せつなと祈里と祈ること
「祈里ちゃん!ステップがワンテンポ遅れてるわよ!」
「は、はいっ!!」
「せつなちゃんも動作が遅れてるわ!もっと体を動かして!」
「はいっ!!」
「ラブちゃんもっと手を上に!」
「はい!」
「美希ちゃん周りとテンポ合わせて!」
「はいっ!」
厳しい指導が絶えることなく四人に向けられる。
「はーい。それじゃあ少し休憩しましょうか」
「「「「は、はい…」」」」
休憩の合図とともに四人はその場に座り込んだ。
みんながぜーぜー言っているのを聞きながら、せつなも必死に呼吸を整える。
今日はなんだか体が上手く動かなかった。久しぶりのレッスンだったせいもあるが、原因はそれだけじゃないだろうなと思った。多分、早朝に起きて体を動かしたせいだ…
朝早く、日が昇る前にせつなは起きた。着替えて防寒し、手には軍手をはめ、スコップと昨日買った球根と花の種を持ってアカルンである場所へ向かった。
そこはステージのある広場、イースが一番最初に破壊した場所だった。
せつなはその場所をしばらく見た後、広場の周り…舗装されていない場所に行き、買ってきた球根や種を植え始めた。冬ということもあり土は固く掘るのに手間取ったり、なれない作業に戸惑いながらも黙々と手を動かしていく。
せつなは、イースとしてしてきたことの罪はどうすれば償えるのかずっと考えていた。ミユキたちには許してもらったが、それで罪が消えるわけではないし、何より自分の気持ちがおさまらなかったから。
考えた結果、破壊してしまった場所に花の種を植えようと思いついた。こんな些細なことではなんの足しにもならないかもしれない。でも、今植えておけば春になってたくさんの花が咲いて、少しでも以前のような素敵な場所に戻ってくれる気がした。
私にはこれから先時間をかけて償っていくことができない。だから限られた中で後にも残るようなことがしたかった。そう思ったから、冬でも耐えられる種類の花を店員に聞いて、その種をちゃんと育つようにと一つ一つ思いを込めて植えた。
この作業は朝だけでは間に合わないだろう。でも人に見つかるわけにもいかないから人目のつかない夜にこっそりやるつもりでいる。早くしなければ…と思っていたため、初日にしてはずいぶん長い時間作業していた。
それがダンスにまで影響してしまうなんて…残り少ない機会をこんなことで不完全燃焼させるなんて嫌だ…頑張らなきゃ。
そう考えていたら、いつの間にか休憩が終わっていた。
ダンスレッスンが終わった夜にも、朝と同じようにアカルンで移動して作業した。少し怠いけどここで頑張らないと終わらない…そう思って必死になった。次の日もまた次の日も、せつなは早朝と夜に家を抜け出し作業を続けた。
そんな無茶をしていたからか、最近は食欲もなくなってきたし体の怠さは増すばかり。でもここで立ち止まるわけにはいかない。せめて最後まで…
―――――――――
いつものように早朝に起きてアカルンで移動する。もうこなれたしまった工程。ただ今日は少し寝坊してしまった。本当なら目覚ましも必要ないくらい正確に起きられるはずなのに、今日はアラームが鳴っても起きられなかった。いよいよ疲れが本格化してきたのだろうかとも思ったが、あと少しで終わるため気にしないことにした。
一心不乱に作業をしていると、次第に日が昇り始めた。そろそろ人が来てしまうかもしれないので帰るための片付けを始める。今日は雲一つないいい天気だった。こんな日にただアカルンで家まで帰るのではもったいない気がしたので、少し散歩していくことにした。
鳥の鳴く声がする。霜が降りた葉が太陽の光できらきらしている。生活感あふれる音がしだした。息を吐くと白い雲ができては消えていく。当たり前のことに、なぜか泣きそうになる。
しばらくそうやって噛みしめるように風景を追っていたら、ふとどこからか動物の鳴く声がした。それは鳥のさえずりのようなものではなく、もっと痛々しいような弱い声…せつなはあたりを見回し懸命に声の出どころを探った。そうして見つけたのは、足にけがをしている猫だった。このままここにいれば間違いなく最悪の事態になる。こんな寒さだし、何よりまだ小さなその猫を放っておくことなどできないため、せつなは持っていた道具を茂みに置くと、代わりにその猫を抱き上げて祈里の動物病院へアカルンで移動した。
「せつなちゃん。あの猫もう大丈夫みたいだよ」
「!!ホントに!?ありがとうブッキー!!」
朝早くに来たせつなを快く受け入れ治療してくれたことに本当に感謝しながら、何度もお礼を言った。
無事だという報告にホッとしたら途端に疲れを感じて、待合室に座りボーとする。
「…で、…に……だけど…いい?せつなちゃん」
「!…え、ええ!もちろんよ」
