プリキュア VS ディケイド(IV)




「ピーチ! イーグレット! ベリー! ルージュ! みんな、やめてーっ!」

 夕刻の公園で、2対2のプリキュア同士の戦いが続いている。 “リンクルン”を失った祈里は変身して加勢する事も出来ず、半泣き状態で制止の声を挙げていた。

「キュアー!」
「どうなっとるんや!? なんでルージュはんと、イーグレットはんが!?」

 シフォンとタルトも見守るしかない。

 そんな祈里の肩に手を掛け、代わりに士(つかさ)が前に出た。

「門矢(かどや)さん…」

「俺に任せろ」

 そう言って目前に“ディケイド”のカードをかざす。

「変身」


 “KAMEN RIDE ....  DECADE !!”


 ディケイドに変身する士。 その圧倒的な存在感を前に、祈里は心配そうな様子を見せながらも後ろに下がる。

 ディケイドは、立て続けにカードを切った。


 “FINAL ATTACK RIDE ....  DECADE !!”


 乱戦状態のピーチたち4人の方へ、道を差し示すように“ディケイド”のマークの光芒が幾層も重なり現れる。

 おもむろに垂直ジャンプするディケイド。 その動きにつられて、光芒も階段状に斜め上にスライドした。

 ピーチとベリーが、何かに気付いて上を見上げる。

 そこに見えたのは…、照準のように自分たちに向かって伸びる“ディケイド”の次元障壁光芒と、その先に跳び蹴りの姿勢で、引き絞られた矢のように空中停止したディケイド本人…。

 ただならぬ気配にピーチ、ベリーがその場から飛び退いた次の瞬間。

 次元障壁を蹴破るように貫きながら、加速するディケイドの“ディメンジョン・キック”が、残されたキュア・ルージュとキュア・イーグレットに襲い掛かった。

 着地点からすさまじい爆炎が巻き起こり、3人の姿を覆い隠す。

 吹きつける熱風に顔を覆ったピーチ、ベリー、そして祈里の前で爆炎が収まった時…。 そこには、ディケイド一人だけが立っていた。

「ちょっと…、まさか…」

 嫌な考えに、ピーチ達が青ざめる。

「友達だったのか?」

 ディケイドの変身を解いて、士が聞く。 ピーチ、ベリー、祈里の3人は無言で頷いた。

「心配するな。 お前らを裏切ったわけじゃない。 あいつの…“ディエンド”の能力だ。 カードに描かれた者を、召喚して従属させる」

 それに死んだわけでもない。 ディケイドの強烈な攻撃で呪縛が解けて、元いた場所へと強制退去したのだった。

 次に会った時、ピーチたちと戦った事さえ覚えていないかもしれない。

 事情を聞いて、ピーチとベリーはようやく胸を撫で下ろした。

 祈里とシフォン、タルトも駆けつけ、無事を確かめ合う。 が…。

「そうだ! ブッキーのリンクルン!!」

 ピーチの挙げた声に、他のみんなも思い出した。

 公園の出口に駆け寄って左右を見渡す。 ディエンドの姿はもう何処にもなかった。

 プリキュアたちがアンデッドに対抗できるのはキュア・パインの力だけ。 けど、リンクルンがなければ祈里はパインに変身できない。

 つまりプリキュアたちはもうアンデッドに対抗できない。 他にアンデッドを倒せるのは…。

 ピーチたちは揃って、士の方を見る。

「やれやれ…」

 懇願するような注目を浴びて、士は額を押さえた。

「ドーナツ屋の次は、中学生のボディーガードか…」



 …………

 翌日の夕刻。 公園のオープンカフェ。

 エプロン姿でテーブルを拭く士は、そばに立つ祈里に気付いた。

 学校帰りに直接寄ったのだろう。 制服姿のままだ。

「どうした?」

 手を止めて問いかける士に、浮かない表情で祈里が聞く。

「あの、門矢さん…。 あの人は?」

「海東のことか? 今日は来なかったな」

「そうですか…」

 祈里は気落ちしたようにうつむく。

『悪いね、お嬢ちゃん。 これはね、君がおもちゃにするよりも、ずっと価値があるものなんだ』
『この世界のお宝。 変身携帯手帳“リンクルン”はいただいていくよ』

 祈里のリンクルンを持ったまま、海東…ディエンドの行方は分からなくなっていた。

(お宝も手に入れたことだし、もうこの世界にはいないかもな)

