第9話 魔法は0時の鐘の音で~悪戯な彼女~




 子供の頃に読んだ、シンデレラのお話。
 舞踏会に行ったシンデレラの魔法は、0時の鐘で解けちゃうの。
 小さかったあたしは、それがどうしても我慢できなくて。
 どうして幸せな時間がすぐに終っちゃうのって、不満だった。


 少し大人になった今でも、やっぱりシンデレラは、嫌い。
 彼女にはハッピーエンドが待ってたけど。
 あたしの恋はハッピーエンドじゃなかったから。
 けど、親近感はあるのよね。
 なんでかっていうと―――。


                    *


「……ラブ、人の話ちゃんと聞いてるの!?」
「んー?聞いてるよー、美希たん……この紅茶美味しいねー。おかわりある?」


 美希たんは軽く溜息をつくと、ティーポットからあたしのカップに紅茶を注いでくれた。


「のれんに腕押し、ってこういう事なのかしら……」
「?美希たんの部屋、のれんなんか掛かってないじゃない?」
「―――そういう事だけ聞いてなくてもいいのよ!」


 あたしをキツイ目で睨む美希たん。うー、コワイコワイ。
 今日はダンスレッスンはお休み。学校が終って、放課後にはこないだのお詫びも兼ねて、せつなとデートでも、って思ってたのに。
 学校からの帰りがけ、校門で待ち伏せしていた美希たんに捕まって、彼女の部屋へと連れて来られて。
 そして、さっきからお小言を言われてるという状況なワケで。


「……大体ね、仮にもせつなというこ、恋人がいるんなら、あちこちフラフラしないで、ちゃんとあの子の傍にいてあげなきゃダメじゃない!」
「……仮に、とか失礼だよ、美希たん。せつなは、あたしの一番大事な人で……」
「じゃあなんでその大事な人が悩むような事するワケ?」
「え?分かんないの?……しょうがないなあ、もう」


 正面に座ってる美希たんにオイデオイデと手招きする。


「?何よ?何か秘密でもあるの?」


 怪訝そうな顔であたしへと顔を寄せ、耳を向ける美希たん。
 あたしはその耳元で―――。



「ヤキモチ焼いてるせつなって、カワイイでしょ?」



「な―――――」




 一瞬、美希たんは絶句して。


「何バカな事言ってるのよ!!そんな惚気話はどーでもいいの!!……それに、ラブのフラフラする癖は別にせつなと付き合い始めてからじゃないでしょ?昔からじゃないの!」
「ワハー、バレてる。さっすが美希たん!カンペキ!」
「それくらい知ってるわよ、幼馴染みなんだから!」


 彼女の言葉に、あたしは少しだけ目を細める。
 ―――ホントに知ってるの?美希たん。


「……とにかく、これからは行動を慎む事!いいわね?」
「えー、でもあたしとしては「みんなで幸せゲットだよ!」をスローガンに掲げてる手前………」
「……ラブのスローガンなんて知らないわよ!!それに、せつなが幸せになってないでしょ。どー考えても!」


 うー…と小さく唸るあたし。返す言葉が見つからない……。
 そんなあたしの様子を見て、チャンスとでも思ったのか、美希たんは畳み掛けるように続ける。


「子供の時からラブはそうなんだから!あたしとブッキーと三人で遊んでても、いつの間にか姿を消して、他の子と遊んでたりして―――。別にそれが悪いとは言わないけど、それならそうで、何か一言くらいあってもいいじゃない?!毎回あたし達に心配かけて―――」


 ん―――ちょっと違う、かな。
 あたしが他の子と遊んだりしてた理由は、美希たん達にあるんだから……。
 元を辿ればこの悪い癖も、美希たん達のおかげで身に付いたものだし―――。


「……あたしが何度それでラブに怒っても、平然としてまた同じ事してたでしょ……ブッキーだって、自分達に責任があるんじゃないかっていつも気にして―――」


 ―――スッ、っとあたしの中の温度が下がる。
 ……このお話もココまでみたいね。


「……分かったってば、美希たん。これからは少し自重するようにするから。それで許してくれない?」
「本当でしょうね……どうもあたしの言葉はラブに効いてない気がするのよね。昔から、何を言ってもニコニコしてるばっかりだし……」
「そんな事ないよ~。現に今は真剣な顔してるでしょ?」


 ね?と念を押すように彼女に顔を近づける。


「近いわよ!……分かったわ、じゃあ今回はこのくらいで―――」


 と言いつつ、美希たんは小さく欠伸をした。


「?あれ?眠そう。珍しいねー、完璧な美希たんが」
「……ちょっとね。ここんとこ考え事があって……」
「寝不足は美容の大敵だっていつも言ってるくせに………」
「ま、あたしにも色々とあるのよ。色々と、ね」




