アットウィキロゴ

幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第12話 探し求めていた答え)




 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。

「ここ……は? 苦しい……今にも身体が捻じ切れそう。呼吸はできるけど、まるで足りない……。ということは――私は、まだ生きているの?」

 視界は黄色一色に埋め尽くされ、耳には呪詛の念が流れ込む。嗅覚は麻痺していて、口は微かな酸素を求めて喘ぐだけ。
 辛うじて、繋いだピーチの手の感覚だけが、狂いそうになる自分を支えてくれる。もっとも、すぐ側に居るはずなのに、姿すら見えなかった。

「なんて圧力なの――イースの強靭な身体すら、枯れた木の葉のように頼りない。いや……それでもまだ生きていられることに、驚くべきなのかもしれない」

 ここは不幸のエネルギーの真っ只中だ。生身の人間なら、一滴口にしただけで正気を失ってしまう。
 そんな状況で、こうして命を繋いでいられるだけでも奇跡だろう。
 目を凝らしてよく見ると、リンクルンが赤い光を放っていた。まるで薄い膜のように、イースの全身を覆っている。

「アカルン……? あなたが守ってくれているの?」
「キィ――……」

 リンクルンから発せられた返事は、聞いたことも無いくらいに弱々しくて、苦しげなものだった。

「いけない、アカルン。そんなに無理をしたら……」
「キィ――」

 アカルンはかぼそい声でイースの言葉を遮ると、更に強い光で彼女を覆った。

「今日のあなたは、ちっとも私の言うことを聞いてくれないのね。でも、ありがとう……」

 イースは、すうっと大きく息を吸い込むと、深々と頭を下げる。
 今の状態が、いつまで保つかわからない。ならば――時間の許す限り、やれるだけのことをしておきたかった。

「私は、かつてラビリンスのイースだった。あなたたちの幸せを奪って、嘆きと悲しみを与えたのが、この私よ。心から反省して、後悔してるの。ごめんなさい――」

 フワリ、と周囲の圧力が下がる。イースにかかっていた負荷が下がり、身体の痛みが幾分和らぐ。その分だけ、思考が明瞭になった。

「謝ったからといって、許されるなんて思ってない。ひとつひとつ、やり直していきたい。私はあなたたちの不幸と向き合って、償っていきたい」

 あえて、丁寧語は使わなかった。本来の自分の言葉でなければ、本当の気持ちは伝わらないように思えたから。
 それ以上の言葉は要らなかった。伝えたい気持ちはこれだけだから。あとは心を込めて、深く深く頭を下げる。
 それに伴って、これまで様子を見守っていた負の感情の中から、いくつかの明確な意思が浮かび上がってきた。

「ええ、式場を襲ったことは覚えているわ。その悔しさはわからない。私はまだ、恋を知らないから」

「ごめんなさい。私には自分の物なんてなかったから、あなたの悲しみがわからなかった」

「あの時の私には、家族なんていなかった。それでも、寂しいって気持ちは感じていたわ」

「ダンスなら、私もやってる。この手で、親友のコンテストを台無しにしたこともあった。今では、とても後悔しているわ……」

 ザワリ、と、再び周囲の圧力が上がる。個としての意思は薄れ、混沌とした負の感情が、まるで暴風雨のようにせつなの身体に叩き付けられる。

 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。

 せつなはその嵐にじっと耐えて、再び頭を下げた。

「言い訳はできない。私はあなたたちの幸せを奪った――イース。ごめんなさい。だからこそ、これからは――ゴボッ!」

 ついに、赤い光の護りが破られる。不幸のエネルギーが、イースの口から体内に侵入して、体中の血管を駆け巡り、脳へと上がっていく。
 イースの意識が、その心が、不幸のエネルギーに呑み込まれて――そのまま闇の中へと墜ちていった。






『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(探し求めていた答え)――』






「イィィィ――スゥゥゥ!? プリキュアァァ――ッ!? オノレェェ――ッ!!」

 捕らえたと思った獲物を、すんでのところで逃がしてしまった。標的を失ったノーザが、憎々しげに不幸のゲージを見つめる。
 こうなってしまえば、結果的にはイースとプリキュアは始末出来たのと同じ。
 しかし――それでは自分の気が収まらなかった。

 何とか連れ戻そうとゲージの破れ目から蔦を伸ばすものの、いくらも進まない内に不幸のエネルギーに喰われ、蔦が雲散霧消してしまう。
 まだ不幸のゲージは、その中身の大半を残していた。ゲージ本体を砕いてしまえば、暴走した不幸のエネルギーによって、逆にノーザが喰い殺されるだろう。

