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『ばとる☆ひーたー』3




★☆3☆★

 それぞれ自らの肩を抱いて、ガタガタと震えるなおとあかね。

「うう……さ、寒いー……」
「こ、ここどこやねん……?」

 先程までの太陽照りつける熱砂の地から打って変わり、今五人がいるのは、鈍色の空の下、冷気まとった波しぶきが岩礁に砕け舞い散る極寒の海を臨む岬だった。
 くぐって来た本棚のあった廃屋が瓦葺きの小屋であった事や、周囲の木々が見慣れたものばかりである事から、日本である事は確かなのだが、この寒さはあかね達の地元・七色ヶ丘市では体験したこともない程の強烈なものだ。

「……ここは本州最北端に近い、津軽海峡を一望できる、青森県津軽半島は竜飛岬。ほら、海の向こうに幽かに見えるのは北海道ですよ」

 あかねとなおから少し離れた場所に立ち、何やらうっとりとその景観を眺めるれいかの袖を、みゆきが、チョイチョイ、と引っ張る。

「れ、れいかちゃん、作戦変わってない?あ、あのさ、二人には暑いとこで身体動かしてもらうって……」
「み、みゆきちゃん、わたしもうダメかも……急激に体温が奪われて……なんだか眠く……」

 膝からその場に崩れ落ちるやよい。
 わー!やよいちゃん眠らないでー!!と跪きその頬をペチペチと叩くみゆきを、れいかは溜息混じりに見下ろした。

「……日頃から心身共に鍛錬を怠らずにいれば、この程度の寒さなどなんという事は無いはずなのですが……残念です」
「ざ、残念ですって……れいかは平気なの?あたし達、サハラからすぐここに来たから制服だけで、上にコートすら着てないんだよ!?風邪引くって!!」
「せ、せや!なんや随分涼しい顔しとるけど、ほなれいかはどんな鍛錬してるっちゅーねん!?」

 れいかの言葉を聞きつけたなおとあかねが、次々に非難めいた疑問の声を上げる。
 それに応えて、威風堂々、両手を腰に置いたれいかは、二人に向かって高らかと言った。

「コートなど着なくても寒さなど平気ですし、風邪など恐るるに足りません――何故ならわたくしは、幼少の時より、『乾布摩擦』を欠かしたことは無いからです!」

 ザッパーン!!と一際大きな波がれいかの背後で砕け散った。
 そのあまりの迫力に圧されて、あかねとなおの口からは何の反論の言葉も出てこない。

「乾布摩擦は民間に手軽な風邪予防として伝わっていますが、極めれば、寒さに強くなるだけではありません!風邪など言わずもがな、大難万病を退け、例え交通事故に合おうとも怪我一つ負わずに済むという、至高の健康法なのです!!」
「交通事故も平気って……どんな健康法やねん……」
「さ、さすがに乾布摩擦を過大評価しすぎだろ、それ……」

 仮に彼女の言う通り、乾布摩擦のおかげでそれだけ寒さにも耐えられると言うのなら、炬燵の場所を譲っても良さそうなものだが……まあ考え方を変えれば、そんなれいかでも魅了するほどに炬燵の持つ魔力は凄まじい、という事なのかもしれない。
 風にたなびく黒髪を手で押さえ、れいかは再び海へと目を向けると、歌うかの如く朗々と語りだした。

「それから、わたくしが残念だと申し上げたのは、何も皆さんが寒さに弱いから、という事に対してだけではありません。その為にこの壮大で、かつ厳しくも美しい自然の営みを楽しむ事が出来ないからです」

 眼下に広がる、轟々と逆巻く海とそれを打ち返す群立した岩々が起こす、冷たくも雄々しき波濤。
 モノトーンの空の色と相まって、その光景は自然の作り上げた、荘厳な一枚の宗教画のようでもあった。
 れいかはただ言葉もなく、暫くその景色に見惚れると、ほう、と大きな吐息をついた。

「……綺麗……」
「……ああああんなぁ、れいか……なんや浸ってるとこ悪いんやけど……」
「そそそそろそろ対決の種目発表してくれないか……も、もうあたし達限界なんだけど……」

 もはや寒さに歯の根も合わなくなってきたようで、ガチガチと歯を鳴らし、背中を丸め、肩を指がくい込む程にきつく抱きしめてその場で足踏みしだすあかねとなお。
 二人の声に振り向いたれいかは、しばし小首を傾げた後、あ、と声を上げて、スカートのポケットから一本の小さな掛け軸を取り出した。

