翼をもがれた鳥 第20話――Wheel of Fortune/運命の輪――




“ジョーカー”占いで引き当てた“切り札”を意味するカード。
 決して、切らないから切り札なんだ。我が身をも、一緒に切り裂くから切り札なんだ。

 プリキュアになれば――ダンサーとしての幸せを失う。
 もし、なれなければ――命すら失いかねない。

 どうして――こんなことになった?
 誰のせいで――こんなことになった?

 他人にダンスの喜びを教えておきながら、自分はそれを手放そうというのか?

 激しい怒りが身を焦がす。
 憎しみが心を真っ黒に染め上げる。

 誰が悪い? どうして、こんなことになった?


(ミユキさんを止める! こんな形で守られる幸せなんて、私は絶対に認めない!!)


 せつなはミユキを追いかけようとする。その腕をラブがつかんだ。
 目で語りかける。「先に変身を!」と。

 避難する振りをして控え室に飛び込む。
 こんな時、建物の中は一番危ない。ゆえに人は誰もいなかった。


「いくよっ! みんな!!」
「ええ!」
「うん!」


“チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!!”


 ラブたちは携帯電話を手に取る。ピックルンと融合して生まれたプリキュアの証、リンクルンのカギを開く。
“愛”“希望”“祈り”それぞれの想いを胸にホイールを回す。指先に込められたメッセージ。
 戦う意思を送信し、戦う力を受信する。

 全身が眩い光に包まれて、走り――滑走し――降下する!
 変身のプロセス。聖なる儀式。そして――生まれ変わる。

 刻の制止した電子の世界。優しさに満ち溢れた心を戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
 精神力の物質変換。想いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女たちを包む。
 大きな髪飾りは愛あるしるし。みんなで幸せになるために!

 光が収まり、伝説の戦士が姿を現す。


 ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ!
 ブルーのハートは希望のしるし! つみたて! フレッシュ!
 イエローハートは祈りのしるし! とれたて! フレッシュ!


“キュアピーチ”
“キュアベリー”
“キュアパイン”


“Let's! プリキュア!!!”


 三人が華麗にポーズを決める。
 せつなは動かない。両手の拳を硬く握り締め、うつむいたまま小刻みに身体を震わせる。


「せつな、どうしたの? 変身しないの?」
「今日は人がたくさんいるもの。イースは出ない方がいいかも」
「先に行ってるね、せつな」


 せつなは返事もしない。ピーチたちは後ろ髪を引かれながらも先を急いだ。







翼をもがれた鳥――Wheel of Fortune/運命の輪――』







 彼女たちが部屋から出たのを確認して、せつなは顔を上げる。
 その表情は鬼気迫り、瞳は憎しみに燃え上がる。
 ギリッと奥歯を鳴らす。こんな顔は、みんなに見られたくなかった。

 この部屋にいても、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくるような気がする。
 あんなに楽しそうだった人たちが、自分達を応援してくれた人たちが、恐怖に顔を歪めて泣き叫んでいる。

 脳裏に甦る、巨大ドームのコンサート会場の惨劇。
 あの時の観客も、同じ表情をしていた。

 ミユキさんの、優しさすら踏みにじって――
 あの人の、大切な夢すら奪い取って――


 胸が痛い。心が軋みを上げる。今日までせつなを苦しめてきた想い。
 それは悲しさ。それは後悔。それは怒り。
 それらが一つに結びつき、全身を焦がす激しい感情となる。

 それは――憎悪。

 これが、幸せを奪うということ。
 これが、私が今までやってきたこと。
 これが、彼らがこの先も続けていくこと。

 許せない!――絶対に――許さない!!


 首にかかったペンダントを見る。
 ラブとあゆみの想いのつまった、幸せの素が微かな光を放つ。

 幸せに――なれるかもしれないと思った。
 こんな自分でも、この世界のために何かできるかもしれないと思った。
 でも、結局は変わらない。
 イースがいる限り、ラビリンスがいる限り、この世界に本当の幸せは訪れない。


「ならば、戦おう! この身体が――砕け散るまで! ラビリンスの野望を――砕ききるまで!」



“スイッチ・オーバー”



 握った拳を、胸の中央で合わせて――開く!
 全身に電流が駆け巡る。体内の細胞が、戦うための配列に切り替わる。
 照明の落ちた部屋に白銀の髪が輝く。暗闇の中で、月のような純白の衣が淡く光る。
 鋼の檻を切り裂く刃。友の愛を剣に変え、イースが手にした新たな力。大空を翔ける自由なる翼。


