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赤い翼の輪舞曲 第18話――導け! 伝説にもない奇跡!!――




「度し難い、愚か者どもめ……。もう、貴様らなど不要だ! 起こりもしない奇跡にすがりながら、死んでいくがいい!」

 融合を唯一の目的としていたフュージョンが、今――初めて相手を消し去るために牙を剥く。
 これまでとはまるで違う、圧倒的な恐怖と威圧感。

 メロディたちの表情に緊張が走る。ここから先は、全く性質の違った戦いになると。
 昏く歪んだ思考。迸るような狂気。突き刺さるような悪意。
 目に視えるほどの、純然たる――殺意。

 その力が解放される前に、凛と響く声が戦場を二分する。


“やっと、見つけたよっ!!”


 舞い降りる――可憐な衣装を纏った三人の少女たち。そして、フワフワと浮かぶ小さなヌイグルミと、悲鳴を上げながら落下する小動物。
 見たこともない姿をした少女たちに、飛翔能力は無いようだった。側に浮かんでいるヌイグルミがピコピコと耳を動かすと、三人は硬質な靴音を響かせて空中に着地した。

“ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ! キュアピーチ!”
“ブルーのハートは希望のしるし! つみたて! フレッシュ! キュアベリー!”
“イエローハートは祈りのしるし! とれたて! フレッシュ! キュアパイン!”

「メロディ、あれって……」
「うん、間違いないね。せつなの仲間で、異世界のプリキュア!」

 華麗にポーズを決める彼女たちを見つめながら、リズムが囁く。メロディも、彼女たちから目を離さずコクリと頷いた。

「せつなを、返してもらうよっ!」

 中央で仁王立ちした少女――キュアピーチは、フュージョンにピタリと視線を据えて、見えない足場を一気に駆け抜ける。
 我に返ったメロディとリズムは、彼女の目的を察して、慌てて弧を描いて飛翔する。そして、ピーチの行く手を阻むようにその目の前に降り立った。

「待って! あなた、せつなの仲間なんでしょ? 一人で突っ込んじゃ危ないよ! 今のアイツは普通じゃないの!」
「それに、飛べないのなら戦うなんて無理よ。ここは私たちにまかせて」

「ベラベラと、何をしゃべっている!」

 フュージョンが苛立ったようにその手を翳す。大きな掌から生まれた光は、膨大なエネルギーを伴って三人を呑み込もうとする。

「危ないっ!」
「ビートバリア!」

 ミューズとビートのバリアが光線を防ぐ。
 光が収まった先には、尚も進もうとするピーチと、両手を広げて行かせまいとするメロディとリズムの姿があった。

「あなたたちが、この世界のプリキュアなんだね。お願い、そこをどいて! あたしは、どうしても行かなきゃならないの!」
「ねえ聞いて! せつなが心配なのはわかるけど、闇雲に飛び込んだって、あなたまでやられるだけだよ」
「せつなが呑み込まれてから、もう一時間近く経つの。言いにくいけど、あの中に居るってわけじゃ……」

「ううん、せつなは待ってる。だから、あたし――行かなきゃ!」

 三人が話している間にも、フュージョンの攻撃は続く。降り注ぐ飛礫がミューズのバリアを撃ち破り、襲い来る触手がビートのバリアを突破する。
 やがて、幾つもの触手が同時に高速で伸びて来る。その内の二本は、硬質の槍と化してメロディとリズムを突き飛ばし、残りは一挙にピーチに襲いかかった。


“はあっ!!”


