Eas to Eas 第4章 変化の始まり
そして夜が明けた。
イースは手首を合わせ、少し躊躇った後に擦り合わせる。
「スイッチ・オーバー!」
この世界により適応するための姿かたち、肉体、衣装に変わっていく。
最大の戦闘力が使えないものの潜入という目的からすると必要なことであった。
先代の記憶が白いチュニックと黒いロングパンツを選んだ。
自らの髪を一瞥する。
「やはり…… 完全にはなれぬ故か」
ラビリンス人特有の淡い銀色の髪は変わらぬことに一人ごちた。
一度出撃したときに人々に姿を見られており、前のイースも人々の記憶にはあろう。
独特の髪色から怪しまれれば本懐を遂げることもままならない。
再び手を合わせてコットンハットを召喚、髪を束ねて中に押し込んだ。 そして、せつながいるクローバータウンに向かった。
*
「今日はここまで!来週は新しいステップよ」
「ありがとうございました!」
ダンスレッスンが終わる。
「さー、ドーナツカフェにいくよー!」
「OK!」
ためらいながらも、ミユキがせつなに声をかけた。
ミユキはクローバーに新しく加わったせつなが驚異的な動きの良さを見せることに内心驚いていた。
ただ今日は、ステップのキレがプロダンサーとしての目から見てほんのわずか鈍っていたことが気になっていた。
「せつなちゃん、今日ほんの少し体が重そうだったけど大丈夫?」
「はい、なんともありません」
「本当? 無理はしないでね」
「ありがとうございます。精一杯、頑張ります!」 ミユキはそのまま次の仕事場に向かった。
「せつなちゃん……あの時のイースのことがまだ?」
祈里も美希も、せつなが今日は時々つらそうな動きをしていたのを気にしていた。
「何でもないわ。もう大丈夫よ!」
せつなはこれ以上余計な心配をかけまいと思い、笑って答えた。
「ダンスはやっぱりむずかしいよね~」
せつなの思いを察したラブが口をはさんだ。
その目に何か言えない事の存在を感じた美希は、真顔で言う
「ラブ……本当は何があったの?」
美希の目はごまかせそうにない……
そう覚ったせつなが口を開いた。
「昨日イースが現れたわ」
「ラブは何してたの!」
「ごめん、あたし補習受けていたんだ……」(せつな一人でイースと戦ったの?)
「イースはナキサケーベを使ったの……だからああするしかなかった」
せつなは自分の身体を傷つける戦いを行ったことを告白した。
美希がせつなの前に立った。
パシーン!
「覚えておいて! 自分も守り、皆も守るのがプリキュアよ!」
「自分を……守る」
せつなはラブの言葉を思い出していた。
『そんなことしなくていいんだよ。プリキュアの戦いは罪滅ぼしじゃない。
大切な人たちを……そして自分を守る。ただそれだけでいいんだよ。
もしもせつながそれを許せないなら、あたしが全てをかけてせつなを守ってあげるから』
かつて自分の命はいつ不要となっても仕方がないものであった。 そして、再び与えられた命は、大切な友をそして人々を守るためにある。
それだけでいいと思っていた……
ドーナツカフェに向かう道、せつなと離れて歩いていた美希がラブに話しかける。
「せつなが本当にいなくなったら、もう『最初からいなかった』なんてこと思えないか
ら……」
「美希……」
美希はせつなの存在が新しい仲間というものだけではないと感じつつあった。
せつなの横で祈里が声をかけた。
「命はね、神様が私たちに預けてくれているものだって」
「神様って、何? 私がメビウスを信じていたようなもの?」
「う…私もよくわからないの……でも、神様ってあれしろこれしろって
命令したりするものじゃないんだっていうのはわかるの。どこかで見守ってくれている存在なのかな……」
「この世界には、そういうものがあるのね」
「そうね…… きっと、命は自分だけのものじゃないから
大切にしなさいっていうことなのね」
「わかってるわ。私の命もアカルンがプリキュアとして生きるために
預かっているのね」
「それだけじゃないの。命はね、誰かにささげるものじゃない。
生きるためにあるの」
*
「なかなか見つからないものだな……」
そのころ少女は、せつなを探して四つ葉町を探索していた。
戦闘記憶を呼び出し、かつてイースがプリキュアと交戦した場所を巡っていたのだ。
歩いているうちにも傷痕がまた疼く。
「この感覚があると身体がうまく動かない……どして……」 ラビリンスの人間は痛みという感覚の存在を知らずに生きている。
イースとなって戦場に立ち、傷を負った時に初めて痛みを知るのである。
ナキサケーベの触手によるダメージは単に棘による刺し傷だけではない。
棘を通じて肉体の中枢にまで及ぶものである。
使える回数は2回限りとなったが、1回当たりの使用者への負担は前のナキサケーベをはるかに上回る。