 そう言ってゴシゴシ眠そうに目を擦る美希たん。
 ふ~ん、教えてくれないんだ。なんか冷たいじゃない。


 コンコン、と部屋のドアを叩く音。


「……美希ィ、お友達来てるみたいだから、お菓子持って来たんだけど―――」


 言いながら入ってきたのは、美希ちゃんのお母さん、レミさんだった。


「ありがとう、ママ。そこに置いておいて」
「あ、ども。お邪魔してます、おばさん」


「――――!!」


 あたしを見るなり、レミさんは動きを止める。
 そしていきなり―――――


「ラブちゃんじゃな~い!も~!久しぶり!!来るなら来るって言っておいてくれれば、もっといいお菓子用意しておいたのに~。冷たいんだからァ!」


 ―――レミさんはあたしの肩にしなだれかかってきた。


「美希と遊ぶのもいいけどォ、たまにはアタシとも遊んでくれないとスネちゃうわよ~?今度またヘアモデル頼むからァ、その時は二人きりでェ……」


 レミさんはあたしの肩に指でのの字を書きながら、艶っぽい声で囁く。
 あたしはと言えば、嫌な汗をかきながら苦笑いが精一杯……。


「あ、あは、あはははははは。か、考えておきますね~」
「約束よ?じゃあ指きり!ほら手を出して……」


 そんなあたし達のやり取りを、美希たんは目を点にして茫然と見つめている。
 ―――でもその目に少しづつ炎が灯り始めて……。


「……ラァブゥゥ……あんたって子はァァ………!!」
「は、はは。み、美希たん、な、何かコワイ……よ?」



 第二ラウンドのゴングが、今鳴らされようとしていた。





                     *


 子供の頃、あたし達はいつも三人で遊んでた。
 でも、ある時、あたしは気付いてしまったんだ。
 三人でいても、一人ぼっちになってしまう時があるって。
 勿論二人はそんなつもり無いんだろうし、あたしもそれを口や態度に出した事は無いけど。


 だからあたしは、二人から離れて、他の子と遊ぶようになったの。
 それは嫌いになったとか、心配させようとか、そういう事じゃなかったけど。
 とはいえ、他の子に目移りしたワケでもなくて。
 だって、あたしにはあなたしか―――蒼乃美希しか見えてなかったもの。




                     *


 秋も深まり、日が落ちるのも早まったようで、窓の外はもう真っ暗だった。
 顔を下に向け、反省した素振りをしたまま、あたしはそれをちらっと横目で確認する。


(……もう遅いし、せつな心配してるかな……)


 真偽はともかくとして、あたしは美希たんにレミさんとは何も無いという事を説明するのに必死だった。
 美希たんは美希たんで、さすがに身内にまで火の手が回ってるとは思っていなかったらしく、それはもう心を鬼にするどころか、形相まで鬼のようにしてあたしを追求してきて……。
 それでもお互い一歩も譲らず(美希たん優勢だったけど)、お互いに疲労しきって無言、という状態が続いていた。


(ココは意を決して、美希たんにとりあえずごめんなさいと言うしかないか―――)


 そんな情けない覚悟を決めると、あたしは思い切って顔を上げる。


「美希たん、あのね―――――ってアレ?」


 顔を上げたあたしの目に映ったのは。



 テーブルに頬杖をついてうたた寝している美希たんの姿だった。



 ズッ、とコケるあたし―――この数分間の緊張はなんだったの……。
 大きく溜息をつくと、立ち上がり、美希たんの後ろへ回りこむ。
 室内だからって、美希たんは薄手のワンピースしか着てないし、なんだか寒そう。


「おーい、美希たーんてば!おーい!」


 声をかけてみても、彼女は何の反応もなくて。
 ただその口からは、すーすーという寝息が聞こえてくるのみ。


「困ったモンだよねー、美希たんにも。怒るだけ怒って寝ちゃうなんてさー」


 呆れたように言って立ち上がると、あたしは美希たんの背後へと回る。
 換気の為に開けてある窓を閉めて、毛布でもかけてあげなきゃ、と思った矢先。
 美希たんの髪の毛の隙間から覗く白いうなじが見えて―――。


