翼をもがれた鳥 第1話――飛べない空を見上げて――
“響け! 希望のリズム! キュアスティック・ベリーソード!”
キュアベリーの呼びかけに応え、リンクルンからアーティファクトが出現する。乙女の口付けで、希望の青い鍵、ブルンが目を覚ます。
軽やかなステップと共に、舞う! 踊る! 回る! 力の門を開く錠が解き放たれる!
引き出された巨大なエネルギーが、ベリーソードに注ぎ込まれる。
収まり切らぬ力の奔流が、青白い光となって駆け巡る。
「そうは――させない!」
破邪の言霊を紡ぎながら、刀身が印を刻む。その動きを阻止すべくイースが間合いを詰める。
狙うは一点! ベリーソードのみ。ウエスターの強化されたナケワメーケすら一撃で浄化する必殺技。
撃たせるわけにはいかない。あれだけは、人の身で耐えられるとは思えなかった。
しかし、イースの渾身の一撃は空を切る。命中する瞬間、ベリーの手から突然ソードが消えた。手首の動きだけで上空に放ったのだ。
「なにっ!」
「隙だらけよ、イース!」
イースの鳩尾に、ベリーの膝蹴りが突き刺さる。
強制的に止められる呼吸。全身を駆け巡る激痛に、イースの時間が停止する。
全て、計算通り。容赦ない追撃が加えられる!
膝を軸足と交差する位置で降ろし、体を反転させる。ダンスのステップの応用。回転加速した強烈な回し蹴りが、イースの頭部に直撃し体ごと弾き飛ばした。
同時に、落下してきたベリーソードがベリーの手に戻る。
一瞬浮かぶ、寂しそうな憂い。そして、謝罪の言葉。それも、ほんの一時のこと。
厳しい表情で必殺の言葉が紡がれる。
「ごめんなさい、イース。――さようなら」
“悪いの・悪いの・飛んで行け! プリキュア・エスポワール・シャワー!!”
イースは十数メートル先に飛ばされ、巨木に叩きつけられる。
歪む視界、軋む身体、焦る気持ち。脳震盪を起こし、立ち上がることが出来ない。
死の宣告にも等しい、キュアベリーの詠唱を聞きながら回復を待つ。動けるようになるまで後二秒――間に合うか?
その時、自分の名を叫ぶ声が後ろから聞こえてきた。
馬鹿なっ! この声は――ラブ? 変身もしていない。
距離はあるが、間違いなくエスポワールシャワーの軌道上。ベリーは気が付いていない。避けたら――ラブに!
後、数秒の時間があれば結果は違ったものになっただろう。浄化の属性を持つプリキュアの技なら、恐らく一般人に被害はないと思い至ったろう。
キュアベリーに停止を呼びかけることもできたろう。何より、ラブは――敵。庇う必要はないと、理性も働いただろう。
だが、全てが遅かった。眩いばかりの閃光は既に目の前にあり――イースは、回避する時間と体力を残さず防御に注いでしまった。
「っ――ぁぁあああああ!!」
スペード型の光の集合体が、イースのバリアを紙の如く引き裂く。
浄化の青い炎がイースを包み込み――焼き尽くした。
『翼をもがれた鳥――飛べない空を見上げて――』
最後の一枚。
これを使った後、私は生きていられるのだろうか。
クラインは、勝利すればメビウス様に会わせてくれると言った。
会って――私は――
「大丈夫? 気分はどう」
「ここは……?」
少しだけ、眩しい光。飾りのない部屋とベッド。
そして、ぼんやりした頭でも間違えるはずのない人。
せつなは少しだけ首を動かして、声の主に視線を合わせた。
心配そうな、不安そうな表情が、花開くように柔和な笑みに変わる。
「凄く疲れてるみたいだし、ここでゆっくりしていきなよ」
「ゆっくりなんてしてられないわ! 私には……やらなきゃいけないことがあるの」
握られた手から伝わる温もり。瞳から伝わってくる、心からの好意――愛情。
こんな形で会いたくなんてなかった。
迷いを振り切るために、決着をつけようとしていたのに。
ラブは続ける。「その気持ちよくわかるな」って。
(お前なんかに……何がわかる!)
