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小さなラブと、星空の妖精/一六◆6/pMjwqUTk




「うわぁぁぁぁぁん!!」
 淡い栗色の髪の毛を、両耳の後ろで二つに結んだ髪型。まだ短いツインテールが、しゃくり上げるたびに、ぴょこぴょこと揺れる。
 幼稚園の玄関先に座り込んで、ラブは涙を振り飛ばして大泣きしていた。
 さっきから降り出した雨で、園庭の土は黒々とした色に染まっている。すべり台も、ブランコも、何だかいつもより沈んだ色に見える。
 玄関の広くて大きな庇の下は、傘を持ってお迎えに来た親たちと、それを見つけて駆け寄る園児たちとでごった返していた。

「ラブちゃん。ねえ、どうしたの? どこか、いたいの? けがしたの?」
 サイドポニーの女の子――祈里が、泣いているラブの顔を覗き込む。迎えに来たお母さんに黄色の水玉模様のレインコートを着せてもらいながら、その目は心配そうに、泣きやまない友達を見つめる。
「いいかげんに、なくのやめなさいよ、ラブちゃん。おかあさん、まっていれば、すぐにくるわよ」
 その隣りに立っている蒼い髪の女の子――美希は、一人でさっさと青いレインコートを羽織り、今は母親のレミの手を振り払って、ボタンと格闘中だった。そんな美希の手元を、母と一緒に迎えに来た弟の和希が、不思議そうな顔で覗き込んでいる。
「お、お、おかあさんが、こないから、な、ないてるんじゃ、な、な、な、ないもん!」
 ラブが、相変わらずしゃくり上げながら、必死で言い返す。
「じゃあ、なんでないてるのよ」
「こら、美希ちゃん! ……ねぇ、ラブちゃん。お母さんには電話しておくから、おばさんと一緒に、おうちに帰ろっか」
 見かねたレミが、ラブと目線を合わせてそう言ったとき。
「おう、ラブ。何してんだ? そんなとこ座り込んで」
 右手に黒いコウモリ傘をさし、左手に小さなピンクの傘を持ったラブのおじいちゃん――源吉が、ふらりと現れた。



   小さなラブと、星空の妖精



「で? どうして泣いてたんだ? ラブ」
 手を繋いで歩く帰り道。そう訊かれて、ラブはうつむきながら、ポツリとつぶやく。
「だって……あめがふっちゃうんだもん。おりひめさまと、ひこぼしさまが……ぐすっ、あえなくなっちゃうよぉ」
 七月七日、七夕の日。ラブは朝からはらはらしながら、晴れたり曇ったりの空を眺めていたのだ。そして幼稚園が終わる頃、ついにポツリポツリと雨が降り出して……。
 またしても、ふぇーんと泣き出しそうに口をゆがめるラブの頭を、源吉は大きな手で、ポンポンとソフトに叩く。
「優しい子だなぁ、ラブは。織姫と彦星が会えなくなるのが、悲しかったのかい?」
「うん……。だってね、おじいちゃん。あたし、たんざくに、『おりひめさまと、ひこぼしさまが、あえますように』ってかいたんだよ」
「そうかい」
「それなのに……。あたしのおねがい、おほしさまにきいてもらえなかったのかな……」
「うーん」
 源吉は、手に持った傘を上げて、その下から空を仰ぎ見る。
「今の時期は、まだ梅雨が明けねぇからなぁ。どうしたって、雨の日が多くなる。せめて旧暦……あと一カ月、七夕祭りが遅けりゃ、雨も少ないのになぁ」
「あと……いっかげつって?」
 涙に濡れた目で、キョトンとこちらを見上げるラブに、源吉は噛んで含めるように、ゆっくりと言った。
「ああ。今はな、一年の中でも、いっちばん雨が多い季節なんだ。八月になりゃ、毎日暑くて、いい天気の日が多いだろう?」
「そっか!」
 それを聞いて、ラブはパッと顔を輝かせた。
「おじいちゃん! あたし、いいことかんがえちゃった。おほしさまに、『たなばたのひを、ぜったいはれるひにしてください』っておねがいするの。あ! もっといいことがある。『おりひめさまと、ひこぼしさまが、いつでもあえるようになりますように』っておねがいするの。あ、それよりも、ふたりがいつでもあえるように、『ふたりのおうちを、おとなりどうしにしてください』っておねがいしようかな。ねえ、いいかんがえでしょ!?」
 飛び跳ねながらそう叫ぶ幼い孫娘の手を取って、源吉はニコリと笑ってしゃがみこむと、彼女と視線の高さを合わせた。
「ああ、そりゃあいい考えだ。お星様も、それに織姫さまと彦星さまも、そんないい考えたっくさん貰ったら、きっと大喜びするだろうさ。いい考えがたくさん集まりゃ、一番いい方法だって、考えやすくなるからな。きっと、頑張って考えてくれるだろうよ」
「うん!」