「ソ……ウダ インフィニティ……ダ ヤツヲトラエレバ メビウスサマハ オヨロコビニナラレル ドコ……ダ ドコニイル?」

 その頃、タルトはシフォンを抱え、草むらの陰から陰へと移動していた。
 姿勢を低くして、目立たないように、少しでもノーザから離れるために。

(ホンマ、堪忍やで……。いくら小さいから見つからん言うても、ヤツはその気になれば、この一帯の植物を枯らすこともできるんや。それに気付かれるまでに、逃げ切るしかあらへん)

 本心を言えば、不幸のゲージに飛び込んだ四人が気がかりだった。逃げるどころか、駆け寄って無事を確かめたかった。せめて、声の届くところで応援したかった。
 だけど、自分の役目はシフォンを守ること……。
 大した力を持たないからこそ、自分にできることは確実に果たさねばならない。

(信じとるで、ピーチはん、ベリーはん、パインはん、パッションはん。あんさんらなら、どんな不幸かて乗り越えられるって)

 タルトは地面を転がり、木々にぶつかり、ボロボロになりながら進む。
 直接、攻撃を受けているわけではない。巨大化したノーザにとって、タルトとシフォンはノミ程度の大きさだ。よほど目立つ行動を取らない限り、見つかることはないだろう。
 しかし、ノーザは辺り構わず、木々をなぎ倒しながら捜し歩く。その振動が凄まじくて、タルトは満足に走ることも出来なかったのだ。

 しばらくすると地面の揺れが小さくなった。ノーザが向きを変え、反対側へ移動して行ったのだ。
 ようやく一息ついて、小休止しようとタルトは腰を下ろす。
 その時だった――

「ワガナハ インフィニティ……ムゲンノ メモリーナリ……」

 突然、シフォンの体がボーっと淡い光を放ちながら、暗い森の中に浮かび上がる。
 つぶらな瞳は理性の光を失い、愛らしい声は無機質な音声と化し、その姿は、まるで命の無い機械人形のようで――

「あわわっ、えらいこっちゃ! なんで、こないにややこしい時にインフィニティ化するんや。こんなとこノーザに見つかったら……」
「ワガナハ インフィニティ……」

「ちょい待ちや。今、クローバーボックスで目を覚ませたるからな」

 タルトは大急ぎで背中にしょっていた風呂敷包みを開いて、クローバーボックスを取り出す。
 しかし、そうやって慌てたのが災いした。風呂敷の布の端がハンドルに絡まって、動かなくなってしまったのだ。

「ああっ! しもうた、えらいこっちゃ! どないしよ! どないしよ! 早よ、早よ、解かんと……」

 焦れば焦るほど、風呂敷はハンドルに固く絡まっていく。人間なら何てことはない作業でも、非力なタルトでは思うように進まなくて――

「ワガナハ インフィニティ……ムゲンノ メモリーナリ……」
「アカン! もう、もう、おしまいや~!!」

 タルトが絶望の叫びを上げる。そのとき、クローバーボックスがカチャリと開き、中から不思議な光が立ち昇った。






「ここは……四つ葉町の商店街? どうしてここに? それより、この惨状は……」

 イースが目を覚ましたのは、深夜の街の一角だった。
 それは無残な姿を晒す、かつては活気に満ちていたはずの、クローバータウンの街並み。

 ラビリンスの――否! イースがその手で破壊した、店舗や家屋や道路。痛々しき――暴虐の爪痕だった。

 ズキン ズキン ズキン ズキン ズキン ズキン ズキン ズキン

 心が痛い。胸が苦しい。喚き声をあげて、逃げ出したいような気持ちに駆られる。
 それでも、ちゃんと見なければならない。それが、今の自分にできる償いの第一歩だったから。

 やがて、クローバータウンストリートの大通りへと足が向く。
 そこの一角に、赤と白の看板が立ち並ぶ。『通行禁止』『危険! 立ち入り禁止』等々。その横には、迂回路が設けられていた。

 ラブが、とても大切にしていた場所だった。
 ラブと、初めて街で出会った場所だった。
 ラブと、最後に戦った場所だった。

 強力な炎によって溶かされたアスファルト。怪力で薙ぎ払われたお店の数々。
 半壊のまま放置されているお店。下手くそな応急処置で、なんとか営業を再開しようとしているお店。
 閉店と売却の張り紙が張られているお店もあった。