「……決して忘れていた訳ではありませんが、それではここで対決内容を発表しますね」
「……嘘や……観光に夢中になって絶対忘れてたやろ……」
「それにしても今日の津軽海峡は普段より荒れているようですね……ふふ、まるでお二人の対決を待ちわびるよう……」
「誤魔化そうとしてる……なんかカッコイイこと言って誤魔化そうとしてる……」
「――嘘もついてませんし、誤魔化してもいません……わたくしをお疑いになるのですか……?」

 ざわり……と逆立ったれいかの艶やかな黒髪と、その全身から迸る凍気にも似た怒りのオーラに、冷たい汗があかね達の背筋を伝う。
 ――こ、このままでは寒さより先に、れいかの逆ギレという名の冷たい怒りに凍えてしまう……!その凍てつくような恐怖に二人が身を強ばらせた刹那、今まで沈黙を守ってきたみゆきがワッと声を上げた。

「!や、やよいちゃん!!良かった……もう目を開けてくれないかと……」
「みゆきちゃんがずっと抱きしめて暖めてくれてたから……ふふ……あなたの涙も……あったかいね……」
「……って、まだそれやっとんたんかい!!」
「ちょっとした遭難救助みたいになってるじゃないか!!」

 突如繰り広げられる感動的なシーンを台無しにするように、自分達の窮地も忘れ、思わずツッコミをいれるあかねとなお。
 さしものれいかも、このコントめいたやり取りに毒気を抜かれたのか、やれやれ、と肩をすくめる。

「……それでは、対決の内容を発表いたしましょうか……」

 掛け軸を結んでいた紐を解き、両手で上下に勢いよく広げるれいか。
 一体いつの間に用意したものか、掛け軸にはでかでかと流麗な筆文字でこう書いてあった。

『寒中水泳対決』

「か、かんちゅう……」
「すいえい……やて?」

 対決種目があまりに想定外だった為、目を丸くさせ、あんぐりと口を開けたあかねとなお。
 その過酷極まりない内容に、みゆきとやよいは慌ててれいかに取り縋った。

(れ、れいかちゃん、それってやっぱり目的からズレてるんじゃないかな……それに、いくらなんでもハードすぎるんじゃ……)
(いいえ、これでいいのです。古くより、暑い時は熱いお茶を飲むことで涼しくなる、等とも申します。であれば、寒い時に冷たい水に入ることで、暖を取る事も不可能ではないでしょう)
(あの……わたし絶対不可能だと思うんだけど……しかもこの寒さだもん、最悪二人の命に関わるかも……)
(……言われてみればそうですね……く、口惜しい……なお達が乾布摩擦さえしていれば……)
(うわぁ……れいかちゃんの中じゃ、乾布摩擦ってどんだけ万能なの……)

 一考の後、れいかは一つ咳払いをすると、なおとあかねに向かって人差し指を立てた。

「分かりました。わたくしも鬼や狼ではありません。水着も忘れ――もとい、用意していないことですし、今回は身体の一部を海水に浸すだけで良しとしましょう。その部位の範囲が大きかった方が勝利ということで……それでは津軽海峡寒中水泳対決、開始!」

 合図とともに、右手を高々と挙げるれいか。
 ところが、あかねとなおはその場から動こうともせず、小声でぶつくさとボヤくばかり。

(開始!って軽く言うてくれるわ……それだけでも罰ゲーム顔負けやんか……)
(Sだ……れいかって絶対ドの付くレベルのサディストだよ……)

 いつまでも経っても始める気配のない二人に、れいか女王様は満面の笑顔を向けた。

「……何でしたら、場所を南極に変えても宜しいのですよ?」

 笑顔に似合わぬ、ドスの効いた冷たい声でのその台詞が終わるのを待たず、あかねとなおは全速力で付近の砂浜へと走り出した。
 あまりの寒さ故か、海鳥であるはずのカモメすら岩陰に身を寄せ合っている、松の木の防風林に囲まれた厳寒の海岸線。
 先にそこへと到着したのはなおの方だった。少し遅れてあかねも姿を見せる。

「な、何や、なお、愚痴ってた割にはやる気あるやんか……」
「そりゃね……こんなのとっとと終わらせたいし。それにホラ、三本勝負なんだから、ここであたしが勝てばもう決まっちゃうだろ?ま、あたしがコタツでヌクヌクしてる中、あかねは横でみかんでも食べてなよ」
「な、何やとー!!」
「それにさ、考えてみたら、たかだか海水にちょっと浸かれば終わりだしね、ラックショーだよ。そんじゃ、おっさきー!!」

