イエローハートの証明 ( 第1話:ナケワメーケ、再び!? )
ハーイ、せつな!
元気?毎日頑張り過ぎて、体調崩したりしてない?
ちゃんと寝て、しっかりご飯食べてる?
って、これじゃあたし、まるでお母さんみたいだね。たはは~。
でも、せつながどうしてるか、気になっちゃってさ。
あたしは元気だよ。
今日は終業式だったんだ。中学二年生最後の日。
通信簿が怖かったんだけど、せつなに勉強を教えてもらっていたお蔭で、二学期からの成績が上がったって褒められちゃった。
三年生になってもこの調子でね、って先生に言われたんだけど、う~ん、大丈夫かなぁ・・・ちょっと心配。
そんなわけで、明日から春休みだよ。美希たんとブッキーの学校は、あさってからなんだって。
お休みの間は思いっ切りダンスレッスンが出来る!って楽しみにしてたんだけど、美希たんは最近、モデルのお仕事が忙しくて、なかなかレッスンに出られないの。
美希たん、ますます人気者なんだよ。
ブッキーも、病院のお手伝い、ますます頑張ってる。
あたしは相変わらず、ミユキさんのレッスンを頑張って
<消去>
せつなも美希たんもブッキーも、みんな頑張ってるんだもん、あたしも頑張らないとね。
お父さんとお母さんも、元気だよ。お母さんったら、相変わらずニンジン料理ばっかり作るんだよ~!自分だって相変わらずホウレンソウ苦手なくせにさ。
みんなでよく、今頃せつなどうしてるかなって話してるんだよ。
きっと毎日忙しいんだろうね。でも何度も言うけど、あんまり頑張り過ぎちゃダメだよ。
せつなはいっつも精一杯頑張ってるけど、自分の体は大切にしなきゃ、あたしたちも、きっとせつなの周りの人たちも、みんな心配するから。
み~んなで、せつなのこと応援してるからね!
それから、時間が出来たらでいいから、たまにはメールもらえたら嬉し
<消去>
お父さんもお母さんも、せつなのこと心配してるから、時間が出来たら、短くていいから
<消去>
<全文消去しますか?>
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・・・・・・
・・・
イエローハートの証明 ( 第1話:ナケワメーケ、再び!? )
四つ葉町公園に、若葉の香る季節がやって来た。石造りのステージとベンチが並ぶエリアには、ダンシング・ポッドからの軽快な音楽が響いている。
今日もステージで踊っているのは、ピンク、ブルー、イエローの練習着に身を包んだ三人の少女たちだ。
「はい、ここテンポに気を付けて。ワン、ツー、スリー・・・はい、そこでターン!」
真剣な顔つきで少女たちを見守る若いダンサー――ミユキの手拍子に合わせて、三人は軽やかにその身を翻す。が、その途端、中央で踊るピンクのジャージの少女が、つるりと足を滑らせた。
「うわっ!」
淡い栗色のツインテールが、ぴょん、と天に向かって勢いよく跳ねる。が、そのまま仰向けに倒れそうになったところで、両側の二人が素早く彼女を支えた。
「ラブ!もぉ、しっかりしてよ。」
「大丈夫?ラブちゃん。」
「たはは~。美希たん、ブッキー、ありがとう。ミユキさん、ごめんなさい。」
苦笑いで頭を掻くラブに、ミユキは呆れながらも微笑んでみせる。
(こういうところは、相変わらず息ぴったりなのよね。)
心の中でそう呟きながら、彼女はダンシング・ポッドの音楽を止めた。
「ターンのタイミングは合ってきたけど、まだまだね。
美希ちゃんは、ステップに間違いが多すぎ。祈里ちゃんは、動きをもっと大きく。ラブちゃんは、力ばっかり入って全然リズムに乗れてない。
そして一番の問題は、三人の動きがバラバラだっていうことよ。」
「はい・・・。」
