第26話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』
夕闇が降りてくる。この季節特有の凛と張り詰めた空気が、北からの風に乗って吹き付ける。
緑溢れる豊かな街並み。若葉、青葉、紅葉とみんなを楽しませてきた銀杏の樹。
それも寂しく剥き出しの枝を晒すのみ。
景色から色彩が失われていく。終わりの季節。かつてのせつなの心象風景。
大丈夫、そうじゃないってわかってる。手を伸ばし、そっと樹皮に触れてみる。
きっとこの下では力強い命が息づいていて、新しい芽を出すために体を休めているのだろう。
幸せの集う街。人々の笑顔はこんな季節でも翳ることを知らない。
枯れ落ちた葉の代わりに、イルミネーションが飾り付けられる。
既にいくつか点灯し、暗い街並みを優しく彩る。
日々増えていく賑やかな飾り。光の道を描いて誘導するメインストリートの照明。
あちこちから聞こえてくるクリスマスミュージック。リズミカルな音の調べ。
楽しげで、ちょっと寂しげな歌声。
孤独な冬の夜空のキャンパス。この街のみんなと一緒なら、それも心安らぐ名画に変わる。
真っ白な息を吐いて、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。そして明るい表情で駆け出す。
もうすぐ訪れる、生まれて初めてのクリスマスのために。
「もうじきクリスマスだね。今年は雪が降るといいな」
「天気予報では晴れが続くみたいね。雪が降るのはいいことなの?」
「雪の夜のクリスマスはね、とっても綺麗なんだよ」
出かける前にラブと交わした会話。
初めてだからこそ、せつなに見せてあげたかった。そう残念そうにラブはつぶやいた。
雪の降る聖夜――ホワイトクリスマス。
素敵な響きだと思う。でも、その魅力は来年以降の楽しみにとっておこう。
もう十分すぎるくらいにワクワクしてるから。
『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』
クローバータウンストリート。かつて四ツ葉町商店街と呼ばれていた歴史のある往来。
付いて来たがるラブを苦労してなだめて、せつなは一人で買い物に来た。
クリスマスプレゼント。こっそり買ってみんなを喜ばせたかった。
捧げるのではなく、与えてもらうのでもなく、心を込めて贈り、贈られる喜び。
この街で知った、それは大切な幸せだった。
街灯の連なった通りを抜けて、レンガ造りの壁沿いの路地裏にさしかかった時だった。
小太りした老人が座り込んでいるのを見つけた。
品の良さそうな白人のおじいさん。真っ白な髪と同じ色の豊かなひげを蓄えている。
頬と鼻はやや赤く染まっていて、白い肌とあいまってひょうきんな印象を与える。
せつなが近づくと、穏やかな表情で微笑んできた。
「どうかしたんですか? おじいさま。私は、東 せつなといいます」
「これは親切にありがとう。わしの名はニコラスというんじゃ。腰を痛めて休んでおったんじゃよ」
せつなは少し逡巡した後、体を屈めて背を向けた。街は暗く、この辺りは人通りも少ない。
放っておくことはできないと思った。
「お嬢さんや?」
「どうぞ。お家まで送っていきます」
「気持ちはありがたいんじゃが、わしは重いでな。お嬢さんの細腕では無理じゃよ」
「平気です。見た目通りの力じゃありませんから」
老人は躊躇ったものの、せつなは一度言い出したら譲る性格ではない。ついに根負けして背中に体を預けた。
確かに老人にしては体格もよく、かなりの体重だった。それでもせつなに支えきれないほどでもない。
しっかりとした足取りで歩き始めた。
賑やかな場所をくぐり抜けながら、老人の示す通りに歩き始める。
重さは苦痛ではなかったが、街の人々の視線が少し恥ずかしかった。
でも、なぜか誰にも声をかけられることはなかった。誰も、気がつかないかのように。
通りを抜けて静かな公園に着く。住宅街から少しだけ離れた、子供用の小さな施設。
その隅にあるベンチの前で降りると言いだした。
人気のない小さなベンチで並ぶようにして腰をかけた。
「ここは? おじいさまの家までちゃんと送ります」
「いや、ここでいいんじゃよ。ありがとう」
