アットウィキロゴ

幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第6話 明かされた真実)




「そのソレワターセこそが、あなたの本当の姿よ。すっかり、自分が“東せつな”だと思い込んでいるようだけど、残念だったわねぇ」

 ノーザが口にした一言が、少女の“存在”そのものを木っ端微塵に打ち砕く。これまで信じてきた、世界そのものが反転していく。
 そんな彼女に、まるで小銭を落とした者にでも声をかけるかのように、ノーザは「残念だった」と、あまりにも軽く言ってのけた。

 少女は――まだそう呼んでいいのなら、せつなは――その場に崩れ落ちそうになるのを、辛うじて踏み留まった。
 口元をわなわなと震わせ、それでも毅然とノーザを睨み返す。

「そんなこと信じないわ! 私が失った記憶はほんの一日だけ。ラビリンスに居た頃のことも、この世界に来てからのことも、全部ちゃんと覚えているもの!」
「それは当然よ。その日の記憶だけを除いて、本物のイースから取ったデーターをそのまま移したのだから」

「辻褄は……確かに合ってる。でも、それだけじゃ証拠にならない! 私がソレワターセである、何の証拠にもなっていないわ!」
「そう。ならば、『合わせ鏡』で首の後ろを見てごらんなさい。知ってるわよねぇ? ソレワターセなら必ず持っている、このノーザの紋章のことは」

 せつなは本棚の上にある、二つのスタンドミラーをふんだくるように掴んで、己の首元を覗き込んだ。
 今にも泣き出しそうだった表情が、更に驚愕に歪んでいく。
 そこには一つ目のような紋章に草の葉のような模様が、緑色の光を放ちながら、確かに輝いていた。

「クッ!」

 せつなは鏡から目を背け、震える手でスタンドミラーを床に叩き付けようとして――
 なんとか思いとどまって、また本棚の上に戻した。

「あらぁ? 気に入らないなら壊しちゃえばいいのに。そんなにこの部屋の物が大事かしら? どれ一つとして、あなたに与えられた物じゃないのにねぇ」
「このくらい……このくらいなら、細工も可能なはずよ。証拠と呼ぶには足りないわ……」

「だったら、自分の手なり足なり、傷付けてみたらどう? あなたの血は、何色かしら?」

 せつなはもう、試してみる気にもならなかった。最後の微かな希望を、自ら手放してしまうのが怖い。それは既に心の中で、ノーザの話を認めている証拠でもあった。
 提案を拒むかのように、力なく足元に視線を落とす少女を見下ろして、満足げな表情でノーザは嗤う。

「他人の不幸は蜜の味。人でもないソレワターセの不幸が、こんなにも美味しいなんてねぇ。本当に、あなたは優秀だこと」

 それは、ノーザの心からの賛辞であり、同時に心底からの侮辱でもあった。彼女の中では、この二つは矛盾しないのだろう。
 せつなは失われそうになる正気を、精一杯の努力で繋ぎ止める。そして、耳を塞ぎたいのを堪えて、更に質問を続けた。

 落ち込むのも、苦悩するのも、全て後回しでいい。
 今しかできないこと――
 それは、たとえ全てが真実ではないとしても、可能な限り情報として集めておくことだ。

「……あくまでも私がソレワターセだと言うのなら、本物は――まさかっ!」
「そう。今日あなたと戦った、あの子こそ本物のイースよ。暗示をかけて、逆にソレワターセだと思い込ませているの。でも、危ないところだったわ」

「危ないとは、どういうことなの?」
「あなたがイースを倒してしまったら、せっかくのお膳立てが台無しでしょう? イースはプリキュアの手で倒させてこそ、意味があるの。その後で真実を教えたら――フフフ、プリキュアたちは、どうなると思う?」

「初めからそのつもりで、ウエスターを利用して私を逃がしたのね?」

「ええ、そうよ。あなたを拷問したのは、あなた自身に、自分が東せつなだと信じ込ませるため。同時にウエスターとサウラーにも、本物だと認識してもらうためよ。
 敵を欺くにはまず味方から? 甘いわよねぇ、味方ではなくてまずは本人からでしょ? だからこそ、プリキュアたちもあっさりとあなたを本物だと信じてくれた」

「私をこの家に送り込んだ目的は、シフォンの誘拐ではなくて、イースとプリキュアを戦わせるためだったの?」
「その両方よ。策を講ずるとはそういうこと。グランドフィナーレを封じ、インフィニティを奪い、仲間の手でイースを始末させる。一石二鳥ならぬ、三鳥ってところかしら? よく考えたものでしょう?」

