思いよ、届け――プリキュア オールスターズ NewStage 2.1――第1話:小さな影
それは肩を揺らしてほくそ笑んだ。
三角の耳が立っている。見様によっては犬やタヌキに見えないこともない。
だが、人間をはるかに超える身長がその想像を拒む。
さらに、全身が真っ黒という配色も、かわいらしい小動物とはかけ離れている。
その黒い影は緑豊かな中に立っている木の上からその一帯を見下ろしていた。そして、その巨体に不釣り合いな小さな動作で本のページをめくった。
「これで全員、捕まえたな。
あれ?」
その本の中には少女の絵が描かれている。影がページを繰る。少女は全部で 30 人ほどもいるようだった。気味の悪いことに、その絵のほとんどに大きなバツ印がつけられている。
「こいつがまだだな」
影は、白いドレスを着た少女の絵を苛だたしげにつついた。
「こいつは、スマイルプリキュアの仲間のはずだ。スマイルプリキュアの五人はさっき捕まえたから、まだこっちに来てない、ってことか。
まったく、団体行動ができない奴はどこにでもいるなぁ」
大げさにため息をつく。
「しょうがない、分身を出すか」
影は左手を大きく振った。すると、まるで水滴が振り落されるように、その一部が離れた。枝の先にひっかっかったそれは、サイズこそ小さいものの、その影と同じように三角の耳を持っていた。
「おい、おまえ。
ちょっと人間の世界に行って、こいつをつれてこい」
影は「プリキュア教科書」のページをもう一つの影に示した。
「キュア…エコー?」
「スマイルプリキュアの仲間で、白いやつだけど、たぶん、向こうでは変身はしてないはずだ。
こっちに連れて来れば、俺が水晶に変えてやるけど、もし、変身アイテムの『スマイルパクト』を奪えたら、無理に連れてくることはない。スマイルパクトだけ持ってこい。
わかったか」
「わかった」
そう答えると、小さな影は姿を消した。
(ふむ…)
キュアエコーは簡単に見つかった。大きい方の影が、前に偽のパーティへの招待状を送った時の軌跡をたどれば造作もないことだった。敢えて問題を挙げれば、その招待状が最終的にどこへ到着したのか、痕跡が途中で消えているためわからない、ということくらいだったが、大したことではない。
問題は別にある。肝心の「スマイルパクト」が見当たらない。
プリキュアの変身アイテムはプリキュアが持つ光のエネルギーをかすかに発している。影はそれを好まないから、逆に敏感に察知することができるのだが、それがまったく感じられない。坂上あゆみはポケットのある服を着ているし、鞄も持っているのだが、プリキュアの光はそんなもので隠せるようなものではない。
影は小動物のふりをすることにした。これで堂々とあゆみの周囲を探ることができる。「かわいい!」などと嬌声を上げる子供や女子高生は邪魔だが、ちょっと毛を逆立てて威嚇すれば逃げて行ってくれた。
マンションの壁のわずかな突起を伝ってあゆみの部屋に忍び込んだが、やはりスマイルパクトはない。マンションの前には大きな犬がいて、毎日顔を合わせているに違いない、と思って探りを入れたが、それはどうやらあゆみに懐柔されてしまっており、むしろ影の方が警戒されてしまった。
人違いではない。妖精学校から出るときに、すでに水晶となったスマイルプリキュアを観察して、彼女たちが発する光のエネルギーの特徴は覚えた。それよりはるかに弱いのではあるが、あゆみも同じエネルギーを持っている。
そして、プリキュアが変身アイテムを持ち歩かない、身の回りに置いていない、ということはないはずである。
(ということは)
面倒なことになった。
影は、大きい方の影に意識を飛ばして「プリキュア教科書」の中身を確認したが、どうやらキュアエコーに関する記述はそれほど多くはなく、内容も乏しいようだった。スマイルプリキュアのメンバーは、スマイルパクトにキュアデコルをセットして変身する、と書かれていて、そのキュアデコルの絵もあるのだが、キュアエコーのデコルがどんなものなのかは不明らしい。得意技の説明もない。着ているドレスだけでなく、そのページ自体が余白が多く白っぽいのだった。
だとすると、具合の悪い想像ができる。
キュアエコーはスマイルパクトを必要としないのではないか。アイテムなしで自由自在に変身できるのではないだろうか。
もしそうであれば、当然のことながら、スマイルパクトを奪う、ということはできない。となると、妖精学校に連れて行ってほかのプリキュアと同じように水晶にしてしまうしかないが、それには、到着した途端に変身されてしまうかもしれない、という危険がある。この世界で水晶にしてしまう、ということを考えた方がいいようだった。影水晶の本来のありかから遠く離れた人間界では力が弱くなってしまう、という懸念はあるが、向こうが変身する前であれば、なんとかなるであろう。
影はあゆみが帰るのを待つことにした。
放課後。
友人たちに手を振るとあゆみは角を曲がった。マンションの向かいの家で飼われている犬のモモは、いつもと同じようにあゆみを迎えた。
「ただいま、モモちゃん」
が、モモは、あゆみがしゃがもうとすると急に吠え始めた。
「どうしたの?」
モモはあゆみに向かって吠えているのではなかった。あゆみのマンションの入り口のところにうずくまっている黒いものに敵意を見せている。
「犬…かなぁ」
黒い犬と言えば不気味に見えるが、あゆみも最初はこのモモが怖くてしょうがなかった。
「第一印象で決めちゃだめだよ、モモちゃん」
あゆみが笑いかけると、モモは吠えるのはやめたが、警戒を解くつもりはないようだった。
犬にしては丸い。猫かもしれない、と思いながら、あゆみはその塊に近づいた。
「え…」
なんだろう。今までに感じたことのない気配。あゆみは足を止めた。近づいてはならないような気がする。
モモがひときわ大きな声で吠える。ビクっと振り向いたあゆみがもう一度、視線を戻すと、黒い塊は姿を消していた。
「逃げた…?」
あゆみは鳥肌の立っている腕をさすった。
「ありがとう、モモちゃん」
頭をなでてやるとモモは鼻を鳴らした。
最終更新:2013年04月24日 23:03