せつなの心に、一瞬沸き上がる怒り。それも、ラブの溢れる好意でたちまち散らされていく。
でも、ラブほど自分の気持ちがわからない人なんているとは思えなかった。
ラブも無理して怒られたって。
応援してくれたり、心配してくれる人がいるのは、凄く幸せだって。
一言一言がせつなの胸を抉っていく。
「せつなも自分の体を大事にしなきゃ、回りの人たちが心配するよ」
優しい言葉。思いやりのこもった言葉。そして、一番残酷な言葉。
「行けば。あなたを心配してくれる人たちのところに」
それは、あきらめの言葉。そして、お別れの言葉。
もう、ボロボロの体。挫けそうな意思。最後の気力を振り絞った言葉も通らなかった。
「せつなを一人置いて行けないよ。あたしだってせつなが心配なんだから」
たった一人、本気でせつなを心配して大事にしてくれる人。
それも一時の夢。叶うはずもない幻。真実が知れるまでの間だけ、演じられる道化。
「やめろっ!」
拒絶? 違う、せつなが拒んだんじゃない。
世界が、せつなへの好意を許していないのだ。
何もない。自分には、本当に何もないのだと改めて知る。
それが、悔しかった。
それが、悲しかった。
何かつりあうものが、自分にも欲しかった。
だから、たったひとつの真実を掴むために来た。
ラブを、プリキュアを倒すことによって!
メビウス様の悲願を果たすことによって!
忠実な僕イースとして、メビウス様に認めていただく。
たとえ! この命と引きかえになるとしても。
嘘で固められた友情が、霧となって消えてしまうとしても。
それが、自分に許された、たった一つの生き方なのだから。
「私は――ラビリンス総統メビウス様が――下僕」
“スイッチ・オーバー”
最後のナキサケーベを起動させる。
襲いかかる激痛。魂に刻まれ、命を削る。
肉体を蝕み、食い荒らす。
もう、一刻すら耐える体力も残されていなかった。
「こんなの絶対許せない。でも、あなたが泣いているから!」
やめろ。もう、やめろ……。
泣いてなどいない。全ては、メビウス様のためなのだから。
「本当は、命が尽きてもいいなんて、思ってないんだよね!」
ピーチの言葉が、抱き寄せる体の温かさが、イースのたった一つの拠り所を不確かなものにする。
本当は? では、今の自分の決意は偽りだと言うのか。
壊れていく。壊されていく。肉体だけでなく――心まで。
メビウス様のお役に立ちたい。そして、認めてもらいたい。それは――確かな気持ちだった。
それが……イースとして生きてきたことの全て。自分に許される全てだった。
それ以上のものを求めても手に入らない。それはサウラーの言う通りだった。
「大丈夫? 無事でよかったね」
「黙れ!――黙れ!――黙れ!」
“スイッチ・オーバー”
「私の目的はただ一つ。お前たちを倒すことだ!」
覚悟すら見透かされ。
命を賭して戦ったのに、救われた。
悔しかった。涙すらこらえ切れないほどに。
勝利すら、ラブのもの。自分は――何一つ手に入れることはできない。
そして見せびらかす。惜しみなく差し出そうとする。
受け取ることなんて、出来はしないのに……。
正体を明かした。
かかとに力を込めて幸せの素を砕いた。
ただ、それだけが、イースにできた精一杯の抵抗だった。
ラビリンス――メビウスの居城。
クラインは、コンサート会場での異変の調査を行っていた。
ラビリンスの技術の粋を集めて作られたカード。それを無効化するほどの力。
発生地点不明。エネルギーの測定・分析不能。干渉コードの解析不能。推定される候補、該当無し。
圧倒的な上位の演算機関の働きによるもの。ラビリンスのコンピューターを軽々と遠隔操作してのける規格外。
(インフィニティか……)
クラインは、総統メビウスの謁見の間に訪れた。そして、調査結果を報告する。
やはり、インフィニティの仕業である可能性が高いこと。
隠すべきソレを起動させるほど、プリキュアはイースに入れ込んでいること。
そしてイースもまた、大きく心が揺らいでいることを。
「メビウス様、イースの処分はいかがいたしましょう」
「必要ない」
「お言葉ですが、あの者は破れ、敵の情けすら受けております」
「始めから、イースに期待などしておらぬ。だが、別の利用価値が生まれたようだ。プリキュアの手で始末させるのも面白い」
メビウスは、クラインにイースの監視とデーターの収集を命じた。
謀反を起こす兆しがあれば、その時は、直ちに生命活動を停止させよと言い渡して。
