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『フレッシュプリキュア!(パラレルストーリー)――コードネームはカオルちゃん(前編)―― 』/夏希◆JIBDaXNP.g




「貴様は――ジェンマ!」
「観念しな。下の連中は全員投降した。ゲットマウスの野望もこれまでだ」
「おのれ……悪魔め!」
「そいつは酷いな。これでも子供の頃は天使と呼ばれてたんだぜ」

 ジェンマは、黒服の男に銃を捨てるように勧告する。
 お前が引き金を引くより早く、俺の銃弾はその銃を弾く。怪我をするだけ損だぞ、と――
 それが事実だからこそ、そのセリフは男の自尊心をいたく傷付けた。不殺を貫く一人の男に、手塩にかけた組織を壊滅させられたのだ。

(せめて、一矢報いたい!)

 男の願いが天に通じたのか、唐突にそのチャンスはやってきた。
 まだ年端のいかない少女が部屋に飛び込んでくる。無論、素人ではない。天才少女と名高いエージェントの一人だった。
 しかし、彼女には致命的な欠陥があった。ジェンマに心酔していて、時に状況判断を誤ることがあったのだ。今回も彼のことが心配で、力になりたくて駆けつけたんだろう。
 ジェンマの気がほんの一瞬だけ反れる。男はそのチャンスを逃さなかった。ジェンマは狙わない。狙ったところで当たる訳が無い。だから少女を狙う。彼とて、組織の中でも最強を誇る使い手だった。

 雷鳴の如く、同時に轟く二発の銃声。黒服の男が、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 割れた窓から吹き込む風に乗って、血と硝煙の匂いが流されていく。

 世界中に根を張る悪の秘密結社“ゲットマウス”は、この日を境に表舞台から姿を消した。
 某国の諜報機関の、最高にして最強のエージェント、“ジェンマ”と共に――

「もう五年も前の話になるんだねぇ」
「思い出に浸るために話してるんじゃないのよ。聞いてるんでしょ?」

「ああ。ジェフリー王子誘拐の罪で収監されたゲットマウスのボスが、脱獄したんだってな」
「ただの脱獄じゃない。奴の目的は――あなたへの復讐よ!」

 五年前の壊滅作戦から逃げ延びた残党は、メクルメク王国に潜伏して再起を図った。ジェンマに殺られたボスの後継者に選ばれたのは、スパイとして王宮に潜入していた幹部ゴードンだった。
 彼は国王に上手く取り入り、執事の肩書きと王子の世話役としての地位を授かっていた。

 ゴードンは弱体化した組織を立て直すために、時価数百億とも言われる王家の秘宝“ポセイドンの冷や汗”を手に入れようと目論んだ。
 しかし、ゲットマウスの復活に合わせるように、再びジェンマが姿を現した。その活躍によって、かつての勢力復活の望みは断たれ、ゴードンも捕縛されたのだ。
 今さら脱獄したところで、もはや“ポセイドンの冷や汗”は存在しない。千載一遇のチャンスを逃したのだ。彼らの怒りが、二度に渡って自分たちを邪魔したジェンマに向かうのは、必然と言えた。

「ほ~んと、面倒だよね~」
「ふざけてる場合じゃないわ。取り返しの付かないことになる前に組織に戻って。いくらあなたでも、一人じゃ……」

「まあ、考えておくよ」
「奴らはもう動き出してる。くれぐれも気をつけてね」

 ジュリアーノと名乗る女性は、そう言い残して立ち上がった。そのままクルリと踵を返し、背を向けて立ち去る。
 綺麗なブラウンの、サラサラのロングヘアー。サングラスで隠れていてもわかる、色白の整った顔立ち。黒のパンツに覆われた、細く長い脚が軽やかに交差し、颯爽と公園を後にする。
 それは、まるで映画のワンシーンさながらに絵になっていたが――優雅な光景はそこまでだった。

