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幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第3話 もう一人のイース)




 占い館の会議室に、ラビリンスの幹部三人が集結する。今回の目的は、プリキュアやインフィニティへの対策ではない。
 これより行われるのは、査問――ノーザがウエスターとサウラーを、最高幹部の権限で招集したのだ。

「私は見張っていろと命じたはずよ。どういうことか説明してくれるかしら? ウエスター君」
「見ているだけも退屈でな。ついでにインフィニティを手に入れてやろうと思ったんだ。だが、失敗してイースを奪われた責任は感じている」

「そう。サウラー君、あなたも一枚噛んでいるのかしら?」
「何のことでしょう? 僕はここで本を読んでいただけですよ」

「ふぅん。でも、館を四つ葉町に出現させたのは、あなたよねぇ?」
「ええ。ウエスターが出撃するようでしたので、当然の処置かと」

 サウラーは悪びれる様子もなく、淡々と質問に答える。対照的にウエスターは神妙な顔つきで、言い訳一つせずに非を認めた。
 もっとも、ノーザも怒りの形相を浮かべるでもなく、二人の反応をまるで楽しむように質問を重ねていた。

「まあ、いいわ。幸いにもリンクルンは置いたままだから、キュアパッションを封じることはできたわけだし。ただし、あなたたちには処罰が必要ね」
「ああ、何でも言ってくれ。覚悟はできている」
「不本意ですが、仕方ありませんね」

「フフフ……そう構えることはないわ。二人の処罰は『謹慎』よ。私が許可を出すまでの間、出撃を禁止します」
「馬鹿な――それではインフィニティの奪取は誰が行う?」
「ノーザさんが、直接戦いに出られるのですか?」

 待ってました、とばかりに、ノーザがニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。それを合図に、会議室の扉が開く。
 部屋の外に控えていたらしい何者かが、優雅な足取りで滑るように部屋に入って来た。闇に溶け込むような黒の闘衣を身に纏い、まるでノーザの影のようにその傍らに寄り添う。
 体格こそ小柄で華奢だが、見事なまでの身のこなし。この場に居る者たちに劣らぬ武芸の達人であることが、ひと目でわかる。

「さあ、自己紹介しなさい」
「はい、ノーザさま。ワタシはより多くの不幸を喰らい、イースの管理データーを移植された、最強のソレワターセ……」

「違うでしょう? 今のあなたはイースそのもの。だから、それ相応の振る舞いをなさい。私のことは、ノーザさまではなくて、ノーザ“さん”」
「承知しました。――我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様がしもべ。ウエスター、そしてサウラー。お前たちには何も期待していない。私とノーザさんの邪魔だけはするな!」

 ノーザの命令により、それまで人形のようだったその者――いや、その少女の様子が一変した。
 ルビーのような赤い瞳からは、目に映る物全てを焼き尽くす激しい焔が迸る。反対に全身からは、抜き身のナイフのような凍てつく殺気が放たれる。

 ウエスターとサウラーの表情が驚愕に歪んだ。目の前の者の容姿、表情、そして放たれる強烈な闘気――全てに覚えがあった。いや、忘れられるはずがないものだった。
 任意の対象を捕食融合して、その特性を自らのモノとするソレワターセ。『奪う』ことに特化した究極の魔物。ヤツならば、物質の枠から外れた“データー”すらも吸収可能だろう。
 つまり、目の前の存在は擬態ではなく融合体、ある種の“ホンモノ”であると言えた。
 そして、その出来があまりにも見事であるだけに、二人には――特にウエスターには、到底受け入れられるものではなかった。

「ソレワターセだと? ふざけるな! こんな偽者が、イースの代わりになどなるものか!」
「お黙りなさい! ウエスター君。そのイースを逃がした愚か者は、どこのどなたかしら?」
「しかし、イースは既にプリキュアの手に落ちています。今さら偽物を作って何の意味が?」

 偽者と呼ばれたことに対して、黒衣の少女は不快に感じた様子はまるで無かった。本物であることに執着などしていないのだから、当然の反応だ。
 淡く輝く少女の銀色の髪を、ノーザは我が子のように愛しげに撫でる。