揃って小さくなる教え子たちを前にして、ミユキはそっと溜息をつく。
五月の大型連休は、今日始まったばかり。久しぶりにみっちりレッスンが出来るかと思ったら、急な仕事が入って、今日と連休最終日にしか時間が取れなくなってしまった。
仕方がない、量より質だ、と気を取り直してレッスンを始めたのだが、肝心の彼女たちがどうも本調子でない。そしてそれは、実は今日始まったことではなかった。
昨年のダンス大会で、見事優勝したクローバー。だが、せつながラビリンスに帰還したことで、トリニティのようにプロデビューとはいかなかった。三人だけでユニットを組み直しては、という話もあったのだが、ラブたちがそれを断ったのだ。
そしてラブたち三人は、その後も前と同じようにダンスレッスンを続けた。
“ラビリンスで頑張っているせつなに負けないように、あたしたちも頑張る。”
その言葉がもはや口癖のようになっているラブに引きずられるように、モデルとして人気の出てきた美希も、一層病院のお手伝いに身を入れている祈里も、忙しい時間をやりくりして、ダンスを続けていた。
だが、そんな三人の歯車は、実は少しずつ狂い始めていたのだ。それが目に見えて分かるようになったきっかけは、今思えば、春先にラブが風邪をこじらせて、二週間ほどレッスンを休んだときだったかもしれない。
美希と祈里の二人はレッスンを続けたが、元々忙しい二人のこと。ラブが居ないのなら・・・という気持ちも、どこかにあったのだろう。結局、ラブが休んでいる間、レッスン自体がほとんど行われなかった。
そして回復したラブがレッスンに復帰してから、ブランクのせいもあってか、三人のダンスは目に見えてギクシャクしてきた。
ラブは、相変わらず勢いだけはあるものの、それは見るからに空元気で、そのダンスからは、生来の弾けるような輝きが感じられなくなっていた。
祈里のダンスには、どこか迷いがあった。動きが小さく縮こまっていたり、表情が虚ろだったり。そしてそれを本人が意識してしまうと、今度はあっという間にテンポに乗り遅れた。
そして美希は、そんな仲間二人を気遣ってばかりで、自分のダンスがおろそかになった。ただでさえ出席回数が少ない中、必死で覚えてきたはずの振りを、頻繁に間違えるようになった。
(やっぱり、今きちんと考えてもらわないと、この子たち、幸せゲット出来ない。)
そう、手遅れにならないうちに――。
ミユキは、ぐっと目に力を入れて、教え子たちの顔を見回した。
「今日のレッスンは終了よ。悪いけど、次のレッスンは連休の最終日になっちゃうの。だから、それまでに三人で動きをよく合わせておくこと。いいわね?」
「はい!!!」
ぴたりと揃った三人の声に、ミユキが表情を少し緩めて言葉を続ける。
「それから、みんなにひとつ提案があるんだけど。」
「提案?」
怪訝そうに首を傾げるラブにひとつ頷いて、ミユキはカバンの中から、一枚の紙を取り出した。
「これ見て。昨日出来上がったばかりの、今年のクローバータウン・フェスティバルのチラシよ。」
途端に三人の顔が、ぱっと輝く。
「うわぁっ!今年もメインはトリニティのダンスなんですね!」
「その他のゲストは未定って、これ、また今年もお笑いの人が?」
「きっとそうよ。ほら、去年と同じ、漫才とダンス・コンテストって・・・」
ダンス・コンテスト、と言いかけて口ごもる祈里に、嬉しそうにチラシを覗き込んでいたラブと美希も、顔を曇らせる。そんな三人に、ミユキは敢えて明るい声で言った。
「それで、提案って言うのはね。私たちの出番の前に、みんなも一曲踊ってみない?勿論、コンテストに出場するんじゃなくて、れっきとしたゲストとして。」