 カオルちゃんが女性と話し込んでいるのは珍しいと、遠巻きに見ていたラブたちが、バタバタと駆け寄って来たのだ。

「ねえねえカオルちゃん! 今の女の人、誰っ? カオルちゃんの恋人っ?」
「モデルさんかしら? 表情から歩き方まで、悔しいくらいに完璧だったわ」
「でも、この街では見かけない顔よね?」
「せつなちゃんがそれ言う?」

「なに、恋人? おじさんの? 残念ながら、コイはコイでも濃い~腐れ縁ってヤツだよ~ん。グハッ!」

「なんの縁なんだか。そう言えばカオルちゃんって、F1チャンピオンだったこともあるんでしょ? レースクイーンなんかも似合いそうよね」
「ある時は無敗のカーレーサー。またある時は、難しいオペもこなす凄腕の医師。またある時は、星空を渡る宇宙飛行士。またある時は、ワールドツアーのボーカリスト。しかしてその正体はぁ!?」
「長いよ、ラブちゃん……」
「正体は、巷で人気のドーナツ屋さんでいいのかしら?」

 大真面目に問いかけるせつなに、カオルちゃんはチッチッ……と言いながら、立てた人差し指を左右に動かしてみせる。

「おじさんの正体はねぇ……」
「な、なに!?」
「正体はぁ……」
「正体はっ!?」
「天使の微笑み、みんなのアイドル、カオルちゃんどえっす!」
「…………」

 ――カァ~。

 二の句が継げない四人と、得意満面な一人の上を、一羽のカラスが悠々と飛んで行った……。

「……や、やっぱり、まだまだ秘密がありそうよね」
「わたしも、そんな気がする」
「でも、いいな~。カオルちゃんは何でもできて。なれないものなんて無いんでしょ?」

「そんなワケないでしょ。あるよ、なれないもの」

「えっ? なになに? 聞きたい!」
「へぇ~、アタシも興味あるわね!」
「カオルちゃんでもなれないものってなんだろ?」
「そうね、私も知りたいわ」

 興味津々で目を輝かせる四人にニヤリと笑いかけてから、カオルちゃんはサングラスをずらして遠い空を見上げる。
 そして一言、ポツリとつぶやいた。

「正義のヒーローさ――なぁ~んてね、グハッ!」






フレッシュプリキュア!(パラレルストーリー)――コードネームはカオルちゃん(前編)―― 』






「大変や! 大変なんや~! カオルは~ん!」

 一匹のフェレットが、珍妙な大阪弁を張り上げながらドーナツカフェに飛び込んでくる。
 カオルちゃんが兄弟と呼ぶ、この店のマスコット、タルトだ。
 ちょうど昼食時でもあり、店はたくさんの客で賑わっていたが、取り立てて大きな騒ぎにはならない。
 なんと言ってもこのフェレットは、手品や大道芸までこなすのだ。少々しゃべろうが、また何か新手の芸だろうと思われているらしく、今更驚く人も居なかった。

「どうしたの? 兄弟。そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないで! ピー…いや、ラブはんたちが連れて行かれてもうた! ダンスレッスンしてたんやけど、突然、また黒服の男たちが現れたんやぁ!」

 それを聞いて、カオルちゃんの口元から笑みが消える。
 タルトを車内に招き寄せると、感情を押し殺したような、低くて小さな声で問いかけた。

「誘拐されたのは、ラブちゃんたち四人とミユキちゃんかい?」
「ミユキはんは、用が無いとか言うてその場で気絶させられたんや。攫われたんは四人だけや!」

「それで、ヤツラの行き先は?」
「そこまでわからんけど、これを残していったんや」

 タルトが差し出したのは、封がされていない封筒に入った、一通の手紙だった。
 状況から考えて脅迫文に違いないのだが、タルトには読むことができなかったらしい。

「これは暗号文だね。場所は四つ葉港の埠頭。人質の命が惜しければ、俺一人で来い、か……」
「よっしゃあ! そこまでわかっとるんなら、さっそく行くで!」

「……ああ。兄弟――悪かったな」
「なんやぁ? どないしたんや?」

「いや、なんでもない。ここの暮らしも、結構気に入ってたんだけどねぇ~」

 カオルちゃんはマジックペンを取り出すと、チラシの裏にサラサラと何かを書き始めた。


“本日はド-ナツ無料! セルフサービスでおかわり自由! ただし無くなり次第終了!”