「よかった。じゃあ行こっか!」
しまった。反射的にもちろんと言ってしまったが、自分が何を了承したのかちゃんと聞いていなかった…手を握られ、引っ張るように動き出した祈里の後を行先も分からないままついていく。
しばらく歩いて到着したその場所は、教会だった。
「わたしね?たまにこうやって朝早くにここにきて祈りを捧げてるの」
礼拝堂に向かって祈る動作は、習慣化しているのがはっきりと分かる程スムーズで様になっていた。
「せつなちゃんは、こうしてお祈りしたことある?」
後ろできょろきょろしていたせつなの方をくるりと向いて聞いてきた。
「ごめんなさい…ないわ」
知識としては知っていたが神に対する概念がなかったため、祈りを捧げるということにいまいちピンとこず、今まで足を運んだことはなかった。
せつなの申し訳なさそうな表情に、祈里は安心させるようににこっと笑いながら静かに話し出した。
「わたしって、すごく引っ込み思案で、ラブちゃんからダンスしないかって言われた時も一度は断ったって話したことあったでしょ?」
「ええ。覚えてるわ」
それはせつなにとって忘れることなんてできない日。新生クローバーとして仲間に迎えてもらった日だ。
「悪い癖だけど、周りの目を気にして自分がしたいことをしたいように出来なかった。人の視線が気になってばかりで、自分のしてることを変に思われたらどうしようとか、そんな事ばかり考えてたの。ダンスやプリキュアをやってるうちにだんだんその考えは薄れていったけど」
確かに祈里は変わった…と思う。ラブや美希から、最初の頃は公園のステージで踊ることにもそわそわしていたと聞いたことがあった。今ではそんな時があったなんて嘘のように、誰に見られようがいきいきとダンスを楽しんでいる。
「…でもね、周りの目を気にしていた時でも、この祈りだけはやめたことはなかったの。祈っている所を誰に見られても構わなかった」
「…どして?」
「…それはね………祈ることは自由なことだから」
「自由…?」
「うん。自分が思い描いていることやこうしたいと願う気持ちは誰にも止めることはできないし、それは他人から非難されることじゃない。そう思ってたから。祈りたいと思う気持ちの前では、地位も名誉も資格もいらない。どんな人だって自由に願いを込めていいの。
…それと、こうやっていると、自分が本当は何をしたいのかが見えてくる気がしたから。わたしはみんなより悩んでしまうことが多い分、迷ってしまうこともあるけれど、こうやって気持ちを落ち着けて心の中を整理することで、自分なりに答えをだしてるの」
祈里の口癖である、「わたし、信じてる」という言葉は、もしかしたらそうやって口に出すことで、自分自身に言い聞かせているのかもしれない。話を聞いていてせつなはふとそんな風に思った。
「ただ、それでもどうしようもない悩みがある時は…みんなに相談するようにしてる」
「みんなに…」
「悩み事を人に話すとね?自分の考えを整理できるし、自分は一人じゃないって勇気も出てくる。それに、言葉にしなきゃ伝わらないこともあると思うから」
「せつなちゃんは、祈りたいことある?」
「ないわ」
「そう…じゃあ願いごとはある?」
私の願いだったメビウスの野望を止めることは叶った。もう私に願いなんてない…
「…いいえ」
「……せつなちゃんは、無意識に感情を抑えちゃうところがあるから、自分の気持ちにも気づけていないのかもしれないけど………願いがない人なんてこの世には一人もいないと思うよ?」
「もっと、自分に正直になってみたら?」
そう言ってこちらを見てくる顔は、いつも以上に優しいものだった。
「それじゃあ、付きあってくれてありがとう。猫さんのお見舞いすぐには無理だと思うけど、出来るようになったら連絡するね?」
「こちらこそ本当にありがとうブッキー、あの猫のことよろしくお願いします」
そんな会話をして祈里と別れたせつなは、桃園家への帰り道、茂みに置いてきた道具を拾いながら考えるように歩いていた。
最近どうもいろんな人から含んだ言い方をされる。美希にしても祈里にしても、何をもっていった言葉なのか、どうして突然教会に連れて行かれたのか、分からないことが多い。もしかしてイブの日にウエスターと話した内容を、聞かれてもはぐらかし続けていることに怒っているのだろうか。確かに悪いとは思ってるけど、もう時間はほとんどない。今更誰に何を言ったところでこの現状をどうにかできるわけではないだろう。…奇跡は二度は起きないんだから。
ラブたちには悪いがこのまま最期までシラを切らせてもらおう。そう考えていた頭の片隅で、「言葉にしなきゃ伝わらないこともある」という言葉がサッとよぎった気がした。
最終更新:2013年12月25日 20:42