「居なくなればいい。イースも、奴らも! この世界にラビリンスは必要ない!」


 ユラリ、とイースの身体が揺らぎ、次の瞬間には姿を失った。部屋の空気圧が一気に下がり、壊れんばかりの勢いでドアが閉まる。
 体重を消して、一瞬の内にトップスピードに乗せる。神技と呼べるイースの体術だった。

 中央ステージに向けて、ピーチ、ベリー、パインは走る。
 変身した彼女たちには、秩序を失った観客の波も障害にはならない。一瞬、足を踏める場所があればいい。
 跳躍の連続で一気に距離を稼ぐ。


「せつな、大丈夫かな?」
「確かに様子がおかしかったわね」
「思いつめてなきゃいいけど……」


 そんなピーチたちの横を、一陣の風が吹き抜ける。
 まるで、白い閃光。跳躍を超えた滞空時間と滑空距離。飛翔のごとき速度でイースが追い抜いた。


「なっ――!」
「今の……イース!?」
「あれが、イースの本気……」


 一足速く中央ステージにたどり着いたイースは、サウラーの腕にミユキが捕えられているのに気が付く。
 ゾクリ、と怒りが背筋を駆け上がる。


(待ってて、すぐに助けるから!)


 もう、イースにはわかっていた。ミユキがせつなに取った厳しい態度の全ては、せつなのためを思っての演技であったことを。
 真っ直ぐにダンスを勧められても、せつなは負い目から決して受け入れることはなかっただろう。
 心からの笑顔なんて、この先ずっと手に入らなかったに違いない。
 いっそ、本当に憎んでほしかった。こんなに優しい人が、悩み、傷つき、苦しむのは耐えられない。


(その腕を、どけろ!!)


 ミユキをつかむサウラーの腕に狙いを定める。気を貯めた一撃で砕いて奪ってやる!
 一直線に飛び込むイースの前に、ソレワターセが立ちはだかる!


(邪魔を――するな!)


 そのままソレワターセに突っ込む。
 リーチでは比較にならない。敵は蔦を飛ばして攻撃してくる。その全てを、イースはさらに加速することで回避した。
 懐に飛び込んで、渾身の力で拳を叩きつける。その腕に――激痛が走った!


「ぐっ! そんなっ!」
「イース! 来ちゃダメッ!!」


 何かを伝えようとするミユキの口を、サウラーが掌で塞ぐ。
 そちらに気を取られたイースが、ソレワターセの右腕の直撃を受けてステージに叩きつけられる。


「っ――!」
「イース! 大丈夫!?」


“ダブル・プリキュア・キック”


 ピーチがイースに駆け寄る。
 ベリーとパインが跳び蹴りを放つ。狙いを外さずソレワターセの本体に突き刺さり――弾き飛ばされた!


「ウソッ! 全く通じないなんて!!」
「この前戦った時よりも、強くなってる!?」


 ベリーとパインも驚きの声を上げる。敵わないまでも、二人以上でかかれば動きを止めるくらいはできた相手だった。
 ミユキを抱えて戦えないサウラーを庇うように、ウエスターが立ちはだかってニヤリと笑う。


「当然だ。ただ眠らせていたとでも思うのか? こいつはな、俺の不幸を喰って強くなったんだ」


 ソレワターセの成長の源は不幸のエネルギーだという。しかし、ゲージに蓄積されている不幸のエキスは、インフィニティ覚醒に必要なものだった。
 そこでウエスターは自分にソレワターセをリンクさせ、己の怒りや憎しみ、そして――の負の感情を糧に強化したのだ。

 有効な攻撃手段がない! 四人は慎重に距離を取る。観客の避難はできない。
 ここは囚われの檻の中。確実に倒すより他に、人々を外に出す方法がないのだ。絶対に破れるわけにはいかなかった。
 不幸中の幸いと言えばいいのだろうか? 競技場の巨大な敷地のおかげで、ソレワターセの周囲には戦うのに十分すぎるほどの空間が確保できていた。

