『星空の仲間たち(前編)』/夏希◆JIBDaXNP.g
一条の閃光が、滅びの闇を打ち砕く。
それは、起こり得たもう一つの可能性の否定。
未来を信じ、願いをかけて、四人の絆が守った命輝ける世界。
再び花は咲き、鳥は舞い、風は薫り、月は天空に満ちる。
全てのものに宿る命は、精霊となって姿を現し、少女たちの活躍を讃えた。
「わたしたち……」
「生きてる?」
精霊の声に呼び起こされて、満と薫は目を覚ます。
不思議な光景だけど、これが緑の郷の本当の姿のような気がした。
「まるで……」
「星たちのよう……」
フィーリア王女の澄み切った声が、心の中に優しく響き渡る。
昔、世界は命の存在しない暗黒でした。
しかし、命が生まれ、星となって、暗い宇宙の中でお互いを照らし出した。
そんな星たちのように、あなたがたも互いを大切に思う心で、照らしあって輝いているのです。
「「星空の仲間……」」
「そうだよっ! わたしたちは――」
「星空の仲間!」
まだ動かない体が、優しく抱き起こされる。咲と舞の声が頭上から降り注ぐ。
その力強い響きに励まされて、ようやく実感が伴ってきた。
奇跡は、本当に起きたんだと。
自分たちは、緑の郷の精霊に助けられて、この世界の一部になれたんだと。
星空の仲間に、心から感謝を。
本当に――ありがとうございました。
フィーリア王女が、大空の樹に同化するように、その姿を消した。
御神木の本来の姿。精霊界の中心にして、全ての命を司る世界樹の元に――
「王女様は、世界樹の精霊ラピ!」
「泉の郷にお戻りになったチョピ!」
「ありがとう……」
「ございました!」
「さっ、今なら泉の郷への道も開けるラピ!」
「一緒に、空の泉を見に行くチョピ!」
「満っ! 薫っ!」
「行きましょう!」
「「うん」」
光の道を潜り抜け、少女たちは空に向って落下する。そこは、天空に浮かぶ不思議な泉だった。
荒れ果てた姿しか知らない満と薫はもちろん、フラッピやチョッピ、そして、フープやムープまでもが言葉を失う。
片や、あまりの変わりように驚きを隠せず、
片や、見事に甦った本来の姿に感極まって。
空の名を冠するに相応しい、雄大な大空。澄み切った空気。爽やかに薫る風。
青々とした緑。清らかな水のせせらぎ。精霊たちの歌い声。
そこに広がるのは――
美しい緑の郷で暮らしてきた、咲と舞すら魅了する――命の輝き溢れる、神秘的な泉だった。
『ふたりはプリキュア Splash Star――星空の仲間たち(前編)――』
大空の樹の祠が光り、四人と四匹は緑の郷に、トネリコの森へと帰還する。
精霊の光もすでに収まり、周囲は日常の静けさを取り戻していた。
咲は満面の笑顔でみんなを見つめて、元気よく宣言した。
「さあ、みんな、帰ろう!」
「そうね、帰りましょう!」
「帰るラピ!」「そうするチョピ!」
「ムプ~」「ププ~」
「あなたたちは、泉の郷に戻らなくていいの?」
「てっきり、そのまま空の泉に残るものと思ってたわ」
「もう少し留まって、緑の郷と太陽の泉の様子を見届けるラピ」
「王女さまに報告するチョピ」
「満が心配ムプ~」
「薫が心配ププ~」
「私たちはもう大丈夫よ」
「また明日ね!」
みんな一緒。無事に戻って来れた。そんな喜びと達成感で胸を一杯にして、咲と舞は家路に着こうとする。
しかし、何かが足りない。気が付くと、フープとムープの姿が消えていた。
「って、もう! またあの子たち!」
「引き返しましょう。薫さんと満さんのところかも」
戻ってみると、案の定、はしゃぐ二匹と困った様子の満と薫がいた。
ムープとフープは気の小さな精霊だ。二人を慕ってはいたものの、これまでは遠慮もあったのだろう。
それがさっきの戦いで、一層に心が近づいたらしかった。
「今日は、満の家にお泊まりするムプ~」
「薫と一緒に、お休みするププ~」
「駄目よ、わたしたちには家なんてないのよ」
「早く咲のところに帰りなさい」
「満っ! 薫っ!」
「それって、どういう意味?」
「「咲? 舞?」」
「そういえば、薫さんと満さんの家がどこにあるか知らなかったわ」
「家が無いって、そのままの意味じゃないよね? これまでどうしてたの?」
「どうって、そのままの意味よ。咲や舞と一緒の時以外は、ひょうたん岩の上にいることが多かったわ」
「夜中に人目につくと、色々と面倒だったから」
