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【エゴイスティックガール】/れいん




「真琴、紅茶ここに置いておくビィ!」
 そう言って、ダビィはフワフワ軽やかに飛んで、真琴の部屋の扉の隙間から出て行った。
 特に……おかしなことではない。
 いつものように気遣ってくれているし、口調も行動も変わらない。
 なのに、何故だか……違和感。
 どこがヘンなのだろう?
 真琴は首を傾げながら、ダビィが運んでくれた温かな紅茶を一口、口に含んだ。
(……おいしい)
 紅茶は甘く優しく香って、真琴は、ほぅっとため息をついた。
 こうやってマンションに戻ってゆっくり休むのは、いつぶりなのだろう。

 ――――アイドルから、世界の歌姫に。

 そうなってからの毎日は、今まで以上に忙しく、慌ただしいものになっている。
 けれど、辛くなどはない。むしろ幸せだ。
 “充実”ってきっと、こういうものなのだろう。
 大好きな歌を歌い、大好きな仲間たちに支えられている。
 贅沢でワガママな幸せ……。
「真琴、忘れていた……これも着ておくビィ。まだ夜は冷えっ……ぎゃっ!!」
 再びフワフワと飛んできて、真琴の頭にカーディガンをファサっと落とし、去って行こうとするダビィのしっぽをムギュっとつかんだ。
「ダビィ……最近変よ?」
 カーディガンを頭に落とされて気がついた。
 ダビィが妖精の姿をしていると言う事を……。
 彼女がこの姿をしているのは、プリキュアに変身する以外ではトレーニングの時など、DBの姿で真琴に追行することが困難な時だけだ。
 けれど、よく考えると最近は仕事以外の時、常に妖精の姿に戻っている気がする。
「もしかして、どこか具合でも悪いの?」
 確か変身して人間の姿を保つのはとても大変だなどと、シャルル達に言っていた。
 心配して問いかけると、ダビィはニッコリと微笑む。
「大丈夫だビィ。ただ単に、あの姿になる必要もない気がするから、この姿でいるだけだビィ」
「……本当?」
 真琴は眉間にしわを寄せて、問い返す。
 ダビィの本当の気持ちは、いつもよく分からない。
 彼女が自分の気持ちをぶつけてきたことは、今までに一度だってないのだ。その反対、真琴がダビィに感情を抑えることなくぶつけてしまう事は、多々あると言うのに……。
(いつもそうだ……)
 ダビィは何も言わなくても真琴の気持ちを察してくれるのに、大切にされるばかりで、何も返せない。
 それが歯がゆい……。
 いつかそんな自分にダビィが、嫌気がさしてしまわないかと不安もつのる。
「本当に具合は悪くないから、心配はいらないビィ」
 ダビィは真琴の眉間のしわを伸ばす様に、丸くて小さな手で、その場所をぐにぐにと撫でる。
「明日は久々にみんなに会えるんだから、早く休まないとダメだビィ! あ、あと歯も磨くビィ!」
 そう言って、真琴の額をペチリと軽く叩いて、ウインクしてから部屋を出て行った。
(なによ、子ども扱いして!!)
 人が心配していると言うのに……。
「もう、知らない!!」
 そう言いながらも、真琴は急いで歯を磨き、しぶしぶベッドに入った。


 *****


「まこぴー、何かあった?」
「…………え?」
「いや……チョコ、飛び散っちゃってるけど……」
 マナにそう声を掛けられ我に返ると、手元は散々な事になっていた。
「あっ! あー……ごめんなさい」
「考え事してたんでしょう? ホラ、これで洋服拭いて」
 そう言って、六花が濡れた布巾でチョコのついたベストを拭いてくれる。
「そう言えば、亜久里ちゃんとレジーナは?」
 不意に気づいてそう聞くと、マナと六花とありすは、顔を見合わせた。
「亜久里ちゃんはエルちゃんとお約束があるようですわ」
 ありすがそう言って、微笑みながらテーブルに飛び散ったチョコを拭う。
「レジーナは、作るよりもらって食べる方が良いって……さっき言ったじゃない。本当に上の空だったのね、まこぴー」
 呆れ顔でそう言って、六花は自分の着ていたエプロンを脱いで、それを真琴に着せてくれた。
「なんか、悩み事?」
「……ううん、悩みって言うか」
 ここで相談するのもどうなのだろうと思う。けれど、いつも聞き役をしてくれているダビィに話すことができないのだから、頼れるのはマナたちだけだ。
「ダビィが……最近変なのよ。仕事以外の時はずっと妖精の姿のままだし……でも、具合は悪くないって言い張るの」
 喋り終わった真琴の顔を、三人はぽかんとした顔で見ていた。
「え? だって、元々は妖精なんだから、その姿でいるのが普通なんじゃないの?」
 六花が首を傾げる。
「ランスちゃんも、ほとんど妖精の姿でいますわ。トランプ王国の存在が認知されて以来、妖精は架空の物じゃなくなりましたし……」
「そうだよ! だからじゃないかな?」
 ありすの言葉に、マナも賛同するように頷いた。
「そうなの……かな?」
 確かに、元の姿なのだからと考えれば、おかしくはないのだけれど……。
 じゃあどうして、今までは“二人きりのとき”でさえ、人間の姿のままでいたのだろう?
「うーーーー、よく分からなくなってきたわ!」
 真琴が頭を抱えると、マナがその頭をよしよしと撫でてくれた。
「大丈夫だよ! 本人は元気だって言ってるんだし」
「さ、チョコレート作りましょ! 日頃の感謝と愛情をこめて、私たちのパートナーに」
 何だか丸め込まれた気もするけれど……。
 真琴はありすに差し出された、いつの間にか綺麗に洗われたボウルとシリコンベラを受け取った。


