第7話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ラブとせつなの料理対決――』
少し、強めの日差し。
梅雨を間近に控え、夏の到来を感じさせる。
熱気を払うように、一陣の風が吹きぬける。
せつなは片手でスカートを、もう片手で帽子を飛ばないように押さえた。
のどかな土曜日のお昼過ぎ。
せつなはラブと、商店街のスーパーにお買い物に出かけていた。
「みんなで、おうちで夕ご飯~」
「ちょっと! ラブったら、恥ずかしいから街中で歌うのはやめて」
ラブは、にははと笑いながら商店街の人たちに手を振って応えた。
「楽しいと、自然に歌いたくなるんだよ」
(もう……理由を聞いてるんじゃないのよ)
そう思いながらも、自分もつい口ずさみそうになり顔を赤らめる。
今日は、あゆみが残業で遅くなる日。
ラブとせつなの食事当番の日。
美味しい料理でもてなそうと、あゆみが勤めるスーパーにやってきた。
『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ラブとせつなの料理対決――』
「トマトが実れば、医者が青くなるんだって」
ラブが果肉の大きなトマトを、手のひらの上で転がす。
キュウリ、ナス、ピーマン、オクラ、ニガウリ、モロヘイヤ。
みずみずしい夏野菜が美しく並ぶ。
「ことわざね、わかってるわよ。旬の野菜は大事よね」
せつながあきらめたような顔でピーマンを買い物カゴに入れた。
ふと、足を止める。目に映るのは黄色いポップ。
「ニンジンが特売なのね」
「いや、ニンジンは昨日食べたばかりっていうか、その……」
せつなが無言でラブを見つめる。
「うっ……わかりました。なんてね、全然平気だよ、せつな。だって」
せつなが居ない食卓。そんなところで食べるハンバーグより、せつなが作ってくれたニンジン料理を食べる方がずっと楽しいもの。
「もう、そんなこと言われたら買えなくなるじゃない。わかったわよ、栄養は他のもので補いましょう」
「えっ! ほんとっ? やったね!」
「なんてね、冗談よ。作ってあげるからしっかり食べてね」
せつなは容赦なく買い物カゴに徳用袋の人参を放り込んだ。
ラブの悲鳴を無視しながら思う。
私も……どんなご馳走よりも、ラブと食べるご飯の方が美味しいと。
あゆみを見つけた。ファイルを持って豆腐とにらめっこしてる。
「「おかあさ~ん」」
嬉しそうにラブとせつなが駆け寄る。あゆみも笑顔で自慢の二人の娘を迎えた。
「何しているの? おかあさん」
「ああ、これはね」
発注台帳と言うのよ。と関心を持ったせつなに説明する。
一品ごとに細かく書かれた数字の羅列。前年の販売数、先週の数、気温ごとの誤差。
「より新鮮なものを、売り切れのないようにするために頑張ってるのね」
「その通り! 全てはみんなの幸せのために、ね」
あゆみがパチリとウィンクする。
広い通路、読みやすい大きさの字、背が低くても届く陳列棚。やさしさは至る所に溢れている。
忙しそうなあゆみに別れを告げ、買い物を続けた。
「苦手なものも、ちゃんと食べるのよ~」
そう言い残したあゆみに応えて、ラブが提案する。
「せつなっ、勝負しようよ!」
お互いに苦手な食材を使って一品づつ調理する。判定はもちろんあゆみだ。
「料理なら負けないよ~」
「私が上達してないとでも思ってるの」
しばらく睨みあって、そして笑う。今夜も楽しくなりそうだった。
夕飯の下ごしらえを済ませてから、いよいよ本番。
ピンクと赤の、お揃いの可愛いエプロンをつけて腕まくり。
二人とも自信たっぷりだ。
ラブはフライパンにごま油を入れて、何やら炒めだした。
短冊に切ったピーマンを後から加えて、更にじっくり焼いていく。
せつなは、おろし金を引っ張りだした。
ボールに、サラダオイル、砂糖、玉子、シナモン、アーモンド、塩、すりおろした人参を入れ、全部一緒にする。
水で溶いた小麦粉と一緒に練りこんでいく。
互いに、苦手な食材で作りあってるのに、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
既に勝負は始まっていた。
『いただきま~す』
いつも通りに、美味しいラブのハンバーグ。今夜はサイズは小さめ。
そして出てきたのが――
「これは、ピーマンの炒め物?」
砂糖と醤油で味つけて乾燥させた、たっぷりの鰹節。
カリカリに焼いたちりめんじゃこと、刻んで焼いたうす揚げ。
両面をこんがり炒めた短冊状のピーマン。
「美味しい……」
苦手なはずの、せつなの箸もどんどん進む。特有の青臭さと苦味をあまり感じなかった。
「これは……ビールが欲しくなるなあ」
「はいはい、ちゃんと用意してあるわよ」
あゆみが冷蔵庫から出してきて栓を開ける。せつながグラスを用意した。
ラブが勝ち誇った顔をする。
「まだまだ、勝負はこれからよ」
食後の紅茶の時間になる。今回せつなが作ったのはデザートだった。
「私の料理はこれ。たっぷりのニンジンを使ったキャロットケーキよ」
こげ茶色のバウンドケーキ。表面はホイップクリームで飾られている。
「うわっ~せつな、これ、すっごく美味しい」
「ほんと……やわらかい味って言うのかしら」
「上品なお菓子だね。せっちゃんにぴったりだ」
砂糖を使いすぎず、ニンジンが持つ自然な甘みを引き出す。
柔らかい生地に仕込まれた、砕いたアーモンドの舌触りが楽しい。
少しパサつくところを、ホイップクリームが上手に補っていた。
紅茶もいつもより美味しく感じられる。
「う~ん。おかわり!」
ラブが一番に食べ終わった。
一人ひとつよ。そう言ってせつなが笑う。つられておとうさん、おかあさんも。
「さあ、判定よ」
あゆみが立ち上がる。ラブをせつなは息を呑んで待った。
「今日のところは……両方美味しいので引き分け」
「「えぇ~~~!」」
「それじゃ、こうしましょう! 勝ち負けは次の対決で決めるの。今度は、ほうれんそう料理なんてどうかしら」
「おかあさん、それズルイ!」
「いいわ。私、精一杯頑張る」
「だって……わたしも苦手食材克服したいんですもの」
「無理に、夏場に食べなくても……」
圭太郎はそう言いながらも嬉しそうだ。僕は苦手なものがないからなあ、とぼやいていた。
ラブが再び歌いだす。
「みんなで、おうちで夕ご飯~」
今度はせつなも一緒に、みんなで一緒に歌いだす。
四つ葉になった桃園家に響き渡る。
それは――幸せの歌。
最終更新:2013年02月17日 08:15