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Eas to Eas 第6章 絆を捨てた世界




「お父さん、今日は遅くなるということだから先にしましょう」

 晩御飯の準備もでき、もこは桃園家と食卓を共にした。

 今日のメニューは、残暑の時期に相応なチンジャオロース。

「いっただきまーす」
「いただきます」
「いただきます」

(この世界では食事の前にはそうするのか……)

「……いただきます」

 あゆみが大皿から取り分けたチンジャオロースをもこにすすめる。

「残暑でご飯が進まないときにはいいのよ。お口にあえばいいけど……」

 もこはおずおずと箸をだす。

 戦線投入前のチュートリングにより日本独特の食事様式は把握していたが、
この世界では初めて食事。

 食物から香りがただようという、ラビリンスでは体験することのなかった現象に内心驚かされたが、
決して悪いものではない。

 白い断片に箸をつけ、口にする。

 千切りタケノコのシャキッとした食感も手伝い、さっぱりした中にも調味料の香ばしさが実感された。

(これも……美味しい)

 ラビリンスにおける食事とは、人体を構成・維持するための栄養の補給。
 それ以上でもそれ以下でもなかった。

「もこ、美味しいかしら?」
「うん……」
「お母さんのチンジャオロースはホントに美味しいんだよね」
「ええ」

 転生したせつなが幸せのプリキュアとして真に覚醒することになったのは、
桃園家の食事会での幸せな時間を知ったからと言える。

 そして、ラビリンス幹部として多くの世界で幸せを奪ってきた過去をやり直すための日々を
この街で生きている。

 (もこにもきっとできる。それにまだ私のように手が血で染まりきってはいない)

 ニンジンをめざとく見つけたラブが
「せつな~ なんで止めてくれなかったの!?」
「ニンジンもちゃんと食べなきゃね」
「たはは…… そもそもチンジャオロースってニンジン入っているものだったっけ?」
「桃園家では野菜たっぷりが定番よ!」
「なら、ホウレンソウも入れたらよかったのに……」
「ホウレンソウは千切りにはならないでしょ?」

 かくいうせつなもチンジャーロースーには欠かせないピーマンに顔をひきつらせていたが、
「精いっぱい、頑張るわ!」
 と口の中に押し込み、ご飯とともに飲み込んでいった。

 そんな様子をもこは不思議そうに見ていた。

 決まった時間に決められた栄養分、決められた量、決められた固さの食糧を補給する。
食事とはそれだけのことだった。

(食料に食べられるも食べられないもなかろう)

 もこはせつなが苦しそうに食べていたピーマンを口にした。

(何だこの味は!)

 ラビリンスの食品の味は炭水化物起因の甘味、塩分起因の塩味くらいしかなく、
元来「毒の存在を検出する」ための感覚である苦味を刺激する習慣はない。

 まして、野営や潜入探索において毒を誤って飲まぬためにも苦味は警戒すべきものとして教育されている。

 吐きそうになったが、少なくとも皆が食べているものを吐くことによって怪しまれることは得策ではない。

 せつながしていたのと同じように、ご飯とともに飲み込んだ。

(もこちゃんもピーマンが苦手なんて、やっぱりせっちゃんの妹さんなのね)

 圭太郎も仕事から帰ってきた。

「ただいま…… この子がせっちゃんの妹さんかい?」
「小さいころに生き別れた妹なんです。訳があってこの子も四つ葉町に来たんです」
「……こんばんは。東もこです」
「はじめまして、桃園圭太郎です」

 台所で後片付けを手伝うラブにこっそりと声をかけた。

「それにしても、どうしてウチにあったカツラつけているんだい」
「え、わかったの?」

 ラビリンス人独特の髪を隠すため装着したカツラを圭太郎は一目で見抜いた。

「そりゃあわかるさ。僕たちが作ったんだからね」
「……ちょっと訳があるんだ。お願い、そのことは触れないであげて!」

 ラブの尋常ならぬ目をみた圭太郎は、カツラの話は触れないようにした。

 とりあえず話をしようとする圭太郎の機先を制するかのように、もこが言う。

「この街でしなければいけないことがあって、私は来ました。それが終われば失礼いたします」


 その夜。

「パッションはん、大丈夫かいな?」
「せつななら大丈夫だよ。それにシフォンもぐっすり寝ているし」
「そやな……」

 シフォンは邪気にはきわめて敏感である。
 もしももこが不穏な動きをみせたら、ただならぬ反応を示すであろう。

 もこをベッドに休ませていた行きがかり上、せつなは今晩は部屋に布団を敷き、そこで休むことにした。

「スイッチオーバーできない今の私などプリキュアの力をもってすれば……なぜ倒さぬ」
「貴女とは……戦いたくないの」

 聊か自虐的なもこに対して、せつなは穏やかに返す。

「余裕か? もしスイッチオーバーできるようになれば……ましてやカードの力をもってすれば、
今度はお前を……」
「私はラブに教えてもらったの、二兎を……それ以上を追ってゲットすることをね。
私の運命も貴女の運命も変えて見せるわ」
「ふっ…… 二人のイースが存在してはならないことはわかっているだろうに」
「ええ、貴女も私もイースでなければいいわ」
「それにしてもお前の妹などと……そんな出鱈目を」
「本当のところはわからないかも……知れないわね」