四ツ葉町の森の奥、占い館の一室
館に通じる道を、ひとりの少女が走る。
瞳に、深い決意を抱いて。
大きく早く振られる腕は、はやる気持ちの表れ。
大地を蹴る力強い足取りは、不退転の決意の証し。
でも、その表情に陰りはなく、そして、怒りも憎しみもなく。
愛しい人との待ち合わせに赴くような、喜びを内に秘めてすらいた。
モニターに映る人物を、ウエスター、サウラー、イースはそれぞれの想いで見つめる。
「見ろ! イース。お前が正体をバラしたりするから、さっそく乗り込んできたではないか」
「ここに来られるのは迷惑だ。この館は隠すことにしよう」
「――奴は、一人のようだ。私が行って倒してくれば問題ない」
「待て! そんな体では無理だ」
「黙れ! お前の指図は受けん」
「イース、館に戻る時の暗号を教えておこう。まあ、必要なくなるかもしれないけどね」
「フン、お前たちは黙って見ていろ」
占い館が木々に覆われ、紫色の光を放つ。空間をわずかだけずらせたのだ。
光が消えた後には、何も残されていなかった。その無の空間を切り裂くようにせつなは姿を現した。
「せつな」
「お前を探しに行こうと思っていた。わざわざ現れるとは手間が省けた」
「気が合うね、あたしもせつなに会いに行こうとしていたとこだよ」
「今日こそ、お前と決着をつける!」
「うん、そうだね。こんなこと、もう止めにしよう。ううん、必ず止めさせてみせる!」
“スイッチ・オーバー”
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
互いに変身して向かい合う。それぞれの胸に去来する思い。
イースは矜持を、ピーチは決意をそれぞれぶつけ合う。
「お前が友達と思っていたせつなとは、この私。お前の変身アイテムを奪うために近づいたのだ。そうとも知らずに気を許すとはな」
「今でも友達だと思ってるよ。その友達を、ラビリンスから抜け出させるために来たの。あたしの全てをかけて!」
「お前の、そういうところが頭にくるんだよ!」
(一体何なんだ、コイツは!)
正体を明かすことで、ようやく得たわずかばかりの心の平穏。それすらも一気に剥ぎ取られる。
怒りが湧き上がる。こいつは、こんなささやかな物まで認めてはくれないのか!
イースは確かに砕いたはずだった。幸せの素――ラブとの友情の証を。
断ち切ったはずだった。偽りで築き上げた――不思議に心地良い関係への未練を。
全く頭にくる。真実を明かして、なお砕けない奴の想いに! それに安堵すらしている自分自身に!
喜びなど感じてやるものか! こいつが見ているのはせつな。居もしない自分の作り上げた虚像。
そんなものを信じて、イースとしての全てを否定してくる存在。だから――倒すべき、敵!
ラブの目に映るのはせつな。姿は関係ない。イースとせつな、対極に位置していた二人の存在が一つになる。
イースへの怒りは心配に。抱いていた敵意は愛情に。戦いの記憶は、悲しい思い出に昇華されていく。
裏切られたとは思わなかった。
騙されていたんじゃないから! 自分の意思で信じているんだから!
「あああぁぁ――!」
「うああぁぁ――!」
言葉で伝わらないのなら、肉体に刻む!!
ピーチとイースの幾度目かの激突。そして、初めての本気の、全力の闘い。
互いに飛び込み、交差する瞬間に拳を交える。
威力ならピーチ、唸りをあげて剛拳が繰り出される。イースはぎりぎりで避けて反撃を放つ。
速度ならイース。高速で繰り出される連撃がピーチを襲う。ピーチもまた強引に捌いて強力な一撃を捻じ込む。
一進一退の攻防。それすらも理不尽だとイースは思う。
チェインジは変身。スイッチ・オーバーは強化。この二つの圧倒的な違い。
プリキュアは変身した瞬間に強者となる。ラブ自身の経験も加算されるものの、戦いに必要な技は変身と同時に授けられる。
スイッチ・オーバーは肉体の強化にすぎない。戦いに必要な技は、一から訓練と経験を重ねて積み上げていくしかなかった。
違う……何もかも。
ずっと傷付き、苦しみながら生きてきた。それと同じだけの時間、ラブは何を感じ、何を学んできたのだろうか。
自分の知らない、何を手に入れてきたのだろうか。
きっと笑ってきたのだろう。きっと仲間に囲まれて、愛されてきたのだろう。人を信じて、愛してきたのだろう。
夢とやらを見つけて、追いかけてきたのだろう。
かつてはくだらないと思っていた。愚かだと思っていた。ずっと、そう思っていたかった!
