幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第2話 せつなを取り戻せ)
眠ったままのシフォンを抱いたラブが、せつなの部屋の前に立つ。
ここへ来るのは、今朝になってこれで二度目だった。ノックをするのもだ。しかし、せつなはまだ眠っているのか、何の反応も返ってこない。
こんなことは初めてだった。ラブがせつなに部屋を何度もノックされることなら、よくあるのだが……。
「ごめん、せつな。入るね?」
なんとなく不安に駆られて、ラブがドアを開ける。鍵はかかっていなかった。
部屋の中の様子を見て、悪い予感が膨らんでいく。
キレイに折りたたまれた布団。何も置かれていない机の上。机に直角に向けられた椅子。塵一つ落ちていない床。
生活観が感じられない程に、不自然なまでに整えられた部屋。いくらせつなが綺麗好きでも、限度があると思う。これではまるで――
「嘘……だよね? あっ! あたしに黙って、ダンスの朝練に行ってるとか? それとも、朝ご飯作ってくれてるの?」
独り言にしては大きな声を上げながら、ラブはバタバタと階段を駆け下りる。
居間にもいない。台所にもいない。玄関から庭先まで探し回ったが、せつなの姿はどこにも見当たらない。あゆみに聞いても、朝から姿を見ていないと首を振るだけだ。
「せつな……どこに行っちゃったの? そうだ、リンクルン!」
しかし、せつなの携帯は着信すらしなかった。
リンクルンは、ただの携帯電話ではない。これが繋がらないということは、故意に電源を落としているか、それとも――この世界に居ないかのどちらかでしかない。
三度着信を試みてから、ラブはギュッと唇を噛むと、宛先を変え、美希にかけた。この時間なら、美希はジョギングを終え、四つ葉町公園で祈里と一緒に体操をしているはずだ。
案の定、電話に出た美希に続いて、祈里の声が聞こえた。
「それで、何か心当たりはないの? せつなの様子がおかしかったとか」
「別に、いつも通りだったよ。昨日の夜、シフォンがまたインフィニティになりかけて……その後、不幸のゲージの話になって」
「不幸のゲージって――ラブちゃん、それよ!」
大急ぎで、美希と祈里が駆け付けてきた。三人で机の引き出しの中も調べたが、書き置きらしき物は無い。
溜息をついて顔を見合わせた時、突然、部屋の隅のゴミ箱が、ガサリと音を立てた。ぎくりとして目をやると、ぴょこんと飛び出す、灰色の尻尾――
「ちょっとタルト! 女の子の部屋のゴミを漁るなんて、どういうつもりよ」
「そないに怒らんといてぇな、ベリーはん。手掛かりになりそうなもん、見つけたんや」
美希の非難に、タルトが慌てて手に持ったものを見せる。
それは、皺くちゃになった一枚の紙だった。どうやら丸めてゴミ箱に捨てられていたらしい。
「それ、何なの? タルトちゃん」
「手紙みたいだね。でも、どうして捨てたのかな?」
「ああ、これはラビリンス語やな。ちょっと待ってや……」
タルトがたどたどしく文面を読み上げる。意味の理解できない単語が出てくると、タルトの発音を聞いて、キルンが通訳した。
やがてその内容が明らかになると、誰もが言葉を失った。
【明朝、占い館の跡地にて、ノーザ殿がお待ちしております。イースとして、ラビリンスにお戻りなさい】
「そんな……そんなはずないよ! だって、せつなは!」
「落ち着いて、ラブちゃん。せつなちゃんは多分、この手紙の誘いに乗ったふりをしただけだと思う」
「そうね。これがせつなから持ちかけた話なのか、ラビリンスの罠なのかわからないけど、一つ言えるのは……」
「ああ、間違いない。パッションはんの狙いは、不幸のゲージの破壊や!」
「――みんな、行くよ! せつなが危ない!!」
ラブが、途端に凛とした表情になって、皆の先頭に立つ。
どうしてすぐに気付かなかったのか――そんなことを言っても始まらない。今やるべきことは、ただひとつだけ。
絶対に、何があってもせつなを取り戻す!