優しいけど、はっきりとした口調。これ以上は干渉してはいけない気がした。
それでも、こんな寂しい場所に一人で置いて去る気にもなれなかった。
せつなは何を話していいかわからず、二人の間に静かな時間が流れる。
「お嬢さん、いやせつなちゃんと言ったかな。――優しいんじゃな」
「私は……優しくなんてありません。本当に優しい子を知っているから」
「ほっほ、それはもしかしたらラブちゃんと言うんじゃないかね?」
「知ってらっしゃるのですか? おじいさま」
「わしは全ての子供を知っておるとも。でも、どうしてじゃろうな。お嬢さんのことだけは思い出せん」
「おじいさんは不思議な人ね。私は遠いところから来たの。だから知らなくて当然よ」
柔らかい表情。吸い込まれるように深くて、穏やかな瞳。積み重ねた年輪が生み出す、包み込まれるような安心感。
せつなは、ふと甘えたいような気持ちになって丁寧語を崩した。
おじいさん。そう呼べるほどの年齢の方と親しく話したのは初めてだと気がつく。
ラブもおじいさんが好きだったと言っていた。その方もこんなに優しい目をしていたのだろうか。
「わしは子供にプレゼントを配るのが生きがいでな。とりわけ困った子や寂しい子にな」
「素敵なお仕事ね。私もプレゼントを買いに行くところだったの」
「せつなちゃんは何か欲しい物はあるかな? 何でも一つだけわしがプレゼントしてあげよう」
「ええっ、私はいいわ。とても幸せだもの。これ以上、欲しいものなんてないわ」
「そう言わずに、どんな大きなものでも構わんよ。一つだけ、わしのためと思うてな」
「なら、小さくていいから三つ。ううん、五つ欲しい」
「ほっほっほ。それは自分の分ではなかろう。わしがプレゼントするのは良い子だけじゃ」
「だったら――私はもらう資格なんてないわ。とても悪い子だもの」
明るく弾んでいたせつなの表情に影が差し込む。おじいさんはそっとせつなの手の上にしわがれた手を重ねた。
せつなはびっくりしておじいさんを見つめる。深い緑色の瞳がその表情を映し出す。心の底まで見透かされた気がした。
おじいさんは、やがてゆっくりと首を振った。
「せつなちゃんには、特別に大きなプレゼントが必要のようじゃな」
「でも、私は……」
「良い子じゃ。わしが言うんだから間違いないぞ」
おじいさんの、優しくて、温かくて、そして確信に満ちた力強い言葉に胸がいっぱいになる。
せつなはふいに涙が込み上げてきそうになって、慌てて立ち上がって後ろを向いた。
泣かされた。それがちょっとだけ悔しくなって、イジワルを言ってみた。
「じゃあ、クリスマスに雪を降らせてほしいわ。――なぁんてね、冗談よ」
「クリスマスに雪じゃな。確かに承ったぞ、せつなちゃんや」
急に突風が吹きつける。せつなが目をかばった一瞬の後、老人はその姿を消していた。
ヒラ、ヒラ、と紙切れが落ちてくる。それはシンプルなクリスマスカードだった。
「イブの日に、夜空を見上げてごらん」
いつの間に用意したのか、素朴なメッセージ。
それからしばらく探し回ったけど、結局どこに行ったのか見つけられなかった。
どうやって消えたのかはわからないけど、事件性は無いと判断してその場を離れた。
ひと時の優しい出会いに感謝しながら。
「へ~不思議なことがあったのね」
「あたしの名前知ってたって? そんな外国人のおじいさんに心当たり無いけど」
翌日のラブの部屋。せつなは集まった三人に昨日の出来事を話した。
ラブのことを知っていた。それに特徴のある容姿をしていた。もしかしたら、誰かそのおじいさんを知っているかもしれないと思ったのだ。
できるならもう一度会いたい。もう少しお話をしてみたかった。
「もしかしたら、本当にサンタクロースなのかも」
「本で読んだわ。でも、それって伝承の中の人物でしょ」
「そうだけど、教父聖ニコラオスっていう実在した人でもあるの」
「確かにニコラスと言ったわ」
キリスト教の司教、ニコラオスの伝説。
貧しさのあまり、娘を売りに出そうとしていた家族がいた。彼はその家の屋根に金貨を投げ入れ、身売りから救ったという。これがサンタクロースの起源なんだとか。
他にも無実の罪で囚われた人を解放したなど、幾多の聖伝が残っている。