 目をキラキラさせて嬉しそうに頷くラブの顔を、源吉はさも愛おしそうに見つめながら、心の中で語りかける。

(いいか、ラブ。お前が大きくなって、大人になっても、今みてぇに何事にも愛情込めて一生懸命になる気持ちを、ずーっと持ち続けるんだぞ。そしていつか、その優しい心でみんなを包んであげられるような、そんな大人になってくれよ)

 ☆

 その夜、ラブは夢を見た。

 広い夜の草原を、ラブは一人で歩いていた。パジャマ姿で、足元は裸足。柔らかな草と少し濡れた土の感触が、小さな足の裏をくすぐる。
 明らかに夜だけれど、辺りはそんなに暗くはなかった。頭の上には、ラブが今まで見たことが無い、降るような星空がある。
 いや、実際、星は降っていた。時々空から、すーっと地面へと流れてくる光の筋がある。草原のあっちにもこっちにも、小さな丸い明かりのようなものが落ちていて、良く見るとそれは巨大な金平糖のような形で、金や銀の光を放っていた。

(すごい……。おほしさまの、はらっぱ?)

 口をポカンと開けて、上を見たり周りを見回したりしながら歩いてきたラブは、突然目の前に広がった光景に、驚いて立ち止まった。
 目の前には、切り立つような崖。崖の下には川原があって、その向こうを銀色の川がゆったりと流れている。川の水はぼーっと光り、まるでそこだけ浮き上がっているように見える。

(これって、あまのがわ? きれい……)

 うっとりと川の流れに見とれていたラブは、
「えいっ! やぁっ! とぉっ!」
 突然耳に飛び込んできた勇ましい掛け声に、思わず顔を上げた。

 声が聞こえる方を窺う。すると、うっそうと茂った草の陰から、ラブと同い年くらいの女の子が、飛んだり跳ねたりを繰り返しているのが見えた。
 空中に向かってパンチを繰り出したり、頭の上まで足を上げてハイキックを決めたり。まるで流れるようなその美しい動きに惹かれるように、ラブは草をかき分けながら、その子の方に近付いていく。やがて女の子の近くまで辿りついたとき、ラブはその姿に息を飲んだ。
 黒っぽいグレーの服。幼いのにすらりと伸びた手足は抜けるように白く、しなやかにリズミカルに動いている。
 何より引き付けられたのは、その銀色の髪だった。肩の少し上くらいで切り揃えられた髪は、彼女の動きに連れてサラサラと揺れ動き、空と地上の星たちの光を受けて、淡い光を放っている。

(このこ……そらのようせいかな)

 じっとその動きに見入っていたラブは、ぐっと虚空をにらみつける彼女の目を見て、ハッとした。まるで紅玉のようなその目に、キラリと涙が光っているのが見えたからだ。気がついたときには、ラブは女の子に向かって、大きな声で呼びかけていた。

「どうしてないているの?」
 女の子が、驚いたように動きを止めてラブを見る。集中していて、見られていたことに全く気付いていなかったらしい。続いて、さらに驚いたようにキョロキョロと辺りを見回してから、彼女はもう一度ラブに視線を戻した。
 ラブは、自分を見つめる赤い瞳を見つめ返しながら、ゆっくりと彼女に近付いていく。
「ねえ。どうしてないているの?」
「ないてなんかいない! ……ここは、どこ?」
 女の子が、乱暴に目を擦ってから、掠れた声でラブに尋ねた。
「あなた……ここのこじゃないの? どこからきたの?」
 不思議そうに問い返すラブに、女の子は戸惑ったような目を向ける。
「わからない……。おまえこそ、どこからきた?」
「あたしは……あれ?」
 今度はラブが戸惑う番だった。どこから来たのか。今まで何をしていたのか。自分は誰なのか。全てがぼんやりと靄に包まれているようで、どうしても思い出せない。そして不思議なことに、それが今は、そんなに恐ろしくはなかった。