 大きな建物ではないだけに、決して豊かな人たちのお店ではないだけに、よけいに悲しかった。
 イースの目に、とめどなく涙が溢れては流れ落ちる。
 そして、座り込んで号泣した。

(この光景には……覚えがある。だったらここは、夢の中。ううん――私の記憶の中なのね)

『恐い――誰か――助けて』
「誰っ? どこに居るの?」

 イースの右足を、地面から伸びた黄色い腕が掴む。

『辛い――悲しい――どうして?』
「その声は――さっきの?」

 更に伸びた手が、今度はイースの左腕を握る。

『悔しい――憎い――許せない!』
「そうだったの……。あなたたちは、私があの時に破壊した――」

 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。
 恐い――誰か――助けて。辛い――悲しい――どうして。悔しい――憎い――許せない。

 地面だけでなく、虚空からも幾多の手が伸びてきて、イースをがんじ搦めに拘束する。
 無数の腕は、そのまま下へ――地面の中へ――地中深くへとイースを引きずり込んだ。






 再び気が付くと、そこは暗い部屋の中だった。
 ズラリと並ぶ大きな鏡。長方形のテーブルと、折り畳み式の金属パイプ椅子。全体として、白で統一された空間。

「ここは……そう、トリニティのダンスコンサートを行った、巨大競技場の控え室……」

 この部屋にいても、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくるような気がした。
 あんなに楽しそうだった人たちが、クローバーを応援してくれた人たちが、恐怖に顔を歪めて泣き叫んでいる。

 脳裏に甦る、巨大ドームのコンサート会場の惨劇。
 あの時の観客も、同じ表情をしていた。

 ミユキさんの、優しさすら踏みにじって――
 あの人の、大切な夢すら奪って――

 胸が痛い。心が軋みを上げる。今日までせつなを苦しめてきた思い。
 それは悲しさ。それは後悔。それは怒り。
 それらが一つに結びつき、全身を焦がす激しい感情となる。

 それは――憎悪。

 これが、幸せを奪うということ。
 これが、私が今までやってきたこと。
 これが、彼らがこの先も続けていくこと。

 許せない!――絶対に――許さない!!

 首にかかったペンダントを見る。
 ラブとあゆみの思いのつまった、幸せの素が微かな光を放つ。

 幸せに――なれるかもしれないと思った。
 こんな自分でも、この世界のために何かできるかもしれないと思った。
 でも、結局は変わらない。
 イースがいる限り、ラビリンスがいる限り、この世界に本当の幸せは訪れない。

 ならば、戦おう! この身体が――砕け散るまで! ラビリンスの野望を――砕き切るまで!

「そう――だった。私は、何より、自分自身が許せなくて……。この身を、ラビリンスを道連れに、滅ぼそうと考えていた」

 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。
 憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。憎い――憎い――憎い。

 再びイースの目の前に現れる、無数の黄色い腕。怨嗟の念を撒き散らしながら、イースの身体を掴んで、引き裂こうとする。

「許されたと、あの時はそう思った。でも……そうね。私を憎む想いは、このゲージの中にあったのね」

 イースの身体から、時折、赤い閃光が走り、その度に彼女を掴む腕が引き剥がされていく。
 それでも彼女に襲い掛かる腕の数は膨大で、ミシリ、ミシリ、と、イースの防御を破って本体に苦痛を与えていく。

「いいわ……私のことは好きにして。その代わり、ラブや美希やブッキーには手を出さないで。彼女たちは、何もしていないのだから――」






 突然、クローバーボックスから立ち昇った不思議な光。それは光のスクリーンとなり、ゆらゆらと模様のようなものを映し出す。

「なんや? 一体どうなってるんや?」

 驚くタルトの目の前で、模様は次第に像を結び始め、やがてぼんやりと人間の姿を映し出した。胸の前で両手を組んでいるらしい、一人の少女の姿を――

「シフォ……願い……ラブ……危な……どうか……力を……」

 クローバーボックスから、酷いノイズの入り混じった声が、途切れ途切れに聞こえてくる。まるで、遠く離れた場所からの不安定な通信みたいに。

「届いとるで! でも、ちょい聞き取りにくいな。もっと大きな声でしゃべれるか?」
「タル……ト?」

 思わずクローバーボックスに向かって叫んだタルトに、映像の中の少女が反応する。

「そや。あんさんは誰や? 声からするとパッションはんか? いや……ひょっとして、ノーザに取り込まれたっちゅう、ニセモンの方のせつなはんか?」

 ぼんやりしていた画像が、徐々に鮮明になっていく。そこに映し出されているのは、目を閉じて祈るように両手を組んだ黒髪の少女――タルトの言う通り、東せつなの姿だった。
 いつの間にかノイズも消え、途切れがちだった音声も次第に安定してくる。