 言いかけた言葉を、祈里の様子を見て飲み込む。 独善的を絵に描いたような士だったが、それぐらいのデリカシーは持ち合わせていた。

「ブッキーっ」

 ラブと美希も遅れてやって来る。 聞けば学校帰りに三人で手分けして海東を探して、ここで待ち合わせていたらしい。 けど、二人からも色よい返事は返って来なかった。

「今日は練習は、止めにしておきましょうか。 ミユキさんも今日は来られないって言ってたし。 もう遅いし」

「そうだね。 ブッキー、そうしよっか?」

「でも…、ミユキさんが毎日少しだけでも練習した方がいいって言ってたから」

「ブッキーがそう言うなら」

「練習って、何の事だ?」

 カフェワゴン前で話し込む三人に、士が聞く。

「あ、ツカサちゃん。 ちょっとこの辺の場所、借りるね。 お店の邪魔にはならないようにするから」


 …………

 公園中央の舞台で、スポーツウェアに着替えたラブ、美希、祈里が並んでステップを踏んでいる。

 腕を回しながら左右へのサイドステップ。 交互に両手を高く上げて、その手を腰に首を縦に振る…。

「おい」

 カフェワゴンの中から、そんな三人の様子を眺めていた士が声をかけた。

「何やってんだ? お前たち」

「なっ…」

 悪気はないのだろうが無神経な言い様に、三人は揃って赤面した。

「何って、見れば分かるじゃない。 ダンスよ。 ダンスの練習」

「ダンスね…」

 エプロンを外して、士はカフェワゴンから出てくる。

「いいのか? プリキュアがそんな呑気なことやってて」

「いいのっ!」

 ラブが高らかに言って胸をはる。

「私たちは、ダンスもプリキュアも両方とも頑張るって決めたんだから」

「それは立派だが、あんまり上手くないな」

「う…」

 言われてラブは閉口する。 確かに覚えた振りを何とか繰り出している感じで動きがぎこちないし、三人のテンポも微妙にずれている。

 ダンスはさまになっていれば最高にかっこいいが、そうでなければ微妙にかっこ悪い。 ラブ達にとっては、楽しいながらも辛い頃合いだった。

「だから、練習中なんだってば。 けど、今日はいないけどプロのダンサーに教えてもらってるし。 きっとすぐに上手くなって。 コンテストとか…」

 すっかり勢いがなくなってそんなことを言うラブたちの舞台に、士も上がってくる。

「ちょっと見せてみろ」

 美希の手から、振りの描かれた手書きの教本を受け取り、ペラペラとめくる。

「だいたい分かった」

「何がだいたい分かったの?」

「ミュージックっ」

「あっ、はいっ」

 突然指差されて、祈里は弾かれたように床の“ダンシング・ポッド”のプレイボタンを押す。 流れ出したのは、ダンスユニット“トリニティ”のダンスソング・シングル、“YOU MAKE ME H@PPY”