そう――固く心に誓って。
『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(せつなを取り戻せ)――』
ほどなくして、ラブたちは占い館の跡地に到着した。
変身はしていない。不用意に警戒させたくなかったからだ。誰でもいいから、館に居る者と接触したかった。
少し遅れて、タルトとシフォンも駆け付ける。
「タルトはともかく、シフォンは置いてきた方がよかったんじゃない?」
「うん。罠にかけてせつなちゃんを攫ったとしても、その目的はシフォンちゃんのはずよ」
「あたしたちと離れている方が、かえって危ないよ。それに、シフォンの力が必要になるかもしれないから」
すでに、ここは敵本拠地の前だ。ラブたちは油断なく周囲を見渡す。
しかし、いくら待っても占い館出現の兆候は見られなかった。
「ねえ! こっちを見ているんでしょ? お願い! せつなを返して!!」
「人質を取るなんて卑怯よ! 正々堂々と勝負しなさい。恥ずかしいと思わないの?」
「せつなちゃんがあなたたちにとっても仲間なのだとしても、こんなやり方は認められないわ!」
ラブが、美希が、祈里が、口々に大声で呼びかける。これまでの経緯から考えても、こちらの存在に気付いてないとは思えなかった。
せつなへの心配が焦りに変わり、三人の、特にラブの表情が険しくなっていく。
「お願い、シフォン! 占い館に行きたいの。あたしたちに力を貸して!」
「キュア~? せつな、どこ?」
「姿は隠れているけど、ここに古い洋館があるの。シフォンは見たことなかったわね」
「何か感じない? シフォンちゃん」
シフォンはフワフワと周囲を飛び回り、耳をピコピコと動かす。やがてラブの腕の中に戻ると、キュア~? と首を傾げた。
「ラァ~ブ、せつな、いない」
「何言ってるの? シフォン!」
ラブの大声に、シフォンが怯えたように目を潤ませる。そしてもう一度、ラブの顔を見上げた。
「せつな、ここ、いない」
「だから、そんなはずないんだってば! お願いシフォン。もっと、ちゃんと探して!」
「キュア~。キュア、キュア~!」
ついに泣き出したシフォンを、祈里がラブから引き取って抱きかかえた。
「よしよし……大丈夫よ、シフォンちゃん。ラブちゃんは、せつなちゃんを心配してるだけなの。怒ってるんじゃないのよ」
「ラブっ! 気持ちはわかるけど、シフォンを責めちゃダメでしょ?」
「うん……。ごめんね、シフォン」
「ともかく、これで手詰まりやな。こちらからはどうしようもあれへん」
タルトの言葉に、全員がうなだれる。
諦めきれず、プリキュアに変身して挑発したり、威嚇で技を撃ったりしてみたり――それでもやっぱり、反応は無かった。
万策尽きたラブたちは、途方に暮れてその場に座り込んでしまった。
「どうして……どうしてよっ! せつなを、せつなを、返して……」
すすり泣くラブに、答えを返せる者は誰も居なかった。
美希がポツリと、独り言のようにつぶやく。
「奴らが姿を見せないのは、始めから交渉するつもりがないのか、あるいは……」
「あるいは……何なの? 美希ちゃん」
「交渉するための準備が――整っていないのか」
「それって……」
どういうこと? と言いかけて、祈里が口をつぐむ。それほどまでに、美希の声は暗く、口調は重かった。
まるでその「準備」が、おぞましいことであるかのように。
あまりにも静かなこの光景。いくら時空がずれているとはいえ、不幸のゲージの破壊に成功したとは思えなかった。
失敗して、せつなが囚われたのは間違いない。その上で時間が必要になるというのなら、「何らかの処置」がせつなに施されようとしていることになる。
一分が一時間にも感じられるようなもどかしさの中、それでも、無情に時間は過ぎていく。
やがて、木々の間から覗く空が赤く染まり、地面には五人の長い影が落ちた。
まるっきり動きの無いまま、短い秋の一日が終わろうとしている。
「帰りましょう、ラブ。いつまでもこうしていても、仕方がないわ」
