あゆみはオマエに手を引かれて、真っ暗なトンネルの中を進んだ。前方に光が見えたが、それは出口の先が明るいのではなく、逆にそのトンネルがどれだけ暗いか、ということだった。
妖精学校のある木の根元に出た。
空は薄暗い。上空の太陽はカビのようなものに覆われている。学校の木には影の分身たちがツタのように絡まっていた。
だが、絶望する必要はなかった。
「みんな!」
そこから見下ろす広場と草原ではプリキュアが戦っている。森で上がる噴煙も、誰かが戦っている証拠だ。
「水晶が解けたんだ…」
その理由もわかった。学校の窓から漏れる光は、ミラクルライトの光だった。あれがプリキュアを閉じ込めていた水晶を壊したのだ。あゆみは自分の袖を見た。あの小さな水晶はとうに消えてしまっていた。
「よかった」
「学校のみんなも無事だ」
オマエはほっと肩の力を抜いた。生徒たちは、無事どころか、力強くミラクルライトを振って、プリキュアを応援している。
だが、それゆえに影は苦戦していた。32 人のプリキュアはますます力を得て、影の攻撃を阻んでいる。いや、もはや影は劣勢だと言うべきだった。
「おのれ、プリキュアどもめ!」
影は、もともとの声が想像できないほどの低い声で怒鳴ると、体に力を込めた。するとどうだろう、あちこちに散っていた分身、学校に取り付いていた分身がそれに向かって飛んでいきはじめた。
「何をしようとしているの?」
「まずい。
あいつは、分身をすべて取り込んで、巨大化しようとしている!」
「巨大化?」
「うわっ!」
「あぶない!」
あゆみがとっさに伸ばした手にオマエがつかまった。
「オマエくん!」
「く…く…」
影が自分の分身を吸収しようとする力は相当に強い。それに影響を受けて風も起こっている。あゆみは必死にふんばっていたが、このままでは自分の体も飛ばされそうだ。
「がんばって!」
「キュアエコー、ありがとう」
「え?」
「俺にチャンスをくれて」
「オマエくん…」
「早く逃げるんだ。
あいつにはきっと叶わない」
「待って!」
強い風にその声が聞こえなかったのか、オマエはあっさりとあゆみの手を放した。あっという間に吸い込まれていってしまう。
「オマエくん!」
影はすべての分身を吸収すると、さらに巨大化を繰り返し、やがてクモの形をとった。八本の、丸太よりもさらに太い足が、草原と森と広場に突き刺さる。
「オマエくん!」
あゆみは何度もその名前を呼んだが、オマエは答えなかった。もう影にとりこまれてクモになってしまっているからだろうか。
「エコーはんやおまへんか」
「タルトさん」
「あんさん、どうやって、ここに――」
「え、と…」
「せやけど、あんさん、立派やで」
「え?」
「あんさんは変身アイテム持ってへんって聞いた。
それでも、こうしてみんなのためにやってきてる。なかなかできることやないで――え、その光、あんさん、まさか」
「え?」
あゆみ自身も気づかないでいた。自分の体が光を発している。
「私、ひょっとしたら…」
「みんな!」
タルトは生徒たちに叫んだ。
「このお姉さんにミラクルライトを振ってんか!」
生徒たちは、突然の声に怪訝そうな表情を見せた。
「この人もプリキュアなんや!」
何人かが、あ、と叫んだ。
「キュアエコーだ!」
「本当だ。
キュアエコーが来てくれたんだ!」
口々に言いながらミラクルライトを点ける。あゆみの体の輝きはさらに強くなった。
ミラクルライトの光はあゆみのまわりで渦を巻く。それは凝集すると天を貫く、まばゆい柱となった。その頂上で白い光が破裂する。
「思いよ届け、
キュアエコー!」
生徒たちの歓声がひときわ大きくなる。
「みんな、ありがとう!」
プリキュアは巨大なクモが吐き出す邪悪な波動を食い止めるため、学校の前の広場に集結していた。キュアエコーもその列に加わる。
「エコー!」
キュアハッピーが気づいた。キュアメロディも力強くうなづいた。
「私も、がんばります」
「うん!」
33 人のプリキュアの力を一つに集める。そこに光の盾が生まれた。盾は、クモとなった影の波動を跳ね返し続けた。
(オマエくん!)