 言うが早いか、靴と靴下を脱ぎさり、波打ち際へと駆け出すなお。
 しかし、水面に一歩踏み出した途端、物凄い速さで飛び退り、同時にふぎゃーっ!!と絶叫した。

「なななんや!?ど、どないしたんや、なお!?」
「やややヤバい!!あかね、つつつ冷たいっていうより刺すみたいに痛いよ、これ!!あたしはもう無理!!」

 なおは砂浜に尻餅を付き、両手で足を曲げて顔の方に向けると、ふーふーと必死で息を吹きかけている。
 うっすらと目尻に涙すら浮かべているその姿に、あかねはごくっと喉を鳴らす――その様子は、先に注射を済ませて泣き喚いている同級生を目にした、列に並んでいる絶望した表情の小学生を彷彿とさせた。

「……なおは足の裏だけでリタイヤですか……。さあ、次はあかねさんですね」

 いつの間に二人に追いついたものか、あかねの背後から死刑宣告のようにれいかの急かす声がした。
 あかねは拳を握り締め、ぎゅうっと固く目を閉じる。

(……こうなったら、アレしかない……なお、悪く思いなや……先にやったんはあんたやねんから……)

 意を決したように吊り気味の両目をカッっと大きく見開くと、あかねはポケットからスマイルパクトを取り出した。

「プリキュア、スマイルチャージ!!」

 途端にあかねの身体はオレンジの光と炎に包まれた。
 そして、豪炎を振り払うように勇姿を見せたのは、最早日野あかねではなく、熱き血潮の流れる太陽の戦士。

「太陽サンサン、熱血パワー!!キュアサニー!!」

 名乗るや否や、サニーはジャンプ一閃、巨大な火球を空中に出現させると、それに対し、手を思い切り打ち下ろす。

「プリキュア……サニーファイヤー!!」

 狙いは――波打ち際……なおがリタイヤした場所より僅かに先。
 コントロール通りにその地点を直撃した火球は、ジュワッ、という音と水しぶき、そして猛烈な蒸気とともに瞬時に消滅する。
 だが、サニーにはそれで充分だった。

「今や!!」

 ブーツを空中で脱ぎさり、飛び蹴りのポーズを取ると、サニー自ら火球が消滅した地点に一直線に急降下する。
 サニーファイヤーは火炎属性の必殺技だ。したがって、どうしても水面でその威力の全てを失う。
 それでも、ほんの僅かな時間なら、その熱で周囲の水の温度を上昇させることも出来るはずだ。
 キュアサニーだからこそ実現可能な、この対決の攻略法であった。
 ―――されども、誰が予想し得たであろう……サニーのこの作戦には、たった一つ、致命的な欠点が存在していた事を……。

「!!……うにゃにゃにゃにゃー!!!」

 片足で着水するや否や、尻尾を踏まれた猫のような悲痛な金切り声を上げ、なおと同じように自らの後方に大慌てで飛び退くサニー。
 その足はくるぶしまで真っ赤に染まり、もうもうと湯気まで吹き上げていた。

「熱!熱!!……ひー……火傷してまうか思たわ……」

 致命的な欠点――それは、技の威力が彼女の予想を上回る程に強烈だった、という事である……。 
 半べそをかいて、なおの隣でこれまた足を両手で抱え、必死に息を吹きかけるサニー。
 そんなサニーをジト目で睨み、なおは非難がましい言葉を投げつける。

「……サニー、変身は卑怯じゃなかったのか……?」
「や、やかましいわ!変身するのはルール違反とは聞いてへん、って、なおも言うてたやろ!一緒や、一緒!!」
「ぐ……それは……けど、水温めたら対決のルールだって変わっちゃうじゃないか!『寒中水泳』だよ!?『熱湯風呂』じゃなく!!」
「う……ま、まあ結論出すんはれいかや!何にしたってウチはくるぶしまでシッカリ浸かったんやからな!!」

 審判を待ちわびるようにれいかへと顔を向けた少女達。
 れいかは二人のやりとりを一通り聞いたあと、腕組みして顎に手をやり、俯き気味に長考に入った。
 サニーの勝利か、はたまた反則負けか……。その決断に息を飲む二人の見つめる中、不意にれいかは背を反らした。
 ――くちゅん!!
 一つ小さく可愛らしいくしゃみをして、れいかは鼻の下を人差し指で軽く擦り、顔の横に手を掲げる。

「津軽海峡寒中水泳対決、勝者、あかねさん……これ以上ここで考えてたら、わたくしが風邪を引きそうなので」

 ……自分への勝利判定に、キュアサニーは「乾布摩擦はどこいったんや!!」という言葉を、すんでのところで飲み込んだ。




最終更新:2018年05月02日 09:39