「フフフ……今さら、ねぇ。私の目的が、初めからこの子を作ることだったと言ったら、どぉ?」
「それは、どういうことですか?」

 サウラーのいぶかしむような問い掛けに、ノーザは含みを持った笑みで答える。

「まあ、見ていなさい。これでもう、プリキュアはお終いよ」






『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(もう一人のイース)――』






 樹木の幹が壁となった小さな部屋で、両手両足を拘束され、自由を奪われたせつなにノーザが迫る。
 その手にはガラス製の水差し。透明な容器の中で、黄色い液状の物体が不気味に蠢いていた。

「あなたが自分で貯めた不幸のエネルギーよ。どう? この色。美しいでしょう?」
「どこがよ! おぞましい……」

 ノーザは優雅な手つきで、水差しをせつなの口に近づける。
 変身もしていない状態では、ただの一滴で正気を失う可能性もあった。全部注ぎ込まれれば、間違いなく命を落とすだろう。
 せつなは顔を背け、懸命に口を引き結ぶ。ノーザはクスリと笑ってせつなから離れると、近くにある鉢植えに水差しの中身を注いだ。
 その途端、植木鉢の植物が、その幹から何本もの細い支茎を伸ばす。そして、植木鉢から溢れんばかりの液体を、まるで乾いた人が水を飲むようにゴクゴクと音を立てて吸収していく。
 すぐに植物の枝先に、緑色の人形のようなものがぶら下がり、くるりと丸まって、大きな丸い実となった。

「それが――ソレワターセの実……」
「ええ。全てはあなたのお陰よ、イース」

「そんなに何度も言われなくたって、自分が一番わかってるわ」

 ノーザは生まれたばかりの実をもぎ取り、愛しそうに撫でる。まだたっぷりと中身が残っている水差しを眺めながら、怪しい笑顔を浮かべてせつなに向き直った。

「この世界には『黄泉』という概念があるそうね。死後の世界には、やっぱり不幸のエネルギーが満ちているのかしら?」
「そんなに気になるなら、自分で行って確かめてきたらどう?」

「そうねぇ。でも、この子たちはあなたを連れて行きたいんじゃないかしら?」
「……何が言いたいの?」

「イース。自分でもわかっているんでしょう? 許しを得たからと言って、犯した罪は消えないわ。これだけたくさんの不幸を集めておいて、あなたはその罪をどうやって償おうと言うの?」
「……………………」

 歌うような口調で楽しそうに語りかけるノーザを、せつなは眼光鋭く真っ直ぐに睨み付ける。

「フフッ、フハハハ……。いいわぁ、その反抗的な目、ゾクゾクするわね。この私を道連れにゲージを破壊するのが、償いのつもりだったのかしら? 叶わなくて残念ね」
「私は、償いのためにここに来たわけじゃないわ!」

「ええ、承知しているわ。でもそのお蔭で、こちらに対する償いの方を先にしてもらえることになったわねぇ。全く、あっちでもこっちでも罪を犯して、あなたも大変なこと」
「卑劣な手段で脅しておいて、よくも――!」

 ノーザがせつなの顎に指をかけ、怒りに震える少女の瞳を覗き込む。

「そんな八方塞がりのあなたに、一ついい方法を教えてあげる。罪を償うには、それに見合った罰を受ければいいの。まずは――苦痛に悶えなさい」
「――――――!!」

 せつなを拘束している手枷と足枷の付近から、見覚えのあるトゲの付いた蔦が伸びてくる。やがてその蔦は手足に巻き付き、華奢な胴を絡めて、少女の全身を覆った。
 体中に無数の針が突き刺さるような、耐え難い苦痛が走る。拘束された身体を痙攣させ、何度も飛び跳ねながら、せつなは声にならない悲鳴を上げ続けた。

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「うっ、ああっ、ぎっ、うっ、うっ、……っああああ!」

 寝言と呼ぶには、あまりにも生々しい叫び。せつなは自分の声に驚いて飛び起きる。心臓は狂ったように早鐘を打ち、身体は酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。
 両手に掴んでいるのは、お気に入りのチェック柄の掛け布団。赤いパジャマは、大量の汗でグッショリと濡れていた。

「夢……だったのね。良かった……」

 そう、今見たのは確かに夢。だが昨日、現実に起きた出来事でもある。それでもこうして無事に帰れたのだから、やはり良かったと喜ぶべきだろう。
 しかし――
 自分がどうして、無謀にも単身で占い館に赴いたのか? そこで何があったのか? その辺りの記憶が曖昧で、ハッキリと思い出すことができなかった。
 電話で祈里に相談したところ、「人間は辛い出来事があると、精神を守るために記憶を封印してしまうことがある。大抵の場合は時間と共に回復するから、気にしない方がいい」と言っていた。
 恐らくは、この後、精神を崩壊させるほどの拷問が加えられたのだろう。思い出さずに済むのなら、それでも構わない。だが――