「全ては、計画通りってわけね……」
「そうでもないわ。あなたが人間の姿のまま、イースの戦闘技術を身に着けたままで、ソレワターセの力を引き出したこと。真実を知って、なおも私に跪かないこと。あなたの優秀さこそが、私の唯一の誤算ね」

「私は、東せつな、よ……」
「クックックッ、そんなに楽しかったの? あの子に成りすました日々は。でも、全てはまやかし。この部屋は、あなたのために用意されたものじゃない。あなたに注がれる愛情は、本当は東せつなという別人に向けられたもの。
 いつか真実が知れた時、あなたに向けられた愛情はそのまま、憎悪へと変わるのよ?」

「それで、私にどうしろと言うの?」
「キュアピーチから、インフィニティのお守りを任されたんでしょう? プリキュアとイースとの決着が付き次第、インフィニティを連れてラビリンスに戻りなさい。そしたら、あなたをイースの後釜に据えてあげてもいいわ」

「私が、それに従うとでも?」
「ええ、もちろん。あなたは従うしかないもの。これは命令よ! まずはプリキュアに、イースを倒すように言い含めなさい。逆らえばあなたは消滅することになるわよ? 私が手を下すまでもなく、プリキュアの手によってね」

「ピーチたちは、そんなことはしないわ……」
「思い出してごらんなさい。プリキュアが化け物を滅ぼすことを、一瞬でも躊躇ったことがあったかしら? 『罪を憎んで人を憎まず』――イースを救ったキュアピーチの言葉だって、人ではないあなたには当てはまらないのよ」

「それでも、私は……」
「フフフ、可愛いわねぇ。理性が現実を認めても、心が追いついてないってところかしら? せいぜい、残りわずかな人間ごっこを楽しみなさいな」

 そう言い残すと、ノーザは姿を消した。姿見は本来の機能を取り戻し、その前に立つせつなの姿を映し出す。
 両手で肩を抱いて、小さくわななく少女の姿を――






『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(明かされた真実)――』






 真夜中の四つ葉町公園。その中央にある石造りのステージの上に、三人の少女が集う。
 昼間、戦闘が行われた場所でもあった。
 公園の入り口付近なら、この時間帯でもカップルなどで賑わう。しかしここは出入りに制限があって、イベント開催中以外は、許可の無い者が立ち入ることはない。
 だからこそ、トリニティのミユキが好んでレッスンに使用してきた。
 彼女の計らいで出入りを許されているクローバーにとって、人目をはばかるには最適の場所でもあった。


“チェインジ・プリキュア・ビートアップ!!!”


 ラブ、美希、祈里の三人の身体が眩い光に包まれ、次の瞬間にはプリキュアへと変身を遂げる。
 ラビリンスが現れたわけでもないのに、皆、一様に真剣な顔つきだった。
 切羽詰っているとすら、感じられるほどに――

「本当にやるの? アタシのママは放任主義だから、門限も多少は融通してくれるけど……」
「うん。明日からでも良かったんじゃ?」
「ごめん、ベリー、パイン。でも、ダメなの。明日になれば、またラビリンスが襲ってくるかもしれない。その時に後悔したって遅いから……」

 ピーチの申し訳なさそうな、しかし、断固たる決意を前にして、ベリーとパインもコクリと頷いた。

「でも特訓って言っても、具体的に何から始めたらいいのか……」
「足りないのは格闘戦能力よりも、決め技のパワーよね?」
「そうだね。まずは、グランドフィナーレをパッション抜きで試してみよう」

 キュアピーチが中央に立ち、右手を高らかに挙げる。

「クローバーボックスよ、あたしたちに力を貸して!!」

 本来ならば、ここで彼女たちの背後に、巨大な光の柱が現れるはずだった。
 しかし、クローバーボックスは反応しなかった。彼女たちの身体にも、その聖なる力が流れ込む気配はなかった。

「やっぱりダメね……。あれは、四人の力を合わせて生み出す技なのよ」
「うん。クローバーボックスから三人分の力だけを引き出すってわけには、いかないんだと思う」
「そっか。よしっ、じゃあ次に行くよっ!」

 特訓は、実のところこれで二度目だった。一度目は、御子柴邸の地下施設で行われた。
 その時の方針は、まずは各自の能力を分析すること。それぞれの特性を把握して、その力を最大限に高める鍛錬を行うことだった。