「一旦戻ろう、ラブちゃん。明日、また来ようよ」
「うん……」
後ろ髪を引かれる思いで、ラブは何度も振り返りながら岐路に着く。お父さんとお母さんに、なんて説明しようかと考えながら。
目の前の繁みを抜ければ、もうクローバータウンストリートだ。と――その時。夜の闇に溶け始めた木々の隙間から、何者かがのそりと現れた。
気を失った少女を抱きかかえた、黒衣の大男。それは、ラブたちもよく知る人物だった。
「あなたは――ウエスター!」
「それに、せつなちゃん!?」
「街に出る前に、なんとか追い付いたな。お前たちが来ていたのは知っていた」
「ウエスター! お願い、せつなを返して! さもないと……」
「さもないと、どうするというんだ? キュアピーチ」
「あなたを倒して――腕づくでも返してもらうよ!」
挑発的に問うウエスターに、ラブが敢然と言い放つ。
ラブの怒りは当然として、ウエスターもまた、不機嫌を隠そうともしていなかった。
何かがおかしかった。プリキュアに対する剥き出しの敵意というよりも、今の彼には焦りのような余裕の無さを感じる。
そう思った祈里は、今にも変身しようとリンクルンを握りしめているラブに、思いきって声をかけた。
「待って、ラブちゃん。少し話を聞いてみよう」
「ブッキー! だって、せつなはここに居るんだよ? 話すことなんて」
「そうね。どうして今になって、せつなを連れて現れたのか。アタシも知りたいわ」
美希の言葉に、ラブがやっとリンクルンを下ろす。それを見て、ウエスターは僅かに警戒を解き、口を開いた。
「イースを捕らえたのはノーザだ。ここに連れ出したのはオレの独断ってことになる。お前たちと交渉するためにな」
「いいよ、聞かせて」
ラブがウエスターから、いや、せつなから目を離さずにそう答える。
「イースは返してやる。代わりに、インフィニティを寄こせ。それで、全ては丸く収まる」
「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ!」
「そんな話は聞けないから!」
美希と祈里が顔色を変え、シフォンを庇うように立ちはだかる。
しかし、ウエスターはまるで動じない。始めから、交渉はラブと一対一ですると決めているようだった。
「話はわかったよ。でも、シフォンは渡せない。それに、せつなも返してもらうから」
ラブは二人とは反対に、落ち着きを取り戻していた。低い声で、静かに、淡々と言い放つ。
「本当にいいのか? ここでソレワターセを解き放てば、お前たちに勝ち目は無い。仮に倒せたところで、オレがイースを連れて逃げるのは容易いことだ。そうなったら、もう二度とイースを取り戻す機会はなくなるのだぞ?」
「何を言っても無駄だよ。シフォンは渡さない。せつなは返してもらうし、それまであなたも逃がさない。ソレワターセにだって負けないから!」
「後悔することになるぞ? イースよりも、インフィニティの方が大事か?」
「どっちが大事とかじゃないよ! シフォンと引き換えになんてしたら、せつなが苦しむもの。だからっ!」
ラブが再びリンクルンを掲げて、シフォンの前に立つ。それを見て、美希と祈里も同じようにリンクルンを構えながら、ウエスターの背後に回り込む。
あくまでも戦いを選ぶ彼女たちに、今度こそ怒りの目を向け、ウエスターも半身になって構える。
自分を支える腕に力が入ったのを感じたのだろうか、意識の無いはずの少女が小さく呻き声を上げた。
ウエスターは、ハッとしたように目を落とす。
何かを逡巡するかのように、しばらく少女を見つめた後、ゆっくりと、草の上に寝かせるように降ろした。
「……ここは占い館の監視の届かない場所だ。ここでオレはお前たちと戦い、敗れてイースを連れ去られた。そういうことにしておいてやる」
「なにそれ……一体、何を企んでいるの?」
「やめて、美希ちゃん。挑発しないで!」
「ウエスター……さん。せつなを返してくれるの?」
「イースは酷い拷問を受けていた。連れ帰ったらまた同じ目に合うだろう。とにかく、こいつを休ませてやってくれ」