 ピーチの気合が一閃する。不可視の力が、衝撃波となって触手を捻じ曲げ、跳ね飛ばす。
 気迫に満ちた表情でフュージョンを睨み付け、彼女は迷わずに駆け出した。

「貴様……」
「言ったはずだよ、返してもらうって!」

 ピーチは、「返して」ではなく、「返してもらう」と口にした。
 それは希望や願望を含まない、一切の妥協を許さない断言。力づくでも意思を押し通すとの宣言だった。
 飛礫の弾幕を十字受けで凌ぎつつ、更に速度を上げる。やがてフュージョンの元に辿り着くと、その変幻自在な体表に、躊躇なく両手を突き刺した。
 そのまま自らの身体をねじ込むようにして、フュージョンの体内へと潜り込む。やがてピーチの身体は、完全に見えなくなった。






『赤い翼の輪舞曲――導け! 伝説にもない奇跡!!――』






「行っちゃった……」
「もうっ! 無茶苦茶よ!」

 メロディが呆然として呟き、リズムが苛立たしげな叫びを上げる。
 二人は結局、ピーチを止めなかった。いや、止められなかったのだ。
 彼女のしたことは、少し前のイースと変わらぬ無謀な行動に思えた。だけどその表情は、あの時のイースとはまるで違っていた。

 危険は承知しているのだろう。でも、彼女の中には自己犠牲とか、そんな気持ちはまるでないようだった。あるのは強烈な意志と、確固たる自信だけ。
 命より大切な者を取り戻すために、命を惜しむ必要なんてない。覚悟なんて要るはずがない。ただ、当たり前のことをしに行くだけ――ピーチの表情が、雄弁にそう語っていた。

「どうするの? メロディ。これじゃあ人質が増えたことにしかならないわ」
「うん。少し待って戻って来なかったら、わたしたちも行こう」
「そうね。気が進まないけど……あの子だけでも助けてあげないと」
「でもっ! それでわたしたちまで吸収されたら、この街やメイジャーランドのみんなは!」

 ビートの問いに、メロディは自分も行くと答える。しぶしぶながら同意するリズムと、険しい表情で頷くビート。
 ただ一人、ミューズだけは反対した。メイジャーランドで実際にフュージョンに呑まれかけた彼女には、それがどれほど危険な行為か肌でわかっているのだ。
 その時、四人のすぐ近くから、涼やかでよく通る声と、穏やかで柔らかな声が聞こえてきた。

「その心配はないわ。ピーチは必ず戻ってくるから」
「考え無しに見えるだろうけど、そうじゃないの。これはピーチがずっと悩んで、やっと出した答えだから」

 上空から落ちて来た三人の少女の内の二人、青色と黄色のプリキュアが側にやってきていた。

「あなたたちは……」

「アタシはキュアベリー。この子はパイン。で、今突っ込んだのがピーチね。ホントはアタシたちが事情を尋ねたいところだけど」
「あんさんら、暢気に話し込んどる場合やないでっ!」

 しゃべる小動物――タルトが警告する。一瞬後に、その場を強大なエネルギーが薙ぎ払った。
 空中では自由に動けないベリーとパインを、メロディとリズムが助けて飛ぶ。ビートとミューズは、とっさにバリアを展開して追撃に備えた。

「ありがとう。えっと……」
「わたしはキュアメロディ。パインさんを抱えてるのがリズムだよ。あっちの青い子がビートで、黄色い子がミューズね」

「ねえ、そんなことより、あの子、本当に大丈夫なの?」

 リズムが不安そうに問いかける。フュージョンの攻撃は相変わらず苛烈だ。
 ビートとミューズの二人が交互にバリアを張って凌いでいるが、それも長くは持ちそうになかった。

「心配ないわ。遠い異世界に居ても、呼び合った二人よ!」
「うん。あの中がどうなっていたって、会えないはずなんてない!」

 とうとうビートとミューズが力尽き、双方のバリアが突破される。
 メロディ、リズム、ベリー、パインは、それぞれの最大の技でフュージョンを迎え撃った。






「ギリッ……ッゥ……」

 パッションの口から、苦しそうな悲鳴が漏れる。両手両足の自由を奪われ、磔となった身体に更なる圧力が加えられる。
 水流が複雑に絡み合って彼女の身体を締め上げ、関節があらぬ方向に捻じ曲げられる。
 先程までのような、吸収を目的とした侵食じゃない。それは、明らかに命を断つための攻撃だった。

(フュージョンが、焦っている? そう――来たのね!)