「あの時は、強くなりたい気持ちが先走って、みんなバラバラで、結局は何も身に付かなかったのよね」
「それに気づいたミユキさんが、途中からダンスレッスンに変更して、心を一つに合わせることができた」
「それでグランドフィナーレが使えるようになったんだよね。でも、個別に鍛えることが悪いことなのかな?」

 あの時の失敗は、焦る気持ちのあまり、心を一つにするって原則を忘れてしまったことだった。
 ダンスが団体競技であり、プリキュアがチームバトルだからと言って、個々の力を磨くこと自体が無意味というわけではない。

「それぞれが鍛えることは、悪いことじゃないと思う。それにパッションがここに居ないのは事実よ。この状況で強くなろうと思ったら……」
「うん。パッション抜きで新しい合体技が作り出せるなんて思えないし、正直言って、そんなもの作りたいとも思わない」

「問題なのは、足りないのが、ソレワターセにも通用するほどの決め技だってことよね?」
「そうね。それに今さら、パンチ力やキック力や持久力を磨いても、間に合うなんて思えない。一体どうしたら……」

 思案顔で相談するベリーとパインを余所に、ピーチは何かブツブツとつぶやいていた。

「心を一つにすること。バラバラな動きを束ねること。力を合わせること。一人一人が力を引き出すこと。それをコントロールすること……」

「ちょっと、ピーチどうしたの?」
「大丈夫? ピーチ」

「そうかっ! わかったよ、ベリー、パイン。短期間で強くなる方法が!」
「本当なの? ピーチ!」
「どうやって? グランドフィナーレ以外の技は、ほとんど通じないのに」

「ううん。思い出してみて、ソレワターセには技が通じないんじゃない。ちゃんと通じるから、受け止めていたんだよ!」

 ピーチはリンクルンを取り出し、愛の妖精、ピルンを召還する。


“届け! 愛のメロディー! キュアスティック、ピーチロッド!”


 出現したアーティファクトを、滑らせるように奏でる。キュアスティックの鍵盤から、聖なる旋律が鳴り響く。


“悪いの、悪いの、飛んで行け! プリキュア!”


“ラブ・サンシャイン”


 優しい想いを力に変える。凝縮されたエネルギーが、解放を求めて先端に集う。


“フレ――ッシュ!!”


 巨大なハートの形をした愛の結晶が、せつなの幸せを願うピーチの心が、聖なる光となって暗闇を切り裂くように飛ぶ。

 ピーチの放った溢れる光の奔流は、目標に見立てた巨木を一直線に目指す。
 そして命中する瞬間に、微かに軌道を外れて不発に終わった。

「今の……ちょっとだけ曲がったんじゃない?」
「うん。わたしにもそう見えた」
「曲がったんじゃなくて、曲げたの。ベリー! パイン! キュアスティックでも戦えるよ。もっと自在に、コントロールできるようになれば!」

 それから数時間、時折、休憩を挟みながらも、三色の光が数え切れないほど夜空に上がった。
 その光を見た街の人々は、季節はずれの花火でも打ち上げているのかと、不思議そうに首を傾げたのだった。






 せつなは部屋のベッドの隅で、ぎゅっと身体を丸めて膝を抱えていた。まるで暗闇に潜むお化けに脅える、小さな子供のように。
 本当に恐れるべきは、醜き化け物は、自分自身だと言うのに――

 一番好きだった場所が、最も落ち着く場所だった自分の部屋が、まるで借り物のように感じられる。
 いや感じるだけでなく、事実、自分が居るべき場所ではないのだろう。

(勝手なものね。ついさっきまでは、変身能力を奪われて、戦いから外されて、得体の知れない力に脅えて、まるで不幸のどん底にいる気分だった。今となっては、そんな東せつなが、心底うらやましい……)

「うらやましい」と、そう思った瞬間――ドクン! と身体の奥底が震える


“欲しいなら――奪え”


 頭の中から、“声”が響いてくる。せつなは闇に呑まれないように、唇を千切れるほどに強く噛んだ。
 そして、その痛みと共にノーザの言葉を思い出す。

「あなたの血は、何色かしら?」

(見たくない! 知りたくない! 私は――東せつなよ!)

 せつなは唇から溢れ出る液体を、目を固く閉じたまま飲み込んだ。
 が、それはほんの数滴のものだった。すぐに傷は塞がり、痛々しく割けた唇は、本来の艶と弾力を取り戻す。
 その尋常ならざる回復力は、やはり彼女が人間でないことを証明していた。

(ラブたちの幸せを守るためなら、たとえ死んでもいいとすら思った。だから占い館に赴いた。でも、それは私ではなかったというの?)