そう言って、ウエスターはラブの横をすり抜け、占い館の方に向かって歩いて行く。
その行く手にシフォンがいた。タルトが慌てふためいてその前に立ちはだかったが、彼はまるで興味が無さそうに、そのまま立ち去った。
もっとも、ラブたちにとってはもう、ウエスターどころではなかった。
「今、拷問って……!」
青い顔をしたラブが、美希と祈里の助けを借りてせつなを抱き上げる。
せつなは気を失ってグッタリとしている。見たところ外傷は無いようだったが、顔色は白を通り越して青ざめていて、瀕死の病人のそれに等しかった。
通常なら、人は体力が落ちれば高熱を出すものだ。しかし、今の彼女の身体は逆に冷え切っていて、生気がまるで感じられなかった。
簡単に診察を終えた祈里がラブに頷く。
「とにかく、帰りましょう」
三人で交互にせつなを背負いながら、ラブたちは大急ぎで家へと向かった。
くぐもったうめき声が、少女の口から漏れる。
苦しそうに頭を振る度に、黒髪が海の藻のようにオレンジ色の枕に絡みつく。
身体の横に投げ出された両手は、縋るようにピンク色のシーツを掴み、裂けるほどに強く引っ張る。まるで、激しい痛みをこらえているかのように。
ここは、せつなの部屋の中。ラブはベッドの隣りに膝立ちになり、自分も苦痛をこらえているような顔でせつなを見守っていた。
せつなの顔色は幾分戻ったものの、身体はまだ冷たかった。なのに、彼女のお気に入りの赤いチェック柄の布団は、何度掛け直してもその度に跳ね除けられてしまう。
まるで、肌に触れる物の全てを恐れてでもいるかのようだった。ラブは布団を掛けるのを諦め、シーツを握るせつなの手を開いて、自分の掌に重ね合わせた。
それで少しだけせつなの表情が和らぐ。ラブはホッとして、空いた手でせつなの額の汗を拭った。
往診に来てくれた医者を見送りに出ていたあゆみが、部屋に戻って来た。ギュッと眉を寄せて顔をしかめているせつなを、辛そうに見つめる。
「せっちゃん、苦しそうね。お医者様の話だと、悪夢を見ているだけで、身体に別状はないらしいんだけど」
「そう……。ごめんなさい、おかあさん」
ラブは一言だけ謝って、まだ黙り込む。
あゆみは少し躊躇してから、ラブの隣りに座って、その顔を覗き込んだ。
「ねえ、ラブ。わたしは、せっちゃんのことなら何を聞いても驚かないわ。それでも……どうしても話せないの?」
「ごめんなさい。話せばきっと、せつなが苦しむことになると思う。だから……」
あゆみが、小さく溜息をつく。そして、ラブの頭をポンと叩くと、そのまま立ち上がった。
「ホントに困った子ね、ラブもせっちゃんも。でも、ラブがそう思うなら仕方ないわ。せっちゃんのこと、頼んだわよ」
「え……おかあさん?」
キョトンとして自分を見つめるラブに、あゆみはニコリと笑ってみせる。
「せっちゃんが目を覚ました時のために、何か消化のいいもの作っておくわ。後で交代するから、ラブも何か食べなさい」
「うん……おかあさん、ありがとう」
トントンと階段を降りる音を聞きながら、さっきの笑顔は何だか寂しげだったと、ラブは心の中でもう一度、母に詫びた。
辺りがしんと静まり返る。
二人きりになった部屋の中で、ラブは眠ったままのせつなに小さな声で語りかけた。
「ねえ、せつな。あたしね、せつなのこと、何でもわかってるつもりになってたの」
思い出すのは、ラブがイースを求めてクローバータウンストリートを彷徨っていた頃のこと。水晶のナケワメーケと戦う前の、激しい悔いにも似た、あの時の気持ちだ。
(せつなが悩んでいることなんて、とっくに知っていたのに。せつなが苦しんでいることなんて、痛いほどわかっていたのに……。
せつなには居たんだろうか? 悩みを聞いてくれる――友達が! 苦しみを理解してくれる――友達が!)
「あの時と、何が違うんだろう?」
さっき、祈里がつぶやいていた言葉を思い出す。
(ねえ、ラブちゃん。お医者さんはね、相手の痛みを心に刻まないといけないんだって。でも、わたしたちはつい、痛みは一時的なものだって思ってしまうでしょう?