 しかし、絶対的な力の差の前には、そのスペースも公開私刑の場にすぎない。
 プリキュアとイースにおいて、唯一敵に勝るのは速度のみ。しかし、攻撃の一瞬にはどうしても隙ができる。
 ソレワターセには打撃が通じない。痛くもない攻撃に備える必要がない。ただ、ヒットの瞬間に両手を振り回すだけで、面白いように四人は翻弄される。
 起死回生のキュアスティックによる必殺技も、難なく弾き返される。ピーチが、ベリーが、パインが次々に膝をつき、戦う力を失った。

 イースは肩で息をしながらも、何度でも立ち上がって攻撃を続けた。どういうわけか、イースに対する攻撃だけ威力が加減されているらしい。
 それが更なる屈辱を彼女に与えて奮い立たせる。

 周囲から悲嘆の声が漏れる。プリキュアが戦い、力尽きていくその一部始終は、会場中のスクリーンに映し出されていた。
 残るのは見たこともない白衣の戦士のみ。その姿も、風前の灯火のように儚く頼りなかった。


「人間どもよ、お前達に更なる絶望を与えてやろう。この女の顔をよく見るがいい。衣装こそ白いが、こいつは我々ラビリンスの幹部、イースだ!」
「ナケワメーケよ、本来の姿を現せ!」


“インフォメーション”


 中央巨大ステージのスクリーンに、両手両足が生える。モニター上部には緑色のクリスタルが輝く。サウラーの召還したナケワメーケだった。
 もう一体の化け物の追加に、人々は恐怖の叫び声を上げる。しかし、このナケワメーケの目的は破壊でも戦闘でもなかった。


「イースよ、これまでの戦闘も含めて、映像の全てはナケワメーケの力で街中のモニターに映し出されている。この意味がわかるな?」
「それで、どうしようと言うの? 街の人たちを私にけしかける気?」

「目を覚ましてもらうだけだ、イース。真実を目の当たりにしてな!」


 サウラーの合図と共にスクリーンの映像が切り替わる。それはこの会場の出来事ではなかった。
 この街で最初にナケワメーケを召還して、商店街のダンスステージを襲ったイース。
 販売機のナケワメーケで街を混乱させたイース。
 祈里の知り合いの子の飼い犬を操って、河川敷付近を破壊したイース。
 次々と映し出される忌まわしき破壊の記録。街の人々にとって、それは恐怖と憎しみの記憶だった。


「イース……確かにイースだ」
「どうして、イースが怪物と戦っているの?」
「プリキュアと共闘してた。それにあの白い姿は一体?」


 状況が理解できず、人々は様々な憶測を立て始める。
 一つだけ確かなことは、今、自分たちを庇って戦っているのは、間違いなくあのイース本人だということだった。

 そして、ついに巨大ドームでの決戦が映し出される。ナキサケーベが浄化され、イースはピーチの手を振り払う。
 正体を明かそうと、イースが両手を胸に合わせる。ペンダントを砕く前のシーンだ。


「やめてぇ――!!」


 そう叫んだのは、イースではなくミユキだった。
 ナケワメーケのコントロールでサウラーの意識が反れ、口を塞ぐ手が外れていたのだ。
 映像は手を合わせたところで止まっていた。ミユキが狂ったように泣き叫ぶ。それだけは、許してほしいと……。


「だ、そうだ。お前の自由などしょせんはまやかし。目を覚ませ、イース! 自らの意思で戻るなら、俺からもメビウス様に頼んでやる」
「戻れば、ミユキさんと、ここの人たちを解放してくれるのかしら?」

「ふざけるな! 戻るのはラビリンス幹部の自覚を取り戻したイースだ! 交渉できる立場だと思うのか!」
「なら、お断りよ。さっさと続きを映すがいい!」

「待ちたまえ、イース。様々な障害を乗り越えて、君はやっと希望を手にした。それを失うのが、絶望するのが怖くはないのかい?」
「フフッ、絶望するですって? 何を今さら。そんな感情、一時たりとも手放したことはないわ!」


 力尽きて動くこともできない、ピーチ、ベリー、パイン。懸命にイースを庇おうとしているミユキ。
 そして、家族として迎えてくれたあゆみと圭太郎。楽しいって気持ちを教えてくれた会場のみんな。
 彼らが愛している、素敵な街の住人たち。
 みんな、みんな、大切で愛しい存在だった。愛されることすら知らなかったイースが、愛する気持ちまで学ぶことができた。

 もう――十分だと思えた。
 もう――一生分の幸せを、手にすることができたから。
 ほんの短い間だけ、イースの胸を走り抜けた温もり。それすら、刹那の名を持つ自分には相応しいと思えた。

 これから、その大切な人たちの憎しみを背負って生きていくことになる。
 死ぬわけにはいかない。まだ、ラビリンスは健在なのだから。
 孤独を刃に、苦悩を殺意に変えて、戦って行こう。


(そして、居なくなればいい。イースも、ラビリンスも! この世界には必要ない!!)