クリスマスの前の晩には、子供のいる貧しい家の戸口にプレゼントを置いていったとも伝えられている。
「さすがに詳しいわね、ブッキー。でもそれだって伝説のお話でしょ」
「居たのは事実よ。実話とも言われてるの。でも、遠い昔の外国の出来事だし」
「難しい話はわからないよ。真っ赤な服着たプレゼントを配るおじいさんの話だよね?」
「少なくとも、着ていたのは普通の茶色っぽい服だったわ」
「ある意味、本物なのかもしれないわね。公認サンタってお仕事もあるらしいし」
「趣味でやってる人もいるらしいね。夢を配るためにって」
「あたし、わりと最近までサンタクロースを信じてたんだ。おとうさんだったけど」
「アタシはママだった。ノリノリでサンタのコスプレまでしてたのよ」
「わたしも……。お父さん似合いすぎだった……」
湧き上がる笑い声。どんどん話がずれていく。せつなは苦笑しながら、それでも楽しくみんなの話を聞くことにした。
もともと大して期待していたわけでもない。もしかしたら手がかりが見つかるかもしれない。そんな気持ちだった。
なぜだかわからないけど、もう会えない。そんな予感もしていたのだ。
「どうしたの? せつな。なんか元気ないみたい」
「せつなにとって初めてのクリスマスだものね。ごめんなさい、無神経だった」
「あっ、違うの。ただ、今頃どうしてるのかなって」
「会いたいの? せつなちゃん」
「そういえば失恋した後みたいな顔してるわね。せつなってもしかして」
「ちょっと、馬鹿なこと言わないで! もし、おじいさんがいたら――あんな感じなのかなって」
そう、思っただけよ……。とせつなは小さくつぶやいた。
みんな、せつなの孤独はわかっていたつもりだった。ただ、親しくなりすぎて、馴染みすぎて、時々忘れてしまう。
せつなは親もいない。家族もいない。楽しく遊んだ子供時代が無い。愛された記憶が無い。
サンタクロースを信じていたような夢も、おじいさんに遊んでもらった思い出も、何もないんだってことを。
「ねえ、みんなでそのおじいさんを探そうよ」
「そうね、アタシも会ってみたくなったしね」
「うん、面白そう。やろう」
「ちょっと待って! 会って何かしたいわけじゃないの。迷惑かもしれないし……」
「せつなは会いたいんでしょ。理由なんてそれだけで十分だよ」
「うん、そうだけど」
「出会った近辺の聞き込みから始めましょう。似顔絵なんかがあるといいんだけど」
「せつなちゃん、絵を描ける?」
「自信ないけど、やってみるわ」
ラブが学校の授業で使ってるスケッチブックと色鉛筆を持ってきた。
みんなに注目されて顔を赤らめながらも、せつなはスラスラと鉛筆を滑らせていく。
学校中のクラブ活動にスカウトされた経験を持つせつなの実力。それは絵画でも顕著だった。みるみる白い紙に命が吹き込まれていく。
「凄い上手ね。でも、なんだか本当にサンタさんみたいに思えてきたわ」
「うんうん、お鼻も赤いしね」
「ラブちゃん、お鼻が赤いのはトナカイだと思う……」
「もう! 冷やかすなら見ないで!」
祈里の突っ込みで沸き起こる笑い声に、ちょっとだけせつながむくれる。
そうこうしながらも、かなり正確な似顔絵が描きあがった。外国人であることを強調するために色鉛筆を使ったのも良かった。
街の人たちの反応は予想した通りのものだった。
この辺りにそんな外国人の老人はいない。見たことがないと。
街に住んでいるのではなく、観光客の可能性もあった。それでも、目撃者の一人も見つからないのは不自然だった。
平時ならともかく、今はイルミネーションの飾り付けや商店街挙げてのクリスマス商戦で人通りが多い。
それなのに、せつながおじいさんをおぶって歩いていたのを見た人すらいなかった。
みんなの心に一瞬同じ思いがよぎる。せつなが夢でも見ていたんじゃないかって。
でも――せつなが必死になっている。見ず知らずの他人に、懸命に頭を下げて尋ねている。だから信じることにした。
「すみません、このおじいさんを探しています。心当たりはありませんか?」
「あ~~。着ぐるみで良ければあっちの通りで風船配ってたよ」
「着ぐるみじゃダメなんです……」
「やっぱり本物なのかなあ」
「真面目に言わせてもらえば、本物なんているはずが無いんだけど……」