 *****


 足元には二、三日前に降った雪が融けずに残っている。
 サクサクと音を立てながら歩くと、それだけで寒さが増してしまうような気がして、真琴はわざわざ少しだけ雪が融けて地面が露出した部分を選んで歩いた。
 日が暮れて、吐く息も白く煙る。
 今朝、ダビィが迎えに来ると言ってくれた言葉を拒否したのは自分なので、真琴はそんな中を重い足取りで歩いた。
 なかなか歩みが進まないのは、別に寒かったからだけではない。
 思考がごちゃごちゃしていて、考えがまとまらないからだ。
 頭の中は小さなパートナーのことで一杯だった。
 そもそも、何故ダビィは人間に変身できるようになったのだろう。
 シャルルにはマナのお手伝いがしたいと言う目的があった。
 ダビィが初めて人になったのは、王女様と離れ離れになってしまった“あの日”だ。
 それは、やはり自分を慰めてくれるためだったのだろうと思う。
(あの時は……驚いたわ)
 ダビィがそうなれることを知らなかったから。
 けれど、母のように。
 姉のように。
 ――――王女様のように。

 そっと包み込むように、抱きしめてくれた。
 もしあのとき、ダビィがいなかったら。
(私は……生きていられなかった)
 甘えて、すがって、こんなに弱くてダメな自分。
 ダビィはそんな主人に疲れ果ててしまったのかもしれない。
(だから……変身する気力もないのかも)
 悶々と考えていたら、いつの間にか自宅マンションについて、重たい気持ちで帰宅の合図のベルを鳴らした。
 そんな心持とは裏腹に、ロックはすぐに解除される。
 玄関を開けると、部屋の奥からダビィがフワフワと飛んできた。
「お帰りなさい、楽しんできたビィ?」
 自分を労わる言葉、優しげな愛くるしい笑顔。
 彼女の、本来の姿だ。何も、おかしなことはない。
 愛想を尽かされたわけではないと信じたい。
「外は寒いビィ。早く中に……真琴?」
(本当にワガママだ、私)
 ダビィを心配する気持ちはもちろんあるのだけれど、それ以上に、彼女の微笑にむくむくと膨らむ自分の欲求にあきれ果てる。
「……さむいわ」
 そう言うと、ダビィは心配そうな顔をして近くに寄ってきた。
「大変だビィ、早く中へ!」
 そう言ったダビィに手を伸ばし、捕まえてギュっと抱きしめた。
「まままままこと!??」
 ジタバタともがくダビィを押さえつけながら、バタバタと室内に駈け込む。
 腕の中は小さな体温がすっぽりと収まり、とてもあたたかいのだけれど、
(そうじゃなくて……)
 自分のワガママ具合に腹が立つ。
 ダビィに負担をかけてしまう。
 求めてばかりじゃなくて、ワガママばかり言うのではなくて、たまにはダビィの気持ちを察してあげたいのに。
「抱きしめてよっ!!」
 口を衝いて出た言葉は、やはり自分勝手な要求の言葉だった。
「ま、まこと?」
「最近、ぜんぜんギューってしてくれない!!」
(――――だって、私……?)
 突然、気持ちが弾けたみたいになって、急に心臓が高鳴り、目から涙が零れた。
 何故こんなに苦しいのか、真琴自身その理由が理解できなかった。 
 どうしていいのか分からなくて、胸に溜まって行く欲求ばかりがつよくなって……。
 腕の中で、ポンっと小さな音がした。
 その場所から飛び出したダビィは、真琴の望みどおり、ギュッと、けれど優しく体を包み込んでくれた。
 胸の奥がキューっと締め付けられるようになるのに、それは全然苦しくはない。
 柔らかくて甘い匂いがするその場所に身をゆだねると、自分を苦しめていたイライラの感情は嘘のように溶けて消えた。
「……本当に甘えん坊さんね、真琴は」
 もう一つの聞きなれた、少し低めの声が耳元で囁く。
 それが心臓の鼓動を速めるスイッチを押したみたいで、ドキドキが止まらない。
 頬が熱くなって、頭が少しクラクラして、凄く気持ちがフワフワになった。
 だからかもしれない。
 視界に入ったその場所に、無性に触れてみたくなって、真琴はDBの姿になったダビィの首に腕をからめた。
「私……甘えん坊じゃないの。ワガママなだけなの」
 そうとだけ言い返して、どうしても触れたかったその場所に、自分の唇を押し当てた。
 そこは思っていたよりも柔くて、気持ちが良い。
「ごめんね、ダビィ……」
 ダビィの唇から自分を剥がすと、満足感と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 またやってしまった……。
 どうして、ダビィにはこうもワガママになってしまうのか。
 けれど、ダビィはクスッと笑い、そっと真琴の髪を撫でた。
「どうして謝るの?」
「だって、私ワガママばっかりで。ダビィ変身できないくらい疲れていたんじゃないの?」
「違うわ。真琴……私、嬉しかったの」
「何が?」
 そう、問いかけたけれど、ダビィは微笑むばかりで何も答えなかった。
 彼女が何を想っているのかは理解できなかったけれど、その顔がとても嬉しそうに見えたので、「愛想を尽かされたのでないなら、まあ、いいか」などと思って、あたたかなその場所にいつまでも身を埋めていた。

 ――――真琴がダビィのその気持ちに気づくのは……まだもう少し、先の話。



現146はその少し前のお話。
最終更新:2014年02月11日 12:12