす。通常は弦を一閃するだけの予備動作が、まるでロックの演奏のように激しく打ち鳴らされる。
 そして、空を埋め尽くすかのように出現する――大量の青い光の音符たち。
 一つ一つが、とてつもなく大きくて、その数は、数百、いや、数千にも届くほどだった。

「馬鹿な――どうしてこれほどの力が……」


“ビートソニック!”


「ぐあぁぁ――!」

 ビートの生み出した音符は、美しき光の帯を描いて標的に襲いかかる。フュージョンの悲鳴すらも、その爆音で掻き消しながら――
 苦しみの形相を浮かべながらも、フュージョンは拘束を打ち破り、ビートソニックの攻撃にも耐えて見せた。
 しかし、自由を取り戻した次の瞬間、前後を巨大なハート型の炎に挟まれていることに気付く。
 その技は知っている。一度受けたこともある。だが――規模が桁違いだった。

「避けてしまえば――どうということはない!」
「どこに逃げるつもりなの?」

 ミューズが、静かな怒りを湛えて言い放つ。
 フュージョンは、赤と白に燃え盛るハートの炎に気をとられて、その先が見えていなかった。
 黄色い泡が――否! まるで気球のように大きな球体がずらりと並んで、既にフュージョンを取り囲んでいたのだ。


“プリキュア・スパークリングシャワー!”


 フュージョンが両手を交差させて、防御の構えを取る。そこに迫り来る無数の泡と、二つの浄化の炎のハート。


“プリキュア・ミラクルハート・アルペジオ!”
“プリキュア・ファンタスティック・ピアチェーレ!”


 全包囲攻撃のスパークリングシャワーに退路を封じられ、ミラクルハート・アルペジオとファンタスティック・ピアチェーレの直撃を食らう。
 まるで、同じタイミングで数百発の花火を打ち上げたかのように、暗い空が真っ白に染まった。

 三度起こる――大爆発。

 しかし、三拍子は数えない。技を放った後、四人は反撃に備えて身構えた。
 これで倒せるなんて思っていない。最悪、今の攻撃を吸収される可能性もあるのだ。
 やがて、爆発の光が収まる。しかし、予想に反して、その先にフュージョンの姿は無かった。

「まさかっ! 今ので倒しちゃったの?」
「そんなはず無いよ。勝った気なんて全然しないもの」

 リズムの問いかけに、メロディは首を振って答える。浄化に成功した時のような手ごたえも感じられなかった。

「何か変よ。みんな、油断しないで!」
「上よっ!」

 ミューズが警戒を呼びかける。
 ビートが上方に気の高まりを感じて、とっさにバリアーを張り巡らせた。
 直後に飛来する、無数の小さな黒い塊。幾万の飛礫は、ビートのバリアーを打ち破らんと牙を剥く。

「わたしも――手伝う!」

 ミューズが空間からキーボードを召還する。奏でるメロディは、虹色に輝く球体となって彼女たちを覆った。

「なんとか――持ちこたえたみたいね」
「ダメっ! 次は下から来る!」

 飛礫の攻撃が収まり、一息付くビート。しかし、今度はミューズが危険を察知する。
 バリアーに弾かれ、あるいは命中せずに通過した飛礫は、再び一つに集まり、元のフュージョンの姿に戻っていた。
 そして、下方から口腔を開き、赤い光線を放射する。

「「「「せーのっ!!!!」」」」

 飛んで逃げては間に合わない。そう判断した四人は、互いの足を蹴って四方に散った。
 十分な距離を稼いだはずなのに、膝から下に焼けるような痛みを感じる。その圧倒的な破壊力に、今度は彼女たちが顔色を変えた。

「相変わらず、なんって威力!」
「あれじゃ、私のバリアーだってひとたまりも無いわ」
「わたしのも同じ。避けるしかないと思う。でも――」
「うん。もし、あんなのが街に命中したら……」

 スゥーっと音も無く、フュージョンがプリキュアの高度まで上昇して来る。
 もう、その表情には先刻の様な嘲笑は浮かんでいなかった。

「驚いたぞ。以前とは、比べ物にならないパワーだ。どうやって、そこまで力を上げた?」

「言ったはずだよ。わたしたちプリキュアは、全ての人の幸せを守るために戦ってるの!」
「大切な人たちを、失う辛さがよくわかったから……」
「もう、二度とこんな悲しい想いはしたくないから……」
「わたしたちは、絶対に負けるわけにはいかないのっ!」