「え・・・。」
ミユキのあまりにも唐突な提案に、三人はポカンと口を開けた。
クローバーは、せつなも含めて四人でクローバー。それは、プロデビューを断った時にハッキリと言ったことだし、ミユキだって十分に分かっているはずだ。それなのに、三人だけでステージに立てと言うのか――三人の目が、そう言っている。
ミユキは、そんな彼女たちの視線をしっかりと受け止めて、話を続けた。
「みんなの気持ちは、私も分かってるつもりよ。せつなちゃんが居ないクローバーなんてクローバーじゃないって、その気持ちはよく分かるし、私だってそう思ってる。
でもね。だからって、このまま立ち止まっていてもいいってことには、ならないと思うの。」
「立ち止まってなんかいません!あたしだって・・・あたしたちだって、せつなに負けないように頑張って・・・」
「本当に、胸を張ってそう言えるの?ラブちゃん。」
勢い込んで食ってかかるラブに、ミユキが冷静な声で問いかける。
ラブの瞳が力なく揺らぎ、やがてその顔が下を向いた。
ミユキは、そんなラブの様子をじっと見つめてから、もういちど三人を見回して、再び口を開いた。
「これから何を目指してダンスを続けていくのか。そのために、どんなレッスンをしたいのか。クローバータウン・フェスティバルに出演するかどうかだけじゃなくて、一人一人、きちんと考えてほしいの。
もちろん、将来のことまで今考えろとか、そういう意味で言ってるんじゃないわ。
大事なのは、今。今のあなたたち、本当にちゃんと前を向いてる?ゲットしたい幸せ、心に思い描けてる?そうでなきゃ、本気の幸せなんて、掴めないわよ。」
いつものビシッ!と指を立てるポーズではなく、一言一言、噛んで含めるように、穏やかに語りかけるミユキ。
俯いていたラブが、上目づかいにミユキの顔を見た。続いて美希が、祈里が、次々と顔を上げる。その六つの瞳を見つめて――いや、ここには居ない二つの瞳にも一緒に語りかける想いで、ミユキはこう付け足した。
「まだ時間があるから、じっくり考えて決めてちょうだい。全員が納得のいく答えが、必ずあるはずよ。それをみんなで見つけるの。いいわね?」
☆
「それで、さっきのミユキさんの話、どうする?ラブ。」
プレーンのドーナツを見つめてじっと動かないラブに、美希がそっと声をかける。祈里も、両手を膝の上に置いたまま、二人の様子を心配そうに見守っている。
ダンスレッスンの後の、恒例のドーナツ・タイム。いつもは賑やかなこの時間も、今日は静かで重苦しい雰囲気だ。敏感にそれを察したのか、カオルちゃんはさっさとワゴンの奥に引っ込んでしまって、三人のほかに、ここには誰も居なかった。
「あたし・・・よく分からない。」
しばらくの沈黙の後、ラブはドーナツを見つめたまま、ぼそりと言った。
「あたし、ラビリンスでせつなも頑張ってるんだから、あたしも頑張らなくちゃ、って・・・そう思って頑張ってるつもりだった。でも、さっきミユキさんに言われて、思ったんだ。
あたしは、自分がゲットしたい幸せ、ちゃんと見えてるのかなぁ、って。」
「うん。」
祈里がコクリと頷く。
「あたしは、ミユキさんみたいなダンサーになって、みんなを笑顔にしたい。ミユキさんみたいに、見ている人み~んなの心が弾むような、そんなダンスを踊りたい。
でも、じゃあ誰と一緒に踊ったらあたし自身が笑顔になれるのか、って聞かれたら、やっぱりクローバーのみんな、なんだよね。」
ラブが小さく息を吐いて、ドーナツから目をそらす。そして、テーブルの上でびっしりと汗をかいているオレンジジュースのコップを手に取ると、ストローでその中身をズズッと啜った。