「………ホント、困ったモンね」


 そう言ってあたしは美希たんのそばへしゃがみ込む。


「―――美希たんってば!そんなカッコでこんなトコで寝てたら―――」




「――――……食べちゃう、よ?」




 彼女の耳元で小さく囁くと、そのままあたしは正座している美希たんの脇を両足で挟むようにして腰を下ろした。
 そして静かに、そっと両手を回し、彼女を抱きしめる。




「美希たんの髪、すごくいい匂い―――」


 肩に顔を乗せ、彼女の香りを楽しみつつ、優しく話し掛ける。
 子供の頃から知っているはずなのに、こんなに近くで嗅ぐ美希たんの匂いは、濃厚で、少しずつあたしの理性を狂わせていくよう。
 サラサラ、と青く綺麗な髪を指で梳かすと、起こさないように、と細心の注意を払いつつ、彼女の首筋へと舌を伸ばす。


「ん…うん……」


 首筋を軽く舐め上げると、美希たんは寝息とは違う声を漏らした。


「……感じちゃった?美希たんってここが弱いんだね~」


 つい面白くなってしまって、ちゅっ、ちゅっ、と首から肩へとキスの雨を降らせると、その度に美希たんは短くカワイイ声を上げる。


「あ……ん…うんっ……んん……」
「……あは。美希たんそんな声出すんだ……やらしい」


 普段の彼女からは想像もつかないようなその声で、あたしも段々変な気持ちになってきて。


「う、うん……ん……」
「まいったなー。……ちょっとした悪戯するだけのつもりだったのに……スイッチ入っちゃった」


 前に回した手を、美希たんの胸へと移動させる。
 服の上からでも形の良い事が分かる、彼女のふくらみ。
 それを軽く撫で擦ると、少しだけ強くその頂を中指で刺激する。


「―――ふぁっ……」


 途端に彼女は今までより大きな吐息をついた。
 気のせいか、頬もさっきより紅潮してきているみたい。
 もっとも、あたしの方もさっきからずっと顔に熱を感じていた。心臓もバクバクと脈打っていて、今にも破裂しちゃいそう。
 それは、美希たんが目を覚ますんじゃないかってスリルだけじゃなくて、子供の頃から見てきた幼馴染みの―――憧れだった彼女を思いのままに出来るっていう興奮、そして、これがもしせつなにバレたら、って
いう罪悪感の入り乱れた、複雑な高揚感。


(―――浮気だったらせつなは怒るけど、ちょっぴり本気だったらどうなるんだろ)


 答えは分かってる―――あたしは彼女を失ってしまうだろう。一番大切なせつなを。
 ううん、それどころか、きっと何もかも失ってしまう。
 けど、この行為を止められない。止める事が出来ない。
 あたしの意思とは最早関係無く、指は少しでも美希たんの感触を味わおうと彼女の胸を這い回っている。


「ゴメンね、美希たん。―――でも、あたしのこの悪い癖ってもともと美希たんのせいでついたんだから…責任、取ってね?」


 自分勝手な謝罪の言葉を呟き、胸を弄んでいた左手を、彼女の内腿へと移動させる。
 部屋は寒いって言ってもいいのに、美希たんの生肌は熱を帯びて、汗ばんでいた。




「―――あたしの指で興奮しちゃったんだ?眠ってるクセに……エッチな美希たん」


 いやらしく彼女の内腿を撫で擦るあたしの指。


「あ……はぁ……はぁんッ……」


 まるであたしを誘惑しているかのように、彼女の吐息も、いつの間にか激しいものに変わっている。
 あたしの息も、彼女に合わせるかのように荒くなってきていた。


「……はぁ……ねぇ、美希たん……こんな事したことある?……それとも、あたしが初めて?……だったら―――嬉しいな」


 彼女の顔を自分の方へと向け、舌で唇を優しく愛撫する。
 その合図で、眠っているはずなのに、美希たんはあたしの行為を受け入れるかのように口を開いて。
 そのまま舌を絡ませ、恋人同士のように深くキスを交わした。


(今はあたしの、あたしだけの美希たん………)


 美希たんが目を覚ましたら―――なんて考えはすでにあたしの中から吹き飛んでいて、指も舌も、遠慮を忘れて大胆に、淫らにダンスを踊り続ける。


「美希たん、好き……子供の頃、ずっとずっと好きだったの……あたしも、あたしの事も見て―――」


 一方的な愛の言葉を囁くと、あたしは美希たんの内腿を触っていた指を、彼女のスカートの奥へと進ませる。彼女の、一番敏感な部分へ。


「……ぁんッ……」


 下着の布越しにでも、そこはしっとりと湿り気を帯びていて。
 それを確認したあたしの指は、獲物を前に歓喜した蜘蛛のように、下着の中へと―――。



 パサッ。



 閉め忘れた窓から風でも吹き込んだのか、机の上からテーブルへ、一枚のメモが飛んで来た。
 それが目に入ったあたしは――――――。






                     *


 ホントの理由はね―――二人きりになれるから。
 あたしを叱るあなたと、二人きりに。
 それが嬉しくて、何回お説教されても、あたしは同じ事繰り返したっけ。
 おかげで……それが癖になっちゃったけどね。