そうすれば、こんなにも苦しまずに済んだ!
考えても仕方がない。何も選ぶ自由などなかったのだから。だから、考えないようにしていた。
それなのに――お前は――! お前が――!!
「ねえ、せつな。せつなの幸せは何?」
脳裏に刻み込まれた、ラブの言葉。繰り返し、問いかけられる苦しみ。
黙れ――黙れ――黙れ――黙れ――黙れ――
お前に……、お前なんかに何がわかる!
イースは自問から逃れようと拳を振るう。
美しいほどに、洗練された動きで。溺れた者がもがき苦しむような、苦悶の表情で――
攻撃と防御は同時には行えない。
いかに速くとも、イースの手数の多さはそのまま隙の多さに繋がった。ピーチの攻撃が幾度となく体に突き刺さる。
苦痛とともに伝わってくるピーチの想い。悲痛な叫びと共に振るわれる拳。
殺気などまるでないのに――重い。苦しいのに――温かかった。
ピーチの反応速度では、イースの攻撃の全ては防げない。歯を食いしばって耐える。
一つ一つから伝わってくる、イースの想いの強さを知る。苦しい、苦しいって言ってるように感じた。
痛かった――打撃を受けた体も、振るった拳も痛かった。心が――痛かった。
そして、五分の戦況に変化が訪れる。
新しい人の気配が二つ。美希と祈里だ。プリキュアが、ついに揃ってしまった。
「ラブちゃん!」
「ラブ! ブッキー、アタシたちも変身よ!」
「待って! ここはあたしに任せて。お願い、二人は手を出さないで!」
ピーチが仲間の参戦を止める。
まだ、諦めていないのだ。まだ、信じているのだ。
まだ、一緒に笑うことができるようになると。
イースはさらに攻撃の手を強める。耳を塞ぐかのように。語り合いを拒むかのように。
答えの出せない問いかけを、続けられることの苦しさ。
イースはただ――拳を振るう。それは語り合いではなく――拒絶。
(わからないよ!)(わかるものか!)かみ合わない二つの気持ちがぶつかりあい、頂点に達する。
「お前と居ると、私の中の何かがおかしくなっていく。お前と居ると、私が私でなくなっていく!」
「せつな」
「だから……。だから、もう――終わりにする!」
「そうだね、終わらせよう。止めてみせるよ、あたしの全てをかけて!」
これで、本当にお別れ。覚悟なんてとっくに出来てる。ペンダントを砕く時にもう済ませている。
イースは全身の力を振り絞り、最大の一撃を放つべく飛び込んだ!
そして、ピーチも。想いの全てを込めて全身全霊の一撃で迎え撃つ!
闘気を纏い、大気を切り裂き、空を駆けるが如き跳躍から必殺の一撃を放つ!!
ぶつかり合う拳と拳。弾け飛ぶイースとピーチ。そして、地面に叩きつけられる。
「ラブ!」
「ラブちゃん!」
美希と祈里が駆け寄る。イースとピーチは、つがいのように対称に並んで倒れていた。
全力を尽くして闘った者同士のみが得られる共感。互いを認める心が、素直な感情を呼び起こす。
ラブは荒い息を整えながらイースに語りかける。
「せつな、お願い! ラビリンスを抜けて。せつなはあたしが……、必ずあたしが守るから!」
「変わらないのね、あなたは。言ったはずよ。私は、ラビリンス総統メビウス様が僕だと」
「せつなっ! あなた、まだそんなことを。ラブの気持ちがわからないの!」
「私は……せつなではない、イースよ。止めを刺す気がないのなら、引かせてもらうわ」
「せつなさん!」
ふらつくイースを支えようと、祈里が手を伸ばす。それをイースはそっと振り払った。
「覚悟しておけ、我が名はイース。ラビリンス総統、メビウス様が下僕。次に会った時こそ貴様らを倒す!」
「せつな……待って! せつな――せつな――せつ、あっ」
よろめきながら遠ざかるイースを、ピーチが追おうとする。しかし、足がもつれて転んでしまう。
「どうして……どうして……。せつなぁ――!!」
ピーチの叫びを背に受けながら、
元の、ラビリンス幹部の顔に戻ったイースは、静かに歩み去っていった。
最終更新:2013年02月17日 08:50