「そらが……ひかってる。え、じめんも?」
 女の子が、空を見上げ、草原を見渡して目を見開く。ラブはニコッと笑って、彼女の隣りに立った。
「うん、そらにもはらっぱにも、おほしさまがいっぱいだね。あ、あっちにかわがあったんだよ。きっと、あまのがわだよ!」
「あまのがわ?」
 うん!と頷いて、崖の方を指差すラブ。だが、この辺りは草の丈が高くて、二人の身長では、崖の下まで見ることが出来ない。

「こっち!」
 ラブが、パッと女の子の手を取って、走り出した。女の子の手が、ビクンと震える。が、彼女は大人しくラブに手を引かれて、その後に続いた。
 さっきまで居た辺りまで戻ってくると、ラブは女の子と手を繋いだまま、崖の下をそっと覗き込んだ。
「ほら! みえる? きれいでしょっ?」
「あれが、あまのがわ……」
 光る川を見つめて呟く彼女に、ラブは元気に頷いて見せる。その顔を見て、女の子の顔にほんの少し、笑みが浮かんだ。
 ラブは嬉しくなって、言葉を繋ぐ。
「こんやはね、たなばただから、いちねんにいちど、おりひめさまが このかわをわたって、ひこぼしさまに あいにいくんだよ」
「いちねんにいちど?」
「そう!」
 ラブは、幼稚園で聞いた七夕伝説の話を、女の子に話して聞かせる。そういうことはちゃんと覚えているのが、少し不思議だ。
 黙って聞いていた女の子は、ラブの話が終わると、考え考え、口を開いた。

「あめがふったら あえなくなるのなら、そのひは、あめをふらさなければ いいじゃない」
 それを聞いて、ラブは目を丸くする。
「そんなことできないよ! あめがふるかどうかなんて、そのひにならなきゃ、わかんないもん」
「え、そう?」
 女の子は驚いたようにそう言ってから、もう一度、呟くように言った。
「でも……いちねんにいちど、あうことがゆるされているのなら、あめなんてりゆうであえないのは、りふじんね」
「りふじん?」
「えーっと……ひどい、ってこと」
 女の子の言葉に、ラブの顔がぱぁっと輝く。
「そうだよね! ひどいよね! だからあたし、『おりひめさまと、ひこぼしさまが、いつでもあえますように』って、おほしさまにおねがいしたんだ」
 ところがそれを聞いた女の子は、何とも不思議そうな顔をした。

「え? だって、いちねんにいちどしか あうことがゆるされないっていうのは、めいれいなんでしょ? だったら、『いつでもあえますように』っていうのは、おかしい」
「えぇ~、だって……」
 不満そうなラブを、女の子はじっと見つめてから、ふいに視線を自分の足元に向ける。
「めいれいには、ちゃんといみがあるんだから、したがわなくちゃいけない。いまはまだ、そのいみがよくわからなくても」
「あ……」

 何故だろう。穏やかに話している女の子の姿に、さっき泣きながらパンチやキックを繰り出していた彼女の姿が重なって見える。どうしてそう見えるのか、理由はわからなかったが、ラブは何だか悲しくて、泣きたくなった。
 大きな瞳にじんわりと涙が滲んで、周りの景色がぼやけてくる。あと少しで、うぇーんと声を上げかけたとき、
「ん?」
 女の子が、崖の下を覗き込んで声を上げた。
「あれって……あなたがいってた、おりひめさまと、ひこぼしさま?」

「えー!? どこどこ!?」
 ラブも慌てて目をこすって、崖から身を乗り出す。
 いつのまにか、銀の川のこちらの岸に、淡い紅色のひらひらした着物を着た女の人が立って、向こう岸を見つめていた。その視線の先には、白い着物を着た男の人が、やはりじっと、女の人を見つめている。
「うわーっ! きっとそうだよ。おりひめさまと、ひこぼしさまだ。すごーいっ!」
 弾んだ声のラブに、女の子は相変わらず冷静な声で言う。
「でも、どうやって むこうぎしにわたるのか……」
「うーん……およいでいくとか?」
「あんなきものをきて?」
「そしたら……ふねにのっていくのかなぁ」
「ふねなんて、どこにもないけど」
 ああでもない、こうでもないと言い合う二人の前を、そのとき、さっと白い影が横切った。

「わっ、なに? あれ」
「おおきなとり……はくちょう?」
 白い大きな鳥が、星空から音もなく舞い降りて、川の中に静かに降り立ったではないか。そして、こちらの岸に立っている女の人に近付いていくと、くるりとその背中を向けた。
「わっはーっ! きっと、あのとりのせなかにのっていくんだよ!」
 ラブが大はしゃぎで飛び跳ねる。
「うわぁ、すごいなぁ。もっとちかくで、みたいなぁ!」
「ならば、ここをおりていけばいい」
 隣りからこともなげにそう言われて、ラブはぎくりとして動きを止めた。

