プリキュア VS ディケイド(I)




 その男は“旅人”だった。

 世界から世界へと渡り、自分の居場所と成すべき事を探す彷徨い人。

 旅の合間、つかの間の休息の時。 男は古びた写真館の一室で、スツールに腰掛けコーヒーを飲む。

 ソーサーにカップを置く、カチャリという音。

 それがスイッチだったかのように、突然、天井からスクリーンが派手な音をたてて下りた。

 男は驚いた様子もなく、開いたスクリーンに一瞥をくれ、またコーヒーカップに手を伸ばす。

「何ですか!? 今の音?」

 慌てて部屋に入って来たのは、男と同世代の女性と青年、それに好々爺といった感じの老人の3人。

 3人は、開いたスクリーンに気付いて息をのんだ。

「ああ。 別に、何でもない…」

 杯(さかずき)を捧げるように、男は手にした白いコーヒーカップをスクリーンに向けた。

「また、次の世界に旅立つ時が来ただけだ」

 スクリーンは純白ではなかった。 そこにはいくつものカラフルなハートの模様と、ドーナツの輪のイラストが散りばめられている。

 そしてその中央には…、ピンク・青・黄・赤の4色のハートが組み合わさった、大きな“四葉のクローバー”のマークが描かれていた。



 …………

 四つ葉町。 “クローバータウン・ストリート”…。

 人情味あふれる人たちが住むこの商店街には、その店員の人柄に惹かれていつも多くの買い物客が集い、賑わっていた。

 特に日曜日昼下がりのこの時間は、親子連れや休日の学生たちも加わり、一層華やかさが増す。

 ……はずであったが、今、この通りには人の姿が全く見当たらない。

 その代わりに大通りを我がもの顔で歩く、巨大な姿があった。

『ピカ、ピカ!』

 巨大な信号機が歩いていた。 冗談のようだが、誰が見てもそうとしか言い様がなかった。

 三色のランプを明滅させ、奇妙に曲がる鉄柱の4本足を繰り出し、もつれる電線を引きちぎり火花を撒き散らしながら、通りを蹂躙していく。

 その鉄柱の本体中央に、不気味に輝く紫色の菱型(ひしがた)のジュエルが張り付いている。

 あれこそが力の源。 憑依物に邪悪な意思を与え、主(あるじ)に命じられるがままに破壊の限りを尽くす怪物“ナケワメーケ”を生み出すパワー・ストーン。

 クローバータウン・ストリートは今、その猛威の前に崩壊の時を迎えようとしていた。


 …しかし、それを阻もうとする者たちもいた。

 “ナケワメーケ”の周囲を飛ぶように、ピンク・青・黄色の衣装をまとった3人の少女が疾走している。

「トリプル・プリキュア・キィーック!!」

 息の合った跳躍で、3人同時の飛び蹴りをナケワメーケの1点に放つ。

 反り返った巨大な信号機は、そのまま後ろ向きに倒れ、辺り一面に地響きを轟かせた。

 すでに避難命令が出ているのか、周囲には3人の戦う少女たち以外には誰もいない。

 …いや。

 街角に停まった青いドーナツ・ワゴンの中からその様子を見ている人物がいた。


「プリキュア・レジェンド。 伝説の戦士“プリキュア”…か」

 車内からカウンターに肘をつき、手にしたドーナツを望遠鏡のようにして、その穴の中から飛び交う3人の姿を眺めているのは……あの写真館の“男”だった。

「人々の不幸を集める管理国家“ラビリンス”と戦い、みんなの幸せを守る正義の味方。 それがあんな年端もいかない女の子とはね」

 ドーナツから目を離し、目の前で巻き起こる絢爛舞踏(けんらん・ぶとう)のような戦いをTV番組でも観るように眺めながら、男は気だるそうにつぶやいた。

「どうやらここも、“ライダー”のいらない世界みたいだな…」



 信号機の変異した“ナケワメーケ”が、何度目かの攻撃を受けて再び地面に倒れ伏す。

 その身から邪悪な意思が緩んだのを感じて、青い衣装の少女“キュア・ベリー”は叫んだ。

「今よっ! ピーチ!」

「うんっ!」

 “ピーチ”と呼ばれた桃色の少女…、“キュア・ピーチ”は、両手を頭上で打ち鳴らすと左右の順にその腕を下げ、身構える。

「わるいのわるいの飛んでいけ! …“プリキュア・ラブサンシャイ――ン”!!」

 両手で形作ったハートマークにパワーを収束させる。 突き出した手のひらから光のシャワーが放出され、ナケワメーケを包み込む。

 信号機に張り付いていた菱型のジュエルが光を受け、高熱にさらされたように蒸発していった。

 光の奔流が消えた後…。 傾いた格好で、もの言わぬ姿に戻った信号機は道路に立っている。

「やったあ!」

「まだよっ。 ピーチ!」

 もう1人の黄色の少女、“キュア・パイン”が、背後に気付いて警鐘をあげる。

 そこに…、新たな敵が立っていた。

 さっきの“ナケワメーケ”の巨体に比べれば人間大の大きさではあったが、まるで昆虫が人間の姿に化けたかのような異形の怪人が、低い唸り声をあげ、3人の方へとゆっくり歩み寄っている。