「でも、クローバーは、あたしたち四人揃ってクローバー。その気持ちも、やっぱり変わらないんだ。ううん、せつながラビリンスに戻ってから、前よりもっと、そう思うようになっちゃって・・・。」
そう言って美希の方を見るラブの顔には、何だか寂しそうな笑みが浮かんでいる。
「あたし、せつながラビリンスに帰るって決めたとき、せつながやっと自分の夢を見つけたんだって思って、嬉しかったんだ。だから、せつなのこと心から応援しようって・・・。なのに、最近こんなことばっかり考えて、溜息なんかついちゃって・・・。あたし、やっぱりわがままだよね、美希たん。」
(全く・・・ラブらしくないんだから。)
美希は、自分もアイスティーを一口飲んで、胸の中でそう呟いた。
その表情も、その台詞も、その声の調子まで全然、ラブらしくない。
いつものラブなら、最初からそんな諦めのような言葉を口にしたりはしない。どんな困難なときも、決して諦めずに明るくがむしゃらに頑張る――それがラブのはずだ。
そう思いながら祈里の方を見ると、驚いたことに、今度は祈里がさっきのラブのように俯いて、じっと皿の上のドーナツを見つめていた。ここしばらく見られなかった、何かをためらったり尻込みしたりしているときの、彼女の表情だ。
美希の端正な顔が、心配そうに歪む。が、気を取り直してまずはラブの方に向き直ると、美希は意を決したように、口を開いた。
「ねぇ、ラブ。前から一度、聞こうと思ってたんだけど・・・あれからせつなと、連絡取った?」
「え・・・何言ってるの?美希たん。」
ラブが――いや、ラブだけでなく祈里も驚いた顔で、美希を凝視する。
「そんなこと、出来るわけないじゃん!」
「どうして?」
「どうしてって・・・だって、せつなが頑張ってるときに、邪魔したりしちゃあ・・・」
予想通りの答えに、美希はフッと表情を緩めると、半ば自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「アタシもそう思ってたんだけど、でも、本当にそうかな?
アタシたちの声が聞けたり、メールが届いたりしたら、せつな、それを力にして、もっと頑張れるんじゃない?」
「でも・・・」
ラブが美希の顔から目を離し、また皿の上のドーナツを見つめる。それを見ながら、美希はテーブルの下で、ぐっと拳を握りしめた。
ここは心を鬼にしよう――そう思うと、あの日の光景がよみがえってくる。
せつながイースだと知って落ち込んでいるラブを立ち上がらせようと、今思えばずいぶん酷い言葉を投げつけた、あの日の自分が。
(あの時は、ラブにせつなを諦めさせようと思った。でも、今度は違う!)
「ねぇ、ラブ。本当は、怖いんじゃないの?」
美希の言葉に、ラブが、ビクッ、と肩を震わせた。祈里も、何を言い出すんだ、という表情で、美希の顔を見つめている。
「怖いって・・・何が?」
「せつなに連絡を取ろうとして、もしも・・・」
だが、美希がそう言いかけた、その時。
突然、信じられない物音が聞こえてきて、美希は顔を引きつらせて口をつぐんだ。
ラブがガバッと立ち上がり、祈里は目を真ん丸にして顔を上げる。
ズシン、と身体の芯に響くような振動音と共に、遠くから聞こえてきた雄叫び。それは確かに、
「ナケワメーケ!」
と、三人の耳に聞こえた。
公園を飛び出して、三人は転がるように音のした方へ――商店街へとひた走る。
そしてクローバータウン・ストリートの真ん中あたりまで来た時、突如聞こえてきた切羽詰まった声が、彼女たちの足を止めさせた。
「えー、臨時ニュースを申し上げます。四つ葉町に、またしても巨大モンスターが現れました。昨年の秋頃から姿を見せなくなっていたモンスターが、再び四つ葉町に現れました!」
