Eas to Eas 第5章 香りが導く未来
重い空気が残ったまま、4人はドーナツカフェに着いた。
そこに待っていたのがカオルちゃん。
「お嬢ちゃん達、新作のドーナツを作ってみたから食べてみない?」
一見いつものドーナツのようだった。
「どこが新作なの?」
「まあ食べてみてよ」
この新作ドーナツの秘密を見抜いたのは美希だった。
「カオルちゃん、これはハーブドーナツね」
「わかる?グハッ」
一口食べると、やわらかい香りが口の中で広がる。
「カモミール……レモンと合わせているわね」
祈里も一口食べる。
「最近はワンちゃんの口のケアにもハーブを使うんだって」
ラブは食べながらも、なんか合点のいかない様子。
「あれれ?ハーブってシャキッとするもんじゃないの?」
「ミントのようなものだけがハーブじゃないのよ。
カモミールはリラックスしたいときにいいわね」
「これもリラックス……」
せつなは前に美希からもらった小さなケースを思い出した。
アロマケースからただよう穏やかな香り……
ラビリンスでは悪臭による不快感を根絶するために人間の嗅覚そのものが抑制されており、不快臭を感じることもないが、香りを感じることもなかった。
インフィニティを捜し、戦うことに明け暮れた日々においては全ての感覚を任務のために駆使することが求められた。
反撃の銃からの硝煙臭、トラップのための汚物臭、敵を傷つけ、自らも傷を負った時に漂う血の匂い……
これらの匂いを厭わしきものと感じるのは人間としての本能。
メビウスへの忠誠心によって抑えつけていたものの、次第にその不快感は拭えないものとなっていた。
「香り」というものが「匂い」を覆い隠すことができるということを知り、占い館としてこの世界に潜入するときにも活用した。
占い館に焚き染めた香が忌まわしき匂いを覆い隠す。
香りは嫌な匂いを隠すための手段……そう思っていた。
美希からアロマケースを貰った時に最初思ったのは、
「私にはまだ忌まわしき匂いが残っている?」
どうも美希からもらった香りは何かを隠すためのものではない。
ただただ心が穏やかになる。
せつなは一見クールな美希のもつ暖かさをこのアロマの香りから垣間見たのであった。
「美希……」
せつなは意を決して美希に声をかける。
「何?せつな」
「前に作ってくれたアロマ、また作ってくれる?」
美希はせつなが自分を大事にすることを思い出してくれたと感じて嬉しくなった。
「勿論!」
「ありがとう…」
そんな二人を見る祈里もラブも同じ嬉しさを感じていた。
*
穏やかな雰囲気をまとったドーナツカフェが一転緊張感に包まれた。
「せつなおねーちゃーん!」
「どうしたの、タケシくん!?」
「もこお姉ちゃんが……」
タケシはせつなを芝生広場へ引っ張っていった。
ラブ達もついていく。
そこには、淡い銀髪の少女が倒れ伏しており、ラッキーが心配そうに見ていた。
「この子は?」
「もこお姉ちゃんが……イースだって……」
独特の淡い髪色。せつなは同郷の人間であることがわかった。
しかし、イースとしての運命の連鎖を絶つことを誓ったせつなは力強く言った。
「この子はイースじゃないわ?イースには……させない」
「本当?」
「ええ、ここはお姉ちゃんに任せて」
「せつな、まさかこの子は……」
せつなはこれ以上言っては駄目という目で美希を見た。
「美希たん、だいじょうぶだよ。ここはせつなに任せよ?」
ラブもせつなが何をしようとしているかはわからなかったが、少なくとも自分を犠牲にする策を採らないという確信はあった。
「ラブ、お願い。帰ったらおじさまのカツラも借りておいて」
「……わかった」
茫然自失であったタケシとラッキーを祈里達が送っていく。せつなはアカルンを召喚した。
「私の部屋へ……」
せつなともこは赤い光に包まれた。
*
「お前は……」
もこはせつなの部屋のベッドに寝かされていた。
しかも目の前にいるのが、自分が付け狙っていたせつなであった。
「スイッチ……うっ」
電流に撃たれるほどではないが、まだスイッチオーバーはできない。
「どうやら、まだ戻れないようね」
「くっ……ここでせっかくお前を見つけられたというのに…… こんな姿になるべきではなかったな」
「そう、あなたと戦わなくて済むわ」
「馬鹿にしているのか?私は……お前を倒して完全にイースになる。総統メビウスのために!」
「なれないわ」
「どういうことだ?」
「あなたはナキサケーベを使って戦うことで、あなた自身の身体を壊しているの。
あと一回使ったらもう……たとえ私を倒しても、寿命が尽きることになるわ」
「ックックックッ……キュアパッションになってそんな戯れ言で命乞いか?」
イースはせつなを嘲笑する。
「私も……そうだったの」
「お前はメビウス様から頂戴したナキサケーベを使いこなせぬ役立たずだったから、
寿命を短くされたのだ!」
そうは言ったものの、もことて最早後のない自分の状況を知っていた。
ナキサケーベによるダメージが自らの回復力を超えていることも……
「我が名はイース、ラビリンス総統メビウス様が僕。他に何があるというのだ……」
「やり直すの」
「一般国民に戻れとでもいうのか? もう後戻りはできるわけがない」
「この街で、やり直すの」
「何だそれは……」
「おばさまも言った。この街ならできるって」
もこは呆れていた。
仮にも自分の命を狙う敵にそんなことを言い出すとは、
かつてイースであった戦士がこの世界にどこまで染まってしまったというのか……
そこにラブが荷物を持って桃園宅に帰ってきた。
せつなの部屋の前に立ったラブ。
少なくとも戦っている様子はない。
コン、コン
「せつな、入るね」
「どうぞ」
ラブがせつなの部屋に入る。
「お前は……キュアピーチ!」
ラブは殺気立った少女の表情に一瞬怯むも、度胸を据える。
「桃園ラブだよ。せつなもそうだけど、あたしもあなたとは戦わないよ」
中途半端な擬装体のままの我が身をもこは一層もどかしく思う。
「イー……(自分で頬を打つ)もこちゃん、あなた何も食べていないんじゃないの?