より使用者の命を貪り、パワーアップする仕様となったのだ。
四つ葉町を歩き回っているうちに中枢を蝕んでいたダメージがさらに増大していた。
公園に着いた頃には力尽き、そのまま座り込んでしまった。
「メビウス様……わかっております……」
目の前では、少年が投げたフリスビーを一頭の大型犬が追いかけていた。 タケシとラッキー、せつなとの練習により習得した『パッションキャッチ』にさらに磨きをかけるべく、
トレーニングに励んでいるのであった。
(あいつらは……)
かつてせつながナケワメーケを召喚するために使った、犬という生物とその飼い主という記憶が呼び出された。
プリキュアによって浄化されているためにラッキーを召喚の依代にはできない。
今は事を荒立たせるのは得策ではないと判断した。
ひょっとすると彼らを通じてせつなに行き当たる可能性もある。
(しばらく様子を見るか)
ラッキーのキャッチは安定していたものの、タケシのフリスビーの飛ばし方が回を重ねるに従って
速くなったり遅くなったり長くなったり短くなったり不安定になっていることに気付いた。 フリスビーの投げ方にムラがあることによるものであった。
安定した動作によって総統メビウスに与えられた仕事を行うことは一般国民だった頃より身についていた。
(この世界の人間はやることにムラが多いものだな)
そんなことを思う自分に苦笑していた。イースとしてのデータを引き継ぐときには感情のような余計なものは
オミットされるはずであった。
(イース、どれだけの影響をこの世界で受けてきたのだ?)
タケシのフリスビーの手元が狂った。
「危ない!」
タケシが叫んだが、スピードのあるフリスビーが少女の目の前に迫る。
「パシッ!」
少女はフリスビーを間一髪でキャッチした。
「ごめんなさーい!」
タケシとラッキーが駆けよってきた。(せつなに近づくためだ、それにやはりムラが多い動きは気になる)
「気をつけてね」
少女がタケシにフリスビーを渡した。
「ありがとう……」
「ウウ……」
ラッキーは若干警戒していたが、少女にそれほど悪意のようなものを感じなかったせいか、
距離を保つに留まっていた。
「君、あの投げ方だとどこに飛ぶかわからないわ」
「え?本当?」
「私の投げるのを見ていて」
少女は手首のスナップを生かし、最低限の動きでフリスビーを投げる。
50m先に置いていた目印にフリスビーが正確に落ちた。
フリスビーはラッキーが回収して持ってくる。
これを20回繰り返し、寸分の狂いなくフリスビーを投げて見せた。
「すごいよ、お姉ちゃん」「簡単なことよ」
少女はタケシにフリスビーの持ち方から教えていた。
タケシがフリスビーを投げる。
慣れていないせいか、当初はぎこちない投げ方になっていたが、徐々に安定感が増していく。
ラッキーのキャッチもさらにスムースになっていた。
「いいわね」
「ありがとう」
(私はなにをやっているのだろう……)
他人にかかわることなどラビリンスでは一切なかったが、潜入探索における最低限の対人スキルは
教育プログラムに組み込まれていた。ただ、それだけのはずであったが……
手ごたえを十分感じたタケシであったが、さすがに疲れてきて休むことにした。
「これでパッションキャッチがさらに上手くいくようになるよ」「よかったわね」
「そうだ、僕はタケシ、この子はラッキーっていうんだ。お姉ちゃんは?」
少女はこの世界の潜入用に与えられた名前についての記憶をたどった。
「東(あずま)もこ、よ」
「もこお姉ちゃんか……ありがとう、フリスビーの投げ方のことまで考えてなかったよ」
「パッションキャッチって、誰に教えてもらったの?」
「せつなお姉ちゃんだよ」
(やはりな……)
「その人って、普段どこにいるの?」
「せつなお姉ちゃんはねえ…… あ、そうだ。これ飲む?暑い日は水分をちゃんと取らなきゃダメだって」
タケシは少女にミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡した。
(あの時と同じ?)
最後のカードを使おうと、ラブを振り切ったせつなの記憶がフラッシュバックする。「やめろ……」
少女はミネラルウォーターを払いのけた。
「え?」
いきなり立ち上がり、髪を隠していたコットンハットを払いのけた。
銀色の髪がなびく。
「もこお姉ちゃん!」
「私はもこではない!イースだ!」
「イースはもういないって……」
「だまれ!スイッチ……」
手首を合わせ、本来の姿に戻ろうとしたがダメージを残る身体への負担は大きく、
電撃を浴びたような痛みが少女を襲った。
「アァーーーッ!」
そのまま、少女は倒れてしまった。
「どうしたの!?」
最終更新:2013年02月23日 19:33