 短くても、怒られても、あたしにとってはそれは楽しくて、かけがえの無い時間だった。
 まるで―――シンデレラの舞踏会みたいに。


                     *


「ん……あ、あれ?あたし眠っちゃってた?」


 目を擦りながら、まだ眠そうに身を起こした美希たんは、あたしに尋ねた。


「……グッスリお休みでした。お客さんがいるのにヒドイよね~」
「本当?……あれ?ラブ、毛布かけてくれたの?……ゴメンね」


 自分にかけられた毛布に気付いて、美希たんは少し申し訳無さそうに言う。


「やっぱり生活リズム少しでも崩すと調子悪いわ……。起こしてくれても良かったのに」
「……何やっても起きるような感じじゃなかったけどね。起きてくれても良かったケド」
「?何?変な言い方」


 そう言って軽く伸びをする美希たん。
 その様子を見ながら、あたしはさっき言えなかった事を口に出す。


「それで、お説教タイムはもう終わり?そろそろ帰らないとせつなが心配しちゃうんだけど」
「―――そういう事気にするんなら、違う事でも心配させないようにしなさいよね」
「あは~、自重します、って誓ったじゃない」
「……どこまで本当なんだか……またいつ他の子に手を出すことやら……」
「大丈夫だってば。信用してくれないの?美希たん……」


 しおらしく言いながら心の中で舌を出す。実はもう……なんて言ったらどんな顔するんだろ。


「はいはい。じゃあ信用するわよ、ママの事も含めて。気をつけなさいよ?」
「美希たんこそ気をつけたら?―――こんな事ばっかり考えて、寝不足にならないように」


 さっき飛んで来たメモを美希たんの前にチラつかせながら、にはは~とあたしは笑った。
 それを目にした途端、真っ赤になり、あたしの手からメモを奪い取る美希たん。


「みみみ、見たのね?!これ!!」
「じっくりと拝見させていただきました~。初々しいよね~、カワイイとこあるんだから」
「ウルサイわね!!……内緒にしといてよ!?」
「ハ~イ」


 生返事をしながら、まるであたしのように、さっきまでは熱かったのに、今ではすっかり冷え切ってしまった
紅茶を口に運ぶ。


(結局また、最後はこうなるのよね)


 美希たんの手にある一枚のメモ用紙。



 それには、美希たんの考えた、ブッキーとの初デートのプランがびっしりと書き込まれていて―――。






                     *


 でも、あなたの口にする名前で、いつもあたしにかかった魔法は解けて。
 その度に悲しい思いをしたっけ。


 あなたがその名前を口にする時、あたしに怒ってても、すごく優しい目に変わるの。
 あなたは自分で気付いてたのかな?


 鈴を鳴らされて涎を垂らす犬じゃないけど。
 あたしもその名前を見たり聞いたりした途端に、覚めてしまうよう調教されたみたい。


 悔しいけど、あなたが好きなのは、子供の時から彼女だもんね。


 彼女―――――山吹祈里。


「……ブッキー、か……」


 美希たんの家からの帰り道、あたしは一人で歩きながら昔の事を思い出していた。
 切なくて苦い、子供の頃の初恋の記憶。
 ―――けど、今回はブッキーに感謝すべきなのかな?全部失くしちゃうかもしれなかったし。
 なんか勿体無いような気もするけど。


「―――初デート、楽しみだね、美希たん」


 ホント、楽しみ。
 彼女達は気付くだろうか。あたしの、ちょっとした悪戯に。
 美希たんの首の後ろに、強く赤く残された、あたしからの置き土産に。


「―――ガラスの靴じゃなくてご愁傷様~。……これくらいは許されるよね?」


 ブッキーが美希たんを許してくれるのかは、別として……ね。


 その時は美希たん、どうするんだろ。
 恋人に叱られるあたしの気持ちが、少しは分かってくれるといいけど。


「まあいいじゃない、美希たん……ヤキモチ焼いてるブッキーも、カワイイかもよ?」


 呟いて、クルリ、とその場でターン。
 ――――ま、それなりに楽しい時間だったかな?
 一方通行だった分、シンデレラの舞踏会には叶わないかも知れないけど。
 でもねシンデレラ、あなたより幸せな事だってあるんだから。


「―――せつな、今帰るね。待ってて」


 イジワルなお継母さんやお義姉さん達の待っている所じゃなくて。
 大好きな人の待っている、暖かい場所へ。


 せつなの作ってくれているであろう夕食に思いを馳せながら、あたしは家へと足を速めた。





                                    了




最終更新:2013年02月14日 00:43