 縦ノリで何度かリズムを取ると、士は軽快に踊り始めた。 曲に合わせて教本に描かれたポーズの通りに足を運び、腕を上げる。

 曲の終わりにぴったり合わせて決めのポーズをとった士を、三人は拍手することも忘れて、ぽかんと見ていた。

「すごい…。 あなた完璧」

「どうして? 一度、教本を見ただけなのに」

 驚く美希と祈里

「すごい! すごいよツカサちゃん!」

 そしてラブは目を輝かせて士を見ていた。

「ねえねえ! 私たちにも教えてよ」

「はあ? 何で俺が」

 そっぽを向く士の目の前に、ラブは回りこんで来る。

「いいじゃない。 今日、ミユキさんいないから、臨時の先生ってことで」

 引きずられるように腕を引っ張られて、士は三人の前に戻ってくる。

「ドーナツ屋にボディーガードに、今度はダンスのインストラクターか…」

 並んで士の言葉を待つ三人を見て、ため息をつく。

「この世界は、人使いが荒いな」



 それから小一時間後。

「ま、今日はこんなものだろう」

「ありがとうございましたー」

 礼儀正しく頭を下げて、直後、ラブたち三人は公園のステージに座り込んだ。

 くたくただけど、ひと汗かいた後の疲労感が何とも心地よい。

「たまには違う人に教えてもらうのも、新鮮でいい練習になるね」

「ええ。 私、昨日まで出来なかったステップのところ、上手くいくようになっちゃった」

 息を整えながら、ラブと美希は、そんな言葉を掛け合いタオルで汗をぬぐう。

『ツカサちゃん。 明日もお願いね』 笑顔で軽くそう言って、ラブと美希は帰って行った。

 やれやれ。 そんな気分で見送った士は、祈里だけがその場に残っていることに気付いた。

「帰らないのか?」

「いえ、えっと。 その…」

 はにかみながら、祈里は申し出た。

「お仕事中にダンス見てもらったから。 せめて、その、お店片付けるの手伝います」



 二人がかりではあったが、テーブルや椅子を公園の片隅に集め、カフェワゴンの中を片付けて最後にカウンターの天蓋を閉じた時には、すっかり辺りは暗くなっていた。

「ほら」

 ステージの端に腰かけて一息つく祈里に、士は温かい紅茶のカップを差し出す。

「手伝ってくれた礼だ」

「ありがとうございます」

 素直に受け取る祈里。 士も自分の紙カップを片手に、その横に腰を下ろした。

「あの“リンクルン”が心配か? 大事なものなんだろ?」

 海東に持ち去られた、祈里のリンクルン。

「はい。 そうなんですけど…」

 一瞬言いよどんでから、祈里がつぶやく。

「本当は私、このままリンクルンが戻って来なければいいって、思ってるんです」

 意外な言葉に、士は口元までカップを持ち上げた手を止め、隣の祈里を見る。

 そしてその姿に、言葉の意味を理解した。

 手にしたカップに目線を落とし、うつむく様子は気弱で悩みがちな普通の女の子の姿だった。 プリキュアとして凛々しく戦うイメージには見えない。

「本当はプリキュアになって戦うのは好きじゃない…。 そういうことか」

 無言で、祈里は頷いた。

「プリキュアになれば、私でもすごい力を発揮出来るけど、やっぱりあんな怪物と戦うのは怖いし、痛い思いをするのは嫌い。 相手に痛い思いをさせるのはもっと嫌い」

 伏せたまつ毛を震わせる。

「でも、ラブちゃんや美希ちゃんもきっと同じ気持ちで戦っているから。 だから私も頑張ろうって。 友達だから。 それでいつかみんなで一緒に、怖い思いも痛い思いもしなくていい世界に出来たらって。 それで私、プリキュアとして戦うことを決めたんです」

「そうか」

「だからやっぱり、あのリンクルンは大切なものなんです。 あれがないと…、私…」

 不意に込み上げて来た感情が瞳から溢れそうになって、祈里は膝に顔を埋めた。

 その髪を、士がそっと撫でる。

 一瞬はっとした祈里だが、もう一度目を閉じるとその心地よさに身を委ねた。

 感受性の強い祈里には分かる。 きっと門矢さんも誰かの何かのために、ディケイドとして戦っているんだと。 だから私のこんな気持ちに共感してくれているんだって。

 夜の公園で、戦いから離れた二人の戦士は僅かに心を寄せ合っていた。



最終更新:2013年02月24日 15:43