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ミルクと青い薔薇(II)




 元来、平和民族であるパルミエの民は非力で戦う力を持たない。

 いや、非力だからこそ平和民族だと言うべきだろうか。

 年長者や特別才能のある者の中には特殊な“力”に目覚める者もいたが、そのほとんどは何ら戦いのためにはならない力だった。

 “人化の術”は、そんな力なき力の中でも比較的修得者の多い技だ。

 これはその名の通り、我々“人間”を模した姿へと変わる変身能力…。

 もっとも姿が変わるだけで戦闘能力が上がるわけではなく、精神集中が切れた瞬間にあっさりと元の姿へ戻ってしまう。 だが小動物と言っていいほどの体長のパルミエの民にとっては人間台の大きさになるだけでも十分なパワーアップと言えるだろう。

 しかし、“人化の術”を持つパルミエの民もその力を行使することはめったにない。

 理由は単純、“必要ないから”である。

 彼らは非力でも誇り高く、強い意志を持った民族だった。


「こりゃミルク! いつまでそんな格好でおるパヤ!」

「だって、この方がはかどるじゃないですか」

 復興の進むパルミエ王国の街中。 そう言ってレンガの山を手のひらに乗せて軽々と持ち上げるのは一人、人間の姿になっているミルクだった。

「バカもの! そんな力に頼って楽をして何になると言うのじゃ! 皆で力を合わせて成し遂げるからこそ意義が…」

「はいはい。 そこにいると危ないですよ」

 いつも口うるさくて恐いパパイヤ世話役長も、ミルクの足元でキーキー言っているのを見ると可愛らしくさえ思えてくる。

 ミルクに踏まれそうになって慌てて逃げ回るパパイヤを見て、ミルクはくすくすと笑みを漏らしていた。

「ミルクっ!」

「あ、そうだ私、水を汲みに行ってきまーす」

「こら、待たんかパヤ!」

 聞く耳もなくミルクは駆け出していく。

「まったくミルクは…。 それにしても」

 なすすべもなく見送りながらも、パパイヤはその背中を見て、思慮深い様子を見せる。

「いったい、いつの間にあんな力を身につけたのかパヤ…」


 …………

 パルミエの街から外れた森の湖のほとり。

 ミルクが持ってきた水瓶にはいっぱいに水が汲まれ、樹の根元に置かれたままになっている。

 そこから少し離れた水際で、ミルクは心地よい笑い声をたてながら踊るようにくるくると回っていた。

 それから足を止めて、すっと空に伸ばした右手を見上げる。

「あぁ素敵。 こんなに早く人間になれる力が持てるなんて…」

 これならココ様やナッツ様の傍にいても、チビで無力なお世話役じゃない。 お店の手伝いだって、お掃除だって、食事のお世話だって、何だって出来る。

 あの5人の“伝説の戦士”たちのように…。

 ミルクはしゃがみ込んで湖を覗き込んだ。 ゆれる水面に今の自分の顔が映る。

 人間になった自分の顔を見たのはその時が初めてだった。

 あどけないながらも凛とした顔立ち。 ウェーブのかかった髪は肩の下で切り揃えられ、前髪は結い上げられてピンクのリボンで結んである。

 いつも屈託のない笑顔でミルクに笑いかけていた、“あの娘”の顔が重なって見えた。

「ほらご覧なさい。 やっぱり私の方が美人じゃない」

 根拠のない判断基準で、そう得意げに宣言して立ち上がる。

 それから今の自分の姿をしげしげと見回してみた。

「人間…か」

 着ているのは大きな青い薔薇の模様の入ったワンピース。 それに素足に履いた赤い靴。

 かかとから靴を外して、裸足で緑の上に立ってみる。 そして…ワンピースの襟元に手をかけ、肩へと滑らせた。

 足元に、ワンピースが音もなく落ちる。

 素裸の今のミルクが、そこに立っていた。

 元々ほどではないけれど色白できめ細やかな肌。 細身でまだ未成熟な身体つき。 両胸のふくらみも蕾のように小さくはかない。

 そのまま水際から湖の中へと足を踏み入れ、身体を水に浸す。

 大きく息を吸い込むと、ミルクは頭から水中へと潜った。

 澄んだ暖かな水の中を、息の続く限りお魚のように泳いで、水面に浮かび上がる。

「ぷはっ」

 それから水面に仰向けに浮かび、ぼんやりと漂っていた。

(空が青い…)

 今ココ様たちがいる世界も、この世界も、空の色だけは変わらない。

(あの夢…。 何だったのかな…?)

 ミルクが急に変身出来るようになったのは、あの時、花から溢れた青い光を浴びたからだという事は何となく分かった。

 ミルクが育てた、不思議な青い薔薇の花…。

 そしてその時に見た夢。 広大な庭園。 どこまでも続く赤い薔薇。 髪の長い女の人。

 あの夢も、この力と何か関係があるのだろうか…?

 白昼夢とは思えないほど、夢で見た光景は今でもはっきりと脳裏に思い浮かべることが出来る。

 その時、ミルクは気が付いた。

 ミルクに微笑みかける女の人の傍らに、一輪だけ違う色の薔薇が咲いていた事を。

 まるで奇跡のように咲いた、その薔薇の色は…。

(…青い薔薇!)

 ミルクが目を見開いた。 その時。

 遠くで小さく爆発音が聞こえ、振動が水面を揺らした。

「きゃっ!? …なに?」

 森を超えた向こうから、煙が立ちのぼっている。 そこにあるのは…、パルミエの街。

「たいへんっ!」

 慌ててミルクは岸まで泳ぎ着くと、脱ぎ捨てた服と靴を拾い上げて煙の立つ方へと走り出した。


 …………

 パルミエの街は恐慌状態に陥っていた。 街中の数箇所から白煙が上がり、皆は正しくクモの子を散らすように逃げ惑っている。

 街に帰り着いたミルクは、そんな様子を呆然と見渡していた。

「いったい、何が起こったの…?」

「ミルクっ!」

 呼ばれて足元を見下ろすと、息を切らせたパパイヤ世話役長がいた。

「何をしておるんじゃ。 早く逃げるパヤ!」

「逃げるって、いったい…」

 その時、ミルクの額の内側に電流のような予感が走った。 初めて感じるそれが、脅威の来訪を告げるアラームだと本能的に理解する。

「なんか出たわっ!」

 気配のする方に目を向ける。 立ち上る煙の向こうから姿を現したのは…奇妙な姿の女の人だった。

 奇抜なグリーンのスーツにタイトスカート。 ショートカットの髪に何本も付けた長いエクステンションが、クラゲの足のようにゆらゆらと揺れている。

 顔立ちはどちらかと言えば美人な方だったが、残忍な光をたたえた目と冷笑を浮かべた口元がそれを台無しにしていた。

 胸元にワンピースを抱えて立つミルクを見て、その女が不審そうな表情を浮かべる。

「ん…? 何だお前は。 人間か? なぜパルミエ王国にいる?」

「あなたこそ、いったい誰なの!?」

「フッ…。 私か…?」

 わざとらしい手つきで、顔にかかるエクステンションを払って高らかに答える。

「エターナル・情報収集分析班幹部、“クラケーヌ”」

 その名を聞いて、ミルクの顔が驚愕と恐怖でゆがんだ。

「…“エターナル”!」



最終更新:2013年02月24日 14:45