 メロディが、リズムが、ビートが、ミューズが、口々にフュージョンの問いに答える。

「それが、お前たちの力の源か……。だが、同時に弱点にもなる」

 フュージョンが、下に向かって手を翳す。その意味を悟って、いち早くメロディが回り込む。
 鉛色の掌から、ポッカリと口のような穴が開く。
 そこから生まれ出た光は――一条の閃光となって、地上に向けて放たれた。

「間に合って! トーンのリング!」

 フュージョンの赤い閃光と、メロディの赤いリングが空中で激突する。わずかにフュージョンの力が勝り、力の余波が彼女を襲う。
 墜落しそうになるメロディを、追いついたリズムが支えた。

「この――ッ!!」
「休んでいる暇はないぞ?」

 フュージョンはもう片方の手からも、同じ光線を発射する。今度はビートが迎撃して、ミューズがサポートした。

「わかっていると思うが、今の攻撃は手加減をしている。どの程度まで耐えられるか、試してみるか?」
「こんなの、酷いっ! あんたの目的は、みんなを吸収して融合することじゃなかったの?!」

「私の目的は、全ての世界の、全ての命の融合だ。この街の人間の何割かが死んだところで、さしたる影響は無い」
「クッ、なんてことを!」

 唯一の説得材料をあっさりと撥ね付けられて、メロディの額に汗が滲む。

「どうした? 私を滅ぼす切り札があるんじゃなかったのか? 見せてみるがいい!」

 恐らくは、ノイズの記憶を盗み見たのであろう。
 クレッシェンドトーンの力を知って、それでもこう言い放つ以上、それを撃てない理由もわかっているに違いなかった。

 それからしばらくの間、四人は身を削るような防戦一方の戦いを強いられた。
 フュージョンは、街に向かって攻撃を放つだけでよかった。後は、プリキュアの方から勝手に的になりに来てくれるのだから……。






「ハァ、ハァ、ハァ、……」

 あれから数十発、四人は己の体を盾にしてフュージョンの攻撃に耐えていた。
 何も、反撃の手段が無いわけではない。フュージョンはノイズを吸収した直後のためか、プリキュアの技を吸収できないようだった。
 だから、こちらの攻撃も決定打とはならないまでも、確実にダメージを与えることができる。
 ただし――撃つことが出来ればの話だった。

「脆いものだな、プリキュアよ。こちらが上に立てば防御しかできず、こちらが下に立てば攻撃すらできないとはな」

「こんなやり方……卑怯だよ!」
「そうよっ! 人質を取っておいて、偉そうにっ!!」
「落ち着いて、メロディ、リズム。今は耐えるしかないわ」
「だけど、本当にどうする? もう、長くは持たないよ。もしも受け損なったりしたら……」

 どうするも何も、フュージョンを倒せる手段はたった一つしか存在しない。それは、戦う前からわかっていたことだった。
 リズム、ビート、ミューズは、黙ってメロディを見つめる。その視線を受けて、メロディが悲しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。

「前にも、同じようなことがあったよね。世界を救うか、仲間を助けるか、そんな選択がさ」

 あれは、アフロディテがマイナーランドに連れ去られた時のことだった。
 まだ幼生体だったノイズと、悪の心を増幅させられたファルセットは、女王の解放と引き換えに変身アイテムであるキュアモジューレの引渡しを要求した。
 それは、仲間を助けて世界を危険に晒すのか、仲間を見捨てて世界を守るのか。そんな、救いようの無い選択だった。
 結局、女王は取り返したものの、正気に戻ったバスドラとバリトンを助けるために、彼女たちはキュアモジューレに宿るト音記号を渡してしまったのだった。

「目の前で苦しんでいる仲間を、放ってはおけない!」
「仲間の苦しみの上に、幸せな世界なんて築けない!」

 その判断は、結果的には間違っていなかったと思う。だけど、それは予期しなかった奇跡に助けられたからだった。
 あの時の自分たちには、微塵たりとも、その先の見通しなんて無かったのだから。

 確かに、仲間の苦しみの上に、自分たちの幸せは築けない。
 だけど、自分たちや、その仲間と関わりなく生きている人たちの幸せなら、築けたんじゃなかったのか?