咲と舞の顔色が変わる。
毎日一緒に居たのに、家のない子を外に追い返していたなんて。
自分がベッドで寝ている間、満と薫は……。想像しただけで背筋が凍りそうになる。
「どうして……。どうして、もっと早く言ってくれなかったのよっ!!」
「気が付いてあげられなくて、ごめんなさい……」
「咲、もしかして、怒ってるの?」
「舞は、どうして謝るの?」
「怒っちゃダメ、ムプ~」
「満と薫は悪くない、ププ~」
「そうじゃないのよ、咲は怒ってるんじゃなくて」
「大声出してゴメン。満、薫、とにかく今夜はうちに泊まっていって」
「咲、待って! 泊まるって……」
「急に二人も押しかけたら迷惑になるんじゃ?」
「だったら、薫さんはうちに来ない? ううん、ぜひ来てほしいの!」
「舞、気持ちは嬉しいけど……」
「あっ、でも満さんと離れるのが嫌なら……」
「そこまで、いつも一緒じゃなくても平気よ。薫、今夜はお言葉に甘えましょう」
「満……わかったわ。舞、お邪魔するわね」
「決まりだね! これからのことは今晩ぐっすり寝てから考えようよ!」
「そうね、そうしましょう!」
満と一緒のお泊り、そう考えただけで咲の心は弾む。舞も薫に、画材や、これまで描いた絵を見せるんだとはりきっていた。
そんな二人と比べて、満と薫の足取りはどことなく重かった。
満は胸のペンダントを外して、じっと見つめる。満と薫がペンダントを外すのを、咲と舞はこの時初めて見た。
薫は手を開いたり、握ったりを繰り返していた。
「満と一緒に帰ったら、みのりも喜ぶだろうな~」
「それなら、薫の方がいいんじゃない? わたしはどちらでも構わないわよ」
「満でもみのりちゃんは喜ぶわ。私も舞の絵を見てみたいし」
「そうそう。さっ、見えてきたよ。そんなに時間は経ってないのに、ずいぶん久しぶりに感じるね」
洋風の赤い屋根、アーチ状の大きな看板、緑色のストライプの日除け。
咲の家、ベーカリー『PANPAKAパン』の店舗が見えてくる。その門の前に来た時、満と薫の足が止まった。
もともと白い二人の肌が、緊張のためにより一層に透き通る。薫に至っては、心なしか体が震えているようにも見えた。
「どうしたの? 満、薫」
「わたしたちは、滅びの力でこの世界に潜り込んだの。その力が消滅した今、もしかしたら――」
「みのりちゃんにとっては、私たちは知らないお姉さんってことになるかもしれないわ」
「その時は自己紹介して、また仲良くなればいいじゃない! みのりなら、何度でも絶対好きになるって!」
「そうね、そうよね。私もそう思う!」
「満と薫なら、絶対に大丈夫ラピ」「チョッピも応援するチョピ~」
「ムープも手を貸すムプ」「何をすればいいププ?」
「もう、あんたたちはいいからじっとしてるの!」
「あれ~っ? わあ~っ、薫お姉さんだ~!!」
家の外から聞こえてくる声に気が付いて、みのりが駆けて来る。
心配が杞憂に終わったと知って、全員がため息を付いた。
「その前に、お帰りなさい、お姉ちゃんたち、でしょ?」
「わかってるもん。今ちょうど、薫お姉さんのことを考えてたから」
「はいはい。お姉ちゃんたちは疲れてるから、遊ぶのはまた今度ね」
「えっ~、みのり、つまんないっ!」
「その代わり、今夜は満がうちにお泊りするから」
「ホントっ? 満おねえさんが? じゃあ、薫おねえさんは?」
「薫さんは私の家にお泊りするのよ。今夜は我慢してね」
「は~いっ!」
家に入っていく咲と満とみのりと、とっさにカバンに隠れた四匹の精霊たちに手を振って、舞と薫は海岸沿いの道を歩いて行く。
「ねえ、薫さん。何か気になることがあるの? さっきの様子、みのりちゃんたちの記憶のことだけじゃないんでしょ?」
「舞には何も隠せないのね。滅びの力がなくなっているの。もう、空を飛ぶことも、服を変えることもできないみたい」
「そうだったの……。大丈夫よ! 私たちは始めからそんなことできないもの、なんとかなるわよ」
「ええ。私だって、別に力を失ったのが惜しいわけじゃないわ」
薫は目を閉じて、左胸に手を当てる。確かに感じる鼓動と温かさ。精霊の光を湛える、固いペンダントも感じられた。
本当に欲しかったものは、ちゃんと手に入ったのだから……。
そんな言葉を、そっとその胸の内に収めた。
咲と満とみのりは、店の裏口を通って家の中に入った。普段なら店内から入ることも多いのだが、今日は服装が少々目立ちすぎた。