「ノーザは、『まずは――苦痛に悶えなさい』と言っていた。つまり、続きがあるってことね?」

 その苦痛が自分だけを傷付けるものなら、まだいい。だが、もし他人を巻き込むようなものなら――

「早く、思い出さなくてはならない――」

 時間の経過と共に……などと悠長なことは言ってられなかった。
 欠けた記憶を繋ぎ合わせて考えてみれば、昨夜、ノーザは自分に接触して何らかの脅迫をしたことになる。だから、たった一人で敵本拠地に乗り込むなどという、勝算の低い賭けに出なければならなかったのだろう。
 だとすれば、その内容がせっぱ詰まったものでないはずがない。自分が逃げ出した以上、ノーザはそれを実行するかもしれない。
 時間が――無い。だけど、覚えているのは……。
 不幸のゲージを破壊するという誓い。そして、ノーザを倒すという決意。その後に敗れ――この身に与えられた苦痛だけだった。

(喉が渇いてヒリヒリする……。服も着替えたいし、少し外の風にも当たりたい)

 せつなは一階に降りて冷たいお茶を一口飲むと、下着をパジャマと一緒に脱ぎ捨てて、学校のジャージを着た。
 勝手に冷蔵庫を開けて好きな物を飲んで、自分のために用意された服を着る。いつの間にか、それが当たり前のことになっていた。
 ここが自分の家だと、この家の人たちを自分の家族だと、ごく自然に受け入れられるようになっていた。改めてそう思うと、心が震える程の喜びと感謝が胸にこみ上げてくる。

 せつなは窓を開けて、縁側に腰をかける。秋の夜の涼しい風が、火照った肌に心地よく吹き付けてくる。
 そのまま目を閉じて、途切れた記憶を辿ることにした。






「せっちゃん、どうしたの? 眠れないの?」

 突然、背後から掛けられた声に、せつなの物思いが破られる。振り返ると、パジャマ姿のあゆみが軽く首をかしげながらこちらを見ていた。振り返ったせつなの驚いた様子が、逆に不思議だったのだろう。
 殺気が無いとはいえ、すぐ後ろまで人が迫っているのに気付きもしない――せつなの驚きの、一番の原因はそのことだった。
 自分の中の“戦士としての部分”は、壊れてしまったのだろうか? さっきもそうだ。目を覚まして随分と経ってから、ようやくリンクルンを失ったことに気付くなんて……。

「あっ、おかあさん。うん、目が覚めちゃって……」

 あゆみが次第に心配そうな顔になってきたのに気付いて、せつなは慌てて笑顔を作った。

 疲れているとはいえ、睡眠が足りていないわけではない。元より昨日は気を失っていた時間が長くて、起きていた時間の方が短いくらいだ。
 その辺りはあゆみも承知しているのか、部屋に戻ることを強要したりはしなかった。
 代わりに、あゆみもせつなの隣に黙って腰を掛けた。

 しばらくの間、沈黙が続く。
 せつなは自分の足先を見つめて、黙ったままだ。こんな時、ラブのように明るく――は無理でも、せめて一言二言、何か自分から話しかけられればいいのに、と思う。が、気まずさばかりが胸の中をぐるぐる回って、言葉は一向に喉の奥から出て来ない。
 かと言って、自分に寄り添うように隣に座ったあゆみを置いて、すぐ席を立つわけにもいかなかった。
 しんとした数分間の後に、あゆみの方が先に口を開く。

「せっちゃん、もう身体の具合はいいの?」
「うん、平気よ。病気じゃないし、怪我も無かったから」

 自分の身体を、真剣に心配して見つめるあゆみの視線が痛かった。
 病気ではなく、怪我でもない。だったら、何があったのか? 疑問に思うのは当然だった。
 ラブから、今回の経緯をあゆみに問い正されたことも聞いていた。だけど何も――本当に何一つ、話せることがない。

 今さら素性を明かしたところで、家族の絆が壊れるなんて思わない。だけど、事情を聞いてもあゆみにできることなんてない。
 無用に心配をかけるだけならまだいい。最悪の場合、あゆみと圭太郎を巻き込んでしまう可能性が――