 イースは、心の中を憎悪で塗りつぶす。この先何があっても、耐えられるように。
 そして、決意の眼差しでスクリーンを見つめる。

 多くの罪を重ねてきたイースの、判決が今――下る!


「やめてぇ――!!」
「せつなぁ――!!」
「せつな!!」
「せつなちゃん!!」


 ミユキが叫ぶ!
 意識を取り戻した、ピーチ、ベリー、パインも状況を理解して悲鳴を上げる!


「キュア・キュア・プリップ~~~~!!」


 その時、突如空間が歪む。何も無い中空から突然現れた一体のぬいぐるみ。
 彼女たちの悲痛な声を掻き消すかように、会場中に響き渡る声で不思議なキーワードを発する。
 額から眩い光線が放たれ、ナケワメーケのスクリーンに直撃する。

 手を開こうとしていたイースの画面が消える。大きなノイズを放った後、新たな映像を形作る。


「何が起こったんだ!? おい! サウラー!!」
「知るものか! 外部干渉だと? 僕の指令しか受け付けないはずだ!」

「これは――?」
「シフォンだ! シフォンだよ!」
「もぅ、冷や冷やさせないでよ」
「ありがとう、シフォンちゃん」


 シフォンの超能力による強烈なハッキング。
 ナケワメーケの回路を通じて、街中の全てのモニターに強制介入する。

 最初に映し出されたのは、瓦礫に潰されそうになる少年と少女を救ったイースだった。
 その後の、キュアピーチとの悲しい戦い。そして――抱擁。
 キュアベリーとキュアパインとの間で交わされた会話。そこで明かされる、イースの寿命管理の秘密。
 クラインの手によって倒れるイース。強靭な意志で立ち上がり、死の運命すら断ち切る奇跡。
 サウラーと、イースの影と、ウエスターと、それぞれ死力を尽くして戦うイースの勇士。

 会場中が、いや、街中が騒然となる。
 イースの凄惨で悲しき半生が、傷付きながらも懸命に立ち向かう姿が、ダイジェストで報道されたのだ。

 そして、最後の映像が映し出される。それは、ほんのついさっきの出来事。
 暗闇の中で少女がつぶやく。


「ならば、戦おう! この身体が――砕け散るまで! ラビリンスの野望を――砕ききるまで!」


 スイッチオーバーの掛け声と共に、少女の身体が発光し、画面に映し出される。
 それはイース。会場の人々を救うために、命を捨てて勝ち目のない戦いに挑む姿だった。


「居なくなればいい。イースも、奴らも! この世界にラビリンスは必要ない!」


 決戦に挑むイースの悲壮なる決意。その言葉に込められた後悔と、苦悩と、そして、どこまでも報われない愛情。
 モニターを通じて、会場中に、街中に届けられるイースの悲しき誓い。

 競技場の空気が変わる。会場中の気が爆発的に膨れ上がる。少女の想いを知り、己の矮小さを恥じる。やがて、それは怒りに変わる。
 恐怖は激情に駆逐され、すくんでいた足は前進を開始する。顔を覆っていた両の手は、硬く拳を握りしめる。
 観客の瞳に勇気が宿る。一歩、また一歩、人々は中央ステージを目指す。


「おのれ! 一体、何がどうなっているんだ!」
「まずいね。きっと、街中の全ての場所で同じことが起きているはずだよ」


 競技場の壁際で震えていた観客たちは、今やソレワターセと中央ステージを囲むように集まってきていた。
 呆然としているのは、ウエスターとサウラーだけではない。
 ピーチ、ベリー、パイン。イースやミユキまでもが驚きの表情で見守る。


「がんばれ! イース!!」
「負けるな! 俺達が付いてるぞ!!」
「イースお姉ちゃん、がんばれ――!!」


 イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース! イース!
 イース! イース! イース!
 イース! イース!
 イース!


 イースに向けられた声援が会場を揺らす。
 始めはわだかまりがあった者も、映像と会場の空気に呑まれ、やがて応援の列に加わっていく。
 瞬く間に、コンサートを思わせるほどの大合唱となる。

 ミユキが叫ぶ! 胸に渦巻いていた想い、伝えるなら今しかない!