灰色の戦闘服は、この季節なら普段着としても十分に通用する。だが、かなり汚れてしまっていた。
咲が着替えを提案して、ついでにお風呂も済ませてしまおうってことになった。
「満~、湯加減はどうかな?」
「それってお湯の温度のこと? よくわからないけど、気持ちがいいわ」
生まれて初めてのお風呂に、満は深い安堵の吐息をつく。体の芯から温かくなり、疲れが、まるでお湯の中に溶け出していくようだった。
一枚扉を隔てた先には、咲が自分の服を洗濯している音が聞こえる。
戦うための衣装だが、服そのものに何か力があるわけではない。もう本来の用途で使われることはないが、力を失った今となっては唯一の私物でもあった。
「満! ここに置いとくから、着替えはわたしのを使ってね。そうだ、背中流してあげる」
「ちょっと、そのくらい自分でやるわよ」
「いいのいいの、今でもみのりとはよく一緒に入るんだから」
それは事実だろうが、同じ歳の咲と自分が一緒に入る理由にはならない。まして咲は服を着ているのだ。
自分だけはハダカ、それがなんとなく気恥ずかしくて、両手で体を隠した。
「満って、やっぱり肌も綺麗だね。わたしなんてソフトの練習で真っ黒でしょ? よく男の子みたいだって」
「待って! 背中だけでいいから、済んだら出て行って。もう恥ずかしい……」
「ごめ~ん、でも満って何か変わったね」
「変わったって、わたしの身体のどこかおかしいの?」
「そうじゃなくて、恥ずかしいって気持ちとか」
「パン屋さんの売り場に立つのだって、十分に恥ずかしかったわ」
「そんな風に見えなかったけどな~、でも笑顔とか柔らかくなったよね」
「もうっ! いいから早くして」
「うん、これで終わり! ゆっくりあたたまってね」
拳を振り上げた満に、咲は優しく笑いかけて浴室を出る。
握った拳を見て、満は小さく笑った。
今のやり取りで、疲れだけじゃなくて、この先の不安まで一緒に洗い流せたような気がする。
咲なりに何かを感じ取り、気を使ってくれたのかもしれなかった。
大きな洋風の建物が見えてくる。頂には半球のドーム。個人の所有物でありながら、この街で最大の天体観測装置でもある。
異様というほどではないが、薫の目にも、この家が一般家庭ではないことくらいは理解できた。
舞は二本の鍵を取り出し、慣れた手つきで開錠していく。最初は門、続いて家の扉を開く。
「さあ、どうぞ。この時間はまだ誰もいないから、遠慮しなくていいのよ」
「舞は、いつも一人なの?」
「ううん、もうじきお兄ちゃんが帰ってくるわ。お父さんとお母さんは、大抵遅いけど」
「そう。咲の家はいつも賑やかだから」
「そうね、私も羨ましくなることがあるもの」
「咲とみのりちゃんは、舞が羨ましいと言ってたわ」
「うん。そんなものよね」
おしゃべりしながらも、舞の手は休むことがない。紅茶とクッキーを薫に出してから、お風呂の準備に取りかかった。
「薫さん、ここがバスルームよ。使い方はわかるかしら?」
「初めてだけど、多分大丈夫よ」
「これがシャワーね」
「ダメっ!! 薫さん、そっちは!」
「――!!」
滅多に聞けない、薫の悲鳴がバスルームに響き渡った。
お風呂から上がった薫は、舞に髪を丁寧に拭きあげてもらい、ドライヤーで乾かしてもらっていた。
毛先まで潤いのある長髪は、温風をあてても瑞々しさを失うことがない。
とても柔らかで、艶があって、舞の手が触れると逃げるようにパラパラと解けていく。
「薫さんの髪、とっても綺麗ね」
「そう? 舞のと変わらない気がするけど」
自分の髪が綺麗かどうかなんて、薫には全く興味のないことだった。
ただ、舞に気に入ってもらえたのは嬉しかった。
大切そうに慎重に手入れする舞の手が気持ちよくて、なんだか眠気すら感じるようだった。
「服のサイズ、少し小さくてごめんなさい。お母さんのだと大きすぎるし」
「問題ないわ、ありがとう」
そんなに小さいわけではないが、舞の普段着はパンツが多い。スカートと違って、丈の違いが明確に出てしまうのは避けられなかった。
それでいてウエストは丁度だというのだから、薫のスタイルの良さはモデル並みと言えた。
「ただいま~」
「あっ、お兄ちゃんが帰ってきたわ。ちょっとごめんね」
「おや、お客さんかい?」