 そう書かれたメッセージを、店の幟に貼り付ける。次に車内の奥の隠し引き出しから、黒い布でくるまれた塊を取り出した。

「できればもう、二度と使いたくなかったんだがな」

 タルトにすら聞こえないような小さな声でそうつぶやいて、スルスルと包みを解いていく。
 中から現れたのは、布よりも更に黒い、鈍く輝く金属の塊だった。






「やれやれ、おじさん眩しいの苦手なんだよね~」

 海辺の強い光を反射して、カオルちゃんのサングラスがキラリと輝く。
 紫のジャケットに黄色のネクタイ。そして黒のズボンとシャツというのが、今の彼の出で立ちだった。
 一見、目立つコーディネートでありながら、上着を脱いでネクタイを外せば、黒一色で統一された服装だ。
 ジャケットとネクタイを外して囮に使い、闇に紛れて背後から忍び寄る。もっとも、そんな彼の常套手段も、彼らにはお見通しなんだろう。

「あわわ、あっちもこっちも見張りだらけや。どこにラブはんたちがおるかもわからへん。どうするんや? 兄弟」
「仕方ない、正攻法でいきますか」

「やっぱ、その物騒なモン使うんかいな。なんでやぁ? この前は使わんかったやないか」
「ん? ああ、あの時はヤツらの目的が誘拐そのものだったからね~。向こうだって、丸腰だったでしょ?」

 この国は銃や刃物の所持が禁止されている分、検閲も厳しい。子供の誘拐と宝石の奪取が目的なら、リスクを犯してまで武装する必要もない。
 だが、今回は違う。これから奪い合うのは互いの命。即ち――本物の戦闘行為だ。

 ゲットマウスが指定したのは、コンテナ船用の埠頭だった。遮蔽物は極めて少なく、ガントリークレーンと呼ばれる巨大な橋脚門があるのみ。後は大きな倉庫がズラリと立ち並んでいる。
 その全ての箇所に数名づつ見張りが置かれていて、どこに人質が収容されているかもわからない。
 仮に見つけたところで、騒ぎが起きれば他の倉庫から大量の応援が駆けつける。そのまま取り囲まれたらお終いだ。

「危ないから、兄弟はここで待ってな」
「そんなワケにいくかいな、ワイも行くで!」

「うーん、そりゃあ懐に入れておけば、防弾チョッキの役には立つかもしれないけどさ~」
「な……なに言うてんねん。ほ、ほなワイ、おとなしゅう、ここで待っとくわ……」

「フッ、いい子だ」

 カオルちゃんは懐から、ピンポン球のような物を取り出した。
 スモーク・スタン・フラッシュバン・グレネード。さまざまな特殊効果を持つ手榴弾の、携帯用の特注品だ。
 赤色、黄色、青色、カラフルに色分けされた玉を、時間差を付けて投げ込んでいく。
 最初に効果を表したのは発煙弾だった。異変に気づいた見張りが銃を乱射する。その音に重なるように、散らばった音響弾が轟音を立てる。
 最後に効果を発揮したのは閃光弾だ。いくら陽の光の下とは言え、目を凝らして敵を探している最中に強烈な光を浴びて、その場に居合わせた全員の視力が失われる。

 煙が風に流され、目をやられた者たちの視力が回復した頃には、既に大半の男が倒されていた。
 しかし、外に出ている者はほんの一部でしかない。すぐに建物の中からわらわらと仲間が現れて、激しい銃撃戦が展開される。