 あの時には考えてもみなかった。自分たちが、何を計りにかけたのかを。
 わずか数名の仲間と、自分たちの願いと引き換えに、世界中の人たちの運命を、勝算の無い賭けに巻き込んでしまったのだ。

「せつななら、なんて答えるかな? 自分が見捨てられたと知ったら、わたしたちのこと恨むかな?」
「メロディ……。ううん、響。せつなは――」

「わかってる。その逆だよね? せつなは自分の命に代えても、世界を救おうとした子だよ。“仲間の苦しみの上に、幸せな世界なんて築けない”なんて答えたら、せつながやろうとしたこと、全部台無しにしちゃうんだよね」

 前回は、自分たちの選択は正しかった。でも、今回もそうだと言えるだろうか?
 この下には、大切な家族がいて、友達がいて、幸せに暮らしているたくさんの人間や妖精たちがいる。
 そんな者たちが命を落とすようなことがあっても、自分たちの選択は正しかったって、そう胸を張って言えるだろうか?
 そうでなくても、たった今、本当に世界が滅びる姿を、その悲しみを、現実のものとして感じてきたばかりなのに。
 ここで選択を間違えれば、命を投げ打ってまで世界を救おうとした、せつなやピーちゃんの想いまで踏みにじってしまうことになるのだ。

「ねえ、響。私ね、せつなの笑顔が思い出せないの。何度か、確かに笑ったはずなのにね。私たちって、なんで戦ってるのかな? プリキュアだから、戦ってるわけじゃないと思う。守りたい人がいるから、戦ってるのよね」
「私には、何ものにも代えられない、守りたい“子“がいるの。でも、この身に代えてでも、守りたい“みんな“だっている。響に任せるわ。あなたが私を信じてくれたように、私も響を信じたい」
「わたしもエレンと同じ。パパやママを守りたいけど、せつなを見捨てたら、パパやママと笑えないもの。わたしはメイジャーランドの姫で、音楽の女神ミューズよ。覚悟はできてるから!」

 決断に苦しむメロディに、リズム、ビート、ミューズが、手を重ねて思いを伝える。
 やがて吹っ切れたように、メロディは顔を上げた。

「きっと、せつなは自分をあきらめるのが正しいと思ってる。いつだって、それが正しいと思ってる。わたしはね――そんなせつなが許せないから!」


“わたしは――わたしたちはっ! 絶対にせつなをあきらめないっ!!”


「それが、お前たちの出した答えか? よかろう。考え抜いた結論を打ち砕いてこそ、心を折ることができる。待っていた甲斐があったというものだ」

「「「「いいえ! わたしたちの心は、絶対に折れない!!」」」」

 再び、戦闘が再開される。先程までと変わらない防戦一方の戦いが続く。
 しかし、その様子に悲壮感は無かった。さっきまでは受け切れなかったフュージョンの攻撃を、力強く跳ね除けていく。
 決意を新たにしたことで、四人の動きに本来の切れが戻っていたのだ。

「いつまで続けるつもりだ? もう奇跡は起きない。これで、お前たちに勝機は無くなったのだぞ?」
「ううん――奇跡は、必ず起こるから!」

 フュージョンの掌の光線を、ミューズが障壁で防ぎつつ答える。

「なぜ、そんなことが言える? もう、お前たちに手札は無いはずだ!」
「なぜですって? 決まってるでしょ!」
「今の私たちには、どうしても奇跡が必要だからよ!」

 今度は、口からの強力な光線が放たれる。
 その一撃を、リズムがミュージックロンドで迎え撃ち、その余波をビートがバリアーで受け止める。

「絶対に起きる! 起こして見せる! それが、信じるってことだよっ!!」


“プリキュア・ミラクルハート・アルペジオ!”