キュアエコーは呼びかけ続けた。
オマエがあの中に完全に取り込まれてしまったとは思えない。いや、思いたくない。
ともだちを失って一人ぼっちになるのは嫌だ、とはっきり言った、あのオマエの意思が消滅するなどあってはならない。
(オマエくん、聞こえる?
私も、みんなもがんばってる。邪悪な心に負けないで!)
力は拮抗しているようだ。光の盾はクモの波動の侵入を許しはしなかったが、波動は弱まりもしていない。クモはどうあっても、自分がプリキュアよりも強い、ということを証明せずにはおかないということらしい。
(オマエくん、返事をして!
あなたの意思を消したりしないで!
そんなことを許さないで!)
返事はない。オマエの思いは消滅してしまったのだろうか。キュアエコーのもとに届くことはないのだろうか。
(だめ!)
キュアエコーは歯を食いしばった。泣いてはならない。絶望したらおしまいだ。
〈…〉
「今のは」
言葉になっていない。だが、それはかすかにキュアエコーの心に触れた。確実に届いたと言える。オマエの意思は消えてはいない。
「みなさん、私、行きます」
「なんやて?!」
「あの中に、自分が間違っていることに気付いた影の分身がいます」
「だって分身はもう全部」
「まだ消えていません。
オマエくんは、あそこにいるんです」
「危険です、おやめなさい」
「私のともだちなんです!
ともだちの声が届いたんです!」
すべてのプリキュアが黙った。盾が波動を阻む轟音だけが聞こえる。
「わかったよ、エコー」
「ハッピー」
「ともだち、しっかり助け出してね」
「…。
はい」
キュアエコーは飛んだ。クモはプリキュアの光の盾を破ることに意識を奪われている。上から接近するのは容易だった。
「えっ?!」
着地するつもりだったキュアエコーは思わず叫んだ。それはまるで霞のように実体がなく、キュアエコーはその中になんの抵抗もなく入り込んでしまったのだ。
かと言って下に突き抜けたりもしない。クモの体内に浮かんでいるという感じだった。
暗い。光はない。胸の宝石がわずかに輝いているだけだ。
(感じる)
かすかにオマエの意思を感じる。一人ぼっちになるのは嫌だ、と叫び、自分が間違ったことに気付いたオマエは確かにこの中にいる。
「オマエくん。
オマエくん!」
返事はない。
だが、周囲の闇が震えた。キュアエコーの声に反応している。
キュアエコーは足を進めてみた。神経を研ぎ澄まし、かすかなオマエの意思を探す。誤った方向に進めばそれは弱くなり、正しい方向に進めば強くなるはずだからだ。
足を止める。それは間違った期待だったようだ。オマエの意思の気配は強くも弱くもならなかった。あるいは弱すぎて感じ取ることができないのかもしれない。
「オマエくん」
また闇が揺れる。それはわかった。キュアエコーの声に反応しているのは確かだ。前後左右から、そして上下から。オマエはどこにいるのだ。
「オマエくん!」
ざわざわと闇が騒ぐ。四方で。
「そうか」
キュアエコーはつぶやいた。
「オマエくんは、溶け込んでるんだ」
あの影はすべての分身を吸収し、一体となった。このクモは、最初の影であると同時に学校に取り付いた分身であり、そして、オマエでもある。
溶け込むことは、消滅することを意味しない。オマエの意思はこのクモの中に広く薄く、しかし確実に存在しているのだ。
「プリキュア!」
キュアエコーは叫んだ。
「この中に、自分が間違っていたことを知ったオマエくんが確かに存在します。
このクモは、悪いだけの化け物ではありません!
自分の過ちを悟り、反省して、再出発することを希望しているんです!」
クモが唸りを上げ、体をよじった。キュアエコーはその嵐に翻弄されながら、プリキュアに呼びかけ続けた。