“せつなぁぁあああ!!”


 頭上から、ラブの声が聞こえたような気がした。
 振り仰げば、ほんのりと光る白い手が、真っ直ぐに伸びてくる。

 暗闇の中に差し込む、一筋の光。その先には、いつだってラブがいた。
 光の向うから差し出された手を、パッションは、なんだか懐かしい気持ちで見つめた。

(前にもこんなことがあった。イースとしての寿命が断たれそうになった、あの時だ。変わらない……何も変わっていない。私は、また同じ過ちを繰り返すかもしれない。だけど――私たちの絆だって、いつまでも変わらないから!)

 パッションが、渾身の力を込めて右手を伸ばす。そして、強い意志に溢れた神々しい手を――ほんの一瞬だけ躊躇ってから、力強く握り返した。
 その瞬間、二人のリンクルンから激しい光が迸る。ピンクと赤の二色の光が、ぶつかりあい、交じり合って、白色の閃光となって周囲を満たす。
 彼女たちの周囲だけ、まるで別の空間になったかのように、真っ白な光の中にピーチとパッションの姿が浮かび上がる。
 ピーチはパッションの手を引き寄せると、飛びつくように強く抱きしめた。助けられたのはパッションの方なのに、まるでピーチが甘えて泣きじゃくっているようだった。
 自由を取り戻したパッションは、子供をあやすようにピ-チの頭を抱きかかえる。
 しばらくの間、二人はそうして抱き合っていた。

「ごめんなさい、ピーチ。私……」
「謝るなんて無しだよ、せつな。こんな時はさ」

「そうね。ありがとう、ラブ!」
「えへへ、どういたしまして!」

 ピーチが涙に濡れた目で、嬉しそうに笑う。その顔をしっかりと見つめて、パッションも微笑んだ。

「さっ、ここから抜け出そう!」
「ええ。二人一緒なら、なんとかなるわ!」

「二人じゃないよ! ベリーとパインが外で待ってる。シフォンとタルトも。この世界のプリキュアたちも。素敵な演奏で応援してくれる、街の人たちだっているよっ」
「わかってる。みんな私の大切な親友よ。そして、この街は私の三番目の故郷だから――」


“絶対に、守ってみせる!!”


 誓いを新たに、パッションはリンクルンを取り出して妖精に呼びかける。

(私は間違っていた。四つ葉町や、この世界に来たことを悔いるんじゃない。出会いを感謝できるように、幸せへと繋いでいく努力をすべきだったんだ)

 ピーチのリンクルンからピルンが、パッションのリンクルンからアカルンが、それぞれ嬉しそうに飛び出した。
 再会を喜ぶようにクルクルと回りながら、ピルンがアカルンと両手を繋ぐ。
 まるでピルンがアカルンに力を分け与えるかのように、二体の妖精の周りが、あたたかなピンク色の光に彩られる。
 ピンクの光は徐々に赤みを帯びて、遂には真紅の輝きとなった。

「「アカルン、ピルン、お願い! 私たちを外へと導いて!!」」


“キィ――!!”


 二人と二体の身体が真っ赤な光に包まれて――フュージョンの体内から姿を消した。






 光が――降りてくる。強さと、あたたかさを同時に感じさせる――真っ赤な光が。
 辛うじて凌ぐのが精一杯。そんな絶望的な戦いを、一転させる希望の光が。
 それは上空で弾けて、中から二人の少女が飛び出した。
 まるで花びらが舞うように、繋いだ両手を中心に回転する。そして、ベリーとパインの横に軽やかに着地した。
 その内の一人、キュアピーチが大きく右手を上げて、四人は完全復活を宣言するように揃ってポーズを決める。


“Let's! プリキュア!!!!”