 あの時の決意が心の中に蘇る。あの日、病室で流した涙。この家に迎えられた日の夜に、ラブの部屋で誓った想い。
 命を賭した行為は、間違いではなかったと思う。ラブたちや両親の気持ちを考えなかった、身勝手さは認めているけれど。

(昔の私は、死ぬ恐怖なんて、メビウス様の前では小さなことだと思い込んでいた。今では……死ぬのは怖い。でも、ラブの親友として、愛する人のために尽くせるのなら、それでも構わないと思った。
 だけどそれが――そのこと自体が、全て偽りの記憶だったら? 本当は自分を愛してくれる人なんて居なくて、自分が愛する気持ちだって、他人のものだったとしたら――
 私の人生には、私の命には、私の死には、何の意味があるというの?)

 それこそが、最も怖れるべき恐怖。かつてのイースが、死よりも恐れた孤独だった。

 次に思い出すのは、全身の細胞を残らず針で突かれるような、あの激しい苦痛だった。ノーザは、「自分が東せつなだと信じ込ませるため」だと言っていた。
 記憶を消され、別の記憶を植え付けられたからと言って、それだけで反対側の立場の人間に馴染めるわけじゃない。異なる種族に生まれ変わるわけじゃない。
 拷問という、東せつなでなければ受けるはずのない苦しみを与えることによって、偽りの人格を、化け物である自分に刷り込んだのだろう。

(今の私は、自分の意志で考えて行動しているわけじゃないの? 東せつなの記憶と感情を植え付けられて、せつなならこう考える、せつなならこう動くって、彼女の真似をしているだけに過ぎないの?)

 ――あれ?

 彼女? ――私?
 彼女? ――私? 彼女? ――私?
 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私?
 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私?
 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私? 彼女? ――私?

 ――彼女?

「お……うっぷ……おぇ……」

 せつなは、部屋の隅に置いておいたバケツのところまで這って行き、それを抱きかかえるようにして嘔吐した。
 気持ちが悪かった。頭の中がグルグル回って、それ以上は何も考えられなくなった。

(認めない……。認めたくない……。でも、わかってしまった。これが……これこそが真実なんだってことが――)

 だから、ただ考えるのを、止めるしかなかった。

 どれだけ、時間が過ぎたろうか?
 少し前に食べたばかりの夕ご飯は、全て吐き出してしまった。胃液すらも絞り尽くして、涙すらも枯れ果てた。
 胃液はやっぱり酸っぱくて、涙はやっぱりしょっぱかった。

(フフフ。よく出来ているものね、この身体は――)

 他のソレワターセも同じなのだろうか? それとも、自分だけは特別なんだろうか? それこそが傑作の証であり、優秀と評される由縁なのだろうか。
 いっそノーザの言葉がデタラメで、何もかもが嘘ならいいのにと思った。
 そう、今は悪夢を見ているだけで、目が覚めたら、東せつなとしての毎日が待っているならいいのにと――

(どうして……。どうして私が、こんな目に遭わなきゃならないの?)

 泣いて――叫んで。嘆いて――悲しんで。空っぽになった心と身体に、澱のように残された感情が膨れ上がる。
 どこまでも残酷で――何よりも理不尽で。
 決して――許せない現実。断じて――受け入れられない真実。

(誰が……悪い? ノーザかっ!? いや――違う!!)


“欲しいなら――奪え”


 頭の中から、“声”が響いてくる。今度は逆らえなかった。いや――逆らわなかった。

(東せつな、お前が――!)

 ギリっ、と奥歯を噛みしめた時、コンコン、と控えめにドアがノックされた。

 廊下に立つ者の気配、ノックの音の響き、そしてリズムの特徴から、あゆみの来訪であると判断する。
 せつなは思考を中断し、慌てて笑顔を作ってドアを開けた。

「おかあ……さん? どうかしたの?」

 扉を開くと、あゆみが心配そうな顔で立っていた。微かに頬は赤く、呼吸もわずかに乱れている。
 走ってきた後なのか、あるいは具合が悪いのかもしれないと思うほどに。
 ラブとの会話が気まずくて、食事の時から心配をかけていたのは承知していた。それにしても、様子がおかしかった。