ずっと続く痛みは、他人にはわからない。本人はいくら苦しんでいても、それがずっと続くと、だんだんそれを口にしなくなるものなんだって。
最初は一緒に苦しんで、痛みを分かち合ったとしても、痛みを訴えなくなったら、他人はその痛みを忘れてしまう。その笑顔の奥に、もしかしたら苦しみが隠れているのかもしれないのに)
ラブは、自分の額をせつなの手に押し付ける。
その姿は、まるでラブがせつなに懺悔しているようにも見えた。
「せつなはずっと苦しんでいたんだよね? あたしね、バカだから、そんなこと忘れちゃってた。もう大丈夫だって、そう思ってたの。
シフォンが大変なことになって、そのことで頭がいっぱいで、せつなのこと、ちっとも考えてなかった。
ごめんね。せつなだって、あたしと同じくらいシフォンを心配してたのに。ううん! せつなの方が、あたしなんかよりずっと悩んでいたはずなのに……」
ポタリ、ポタリと、せつなの掌の上に涙が零れ落ちる。
「せつなは、あたしが守るって約束したのに……。辛いことや悲しいことも、嬉しいことや楽しいことも、みんな半分こしようって約束したのに……。ごめん。ごめんなさい……」
「ラブ、どうしたの? 泣いているの?」
一瞬、夢かと思った。涙に濡れたラブの瞳を、せつなの赤い瞳が捉えている。
身体はまだ起こせないのだろう。首だけをわずかに持ち上げて、せつなは不安そうな顔でラブを見ていた。
「……せつな? せつなっ! 目が覚めたんだね? 良かった。せつな……ごめんね。せつなぁ~!」
ラブが、飛びつくようにせつなの首に腕を回す。そして今度こそ、ボロボロと泣き崩れた。
「ラブ……ごめんなさい。心配かけちゃったのね」
せつなは、まだどこかぼんやりとした口調でそうつぶやくと、ラブの体温を感じながら、安心したように、また目を閉じた。
しばらくして、完全に意識を取り戻したせつなが、ポツリポツリと話し始めた。
「ごめんなさい、ラブ。不幸のゲージの破壊は失敗したわ。ノーザも倒せなかった……」
「そんなのいいよ! せつなが無事なら、それで。でも、どうして一人で占い館になんか行ったの?」
ラブが激しくかぶりを振ってから、光る眼でせつなを見る。その口調には、わずかばかりの非難が混じっていた。
せつなの気持ちに配慮しなかったことは反省してる。でもせつなだって、自分を大切にすると誓ったはずだった。自滅覚悟で単身で特攻するなんて、どうしても納得がいかなかったのだ。
「その辺りのことが、どうしても思い出せないの。占い館で捕まってから、どうなったのかも。頭の中に霞がかかっているみたいで、思い出せるのは……体中の細胞を針で突かれるような、あの激しい痛みだけ……」
「そっか……ごめん。もういいから、嫌なことは思い出さないで。早く元気になって、また頑張ろう。ねっ?」
話の途中から震え始めたせつなを、ラブが飛びつくようにして止める。が、また頑張ろう、というラブの言葉を聞いて、せつなはハッとしたように身体を起こすと、腰の辺りをまさぐった。続いて、ベッドの周囲や机の上にせわしなく視線を走らせる。
ラブはせつなが何を探しているのかを察して、ためらいながら事情を話した。
「せつなを連れ出してくれたのは、ウエスターさんだったの。拷問を受けたから休ませてあげてほしいって。だからリンクルンは、多分、占い館にあると思う」
「なぜウエスターが……? ううん――そんなことより、なんとかして取り戻さないと!」
せつなはそう言って、唇を真っ白になるくらい強く噛みしめた。
どうして目を覚ました時に、真っ先に確認しなかったのだろう? 以前の自分なら、どんな時だって現状把握は最優先事項だったはず。あまりの情けなさに、目の前が真っ暗になる。
「それはあたしたちに任せて、せつなはゆっくり休んで。リンクルンは必ず取り返すから」
「ゆっくりなんてしてられないわ! あれが無いと、グランドフィナーレだって使えない。イースで戦うには、ソレワターセは強すぎる……」
震える膝を両手で押さえ込んで、無理やり立ち上がろうとするせつなの腕を、ラブがギュッと痛いくらいの力で掴んだ。
「…………して」
「えっ?」
一瞬、ラブの声だとは思えなかった。低く、暗く、感情を一切感じさせない声だった。
それが臨界を超えた怒気だとせつなが察した瞬間、ラブは激昂して叫んだ。
「もういい加減にして! どれだけ……どれだけ心配したと思ってるの? あたしや美希やブッキーが、どんな思いで……。タルトやシフォンや、おとうさんやおかあさんだって!」
「……ごめんなさい、ラブ。軽率だったのは認めるわ。でも、わかるでしょ? このままじゃシフォンだって……」
「わからないよ!」
尚も食い下がるせつなに、ラブは肩を震わせて訴える。
「せつなの言ってること、全然わからないよ! せつな、あんなに苦しむような酷い目に遭って、それでもやっと帰って来てくれたんじゃない。それなのに……。あたしたちが守りたいのは、シフォンだけじゃないよっ!」
涙を振り飛ばして叫ぶラブを、せつなは一瞬、虚を突かれたような表情で見つめ――やがて、肩の力を抜いた。
「そうね……。大事なことを忘れていたわ。ただいま――ラブ」
「うん。お帰りなさい――せつな」
ラブがやっと手を放すと、せつなはベッドから、今度はゆっくりと立ち上がり、恥ずかしそうに笑った。
そして、泣きそうな笑顔で両手を広げるラブの、その胸の中に飛び込んで――
自らも、ためらいがちに背中に腕を回したのだった。
最終更新:2014年01月26日 12:59