「そうよ。届いてる……本当に……届くなんて……!」
「クローバーボックスは、仲間の危機を知らせてくれる力を持っとるんや。それで、あんさんの声を届けてくれたんやろ。……わっ! っちゅーことは、ピーチはんたちが危ないんか!?」

「そう。タルト、シフォンはそこに居るの? シフォン、ラブたちが危ないの。お願い。力を貸して」
「よりによってこないな時に……。今、シフォンは話せる状態やないんや……」

 シフォンが居るのかどうかを、あえてタルトに尋ねた。それはつまり、少女にはこちらが見えていないということ。
 少女は一瞬だけ悲しげに表情を曇らせた後、凛とした声を張り上げた。

「目を覚ましなさい――シフォン! みんながあなたを愛していて、みんなであなたを助けてくれるわ。だけど、最後に幸せを掴むのは、あなたの強い意志よ。あなたの名前はシフォン。インフィニティの運命に――負けないで!」

 クローバーボックスから響く少女の声が、シフォンを一喝する。

「……セ……ツナ? ナ……イテル?」
「なっ? せやから無理やって。って――えええっ!?」 

「私のことはいいの。シフォン、ラブたちが危ない。お願い、あなたの力を貸して! 今はピックルンが守ってるけど、もう――」
「ワガナハ……インフィ……シフォン? ラブ……タスケル」

「オルゴールも奏でてへんのに、シフォンが目を覚ましたやて? うわっ、せやないっ! よう見たら、インフィニティのままやんか! いったい、どういうこっちゃ?」
「シフォンのメモリーが、インフィニティに流れ込んでいるのね。シフォンは、夢を見ているような状態なのかもしれない」

「あー、もう! どうしたらええんや……。よぉし、こうなったらガムシャラや! んぬぬぬぅぅ……! よっしゃ! 解けたでっ! 待っててや、シフォン!」
「タルト――シフォンを起こしたら、私に代わってラブたちの危機を知らせてあげて。頼んだわよ」

「えっ? そんなん自分で言うたらええやんか?」
「今の私は、シフォンが見ている夢のようなもの。クローバーボックスが音を奏でたら、この交信はきっと途切れてしまう」

 その言葉を聞いて、ハンドルを回そうとするタルトの腕が止る。

「あんさんは――それでええんか?」
「そうね。本当のことを言うと、一つだけシフォンに尋ねたいことがあったの。ソレワターセに戻った私を、どうして『せつな』と呼んだのか? でも、そんなの無理よね……」

 ディスプレイの中の少女が寂しそうに笑う。それは、一度は諦めたはずの疑問。ずっと心に引っかかっている、未練のような想い。
 シフォンは眠っていて、今はインフィニティの状態だ。仮に目覚めたところで、シフォンはまだ赤ちゃん。片言では話せても、自分の考えを説明するのは無理だろう。

 シフォンはきっと、不思議な力でソレワターセを自分だと認識したのだろう。そこまでは理解できる。それならば、本物の東せつなではないことだって分かるはずだ。
 あの時の自分は、ソレワターセが『本来の姿』に戻った状態だった。それなのに、どうしてシフォンはせつなと呼んだのか――
 それだけが知りたかった……。愚痴にしかならないとわかっていても、口にせずにはいられなかった。

 しかし――
 なんと、それをポカーンとした顔で聞いていたタルトが、「な~んだ」と言わんばかりに、あっさりと答えを代弁した。

「そんなん、当たり前やんか」
「えっ? 当たり前って……」

「あんさんはインフィニティになったシフォンを、たった今、『シフォン』と呼んだやないか。それとおんなじや。どんな姿になったって、あんさんが『せつな』でありたいと思ってるなら、せつなと呼ぶのは当たり前やんか」
「でも――私は本当にソレワターセなのよ? シフォンとは違うわっ!」

「シフォンかて、インフィニティが本当の姿かもしれへんで? それでも、本人がシフォンであることを望むなら、やっぱりシフォンや。せやろ?」
「でも――私は、せつなに化けただけの、ソレワターセで……」