「せっちゃん、もしかして泣いていたの?」

 あゆみが何か言いかけて、せつなの顔を見て、ハッとした表情を見せる。

「大丈夫、なんでもないわ。心配かけてごめんなさい」
「それならいいけど、ラブと何かあったなら相談しなさいね。二人とも私の娘なんだから、ちゃんと事情を聴いて、公平に叱ってあげるから」

「クスッ、私も叱られるのね」
「当然です!」

 きっぱりと言い切ってから、あゆみが柔らかく微笑む。
 その眼差しをずっと見つめていたくて――でも、見つめているのが辛くて。せつなはまた、自分の心を封じ込めるように、無理に作った笑顔で言った。

「ありがとう、おかあさん」
「どういたしまして。それで、本当に大丈夫なの?」

「うん。それよりおかあさんこそ、何か私に用事があったんじゃないの?」
「ああ、そうだったわ。ラブの姿が見えないのよ。靴が玄関から無くなっているから、外出したんだと思うんだけど、電話をかけても繋がらなくて……」

 せつなは振り返って時計を見た。時刻は、二十二時を少し回ったところだ。
 明らかに門限を超過している。それも、非常識と言えるほどに――

「三時間ほど前に、ここでラブと話したわ。その時には何も言ってなかったけど」
「そう、わかったわ。もし連絡があったら、すぐに教えてね。帰ったらとっちめてやらないと……」

「私も探しに行くわ!」
「駄目よ! それじゃ、心配事が倍になっちゃうでしょ? 留守番をお願いね」

「はい……」

 部屋の外まで出て来て、心配そうに見送るせつなを、あゆみがそっと抱きしめる。
 あなたのせいじゃないと、自分を責めるなと、伝えたいのだろう。
 あくまでも、二人を同じように愛そうとするあゆみの気持ちに、その抱擁に、再び心が揺さぶられる。
 この温もりを、手放してなるものかと……。

 あゆみの姿が消えてから、せつなは部屋のドアを閉めて鍵をかけた。こんな表情は、誰にも見られたくないから。
 再び――赤黒い闇の底に、意識が沈みこんで行く。

(東せつな、お前が――! お前が居なくなれば――私は、ずっと私で居られる……)

 真実を受け入れて、代わりに不都合な現実を壊す――それが、彼女の出した答えだった。
 暗闇の中で赤い瞳を光らせて、殺意と破壊の衝動に身を委ねるモノ。もはや、人の姿を借りた化け物でしかなく。

 それはもう――東せつなではなかった。






 それから一時間ほどして、ようやくラブがあゆみに連れられて帰ってきた。美希と祈里も一緒だったらしく、山吹家からの連絡で居所を掴んだらしい。
 階下でラブがあゆみにみっちりと叱られているのを、せつなは自分の部屋で、耳をそばだてて聞いていた。
 そうして、ラブのいつもより元気の無い足音が階段を上がって来たところで、せつなは部屋を出て、ラブの部屋の前に立った。

「あ……ごめん、せつな。ちょっと疲れてる上に、こってり絞られちゃったの。急用じゃないなら明日でいいかな?」
「ごめんなさい、ラブ。大事な話なの。私の身体にかけられた、呪いについてよ」

 それを聞いて、ラブの表情が変わる。大慌てで自室のドアを開くと、せつなを室内に引っ張り込んだ。

「何か思い出したの!?」
「ええ。一人で冷静になって考えてみたら、少しだけ……。今日戦った、イースの正体についてよ」

「うん! あれは何なの? リンクルンを持ってた。動きもまるで本物で、イースそのものだったよ」

 せつなは重大な秘密を打ち明けるかのように、小声で、だけど、しっかりとラブの目を見て話した。

「ヤツの正体は――ソレワターセよ。私の能力を奪って、自分の能力を押し付けたの。ヤツを倒さない限り、私はもう二度と、イースにもパッションにもなれないわ」
「そっか、そういうことだったんだね。大丈夫だよ! せつなはあたしが守るから。イースのニセモノだって、必ず倒してみせるから!」

 ラブはそう誓うと、両手で頭を包み込むようにして、優しくせつなを抱き寄せた。
 この柔らかな温もりを、もう二度と離すまいと誓うように、そっと目を閉じる。
 だから、気付かなかった。

 ラブの胸の中で、せつなの瞳が物騒な光を宿していたことに――
 ラブの腕の下で、せつなの首が緑色の光を放っていたことに――

 世界が反転したこの日が終わる。
 二人は静かに寄り添いながら、それぞれの想いを、熱くその胸に抱いていた。



最終更新:2014年01月26日 13:07