 せつな自身、実の親の顔は知らない。
 それはラビリンス国民全体にも言えることであった。

 ラビリンスが目指した全ての痛み・苦しみの根絶……それは妊娠・出産に伴う痛み、
マタニティーブルー、そして親子・夫婦の間でいつしか起こる死別・離別の苦しみとて例外ではなかった。

 メビウスの統治下では、親の細胞をベースに機械的に授精し、専用の装置にて養育され、
成長度合いに応じて社会維持計画に沿った任務を全うすることになる。

 結婚は遺伝子の供給元を組み合わせ作業に過ぎず、
親子はおろか親同士すら顔を合わせることはないのである。

 そんな世界に生きてきたせつなは、親子とは外世界における「過去の遺物」と知らされていた。

 転生して、ラブとあゆみ、ラブと圭太郎との絆を間近で見るにつれ、親子の関係が
特別なものであると日々感じるようになった。

 そして、美希と和希がたとえ離れて暮らしても強い絆で結ばれており、芯の強さなど
通じる点を目にすることで、親を同じくする姉弟というものの特別さを知ったのである。

せつなももこも傷の回復力が早い血統を受け継いでいる。そして、イースになるという運命をも
共にしたもこに対しせつなは姉妹に似た近しさをせつなは感じつつあった。

「私は……イース……ラビリンス総統……メビウス様が僕……それだけだ」
「それだけじゃないわ。この街には、この世界には、私たちが捨ててきた人と人との絆があるの」
「そんなものはラビリンスに無用だ」
「いえ、それが大切なものだと気付く日が来るわ……」

 ふと、もこはタケシやラブたちの顔が浮かんだ。

(『お節介な奴ら』……というのだな)

「……ふふふ、とんでもない世界に来てしまったようだ」

 ただ、それほど不快でないと思う自分がいた。

「もこ……」

 せつなが身を起こしてベッドを見ると、そこには寝息をたてている少女がいた。


 総統メビウスに動きはない。

 『既にイースの任務を解任された』只の一般国民がナキサケーベのカードを携えて勝手に出撃した挙句、
半擬装状態から戻れないまま四つ葉町に潜入を続けている……らしい。

 管理国家としてこれは由々しき事態のはず、それでも

「『今は不幸のゲージを溜めることに専念せよ』ですね…」

 サウラーは今為すべきことをそう理解した。

 かつての同僚が敵となったところで、ナケワメーケを暴れされておけばプリキュアと
交戦するまでの間には着実にゲージは貯まる。

それを繰り返せばよいだけであり、プリキュアを倒すことができればそれはそれでよし。

 そうしてゲージが一杯になった時に現れたインフィニテイを手に入ればすべては終わる。

 そのときにプリキュアがいようがいまいが関係ない。

(イースもいようといまいと関係ない、ですね……)

 そう思いながら、砂糖を盛ったコーヒーを口にする。

 コーヒーの持つ苦さは、決して毒物ではないとわかっていても
受け入れがたいものであった……

 その横ではロードワークから帰ってきたウエスターが持って帰ったドーナツをほおばっていた。

「うー、トレーニング後のドーナツは、やはりうまい!」

 次々に平らげ、最後に一つ残ったドーナツを手にしたときにふと気づいた。

「何か普段のドーナツと少し違うぞ」

 ウエスターが食べていたのはハーブドーナツであった。

 一息つこうとドーナツカフェに寄った時、カオルちゃんが新作だと言っていた
ものであった。味見に一口かじったところ、そう悪くない。

「いつもダンスの練習しているお嬢ちゃん達がずいぶん気に入ってたねえ……」

 その時は気にも留めていなかったが、そのお嬢ちゃん達というのは……

(イース……なぜだ……)

 最後のドーナツを口に押し込むと、定期的に強化されるナケワメーケを受け取りに部屋を後にした。

 前線で戦うポジション故に入れ替わりが頻繁であり、3人の中では直近に戦士となったウエスターに
とっては、サウラーとイースは同じ部屋でコーヒーを飲んでいた青年であり
今はプリキュアとなってしまった少女のことであった。

 全ての父なる総統メビウスに刃向うイース(せつな)への怒りの中に、
目的を同じうする者の間に芽生えかけていたものが壊れてしまったことへの怒りが
潜んでいたことをウエスターはまだ意識することはなかった。




 絆というもの。

 ラビリンスでは苦しみ・痛みを呼ぶものとしてきたもの。

 そして、捨てたもの。



最終更新:2013年06月23日 13:50