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第3話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』




「お帰りなさい。お疲れ様」
「「おかえりなさい、おとうさん!」」
「ただいま。おかあさん、ラブ、せっちゃん」


 仕事から帰った圭太郎を迎える、あゆみとラブとせつな。
 エプロン姿のラブとせつな。圭太郎とあゆみの周りをクルクルと回りながら、今夜は二人で夕ご飯を作るんだって嬉しそうに話す。
 ひとしきり話したら、パタパタと二人でキッチンに戻っていった。


「せっちゃんが帰ってきてから、華やかというのかな。家の中が明るくなったなあ」
「せっちゃん、可愛らしいものね」

「いや、それだけじゃなくて。ラブもあんなに嬉しそうに笑う子だったんだなってね」


 そして、お母さんもね。と圭太郎は心の中で付け加えた。
 二人とも笑顔は絶やしたことがなかった。
 でも、あの日からあゆみの笑顔は長くは続かなくなった。ラブの笑顔は憂いを帯びたような大人びたものに変化した。
 まぶしい笑顔。一遍の曇りも無い喜びの表情。最近のラブのそれは、幼く感じるほど無邪気なものに戻っていった。
 変わったのは自分も同じだろうと思う。家に帰るのがたまらなく待ち遠しくなった。扉を開けるのに心が躍る。
 こんな気持ちになるのは、新婚の頃やラブが生まれたばかりの頃以来だろうか。いい歳をして……。自分でおかしくなって苦笑した。







『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。おうちで夕ご飯――』







 タン。タン。タン。タン。タン。
 トン。トン。トン。トン。トン。


 小気味良い音がキッチンに響き渡る。
 軽やかに、リズミカルに振るわれる二振りの包丁。
 牛ろーす。豚と鳥のもも。しいたけ。たっぷりのたまねぎ。
 冷蔵庫の余りものを、上手にチョイスしてひき肉をこしらえる。


「ラブ。このくらいでいいかしら?」
「うん、バッチリ! 後はパン粉と卵黄を混ぜてこねるの」


 ラブはきゃべつの芯をくり抜いて細かく刻み、ケチャップ、醤油と混ぜて特製のソースを作る。
 おかあさんが特売で春きゃべつを買ってきた。刻んでサラダにして今夜はハンバーグ! と言うラブの提案は、この前したばかりだからとあっさり却下された。
 それで、ロールキャベツを作ることになったのだ。

 お揃いのエプロンをつけて、仲睦まじく調理を進めていく。
 二人とも真剣。交わす言葉は質問と指示くらい。だけど、時々交わされる視線、口元に隠し切れない笑み。
 娘たちの嬉しそうな表情に、あゆみと圭太郎の顔もゆるみっぱなしだ。


「もう、いいの?」
「春きゃべつを使う場合はね、煮詰めすぎないようにするのがコツなんだよ」


 ハンバーグが得意なラブの、自慢のレパートリーの一つだ。美味しそうな香りが食卓いっぱいに広がる。
 ラブが食器を並べて、せつなが可愛らしく盛り付けていく。
 おとうさんとおかあさんのグラスに、白ワインを注いで完成だ。


『いただきま~す』

「美味しいわ。ラブ、せっちゃん」
「本当だ。春きゃべつが甘くていいなあ」

「私は、ラブの言う通りにしただけよ」
「せつなの手際は凄いんだよ」


 途切れない会話。花が咲いたような明るい食卓。せつなが突然帰って来てから、一週間が過ぎようとしていた。
 幸せを学びたい。そう言った少女は、たちまち桃園家や周囲の人々を、笑顔と幸せでいっぱいにしていった。


「ブロッコリーの茎も、こうして煮ると美味しいなあ」
「人参も美味しいわぁ~。一緒に余り物を煮込むなんて考えたわね」


 ぎくっ! ラブがよそ見をしてごまかそうとする。


「ら~ぶぅ、に ん じ ん。食べないとね! 私も昨日はピーマンの炒め物全部食べたんだから」

「あ、ははは。その~せつな。お願い、食べて……」
「だ~め! はい、あーん」

「いや……その」
「あーん」


 せつなにじっと見つめられる。せつなの口もあーんと開いてるなあと思いつつ、ラブは観念して口を開いた。


「おいひいです」


 泣き出しそうなラブの顔を見て、全員が吹き出した。


「せっちゃん。学校はどう? 少し時間が開いちゃったけど、授業とかついていけてる?」


 あゆみが心配して声をかける。
 食事が終わり、みんなに紅茶を入れながらせつなが答える。


「大丈夫よ、おかあさん。ちゃんとわかるわ」
「せつなったら凄いんだよ。間違えたとこなんて見たことないし、スポーツも相変わらず得意だし。クラスでも人気者なんだから!」


 頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。控えめで礼儀正しく、優しい人柄もあって、元から人気は高かった。
 反面、遠慮がちで、自分から交流を持とうとしない子でもあった。
 帰ってきてからのせつなは、まるで人が変わったようだった。
 以前の魅力はそのままに、自ら話しかけ、積極的に人と関わりを持とうとするようになった。
 おせっかいな一面も見られるほどで、学級、学年の外にもファンは急速に増えていった。


「そう、良かった。ラブの勉強は大丈夫なんでしょうね?」
「いやぁ、あたしは、その……」

「はぁ~しょうがない子ね。せっちゃん」
「はい、まかせて。おかあさん」


 あゆみは無言で二階を指差す。今夜のせつなとのおしゃべりは、勉強会に変更になるだろう。
「は~い」と返事して、ラブはとぼとぼと上がっていった。


「ラブっ~! 後片付け済んだら私も行くから」


 せつなが声をかけると、今度は元気な声で、「早く来てね~」と返事をしてきた。


「せっちゃんも上がっていいわよ。片付けはやっておくから」
「ううん。私にやらせて、おかあさん」
「じゃあ、一緒にやりましょう」
「はい」


 今度はあゆみと一緒にキッチンで後片付け。せつなが洗った食器を、あゆみは拭きあげて並べていく。
 時折、チラチラとせつなの方を見る。


「どうしたの? おかあさん」
「あら、ごめんなさい。こうして……またせっちゃんと一緒に暮らせるのが夢のようで」

「私と暮らせるのが、楽しいの?」
「当たり前でしょ。娘と一緒に居られることが、幸せでない母親なんているものですか」

「ありがとう。おかあさん」


 せつなはあゆみにそっともたれかかった。以前より物怖じしなくなった。
 あゆみが優しく抱きしめた。


「ねえ、せっちゃん。遠慮も何もいらないから、あなたが思った通りにやりなさい。そして、何でも相談してちょうだいね。必ず力になるわ」
「そうだぞ、せっちゃん。おとうさんも、せっちゃんの幸せを誰より願っているんだからな」


 おかあさんばかりずるいぞ! と言った目で見ながら圭太郎も会話に混じってきた。


「ありがとう。おとうさん、おかあさん」


 せつなはしばらく二人に甘えてから、ラブの部屋へと向かった。




 幸せの街、クローバータウン。

 そしてきっと、どこよりも温かい幸せな家庭。少なくとも、この家の四人はそう信じられる。

 待っててくれる人。迎えてあげたい人。心を優しく満たしてくれる人。

 それは家族と言う名の幸せ。


 優しい夜は、その日もゆっくりとふけていった。



最終更新:2013年02月17日 08:14