「もういいの。用事があるわけではないもの。みんなありがとう」
せつなが打ち切りを口にした。もう寒空の下で五時間近く探してくれた。感謝で胸がいっぱいになる。
少しでもせつなを元気付けようと、ラブが広場のツリーの様子を見に行こうと提案した。
四ツ葉町のシンボルの一つ。商店街の外れに設けられた広場。その中心に大きなスギの樹がある。
毎年十二月に入ると、クリスマスツリーへと姿を変える。
年を重ねるごとに買い足され、増えていく装飾。リース、ベル、キャンドル、サンタ人形、模造リンゴ。
数百の装飾と数千のイルミネーションが取り付けられ、幻想的な輝きを放つ。
街中の人たちが一度はこのツリーを見に来て、クリスマスを祝うのだ。
「イブのライトアップはもっと綺麗なんだよ。そうだ! お願いしていこうよ、せつな」
「お願いって?」
「ツリーの頂上にある星飾りはね、トップスターと呼ばれてるの。約束や希望、そして導きって意味があるのよ」
「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」
「ふふっ、本当にサンタクロースにされちゃったわね。おじいさん」
でも、ありがとう。そうお礼を言ってせつなも手を合わせた。
本来はお願い事をする風習なんてない。でも、せつなには確かな約束があった。その時に、また会えることを信じて。
「さあ、ツリーに負けないように、あたしたちもパーティーの準備して幸せゲットだよ!」
「そうね、これ以上ないくらい完璧なクリスマスパーティーにしなきゃね!」
「きっと素敵なパーティーになるって、わたし信じてる!」
「楽しみね。私も――精一杯がんばるわ!」
無理やり口ぐせを決めて、そしてみんなで笑った。
せつなにとって初めてのクリスマス。昨年は戦いで見られなかったから。
今までの思い出を取り戻せるくらい楽しんでもらおうと、ラブたちは計画を立てていたのだ。
昨日も、今日も、そしてきっと、明日も明後日も。
幸せの先には、やっぱり幸せが待っている。そしてより大きな幸せに向かって一緒に歩いていくんだ。
クリスマス・イブ。聖なる日の前夜祭。
桃園家の庭をいっぱいに使って、盛大なクリスマスパーティーが開かれた。
美希を筆頭に、美しく着飾った四人が華麗に短いダンスを踊り、パーティーが始まった。
ラブの作ったドーナツ型のリースが食欲をかき立てる。
祈里手製のサンタやトナカイのぬいぐるみ。可愛らしくあちこちで愛嬌を振りまく。
せつなの作った切り紙のアート。雪の結晶を中心に様々な抽象パターンが幾多の模様を描く。
美希の手製のアロマキャンドル。幻想的な光の揺らぎ。そして香るいくつものアロマが癒しを施す。
圭太郎とあゆみが張り切って取り付けたカラフルな電球の数々。大きな庭に美しい光の絵画を描きだす。
正と尚子の厳かな祈りの後、食卓を彩る数々のご馳走。
フライドチキン。ローストビーフ。ピザにフライドポテト。パスタにサラダにサンドイッチ。
あゆみの教えの元で、クローバー四人で作り上げた料理だった。
そして、最後を飾るのは大きなクリスマスケーキ。イチゴをメインに数々の果物が贅沢に並ぶ。
娯楽の方も抜かりは無い。
圭太郎と正の、冴えない隠し芸が失笑を誘う。あゆみの恥ずかしそうに歌う可愛い声が、雰囲気を和ませる。
その後に披露されるレミの歌声。レコーディング経験もある元アイドルの美声が会場を魅了する。
レミはあゆみにチラっと流し目を送って、少しだけ睨みあって、そして吹きだした。
ラブの華やかなオリジナルソロダンス。せつなの鮮やかなトランプマジック。美希の三度の衣替えによる美しいポージング。
祈里の早編み……は盛り上がらなかった。
夢のように楽しい時間が過ぎていく。それでも予定の半分。ラストを飾るプレゼント交換まで、まだまだゲームやイベントはたくさん残されていた。
ひとまず休憩を挟むことにした。
せつなはふと、胸のポッケが温かくなっているのを感じた。手を入れると、そこにはおじいさんからもらったクリスマスカード。
なんだか呼ばれているような気がした。そして、美希の言葉を思い出す。
「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」