「イース! よく見て! あなたは誰のために戦っているの? 一番大切なことは何なの!」
「でも――でも、私は……みんなを不幸にしたわ」

「確かに過去の悲しみは拭えない。でも、この先を笑顔に変えていくことはできるじゃない!」
「変える? でも、私が居たらみんなが――」

「ここにいる皆は、イースと一緒に幸せになるために集まっているの! だったら、あなたがやらなければいけないことは何なの!」
「私は――! 私は、みんなの――!」

「ええい、黙れ! ソレワターセよ、身の程知らずの人間どもを叩き潰せ!!」


 目と鼻の先に迫った観客に、ソレワターセが牙を向く。
 蔦の一撃で数人が吹き飛んで怪我を負う。しかし、それでも人々は引くことがなかった。
 イースとプリキュアを救おうと、せめて何かの役に立とうと、さらに詰め寄る。

 イースはみんなを守ろうと、必死で牽制攻撃をしてソレワターセの注意を引く。
 しかし、ソレワターセの蔦の数は多く、とても全ては防ぎきれない。一人、また一人と犠牲者は増えていく。


「やめて! お願い、やめてぇ――!!」


 今日初めて――イースが悲鳴を上げる。
 やっと手に入れた温かい居場所を失っても、夢と幸せを奪われようとも、決して怯まなかったイースが泣き叫ぶ。


 力が――欲しい!

 こんな敵を蹴散らせるような力が欲しい!

 違う! みんなを――みんなの笑顔と幸せを!


「イースお姉ちゃん、がんばれ――!!」
「イースお姉ちゃん、負けないで――!!」


 小さな男の子と女の子が、駆け寄ってきて懸命に応援する。
 それはあの時の――
 イースが瓦礫から救った、小さな兄妹だった。


 そうだった……。私も――私もみんなと一緒に!


(私たちみんなの、笑顔と幸せを守るための力が欲しい!!)


 ソレワターセの攻撃が、小さな兄妹を襲う。
 イースは成す術もなく、その子たちの盾となって立ちはだかる。

 その時! 赤い閃光が、遥か上空から落雷のごとき速さで飛来する。
 その光は、球状となってイースと兄妹を守る。

 如何なる攻撃をも受け付けなかったソレワターセが、初めてその光を前に後退した。


 イースは、赤い球体の中心を両手で抱きかかえる。
 あたたかい光は身体の疲れを癒し、傷の痛みすらやわらげていく。

 心の中に、直接何者かの声が響く。
 まるで、幼い少女のように透き通った声だった。


“その気持ちを、待ってたキー”

(あなたは、確か――)


“プリキュアの妖精、幸せの赤いカギ、アカルン”

(どうして、私のところに?)


“あなたに、ずっと会いたかった。いつも見ていたキー”

(そうか、さっきの映像は、あなたから見た私だったのね)


“やっとこれで、あなたが四人目のプリキュア”

(待って! どうして私が!? 私なんかが――!)


 腕の中からアカルンが形を失う。
 イースの体内に溶け込んで同化していく。
 それと同時に、アカルンから発せられていた閃光は、イースの身体から迸る。


(待って! 私にはそんな資格なんてないわ! 私には――!)


 助けを求めるように、イースはピーチ、ベリー、パインの方を見る。
 全員が、一言も発せられないようだった。そうしている間にも、光はますます強くなっていく。


「何を迷っているの! イース、お願い――みんなを守って!!」


 一番の気がかり、ミユキからの激が飛ぶ!
 覚悟を決める。イースの瞳が大きく開く! 胸に宿る力を受け入れ、解放していく。


(まだ――ダメ! アカルンが苦しんでる。イースの姿からでは無理なの?)


 一瞬、変身を解除しようかと迷う。そこにアカルンからの心話が届く。
 “プリキュアの誓いを唱えて”と。


 イースは両手を胸の中心で合わせ、大きく左右に広げながら高らかに叫ぶ!


「チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!」


 イースの掛け声と共に、その身体は直視できないほどの輝きを放つ。


 それは――絶望の闇すら切り裂く希望の光。

 最後の伝説の扉のカギが、たった今――開かれたのだ。



第21話(最終話) 翼をもがれた鳥――幸せの赤い翼――へ続く
最終更新:2013年02月17日 09:51