声を裏返して叫ぶアナウンサーの次に画面に映し出されたのは、紫色の四角い箱に手足が生えたような異形の姿。その表面は滑らかなようで、キラリと日の光を反射している。そして巨大な体の上には、不釣り合いに小さな丸い顔がついていて、二つの目が、邪悪な紅い光を放っている。
「見て、あの胸に付いている印!」
祈里がハッとした様子で、スクリーンを指差した。
ちょうどこちらを向いている怪物の体の真ん中に、ハッキリと見えるのは――。
「黄色いダイヤ・・・じゃあ、あれって!」
「まさか、そんな!」
ラブと美希も、驚きに半ば呆然と呟いた時、さらに驚くことが起こった。
プツリ、と音がして、街頭モニターの映像が消えてしまったのだ。そして一瞬の後には、まるで何事もなかったかのように、ゴールデンウィークの楽しげな行楽地の様子が映し出されたではないか。
「あれ?消えちゃった。」
「なぁんだ、ドッキリか?脅かすなよ。」
ラブたちの隣りで映像を見ていたカップルが、そう言いながらモニターの前を離れる。が、三人はそんな呑気なことを言ってはいられなかった。
「なんで消えちゃったの・・・?さっきの声、確かに聞こえたよね?」
「ええ。振動だって、ちゃんと感じたわよ。」
「うん。あれは臨時ニュースが流れる前だったから、テレビの音なんかじゃないはず。」
美希と祈里の力強い言葉を聞いて、ラブの顔がキリリと引き締まる。
「行こう!」
「でも、どうする?アタシたち、今は変身できないのよ?」
美希の言う通り、彼女たちの持つリンクルンは、今は変身アイテムではない。ラビリンスとの最終決戦の後、役目を終えた四体のピックルンは、スウィーツ王国の祠の中へと帰っていったのだ。
「とにかく、何が起こっているのか確かめようよ!ナケワメーケを操っているのが、誰なのかも。」
ラブの言葉に、美希と祈里も顔を見合わせて、うん、と頷き合う。
三人は再び肩を並べて、商店街を走り出した。脳裏にちらちらと、さっき見た黄色いダイヤが浮かぶ。それと重なって浮かびそうになる人物の影を打ち消すように、彼女たちはただ、ひたすらに街を駆けた。
商店街の外れまで走ったとき、ずん、と地面が揺れた。見ると、向こうからカメラを担いだ男が、慌てふためいた様子で走って来る。
彼の後ろに目をやると、そこにそれは居た。工事現場の囲い越しに、紫色の丸い頭が見えている。
三人は、怪物に見つからないようにそっと工事現場の入り口まで走ると、囲いの陰から中を覗き込んだ。
「ナケワメーケ!」
幸い今日は工事が休みのようで、中には人は一人もいなかった。それなのに、ナケワメーケはきれいに均された地面を殴りつけて大穴をあけたり、積み上げられた機材を辺りにばらまいたりして、一人で大暴れしている。
「なんか、不幸を集めてるって感じじゃないわね。こんな誰もいないところで。」
「でも、工事現場が滅茶苦茶になっちゃったら、やっぱり工事をしている人たちは困るわけだし。」
美希と祈里が戸惑ったように言い合っている間に、ラブは囲いから顔を出して、キョロキョロと辺りを見回した。
そこに居るのは、ナケワメーケただ一人。それを操っているような人影は、どこにもない。
もっと隅々までよく見ようとラブが身を乗り出した時、ナケワメーケの紅い眼差しが、ラブをとらえた。
「わっ、み、見つかっちゃった・・・。」
ラブの背中を、たらりと冷たい汗が伝う。
「ナケワメーケ!フレグラーーーンス!」
ナケワメーケが雄叫びと共に、ごつごつした手を前にぬっと突き出した。その掌から透明な弾丸のようなものが、ラブ目がけて発射される。
「危ない!」