 そこまで考えて、“ズキン”と頭が痛む。まるでそれ以上、「そのことについて考えるな」と、脳が命令を下しているかのようだった。
 苦痛に顔を歪めたせつなの様子を、別の意味に受け取ったのか、あゆみが優しい声で語りかける。

「話したくないなら無理しなくていいのよ、せっちゃん。ただ倒れたり、怪我したりするようなことだけ、もうしないと約束してくれたら、それでいいの」
「ごめんなさい。その約束も……」

「やっぱり、何か大変な事情があるのね? 話せないのは、わたしたちを巻き込んじゃいけないと思って?」
「それも……言えません。ごめんなさい……」

 あまりの後ろめたさに、せつなの口調が、この家に来たばかりの頃のような丁寧語に戻っていた。あゆみは、これ以上問い詰めるのはせつなを苦しめるだけと判断する。
 ハァ~とため息を付いて、少し弱々しい笑顔を見せる。恐らくラビリンス絡みだろうということは、あゆみも薄々は察していた。
 何と言っても、出会ったその時に、ラビリンスの幹部に絡まれているところだったのだから。
 もしかしたら、せつなもそこの人間なのかもしれないって可能性も考えた。だけど、それはあゆみにとってどうでもいいことだった。
 それよりも問題なのは――

「わたしね、心配なの。いつか、せっちゃんがどこか遠い所に行ってしまうんじゃないかって……」

 なんとなく口から出た言葉に、あゆみ自身が驚いて口をつぐむ。せつなも同じだったようで、目を丸くしてこちらを見つめた。

 これまであゆみは、一心にせつなの力になろうとしてきた。何かしてあげようと思うことはあっても、何かをして欲しいと望んだことなんてなかった。
 無償の愛と言えば、聞こえはいいだろう。でもそれ以上に、きっと自分には余裕があったんだろうと思う。
 せつなに何かを望まなくても、あゆみは既に十分に満たされていて、幸せなのだ。

「私が居なくなることが――心配なの?」

 心底不思議そうな顔で、せつながあゆみを見つめる。せつなだって、ラブだけじゃなくて、あゆみや圭太郎とも深い絆を結んだ自覚はある。自分が居なくなれば、二人が心配することは勿論わかっている。
 だけど今の言葉には、そういう普通の意味とは違う、もっとずっと深い、「悲しみ」が隠されている気がした。
 あゆみは一度目を閉じてから、意を決したように再び開いて、せつなの方に身体を向けた。そして、自分の気持ちを整理するかのように、ゆっくりと話し始めた。

「ラブは、赤ん坊の時からここで育ってきた子よ。ずっと一緒で、それが当たり前だったから、何があっても帰ってきてくれるって、どこかで思ってるの。でも、せっちゃんは――
 わたしたちにとっては、突然目の前に現れた子よ。勿論、大切なのはラブと同じだけど、出会いが突然だったから、また突然いなくなっちゃうんじゃないかって……。そんな風に考えて、不安になることがあるの」

 あゆみは慎重に言葉を選びながら、自分の気持ちを伝えていく。
 ラブは本当の子供で、せつなは違うから、信じることができない。そんな風にだけは受け取って欲しくなかったからだ。

 もっとも、せつなが考えていたのは、全く違うことだった。
 さっき感じた、「悲しみ」の正体がわかった気がしたから。せつなが居なくなって困るのは、あゆみの「優しさ」ではないということ。
 せつなが居なくなるのが、あゆみ自身にとっての不幸であり、「悲しみ」だということ。それは、彼女自身があゆみに幸せを与えている証でもあった。

「おかあさんは、私に――そばに居てほしいの?」
「もちろんよ、せっちゃん」

「だったら! 私、ずっとおかあさんと一緒に居るわ! どこにも行かずに、ずっと――」

 せつなは思わず、感情の昂りのままに口走ってしまう。そんなこと、できるはずがないとわかっているのに……。
 あゆみは、せつなの潤んだ瞳を覗き込んで、さっきとは違う、せつなが大好きなあたたかな笑顔を見せた。

「違うのよ。そうじゃないの、せっちゃん」
「えっ?」

「せっちゃんに本当にやりたいことができたら、行きたい場所ができたら、どこに行ってもいいのよ」
「でも、それじゃ!」

 あゆみは強い意志の篭った瞳で、続けて何かを言おうとするせつなを制する。そして、そっと目を伏せると、静かに息を吐き出した。

「離れていても、心は繋がっている。――こんな言葉、聞いたことあるかしら?」

 目を開き、和やかな眼差しで、あゆみはせつなを見つめる。その視線には、精一杯の愛情が込められていた。

「あるわ。ラブから……。私たちは、『どんなに離れていても、いつも一緒』だって」
「ええ。その言葉の本当の意味はね、『どんなに離れていても、いつも互いのことを想っている』ってことよ」