このドーナツ、美味しいんだよ?」
先ほどの食べかけ以外にもラブはドーナツをいくつかお持ち帰りしていた。
「そんなもの……」
といった途端お腹の虫が鳴る。
元来食事も管理された生き方をしてきたこのラビリンス国民にとって、出撃以降まともな食にありつけていない状況は極めて厳しいものであった。
もこは気まずく思いながら、与えられたドーナツを口にする。
(美味しい……)
せつなから引き継がれたイースの記憶ではない。食事が栄養摂取のための作業になってしまったラビリンス国民が忘れていた感覚。
美味しいものは美味しい。不味いものは不味い。
その感覚をも封印されていたのである。
空腹も手伝い、気が付けばもこは数個あったドーナツをすべて平らげてしまっていた。
「この世界ではこういうのだったな……ありがとう、と」
敵とは思えない位の生真面目さにほっこりとする。
「あと、『ごちそうさま』だね!」
せつなは勇気を絞りだすようにして言った。
「もこ……ここで私たちと暮らさない?」
「ラビリンスにはもう戻れないんだよね?」
イースの宿命を背負ってしまった少女を救い、宿命の連鎖を止めるというせつなの誓い。
一方で、それは恩人である桃園家へのさらなる負担につながる事であった。
ラブはそんなせつなのジレンマをも感じ取っていた。
(せつなのすべてを受け入れることをあたしは誓ったんだ。その中にはイースもいる)
一方、もこにとっては身近にチャンスを窺う機会を敵自らが与えてくれるという、願ってもない提案であることはわかっていた。
しかし、そばに居過ぎることによりすべきことを見失ってしまいそうであるということを感じ取っていた。
「断る」
「どうして?どこにも行くところはないんでしょう?」
「お前たちと生きるつもりはない。幸いにも野営の術は知っている」
「野営って……」
もこはそういって、ベッドから立ち上がろうとした。
「ラブ!カツラを」
ラブは用意していたウィッグをせつなに渡す。
ウィッグからは前に美希からもらったアロマの香りがした。
「ちょっと防虫剤の匂いが残ってたから……美希たんに匂い抜き頼んだら
アロマつけてくれたんだ」
(ありがとう、美希)
せつなはもこにウィッグを素早く取り付ける。
「何のマネだ」
「この世界の髪の色よ」
「どこまでもお節介な……次にイースになる時がお前の最後だ」
「その時は……止めてみせるわ」
そのまま家から飛び出そうとしたとき、あゆみがパートから帰ってきた。
「ただいま……この子はお友達?」
「せつなの……妹がこの街に来たんだ」
「せっちゃんに妹がいたの?」
「ええ……小さいころに生き別れた妹で『ひがし、もこ』です。
この子も一人で四つ葉町に来たんです。もこ、挨拶は?」
(どういうことだ?)
もこは狼狽を隠せなかったが、この場の流れに逆らうことは出来ないようだ。
(そういうことにしておくか……)
「あ……ひがし、もこです」
「母の桃園あゆみです」
もこはあらためてリビングに通された。
「ゆっくりしてね」
あゆみはそのままお茶を入れるために台所に向かった。
思わぬ展開の連続から一息つく。
せつなに着けられたウィッグからただようアロマの香りは心地いいものであった。
(何だろう、この感覚は……傷が治っていくような気がする……)
いずれ傷が癒えたなら、スイッチオーバーができる。そのときこそナキサケーベのカードを使い、決着をつける。
その後のことは……メビウス様の命ずるままに。
ラビリンスにいたころには知らなかった第五の感覚に今は身をゆだねることにした。
最終更新:2013年03月10日 23:45