「あれが……せつなのプリキュアとしての姿?」
「名前は確か、キュアパッション!」
「他の三人とは違うのね。ミューズみたいに」
「うん、確かにあれはせつなね。って、ビートは一言余計よ!」

 メロディ、リズム、ビート、ミューズの表情が、驚きから歓喜に変わる。
 彼女たちの元に駆け付けるべく、一斉に飛翔しようとした――その時、禍々しい悪意が膨れ上がった。

「貴様らぁぁ! ここまでコケにしてくれるとは……それ相応の代償を払う覚悟はあるのだろうな? 先ずは、この耳障りな音を消し去ってくれるわっ!!」

 激しい怒りに打ち震える、フュージョンの声が戦場を駆け抜ける。怨嗟にも似た言葉に続いて、大量の空気がその口に吸い込まれていく。
 強大な力が――邪悪で、毒々しく、おぞましい力が、一点に収束していく。
 全てを焼き尽くす破滅の光。これまで幾度となく放たれた中でも、一際強い――本気の一撃。
 恐るべき威力を秘めた、フュージョンのエネルギー弾が発射される。融合ではなく破壊。加音町を地上から消し去るべく放たれた、それは滅びの光だった。

「いけないっ! ビート! ミューズ!」
「ダメッ! さっき力を使いすぎて――」
「わたしも……」
「どうしよう、もう、間に合わない!!」

 まだ比較的力を残しているのが、メロディとリズムだった。しかし、彼女たちにバリアを張る能力はなく、技で迎え撃つには、放たれた光は余りにも遠い。

「パッション! あたしたちでっ!!」
「わかったわ! アカルンッ!」
「オーケー!」
「うんっ!」

 とっさにピーチが叫び、パッションは前方に赤い球体を出現させた。
 その光球の中に、ピーチ、ベリー、パイン、パッションは飛び込む。光は一瞬の後に掻き消え、フュージョンの光線の前方、進路方向に出現する。
 しかし、彼女たちもバリアは張らなかった。メロディたちは知らないことだが、そんな能力なんて無いのだ。キュアスティックで迎え撃とうにも、それを準備する時間すら無い。
 四人はただ、絶望的に膨れ上がった光の渦を、小さな身体を盾にして受け止める。

「そんな、無理よっ!!」
「せつなぁぁ――!!」

 リズムとメロディが絶叫を上げて顔を伏せる。空を真っ赤に染めて、強大なエネルギーが彼女たちを呑み込んでいく。
 だが――フュージョンの放った破壊光線は、地上に到達することなくそこで止まった。

「あれは? あの――白い輝きは!?」
「フュージョンの力が、消されていく……」

 思わず目を背けたメロディとリズムに代わって、ビートとミューズがその奇跡を目撃する。
 フュージョンの光線に焼き尽くされたかと思いきや、彼女たちは眩い光を放って、その攻撃を完全に受け止めて見せたのだ。

「フュージョン、あなたは確かに強いよ。でも、どんなにたくさんの人を吸収しても、融合を続ける限り、あなたはずっと独りでしかない。
 あたしたちは、一人一人みんな違う。だから、みんなで愛し合えるの。みんなで一緒に生きていく意味があるの。
 あたしたちだけじゃない、全ての世界の、全てのハートを一つに重ねて!」


“チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!”


 それぞれの胸にある四つ葉のマークに、新たに、白い葉が追加されて五つ葉となる。

 ホワイト!――ハートは!――みんなの心!
 羽ばたけ!――フレッシュ!――


“キュアエンジェル!!”


 舞い降りる――四人の天使たち。

 絶望の闇を切り裂いて、希望に導く愛ある光。
 伝説にもない奇跡が、最悪の結末を打ち破るべく、ここに顕現したのだった。



最終更新:2013年02月17日 10:55