「それで、ええやんか。たとえソレワターセでも、人間になりたいんやろ? せやったら、なりたい自分になればええんや」
「なりたい自分に――なる?」

 不思議と心に響くフレーズだった。ずっと探し求めていた答えが、その言葉の中にあるような気がして――
 少女は切迫した状況も忘れて、タルトの次の言葉を待つ。

「せや。それが“変身の意味”やと、わいは思うで」
「変身の意味? それって、自分じゃない何かに変わることじゃないの?」

 変身とは、『自身ではない』という意味だと思っていた。
 自分を隠すこと。自分を否定すること。自分ではない何かに変わること。
 そう――東せつなに成りすました、醜い化け物のように。

「前に、パインはんも同じこと言うとったなぁ……。そうやあらへん。プリキュアもおんなじやで。ピーチはんたちは、『みんなを守れる自分』になりたいと願ったんや。せやから、プリキュアに変身できたんや。
 ダンサーや、モデルや、獣医になりたいっちゅう気持ちと、プリキュアの変身は、何も変わらへん。あんさんは――パッションはんのような人間になりたいんやろ?」

「せやったら、なればええやんか」と、さも当然のことのように、タルトは簡単に言ってのける。

 それは――それこそは、少女が求めていた、決して得られないはずの“答え”だった。
「何も間違っていない」と、「ニセモノならホンモノになればいい」と、こんな小さな生き物が、自分の全てを肯定してくれたのだ。
 まるで、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、少女はタルトを見つめる。やがてその表情が崩れて、嬉しそうな、でも少し寂しそうな、泣き顔になっていく。

「タルト――ありがとう。あなたって……」
「おっと、わいに惚れてもらっても困るで? わいにはアズキーナはんっちゅう、エラいべっぴんのフィアンセが……」

「ただの、しゃべるフェレットじゃなかったのね?」
「ガックシ!」

 タルトがその場の緊張感も忘れて、盛大にずっこける。
 それを見て、少女は楽しそうにクスクスと、まるで花が咲くように笑った。
 そんな彼女の声に、まるで反応するかのように――

「キュア~? せつな、笑ってる!」

「「シフォン!!」」

 いつのまにか、シフォンの瞳には理性の光が戻っていた。クローバーボックスの、聖なるメロディも奏でていないのに。
 疑問を口にするタルトを制して、少女がシフォンに語りかける。

「シフォン、聞いて。ラブたちが危ないの。あなたの力を貸してあげて」
「キュア~! シフォン、せつなも助ける」

 シフォンが、母親と離れる子供のような頼りない表情で首を振って、駄々を捏ねるようにそう口にした。

「ううん、私のことはいいの。やりたいことができたから――」
「ノーザの――中でか?」

 タルトが心配そうな顔で、確認するかのようにそう言った。
 少女は一瞬だけ目を閉じると、優しい表情でタルトとシフォンを交互に見て、力強く頷いた。

「ええ。ここでなければ、できないことよ」
「ホンマに、パッションはんなんやな。あんさんは……」

「どうかしらね。さあ、もう時間がないわ、シフォン。何をすればいいのか、一緒におかあさんの言葉を聞いていたあなたならわかるはずよ」
「キュア~! シフォン、せつなも助ける」

 シフォンは、さっきと同じ返事を繰り返す。ただし、その口調からは、甘えもワガママも消えていた。言葉の意味合いが、まるで違っていた。
 上目使いに見上げていた瞳は、真っ直ぐに少女を見据える。すがるような口調だって、力強い響きに変わっていた。
 それは、望まない現実を変える強い意志。これからのシフォンに必要な気持ち。受身だった子が、初めて立てた誓いであり、約束でもあった。

「さようなら、シフォン。そして、タルト。ありがとう」

 少女はシフォンの想いを受け止めて、言葉ではなく微笑で返した。その視線に、溢れんばかりの愛情を込めて。
 そこでクローバーボックスの光は収まり、蓋がカチャリと閉まる。

「きっと、また会えるっちゅうことやな……。じゃ、いっちょやるで! シフォン!」
「キュア~!」

 シフォンは大きく頷くと、夜の森の上空高くまで、スウ――ッと浮かび上がる。


“キュア・キュア・プリップー!!”


 シフォンの額から放たれた光が、真っ直ぐに上空に飛び、空中で四散する。
 光の粒子となった力は、四つ葉町の都心部に、住宅街に、郊外地に、それぞれ散って降り注いでいった。



最終更新:2014年01月26日 13:17