「ぐあぁぁ――!」

 フュージョンの背中に回りこんだメロディが、今度こそ渾身の一撃を叩き込んだ。
 のっぺりとした、感情の起伏の少ない鉛色の顔が、それでもハッキリとわかるくらいに怒りに歪む。

「……こんなことをしても倒せないと知りながら、なおも抗うのか? ならば今度こそ、本物の絶望を与えてやろう!」

 フュージョンは、大きく、大きく息を吸い込んだ。これまでにない程の、圧倒的なエネルギーが口腔に収束していく。
 しかし、突然集中を乱して不発に終わる。街の様子に――変化が起きたのだ。

「なんだ? この耳障りな音は……。いや、知っている。だが、どうしてこんな時に演奏などしていられるのだ!」

 静かだった街に、再び響き渡る“幸せのスキャット”。
 ハミィの歌声、団の指揮、アフロディテの神秘の力。加音町とメイジャーランドの、人間や妖精たちの演奏だった。

「プリキュアよ、聞こえますか? あなたたちの決断は、私を通じて、ここに居るみんなが聞いていました。その答えが――この演奏です!」

 アフロディテの声が響いてくる。そこに割り込むように、少年の声と、オウムらしき生き物の言い争う声が聞こえてきた。

「なあ、姉ちゃんたちと話してるんだろ? 頼むよ! 俺にもしゃべらせてくれよ!」
「無礼者っ! アフロディテ様のお力をなんと心得る!」

「大丈夫、ちゃんと聞こえるようにしてありますよ」
「ホントかっ! 姉ちゃんたち、それにアコ! 俺、せつな姉ちゃんに伝えられなかったことがあるんだ。
 俺さ……強くなりたかった。いつか、プリキュアや、太陽マンよりも強くなって……姉ちゃんたちや、アコや、せつな姉ちゃんだって、みんな守ってやるって、そう言いたかったんだ。
 せつな姉ちゃん! 聞こえてないかもしれないけど……。あきらめるのなんて無しだからな! ヒーローってのは、一度や二度くらい負けたっていいんだよ! 絶対にあきらめずに、最後は必ず勝つのがヒーローだろ?
 俺はヒーローになるのをあきらめないよ。だから、せつな姉ちゃんもあきらめないでくれよっ! がんばれ! がんばれっ! せつな姉ちゃん!!」

 再び、オウムと少年――奏太の言い争いが始まる。苦笑しながら、アフロディテは話を繋いだ。
 上空の様子を、その力で“観て”いたアフロディテは、プリキュアの葛藤を、街の人々に余すことなく伝えたのだった。
 みんな、この少年と同じ気持ちだった。自分たちに構わず、思う存分に、何の悔いも残すことなく戦ってほしいと。プリキュアを信じて、運命を託す――これは、自分たちの意思で決めた選択なのだから。
 少し前の住人たちなら、あるいは妖精たちなら、逃げ出した者も多かったかもしれない。
 だけど、ついさっき、全ての者で協力しあって“幸せのスキャット”を演奏したばかりだった。それが、バラバラだったみんなの心を一つにしたのだ。

「聞こえる? フュージョン。あんたの言ってる“融合”がどれほど薄っぺらいか、この音楽が証明してるよ!」
「人はみんなバラバラで、時には理解しあえずに、傷付けあったり、いがみあったりもする!」
「だけど、間違うからこそ、許してもらえる。弱いからこそ、力になってあげられる!」
「みんな違うからこそ、一つになった時に、より大きな喜びを感じられる。助けあい、補いあって、大きな力を出すことができるの!」

 一瞬の沈黙の後、フュージョンの身体が大きく震え上がる。体表が波打ったかと思うと、見る見るうちに膨れ上がっていく。
 巨大な体躯が、更に一回り大きくなる。何が起きているのかは、際限なく増大していく威圧感が教えてくれた。
 これまで抑えていた潜在能力の、その全てを引き出したのだ。
 激しく放たれる闘気は、もっと異質な、不気味な何かに取って変わる。それは殺気、あるいは怒気――いや、狂気と呼ぶに相応しいものだった。

「それが……どうしたと言うのだっ! どう足掻いたところで、お前たちに勝機はないのだぞ? 度し難い、愚か者どもめ……。もう、貴様らなど不要だ! 起こりもしない奇跡にすがりながら、死んでいくがいい!」

 融合を唯一の目的としていたフュージョンが、今――初めて相手を消し去るために牙を剥く。
 これまでとはまるで違う、圧倒的な恐怖と威圧感。
 その時だった――


“やっと、見つけたよっ!!”


 どこからともなく聞こえて来る、強い意志を持つ声が、加音町の空に凛と響き渡った。



最終更新:2013年02月17日 10:50