 そう言うと、あゆみはせつなの腕を取って抱き寄せた。ここから先は、きっと言葉だけでは足りないから――
 深い事情があって苦しんでいるのに、打ち明けることもできない孤独な娘だから。聞いてあげることもできない、不甲斐ない親だから――
 せめて、どれだけ自分たちが彼女を愛しているのかを伝えたかった。

「覚えておきなさい。わたしたちはせっちゃんの幸せを、誰よりも願っているってこと。それがわたしたちの幸せだってこと。
 この『想い』を知っていたら、昨日のせっちゃんが、『離れていても、心は繋がっている』って状態じゃなかったことも、わかるでしょ?」

 あゆみの薄いパジャマから感じる、温かい肌に抱かれて。穏やかな声で聞かされる、深い愛情に心を包まれて。せつなは小さな声ですすり泣く。
 しばらくして、やっとの思いで言葉を紡いだ。

「うん……おかあさん」

 伝えきれない感謝と愛情の気持ちを、不器用な一言に乗せて――






 四つ葉公園の石造りのステージの上で、ミユキはいつになく厳しい表情で腕組みをしていた。
 いよいよ、ダンスの全国大会の開催日が迫ってきた。クローバーのレベルも上がり、既に予選突破できるくらいには力をつけてきている。
 しかし、ここ数日、せつなの動きがおかしかった。
 彼女たちがプリキュアであり、連日激しい戦いを繰り広げていることは、ミユキも十分に承知している。
 何か故障でも抱えているのではないかと、慎重に動きを見守っていたのだが、そうでもないようだった。

「ストップ! せつなちゃん、また遅れてるよ。どこか調子でも悪いの?」
「すみません! もう一度やらせて下さい!」

 せつなは息を切らせながらも、目に強い光を宿して叫ぶように言った。ミユキはその様子を見て、「体調が悪いわけでもなさそうね……」と小さくつぶやいた。
 再び曲を振り出しに戻す。もう何度目なのか、数えることもできなかった。
 ダンスの技量が劣っているわけではない。彼女の一挙手一投足の動きは相変わらず見事であり、四人の中でもトップと言っていいくらいだった。
 ただ、息が微妙に合わないのだ。ほんのコンマ数秒のズレが、全体としての統一感を台無しにしてしまう。
“三位一体”の真の意味を知り、みんなと一体となることを経験したはずの、彼女の動きとは思えなかった。

「今度はタイミングが早すぎる! 今日はここまでにしよう。集中できないなら、これ以上続けても無駄よ」
「はい……。すみませんでした」

 ミユキがレッスンの中断を告げる。せつなは申し訳無さそうに、そして悔しそうに、深々と頭を下げた。

「待ってください! ミユキさん。せつなは色々あって、まだ本調子じゃないんです」
「次のレッスンまでには、完璧に合わせますから……」
「お願いします。四人一緒に全国大会に挑戦させてください!」

 前回の全国大会は、他ならぬイース自身の手によって中止になってしまった。今度はせつなを仲間に迎えての、初めての公式コンテストでもある。
 どうしても、四人一緒に参加したかった。

「勘違いしないで。三人と四人では、振り付けからして全然違うわ。今さら三人に変更なんてしないから安心して」
「じゃあ!」

「ただし、最低でも予選を通過できる水準に達しなければ、参加自体を止めさせるわよ。しっかり練習しておきなさい」
「「「「はい!!」」」」

 四人が綺麗に揃った返事に、ミユキは機嫌を直してクスリと笑う。
 スランプは誰にだってある。大切なのは、支えられる仲間が居ることと、乗り越える情熱があることなのだ。

「その調子で、ダンスもしっかり合わせるのよ!」

 そう言って去っていくミユキを見送って、すぐさまレッスンを続けようとするせつなを、三人が制した。

「せつな、少しは休もうよ。本当に身体を壊しちゃうよ?」
「そうそう、体調管理も練習の内ってね。今から本番は始まっているのよ」
「美希ちゃん。それって、せつなちゃんのフォローになってないと思う……」