「あわわ……。派手にドンパチ始めおった。せや! ワイはこの隙にピーチはんたちを探さな」

 先程まではネズミ一匹通さない厳重な警戒が敷かれていたが、今となっては穴だらけだ。
 タルトはまず、一番近い倉庫の裏口に向かって駆け出した。






「ラブ、ラブ、起きて」
「うう~ん、もうちょっと……」
「寝ぼけてる場合じゃないのよ、起きなさい!」
「美希ちゃん、声大きい……」

 ラブが気だるそうに頭を振って目を覚ます。普段の寝起きだって決して良くはないが、それとは全く違う。何かとてつもなく重いものが、瞼に乗っかっているみたいだ。
 頭の中に霞がかかったみたいに意識がぼんやりする。それでも、時間の経過と共に考える力が戻ってきた。
 自分の置かれた状況を確認する。両手両足が拘束されていて、身体の自由はほとんど効かない。幸いにも、リンクルンは腰に下げられたままになっていた。
 もっとも後ろ手に縛られている上に、ご丁寧に指先までテープで巻かれていて、ホルダーから取り出すこともできない。

「そっか、あたしたち知らないおじさんたちに囲まれて……」
「あの服装、ジェフリー誘拐犯の一味に違いないわ。捕まって、車の中で薬で眠らされたのね」
「アタシたちをどうするつもりなのかしら? それに、ここはどこなの?」
「潮の香りがするから、海の近くだとは思うんだけど……」

 こちらが目を覚ましたのに気付いて、見張りの一人が近寄ってくる。
 帽子を深く被っていて顔はよく見えないが、いかにも鍛えてありそうな、肩幅の広い大男だった。

「ねえ、ここはどこ? おじさんたちは何が目的であたしたちを誘拐したの?」
「お前たちは、ジェンマをおびき寄せるためのエサだ。用が済めば帰してやってもいい」

「ジェンマって、誰?」
「お前たちが、カオルちゃんと呼んでいる男のことだ」
「組織の人間にしては、ずいぶんとおしゃべりなのね」

 せつながラブと男の会話に割って入る。これ以上続けさせるのは危険だと思ったからだ。
 相手の情報を知ってしまえば、それだけ解放される見込みは少なくなる。「帰してやってもいい」ということは、「帰さなくてもいい」ということだ。

「俺たちのことは話せない。だが、もうじき死ぬ男のことなら話してもいい」
「なら教えて! どうしてカオルちゃんを狙うの? この前の逆恨み? あれはあなたたちが悪いんじゃない!」

「カオルちゃんとはニックネームではなく、奴のコードネームの一つだ。本名は橘薫。通称、ジェンマ。裏の世界では最も恐れられ、恨まれている男だ」
「なんですって! ……で、コードネームってなに?」

「ガクッ、知らずに驚いてたのね、ラブ」
「えっと、ニックネームが愛称、つまり呼び名のことね。で、コードネームというのは」
「限定的な範囲の人たちの間でだけ通じるようにした、暗号名のことよ。つまり、何らかの目的の為に付けた仮の名前のことね」

 そう説明して、せつなは辛そうに唇を噛む。例えば、彼女の名前だってコードネームだ。
 もともとラビリンスの国民に名前は無く、国民番号がそれに代わる。イースは本国でのニックネームであり、東せつなはこの世界に潜入する際に付けたコードネームということになる。

「じゃあ、カオルちゃんが何でもできるのは……」
「奴は超Aランクのエージェントだ。五十ヶ国以上の言語と文化を身につけ、バイクから戦闘機まで何でも乗りこなし、地上の全ての格闘術をマスターしていると聞く。どこまで真実かはわからないが、それらの全ては――」

「その“任務”ってのを、達成するために覚えたってことだね?」
「そうなるな。ジェンマとはクリスチャンネームに使われる名だが、俺たちには皮肉にしか聞こえない。奴は――悪魔だ」