「ええ、薫さんなんだけど、今夜うちに泊まることになったの」
「霧生 薫さんだったね。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。お邪魔します」
「お風呂、私が先に使うね。お兄ちゃんが入ってる間に夕食の支度しちゃうから」
「ああ、頼むよ」
今夜はお父さんもお母さんも遅くなるから、と舞は薫に説明する。この家では、家族全員が揃って食事する日はとても珍しいのだ。
夕食の支度は薫も手伝った。初めてのことだったが、手際は驚くほど良かった。
パスタにスープにサラダ。そしてチキンのソテー。舞の料理の腕が冴えわたる。
比較できるほど他の料理を知らない薫にすら、これが見事な加減で調理されたものであることは、自身の味覚が教えてくれた。
食事が終わると、薫は舞の部屋で絵を見せて貰った。彫刻画や風景画。身近な物や動物たち。家族やクラスメイト。
何より、咲の絵が一番多かった。見ているだけじゃなくて、実際に描いてみないかと舞に持ちかけられる。
薫が鉛筆を持つ。舞の優れた絵を何枚も見せられ、気負いのためか手に力が入りすぎる。
震えて思うように線が引けない。そんな薫を見かねて、舞がそっと自分の手を重ねた。
「初めから上手に描こうなんて思わなくていいのよ。誰にだって、最初の頃にしか描けない絵があるわ。今はそれを大切にして」
「最初の頃にしか描けない絵?」
舞は一枚の古い絵を引っ張り出す。小さな子の描いたものらしく、線が不安定で頼りない。
なんだか、みのりの絵に似ていると思った。
「これは、私が初めて描いた絵よ。上手じゃないけど、とても気に入ってるの」
「確かに、見ていてあたたかい気持ちになるわ」
「まずは、そんな絵を描いてみましょう」
舞と薫は、疲れていることも忘れて、時間の経過すら忘れて、夢中になってデッサンに打ち込んだ。
咲の家の食卓に、スパイシーな香りが立ち込める。ハンバーグカレー、母親の沙織の得意料理だ。
いつもと同じ、夕食の団欒の風景。激しい戦いを経て、やっと取り戻した日常。
いつもと違うのは、一人の少女の存在。
神秘的な美しい容姿は、この家庭的な雰囲気とは不似合いだった。
もっとも本人は楽しそうで、料理を見たり、咲や家族に目を移したり、キョロキョロと落ち着きなく視線を動かしていた。
「じゃーん! 今夜はハンバーグカレーなんだよ。とっても美味しくて、みのりも大好きなの。それでね、おねえちゃんたら、いつも三杯もおかわりするんだよ。それでね、この前なんてね」
「ストーップ! みのりは大げさに言いすぎ、三杯なんて食べられるはずないじゃない。大体みのりだって」
「はいはい、咲もストップよ。満ちゃんが呆れてるじゃないの」
「いえ、わたしは別に……」
「あらためて、いらっしゃい、満ちゃん。店を何度も手伝ってもらってるし、一度ゆっくり招待したいと思ってたところだったんだ」
「こんなものしかなくて、ごめんなさいね。咲ったら、もう少し早く教えてくれたら準備もできたのに」
「そんな、とても美味しそうです。わたしなんかのために、ありがとうございます」
咲と違って、礼儀正しくてしっかりしてるわね、と沙織はため息をつく。
すかさずみのりが茶化して、食卓は笑いの渦に包まれる。
「いっただきま~す! うーん! 今日も美味しい。絶好調なり!」
「おねえちゃん! ご飯粒が飛んできたよ」
「咲ったら、食べながらしゃべるもんじゃありません」
「たはは、絶不調なり」
「プッ、クスクス」
「やっと、満が笑ったね!」
「あっ、わたし……」
いつも以上にはしゃいでいる咲の様子、その理由に気が付いて大介と沙織は目を細める。
みのりは、満と一緒なのが嬉しいのか、やっぱり大はしゃぎしていた。
「ほんとう……。これ、とても美味しいわ」
「えへへ、お父さんもお母さんも、パンだけじゃなく料理も得意なんだ」
「おねえちゃんのオムライスはヘンテコだけどね」
「ちょっと! 今はわたしは関係ないでしょ。それに、みのりだって美味しいって言ったじゃない」
「みのりはカタチがヘンテコだって言っただけだもん」
もう、満も気が付いていた。
みんな自分をリラックスさせようと、努めて明るく振舞っていることに。
純粋に楽しんでいる様子のみのりですら、笑顔を見たいって気持ちは働いているのだろうと。
最終更新:2014年02月13日 05:49