「クスッ、大丈夫よ。上手く踊れないのは悔しいけど、私ね、とっても楽しいの」

「楽しいって、レッスンが?」
「大会に出られること?」
「わたしたちと一緒に踊れること?」

「その全てよ! だから私――精一杯頑張るわ!」

 きっぱりと言い切るせつなの目を、ラブはじっと見つめる。確かに悔しそうだし、きっと落ち込んでもいるんだろう。ミユキさんやみんなに、申し訳ないとも思っているはずだ。
 でも、その瞳の輝きは、いつものように――いや、それ以上に生き生きとしていた。
 ダンスが踊れるのを楽しいと感じている――そんなせつなの様子に、みんなの表情も明るくなっていく。

「よし、やろうよ!」
「オーケー、ミユキさんのレッスンは中断しちゃったけど」
「うん! 自主練ならいくらでも出来るもんね」

 ラブが曲をスタートさせる。クローバーは定位置に付き、リズムに身体を乗せていく。
 そして――ステップを踏み始める直前のことだった。

 突然、ダンシングポットから流れる音楽が中断される。
 驚いて顔を上げた四人の視線の先には、紺色の生地に金の意匠を施したローブを目深に被った、一人の少女が立っていた。

「うそ……。その格好はっ!」
「どうしたの?」
「ラブちゃん、知ってる人?」
「みんな離れて! あれは占い館の正装……。この私――イースのために用意されたローブよ!」

 その少女は懐から緑色の球体を取り出し、『全員がよく知った声』で名乗りを上げ、召喚のキーワードを唱える。

「我が名はイース! ラビリンス総統メビウス様がしもべ。ソレワターセ、姿を現せ!」

 その口上に、全員が驚愕の表情を浮かべる。まだ素顔は見えないが、その口調は間違いなく“彼女”のものだった。

 投げつけられた緑色の球体は、石畳の上で人形となり、ウネウネと蠢く。早送りで樹木の成長を見るかのように、瞬く間に巨大な化け物へと姿を変える。
 まるで、植物の球根のような胴体。中央の裂け目には、赤く輝く不気味な目。幾重にも枝分かれした、鞭のような両手。
 今――もっとも会いたくなかった、プリキュアの天敵だった。

「美希たん! ブッキー! せ……。みんな、行くよ!!」
「オーケー!」
「うん!」

 イースを名乗る謎の少女の存在も不気味だったが、ラブはそれを意識の外に追いやった。強大な力を持つことがわかっている、ソレワターセの対処が最優先だと判断したからだ。
 せつながパッションに変身できない以上、切り札であるグランドフィナーレも使えない。
 圧倒的に分の悪い戦いになるだろう。だが、勝ち目が無いなんて思わない。かつての四つ葉競技場での戦いだって、グランドフィナーレ抜きでソレワターセに勝利しているのだ。


“チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!!”


 ラブたちは携帯電話を手に取る。ピックルンと融合して生まれたプリキュアの証、リンクルンのカギを開く。
“愛”“希望”“祈り”それぞれの思いを胸にホイールを回す。指先に込められたメッセージ。
 戦う意思を送信し、戦う力を受信する。

 全身が眩い光に包まれて、走り――滑走し――降下する!
 変身のプロセス。聖なる儀式。そして――生まれ変わる。

 刻の制止した電子の世界。優しさに満ち溢れた心を戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
 精神力の物質変換。思いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女たちを包む。
 大きな髪飾りは愛ある印。みんなで幸せになるために!

 光が収まり、伝説の戦士が姿を現す。

 ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ!
 ブルーのハートは希望のしるし! つみたて! フレッシュ!
 イエローハートは祈りのしるし! とれたて! フレッシュ!


“キュアピーチ”
“キュアベリー”
“キュアパイン”


 名乗りを上げる三人を横目に見ながら、せつなは自分にできることを考えていた。謎の戦士を牽制しつつ、タルトたちに注意がいかないように立ち回る。
 タルトとシフォンがステージから避難したのを確認して、自らも戦いに加わることにした。

「生憎だけど、私の力はパッションだけじゃないわ。お前の正体、確かめさせてもらう!」


“スイッチ・オーバー”


 握った拳を、胸の中央で合わせて――開く!

 キュアピーチ・キュアベリー・キュアパインVSソレワターセ。
 せつなVS謎の少女。

 人気の無い公園のステージで、激しいバトルの幕が開かれようとしていた。



最終更新:2014年01月26日 13:01