「その悪魔に喧嘩を売っちゃって大丈夫なの? 今からでもアタシたちを解放して逃げた方が身の為じゃない?」
「だからお前たちを攫った。この時刻なら視界も良好だ。細工する暇も、仲間を呼び寄せる時間も無い。いくら奴でも、三桁の武装集団を正面から相手にすれば勝ち目はない。まして、人質は四人居るんだからな」
「……私たちの内、一人や二人くらい殺したって、人質としての役目を失わないってことね」

 さらりと、せつなが恐ろしいことを口にする。
 その冷静な口調とは裏腹に、彼女の瞳は物騒な光を帯びていた。

「そういうことだ」
「それじゃ、カオルちゃんは!」

 ラブが何かを訴えかけようとしたが、それは轟音によって遮られてしまった。
 数発の発砲の後に、爆弾らしき炸裂音が響き渡る。
 銃声はその後も続き、やがて男たちの怒声がそれに混ざった。

「何事なの?」
「奴の――襲撃だ!」

 遠巻きにラブたちを監視していた数名の見張りが、揃って入り口に銃口を向ける。ちょうどこちらに背を向ける格好だ。
 話をしていた黒服だけはラブたちから離れようとしなかったが、同じく銃口を入り口に向けて――

 パスッ! パスッ! パスッ!

 信じられないことに、手にしていた銃を仲間に向けて乱射した。
 音が小さいのは消音銃なのだろう。撃たれた黒服たちは、血も流さずにその場に倒れ込む。

「えっ!?」
「なにっ、仲間割れ?」
「嘘……人を撃つなんて……」
「あなた、本当は何者なの?」

「ジュリアーノと呼んで頂戴。本名及び、年齢とスリーサイズは秘密よ」

 大柄の男が、おどけてパチリとウインクを決める。ゾッとしない光景だが、更に驚くべきことに、その声質は女性のものに変わっていた。
 それだけではない。瞬く間に身長が縮み、体のラインはしなやかな細身を帯びていく。最後に顔の皮を、まるで美容パックを脱ぎ捨てるように剥ぎ取ると、その勢いで帽子が脱げた。
 サラサラと、長いブラウンの髪が零れ落ちる。僅か数秒の内に変身を遂げた、その姿は――

「お姉さんは、カオルちゃんの!」
「しっ! ゆっくり話してる時間はないの。彼らは気絶させただけだから安心して」

 さっき彼女が使用したのはゴム弾だった。正確に急所を撃ち抜けば、一撃で昏倒させることもできる。もっとも、よほど相手が油断しているか、圧倒的な実力差が必要になる。
 ジュリアーノはナイフを取り出し、ラブたちの拘束を解いていった。

「教えてください! どうして、あたしたちにカオルちゃんのことを話してくれたんですか?」
「理由は二つ。一つ目は、あなたたち……彼と仲がいいんでしょ? だから、未練が残らないようにしてあげたくて」

「未練ってどういうことですか?」
「もう、カオルちゃんは終わりよ。彼はジェンマに戻るの。だから、あなたたちの前から姿を消しても、どうか探さないであげて」

「おいっ! お前たち何をしている!?」

 庫内の様子を確認しようと入って来た黒服が、ジュリアーノとラブたちを見つけて銃口を向けてくる。
 たちまち撃ち合いになり、男は銃を落としてうずくまった。たった一瞬の戦闘が、大きな痛手となる。
 彼女の銃口にはサイレンサーが付けられているが、男の銃は通常のものだった。その銃声を聞きつけて、外の仲間が雪崩れ込んでくる。
 ジュリアーノは木製の荷物箱に身を隠し、彼らを近づけないように威嚇射撃を続ける。