(お星様。トップスター。この辺りで一番大きいのは……)
「みんなごめんなさい。私、行かなきゃならないところがあるの。すぐに戻るから!」
「あっ、待って! せつな、どこに行くの!?」
突然駆け出したせつなをラブが追う。他のみんなも追いかけようとしたがラブが止めた。あたしが付いて行くからって。
動きにくい格好をしてるのはお互い様。本気を出したせつなの脚はとても速い。ラブはあっという間に引き離されていく。
せつなは広場の大きなツリーの前に立つ。
凍えるような寒さにも関わらず、そこは大勢のカップルや友人、家族連れで賑わっていた。
冷たい風を受けて、ツリーの葉や飾りがさらさらと揺れ動く。イルミネーションがゆらゆらと光の残像を描く。
聞いていた以上に美しい、そう思った。でも、ゆっくり見ている気にはなれなかった。
きょろきょろと周囲を見渡しながら求める人を探す。ここに集った人々の中に居てくれることを信じて。
見つからない。焦るせつなの耳に、かすかに響く鈴の音が聞こえてきた。
シャンシャンシャン……。
シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。
シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。
それは、とても小さな音。ともすれば風にかき消されてしまうほどに……。
せつなの聴覚だから、かろうじて聞き取れるのだろう。周囲でその音に気が付いている人はいないようだった。
それは、空から聴こえてきた。
期待を込めて真っ暗な夜空を見上げた。
しかし、その後はそれ以上は大きくならず、また再び小さくなっていった。
せつなの瞳が失望に暗く染まる。
違う。暗く染まったのは夜空の方。星がひとつ、ふたつと消えていく。
暗い夜空がわずかな光すら失っていく。
そして、何かが落ちてくる。
それは、とても小さな白い結晶。
決して降るはずのない――雪だった。
今度こそ、辺りがザワザワと騒ぎ出す。
あるかないかわからない数だった雪の粒。
徐々に数を増やしていき、チラチラと降り注いでいく。
騒ぎはやがて歓声となり、人々を笑顔に変えていった。
生まれて初めてのクリスマス。そして、ホワイトクリスマス。
雪の降り注ぐ中で見る大きなツリー。街を照らすイルミネーションが雪の輝きと混じりあう。
美しい。それは確かに、言葉にできないほどに美しかった。
「せつなっ! やっと見つけたよ」
「ラブ……雪よ。降らないって、言ってたのに……」
「うん、凄いね。あたしもクリスマスに雪を見たのは、本当に小さい頃以来だよ」
「きっと……」
その先は口にできなかった。ラブにすら、その約束は話してなかった。
クリスマスカードも見せてなかった。
それは、せつなとおじいさんの二人だけの約束だったから。
「イブの日に、夜空を見上げてごらん」
そう書かれているクリスマスカードを、隠れるようにそっと開いた。
せつなの呼吸が驚きで一瞬止まる。
いつのまにか、メッセージが書き換えられていた。
瞳が限界まで見開かれて、そして――やがて涙が溢れ出した。
~~Merry Christmas~~
せつなちゃんの心のように真っ白で美しい、そんな雪をプレゼントに贈ろう。
自信を持って生きなさい。
ニコラスより、愛しのせつなちゃんへ。
「……あっ……あっ……えっ、えっ、えっ……」
ぽろぽろ、ぽろぽろ、とうつむいたせつなの頬から涙が滴り落ちる。体を震わせ、時に泣き声まであげて。
ラブは驚きの表情でせつなを見つめた。その姿が、まるで小さな子供のように見えたから。
やがてそれが悲しみの涙でないことに気が付いて、そっとせつなを抱きしめた。
何も聞かずに、泣き止むまで――ずっと、ずっと、優しく抱きしめた。
そして、また二人で雪を見つめた。
ラブはせつなと一緒に見られた幸せに感謝しながら。
せつなは、この雪の美しさを一生忘れないように。
この雪に恥じないように生きていこうと誓いながら。
「さっ、せつな。帰ろう。あたしたちを待っててくれる人たちのところに」
「うん……。私たちの家に」
その雪は、クリスマスの夜まで静かに降り続けた。
せつなの幸せを――やさしく見守るかのように。
最終更新:2013年02月17日 08:26