美希がラブを突き飛ばすようにして、囲いの陰に身を伏せた。ドーンという破裂音と、盛大な土埃。遅れて、パラパラと何かが降って来たような乾いた音。
「ケホッケホッ・・・。」
「何?このにおい・・・。」
「うぅ・・・鼻がおかしくなりそう。」
三人が鼻を押さえてうずくまる。一体何をばらまいたのか、辺りには強烈な臭気が立ち込めていた。刺激臭と悪臭が混ざったような、何とも形容しがたい臭い。あまりの刺激に、ボロボロと涙がこぼれてくる。
「逃げるわよ!」
美希が何とか立ち上がり、声を絞り出した。ラブが、まだ苦しそうに咳き込みながら、懸命にかぶりを振る。
「ダメだよ、美希。あいつが追ってきたら、街が。」
「だったら、街と反対の方角に逃げましょう!」
祈里が掠れた声でそう言った時、彼女たちを逃がすまいとするように、ズシン、ズシンと足音が近付いて来た。
「ナケワメーケ!デオドラーーーント!」
「オーケー。二人とも、早くっ!」
ナケワメーケが再び咆哮を上げたのと、美希がラブと祈里の手を力任せに引っ張ったのとが、ほぼ同時だった。そして、次の瞬間。
ボン!という聞き慣れた音に、三人の動きが止まる。
思わず後ろを振り返った彼女たちは、目に飛び込んできた光景に、今度こそ自分たちの目が信じられなかった。
ナケワメーケが、まばゆい光に包まれて、そこに立ち尽くしていた。そしてその光は、ナケワメーケの体を覆い尽すほどの、巨大な黄色いハートの形をしていたのである。
断末魔の叫びも上げぬまま、ナケワメーケがその場に崩れ落ちる。胸の黄色いダイヤが煙のように消え失せると、後にはきれいな紫のガラスでできた香水瓶が、土の上にコロンと転がっていた。
☆
「一体、何がどうなっているんだろう。」
地面の一点を見つめて、ラブが誰にともなく呟く。
「結局あのダイヤの正体は分からなかったし、それに・・・」
美希はそう言いかけて、そっと隣りの祈里の顔を覗き込む。
「大丈夫?ブッキー。」
「うん。ありがとう、美希ちゃん。」
弱々しい声ながら、祈里はそう言って小さく笑った。
三人は祈里を真ん中に、ラブと美希が両側に寄り添うようにして、クローバータウン・ストリートのベンチに座っていた。
四つ葉町に再び現れたナケワメーケを倒した、あの不思議な光。あれはまさに、キュアパインの浄化技、ヒーリングプレア・フレッシュにそっくりだった。
祈里がショックを受けていないわけはないのだが、あれが本物でないことは、他でもない自分が一番よく知っている。むしろ気になるのは、もう一つの黄色――ウエスターのダイヤにそっくりな、黄色いダイヤの方だった。
「何だか誰かが、あたしたちの戦いを真似してるみたいだったよね。ナケワメーケも、そしてあの最後の技も。ホンモノそっくりなんだけど、なんか・・・どこか違う。」
ラブの呟きに、美希と祈里が揃って頷く。それは、二人とも感じていたことだった。よく似ているけれど、何かが違う。上手く説明できないけれど、どこか違和感があるのだ。
「じゃあ・・・やっぱりダイヤも違うのかしら。」
「それは分からないけど、他にもおかしなことがあったわよね。ナケワメーケが、誰も居ない工事現場で暴れていたこととか。あれじゃあ一体、何のために現れたんだか。」
「テレビの臨時ニュースが突然打ち切られたのも、不思議だしね。」
状況を整理するように語り合う、美希と祈里。だがラブはその隣りで、自分の左右の頬を、バン!と勢いよく張った。
「やっぱり、考えてばかりいたって仕方ないよね。美希たん!」
「な・・・何?」
「さっきはありがとう。あたし、せつなにメールしてみるよ。」
美希が一瞬きょとんとしてから、うっすらと頬を上気させる。
「ラビリンスに帰ったせつなに初めて送るメールが、こんな事件絡みっていうのが、せつなに悪いけど。」