「あの、ジュリアーノさん!」
「いい? 合図をしたら目を閉じて三秒数えなさい。その後、そこの窓から逃げるの。外の仲間が安全な場所まで導いてくれるわ」

「でもっ!」
「二つ目の理由はね、私とジェンマなら絶対に負けないって、あなたたちに教えるためよ!」

 ジュリアーノは窓を指差す。そして、軽く左手を振り上げると、力いっぱい床に閃光弾を投げつけた。
 辺り一面が、真っ白な光に満たされる――






(これで過ちを清算できた、なんて思わないけど……)

 目的を果たして、ジュリアーノは安堵のため息を付く。
 無事に子供たちを逃がし、最大の不安材料を取り除くことができた。
 敵の数と錬度は脅威だが、足手纏いさえ居なければジェンマが負けるはずはない。
 そう、あの時のように――

 脳裏に、崩れ落ちた男の前に膝を折り、呆然と見つめる男の姿が浮かんだ。
 あの時、私が余計なことさえしなければ――未だに湧き上がる自責の念。それを彼女は、一瞬で意識の外に叩き出す。

 入り口の方から複数の足音が聞こえて来る。
 閃光弾は目前の敵の無力化には有効だが、逆に新手をおびき寄せてしまう。
 もちろん、それも覚悟の上でやったことだ。

(こちらが目立てば、その分だけあの子たちは無事に逃げられるし、ジェンマの負担も軽くなる――)

 光が収まり、徐々に暗がりに目が慣れていく。
 間違いなく、この先は死闘になるだろう。とっくに覚悟は決めてある。
 実弾装填を終えた銃を構えて、彼女は荷箱から身を乗り出した。
 しかし。
 ――その先にあったのは、信じがたい光景だった。

 ジュリアーノと黒服の間に、不思議な衣装を身に纏った、四人の少女が立ちはだかっていたのだ。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ! “キュアピーチ”」
「ブルーのハートは希望のしるし! つみたて! フレッシュ! “キュアベリー”」
「イエローハートは祈りのしるし! とれたて! フレッシュ! “キュアパイン”」
「真っ赤なハートは幸せのあかし! うれたて! フレッシュ! “キュアパッション”」


“Let's! プリキュア!!!”


 薄汚れた倉庫には、あまりにもそぐわない可憐な衣装。血なまぐさい抗争には、まるで似合わない神秘的な立ち姿。
“場違い”を全身で主張しながら、少女たちは華麗に名乗りを上げてポーズを決める。

「……ジャパニーズ・コスプレイヤー?」
「……気が狂っているのか?」
「日本には中二病って文化があるらしいが、これがそうなのか?」
「違う! お前たちが知らないのも無理はないが――」
「あれは……正真正銘の化け物だ!」

 プリキュアの活躍をよく知るジュリアーノが、驚きの余り言葉を失う。彼女たちの活躍は聞き及んでいるが、人間同士の戦いに介入した記録は無かったはずだ。
 黒服たちの間にも、恐れと動揺が広がっていた。その証拠に、四人が堂々と姿を晒しているのに、攻撃しようとする者はいない。
 彼らの内の何人かが先日のナケワメーケとの戦いを見ていたらしく、仲間に警告を発していたのだ。

「なんか……酷い言われようね」
「ねぇ、パイン。中二病って、どんな病気?」
「えっと……パッション、あとで説明するから。ね?」
「そこを通して! 武器を捨ててくれたら、あたしたちは何もしないから」

 プリキュアたちは、一歩、また一歩と、ゆっくりと入り口に詰め寄る。
 そのたびに、黒服たちも一歩づつ下がっていく。
 息詰まるような睨み合いが続き、ついに一人の男がキレた。

「これでも喰らえ!」

 小銃弾を使用する、短銃身のアサルトライフル――通称、サブマシンガン。
 持続的な連続射撃、無数の弾丸が四人を襲う。
 プリキュアは顔だけを腕で覆い、そのまま足を止めずに前進を続ける。命中した弾丸は、彼女たちの皮膚に軽くめり込み、そして弾かれた。
 よく見れば、命中した部分は少し赤くなっているかもしれない。ダメージはその程度だった。