 それはホラー映画か悪夢の中でしか存在を許されない。 ましてやこんな明るい昼の日中に、見間違いでも目にする事のないような、冒涜(ぼうとく)的な存在だった。

「あれはっ…!」

 キュア・ピーチが、その姿に何か思い当たった時だった。

 怪人とプリキュア達の間に、一人の青年が飄々(ひょうひょう)と歩み出てくる。

「!! そこの人、危ないわ! 早く逃げてっ!」

 ベリーが忠告の声をあげるが、青年は気にする様子もなく怪人の前に立ちはだかった。

「不死生物(アンデッド)…。 “ブレイド”の世界から流れて来たのか…?」

 青年は迫る怪人にひるむ様子もなく、ピーチたち3人に顔を向ける。

 まだ若い世代だが、ピーチたちよりも幾分年上の青年だった。 学生であるなら大学生ぐらいだろうか。 顔立ちはなかなかハンサムで魅力的だったが、どこか斜(しゃ)に構えたような態度が見て取れる。

「この世界に“ライダー”は必要ないだろうが…」

 ピーチたちにそれだけ言って背を向けると、“怪人”の方へと向き直る。

「“この世のものじゃない者”には、必要だろうからな」

 青年は奇妙なベルトを身に付けていた。 前方に何かの装置のような大きなバックル、腰には四角いケースのようなものが付いている。

 そのケースを開き、中から1枚のカードを抜いて見せ付けるように怪人の方へと向けた。

 そこに描かれていたのは…。 緑の複眼と7枚のプレートを頭部に埋め込んだ、“仮面の戦士”の姿…。

「変身」

 声と共に、手にしたカードをバックルに差し込み、閉じる。 機能が発動して、バックルの表面に光芒が浮かぶ。


 “KAMEN RIDE ....  DECADE !!”


 9人の影が周囲に現れ、青年の身に重なると黒・白・朱色を基調としたメタリックなボディアーマーになり瞬時に青年に装着される。

 その頭部全体も装甲に覆われていた。 中空に並行世界を超える者の証である数枚のプレートが現れ、その頭部を縦に貫きはめ込まれる。

 あのカードに描かれていた姿…。 現れた“仮面の戦士”は、地面を踏みしめ拳を構えると、怪人目掛けて走り込んでいった。



 突然青年の姿が変わり、怪人と殴る蹴るの激しい戦いが始まったのを、“プリキュア”達は訳も分からずに見ていた。

「何あれ? “ラビリンス”の新勢力!?」

「でも、あの怪物と戦っているみたいだけど…」

「ピーチ!?」

「分からないよ、私にだって。 けど…」

 “キュア・ピーチ”は、真剣な眼差しを戦う仮面の戦士へと向けた。

「たしか今、“DECADE(ディケイド)”って聞こえた…」


 左右の連続パンチを受けて怪人がよろめく。 その隙をついて、モーターが唸るような音と共に仮面の戦士はもう1枚のカードを切った。

 そこには…、今とはまた違う姿をした仮面の戦士が描かれている。


 “KAMEN RIDE ....  BLADE !!”


 戦士の姿が瞬き、そのカードの戦士の姿に変わる。 更にもう1枚のカードを引く。

 “ATTACK RIDE ....  BLAYROUZER”

 現れた剣を片手に、戦士は怪人に斬り込む。 袈裟懸けに左右2回の斬撃をまともに受けて、怪人の姿は瞬時に爆発して消し飛んでいった。

 剣先を下げる戦士。 光の瞬きと共に、その姿は最初に変身した仮面の姿へと戻り、背後に立つプリキュア3人を振り返る。

「危ないところだったな」

 そう声を掛けた、次の瞬間。

 キュア・ピーチが、突如として“仮面の戦士”に襲い掛かった。

「だあーっ!」

 繰り出される左右のパンチを男はとっさにかわすが、続けて胸部装甲への強烈なキックを受けて後ろによろめく。

「…っ。 おい! 大人がフレンドリーに接しているってのに、乱暴なガキだな」

「“ディケイド”…」

 フリルとリボンで飾り付けたショートドレス。 頭を飾るハートの髪留め。

 腰に下げた携帯電話のケースに、胸元に留められた4色ハートのクローバー・マーク。

 可憐な少女達と無骨な仮面の男。 出会ってしまった異界の戦士達…。

 油断なく身構えた少女が口を開いた。

「あなたが、“ディケイド”なのね?」

「だとしたら?」

「ベリー! パイン!」

 呼びかけに応え、残り2人の少女が“ディケイド”を取り囲むように位置して、ピーチと同じく身構える。

「何なんだ? いったい」

「絶対に許さないんだから…。 ディケイド…。 “世界を破壊する悪魔(あくま)”っ!!」



最終更新:2013年02月24日 15:31