「え……ここをおりるなんて……」
 もう一度、崖の下を覗き込む。崖の斜面は、あちこちに小さな起伏はあるものの、ほとんど絶壁に近い傾斜だ。おまけに高い。とてもここを降りられるとは、思えなかった。
 女の子はラブの顔を見つめると、小さいながら、さっきよりもはっきりとした笑みを浮かべた。
「このていどのがけなら、だいじょうぶ。ついてきて」
「えぇ!? む、むりだよぉ」
「ほら、はやくしないと、おりひめさまが いっちゃう」
 そう言うと、今度は彼女の方から、しっかりとラブの手を掴む。そして全く躊躇することなく、一気に崖を駆け降り始めた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
 ラブの絶叫が響き渡る。女の子はラブの手を握り締めたまま、的確に足場を選んで、高速で駆け下りていく。ラブはほとんど引きずられるようにして、ついていくだけだった。
「ほら、あとすこし!」
 女の子の言葉に、ラブは思わず顔を上げて、川の方を見る。ちょうど女の人が鳥の背に乗って、白い鳥が悠々と、川を泳ぎ始めたところだった。
「うわぁ、すごい!」
「よそみをするな!」
 その途端。ラブの小さな足が、丸っこい星の明かりを踏んづけて、つるりと滑った。
「うわぁっっ!!」

 ☆

 ドスン。
「いたたたた……」
 ラブは背中をさすりながら、ベッドの下で起き上った。お父さんとお母さんと、三人で寝ている大きなベッド。でも、もうお父さんもお母さんもとっくに起きていて、ベッドに寝ていたのはラブひとり。まぁだからこそ、ベッドから落っこちるなんてことが出来たのだろう。
「あれ? おりひめさまは? はくちょうは? あのこは?」
 目をパチクリさせながら立ち上がって、窓の外を見る。
 抜けるような青空と、もう高いところまで上がった太陽が、まるで笑っているように、明るくラブを見降ろしている。
「ぜんぶ、ゆめ?」
 もう一度目をこすったとき、
「ラブー、朝ごはんよ。いい加減に、起きなさーい!」
 台所から、母のあゆみの声が聞こえてきた。

 ☆

「あまのがわ、みえなかったねー、ラブちゃん。おりひめさまと、ひこぼしさま、あえなかったのかな」
 砂場の砂を丁寧にバケツに詰めながら、祈里が心配そうな声を出す。
「あめは やんでたんだから、だいじょうぶよ、いのりちゃん」
 美希がバケツをひっくり返して、巨大な砂のケーキが出来上がる。
「うん! おりひめさま、きっと はくちょうのせなかにのって、あまのがわ、わたったんだよ」
 夢を見た、と言うのは何となく恥ずかしくて、ラブはそれだけ言うと、おもちゃのスコップを砂のケーキに突き立てる。包丁で切り目を入れた……というつもりだったが、砂のケーキは無残にその一角が、ボロリと崩れた。
「あ……。もぉ、ラブちゃん!」
 美希が、ジョウロの水をかけながら、崩れたケーキを直し始める。
「ごめ~ん!」
 慌てて手伝おうとするラブに、祈里がニコリと笑って、持ち前ののんびりとした口調で言った。
「ラブちゃん。それって、はくちょうじゃないよ。えほんでみたんだけどぉ、おりひめさまをのせるのは、カササギっていう とりなんだって」

(ふぅん。あのとりは、カササギっていうんだ)

 ラブはふいに、夢で逢ったあの子――銀色の髪の、星空を駆ける妖精のようなあの子に、会って話がしたくなった。
 織姫様を乗せたカササギの話と、もうひとつ――おじいちゃんが、ラブにいつも言っている話を。

――いみがわからないことがあったら、きいてみればいいんだよ。なんかいもきいて、もしヘンだとおもったら、いいかんがえを たくさんあつめて、がんばって かんがえれば いいんだって!

(ことしのたなばたは、もうおわっちゃったけど)

 ラブは、砂場の乾いた砂を手で掬って、サラサラとこぼしてみる。

(おほしさま……こんどはよそみをしませんから、どうかもういちど、あのこにあえますように)

 日の光に、時折キラリと輝く砂の流れは、あの子の髪の毛みたいにきれいだと、ラブは思った。

~終~



競作2-22は三次創作です。
最終更新:2015年02月21日 01:25