「ガッデム! 銃弾が効かないなんて人間じゃねえ!」
「効いてるよ、ちょっと痛かったから!」

 ピーチは男からマシンガンを取り上げ、まるで飴細工のようにグニャリと捻じ曲げた。使えなくなったのを確認して、無造作に床に放り投げる。
 床と金属の衝突する鈍い音が、たった今、目の前で起きた出来事の異常性を知らしめた。

「ぜっ、全員でかかれっ!」

 黒服たちは、手にしていた武器で一斉に攻撃を開始した。自動拳銃・散弾銃・短機関銃。持てる火力の全てを駆使して、狂ったように集中砲火を浴びせる。
 クロスボウを射出したり、刃物を持って斬りかかる者も居た。
 しかし、雨のように撃ち込まれた銃弾は、衣装を傷付けることすら叶わない。矢は全て弾かれ、刀は素手で掴まれて叩き折られた。
 目の前の光景が信じられず、男たちは恐怖に顔を引き攣らせて立ち尽くす。

「お願い、そこを通して! あなたたちのリーダーとお話したいの。こんなこと、もう止めてって」
「これ以上向かってきても、そのくだらない武器を無駄にするだけよ」
「もうわかったでしょ? 今のアタシたちにはどうやっても勝てないわ。観念しなさい」
「そんなに脅えないで、怪我をさせるつもりはないから」

「「「「ひっ、ひぃ!」」」」

 男たちは、武器を投げ出して一目散に逃げ去った。

「さっきはありがとう」

 キュアピーチは、ジュリアーノにペコリと頭を下げる。

「あなたたちがプリキュアだったのね?」
「はい。隠していてごめんなさい。それと、できたらあたしたちのことは内緒にして欲しいんです」

 本当なら他人のフリするところだったのだけど、とピーチは困った顔で事情を説明する。
 ここには他に人が居ない。しかも、あのタイミングで「同じ年頃の四人」が現れれば、変身シーンを見られなくたって誤魔化すのは無理だった。
 ジュリアーノは決して他言しないと約束する。

「それにしても、メディアなんかで活躍は知ってたけど……凄いのね」
「本来の、アタシたちの力じゃありませんから」
「できれば、人や動物に乱暴はしたくないんですけど……」
「この場合しょうがないわ、パイン」

「それで、さっきの話の続きなんですが……。カオルちゃんは、エージェントに戻るってことなんですか?」
「多分、そうなるわね。あなたたちが誘拐されたことで、踏ん切りがついたんじゃないかしら」

「じゃあ! あたしたちが、カオルちゃんより先に戦いを終わらせちゃえば?」
「思い留まるかもしれないってこと? 先日の戦いで、ジェンマ復活の噂は世界中に広がったわ。そう上手く行くとも思えないけど」

「それでも……あたしたちには、カオルちゃんが必要なんです!」
「しょうがないわね。決断は彼に委ねるとしても、私たちで戦いを終わらせるのは賛成よ。一緒に行きましょう」

「「「はいっ!!!」」」

 それを聞いて、三人の表情がパッと明るくなる。
 ただ一人、パッションだけは何かを考えているみたいで、返事に加わらなかった。

「ピーチ。悪いけど、私は別行動を取らせてもらうわ」
「えっ、パッション?」

「カオルちゃんの援護が必要でしょ? 大丈夫、後で必ず合流する」
「そっか。わかった、気をつけてね」

 ジュリアーノとピーチたち三人は、先にゴードンを探しに向かう。彼は変装が得意で、数名の側近しか居場所を知らないらしい。
 一方、パッションは一人離れてカオルちゃんの元へと急ぐ。こちらは戦闘が行われている場所を目指せばいい。彼女は耳を澄まし、風のように駆け出した。



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最終更新:2013年05月10日 21:20