「仕方ないわよ。それに、もしも逆の立場なら、どうして知らせてくれないんだ、って言うでしょ?ラブなら。」
美希の言葉に、祈里も、うん、と頷く。
「楽しい時だけじゃなくて、大変な時や心配な時にも、みんなで頑張るのが仲間。ラブちゃん、そう言ってたもんね。」
「うん。だから、事件のことをちゃんと知らせたら、その次はもちろん、他のことも、いーっぱい知らせるんだ。あたしたちのことや、お父さんやお母さんのこと。学校のみんなや四つ葉町のみんなのこと。せつながどうしているかも、じっくり聞いてみたいし。」
ラブはそう言って、もう一度美希の顔を、照れ臭そうにちらりと見やった。
「ねぇ、美希たん。さっき、あたしが怖がってるって言ったのって、もしもリンクルンでせつなと連絡が取れなかったら、ってことだよね?」
「なぁんだ、バレてたか。ビシッと言ってやろうと思ったのに、ナケワメーケに邪魔されちゃった。」
美希がわざと明るくそう言って、ぺろりと舌を出す。それを見て、やはり気付いていたらしい祈里も、フフッと小さく笑った。
もう変身アイテムではないリンクルンは、それでも通信機器としては、異世界間でもちゃんと使えるはず――そうラブたちは思っていた。せつなが一人で占い館に乗り込み、異次元にある館に捕えられた時、三人の声を、せつなに届けることが出来たからだ。
でも、せつながラビリンスに戻ってから、それを試してみたことはなかった。
最初は、毎日忙しいであろうせつなの邪魔をしないように、と思って遠慮しているつもりだった。でも次第に、連絡を取ろうとすること自体が怖くなったのだ。
もしリンクルンでラビリンスと連絡が取れなかったら、もうこちらから、せつなと連絡をつけるすべはない。
異世界なんて、大半の人があることすら知らないのだ。世界が違うということは、ただ遠くに居るというのとは訳が違うのだということを、せつながラビリンスに戻って初めて、思い知らされた気がしていた。
せつながこの世界に居た痕跡だって数少ないというのに、リンクルンが使えるという希望さえ失われてしまったら――それが怖くて、送信ボタンを押せなかったことが、ラブだけでなく、実は美希にも祈里にも、何度となくあった。
「でも、さっきのミユキさんの言葉と、それから美希たんに言われたことを考えててさ。思ったんだ。
ちゃんと連絡できるかもしれないのに、ダメだったらどうしようって怖がっているなんて、そんなの前を向いてるって言えないな、って。
もしも・・・もしもリンクルンで連絡が取れなくても、諦めないで、他の方法を探せばいいんだよね。」
ラブの瞳に、久しぶりに力強い光が宿っているのを、美希は嬉しく思う。祈里も微笑みながら、二人の親友の顔を交互に見つめる。
「あたし、頑張るよ。ううん、みんなで頑張ろう!ナケワメーケの謎を解決して、ミユキさんの宿題にちゃんと答えを出して、幸せゲットするんだ。せつなも一緒に。」
「ええ。何たって、アタシたちは完璧だもの。」
「うん。わたしたちならきっとうまくいくって、わたし、信じてる。」
ラブは、以前と変わらず腰に付けているケースからリンクルンを取り出すと、祈りを籠めるように、四つ葉のチャームをギュッと握りしめた。そして、美希と祈里に見守られながら、考え考え、メールを打ち始めた。
ベンチの斜め後ろに立つ天使の像は、今日も優しい表情で、少女たちを見守っている。
穏やかな毎日を取り戻した四つ葉町を照らす太陽は、またしても彼女たちを巻き込む事件が始まったことも知らぬ明るさで、今日も黄金色に輝いていた。
~第1話・終~
最終更新:2013年12月24日 19:33