『ばとる☆ひーたー』4
★☆4☆★
「さあ、いよいよ最後の対決ってわけだね……」
「せやな……よっしゃ、こうなったらとことんやったろやないか!!」
津軽海峡近くの廃屋に放置された本棚前で、気合い充分な様子で睨み合うなおとあかね。
それもそのはず、ここまで双方の戦績は互いに一勝一敗――三本勝負である以上、泣いても笑っても次で全ての決着がつく。
今まで暑い目にあったり寒い目にあったり散々だったが、元来負けず嫌いで血気盛んなこの二人だ。決着を間近に、熱の込もらない筈がない。
「そうですね。次こそがまさに天下分け目の関ヶ原であり、天王山。わたくし達といたしましても、見ているだけとはいえ、否が応にも気分が高揚せざるを得ません」
「うん!れいかちゃんの言ってる事はさっぱり分かんないけど、盛り上がってるって事だけはわたしにも分かるよ!!」
みゆきとれいかもノリノリである。
このように、メンバー四人がワイワイと活気づく中、ただ一人、浮かない様子の少女がいた。
(ど、どうしよう……何で対決するかなんか全然考えてなかった……)
羽根つき対決では勝負に目を奪われ、寒中水泳対決では遭難スレスレだったやよいに、対決内容など考えている余裕は無かった。
かといって、それを正直に打ち明けてしまっては、折角の勝負の熱を下げてしまう事にもなるし、決着をはやるあかねとなおに責められないとも限らない。
皆に合わせてぎこちなく笑顔だけは浮かべてるものの、冷や汗はタラタラ。本心では頭を抱えてしゃがみこみたい気分のやよいだった。
(どうしよう……どうしよう……な、何か考えなきゃ……)
そんなやよいの苦悩も露知らず、あかねとなおが彼女に向かって無情にも問い掛ける。
「……で、次はどこに行って何するん?」
「順番的に、多分次はやよいちゃんが決めるんだよね?あたし達はどうしたらいいのかな?」
「うぅ……そ、それはその……」
窮地に陥り、やよいは口ごもると、な、何かないか、と藁にでもすがる思いで、制服の上に着ているカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。
その時、手に当たった『ある物』に、彼女は神の存在を確信せざるを得なかった。
まさしく、天啓を得たり、とばかりに、にぱーっと明るく微笑むやよい。
「よーし!じゃあ、最後の対決、行っちゃおー!!」
やよいに導かれた四人が、本棚を通り、辿り着いた場所は、四方の壁を巨大な本棚が埋め尽くした、木々や草が生い茂り、巨大なキノコが点々と生えている……ふしぎ図書館の秘密基地前の広場だった。
「ほんで、ここからどこに移動すんねんな?」
「どこでも行こうじゃない。こうなったらアマゾンだろうがヒマラヤだろうが、なんだったら月面だって……」
「ううん、ここでいいの」
やる気満々な二人に、手を横に振って見せて、やよいは手近なキノコに腰掛けた。
その返事に呆然としたのは、当事者のあかねとなおばかりではない。
「こ、ここって……ふしぎ図書館で勝負するのですか?」
「サハラ砂漠から津軽海峡まで行って、それでここって……段々スケールが小さくなってるっていうか、振り出しに戻るっていうか……変な感じ」
「まあまあ。みゆきちゃんもれいかちゃんもその辺りに適当に座って。それじゃあ、対決種目を発表するね」
やよいの横の芝生に腰を下ろしたみゆきとれいか、そして訳も分からず立ち尽くすなおとあかね。
やよいはポケットをゴソゴソとまさぐると、彼女達に見えるよう、ある物を高く掲げた。
「じゃーん!おやつの王様、『プッキー』でーす。今から二人には、これで戦ってもらうから」
「お、お菓子で対決……?」
「な、なんや、大食いか早食いでもやらそいうんか……?」
「ブッブー、ざ~んねん」
やよいは首をフルフルと横に振って、手にした小袋から、チョコでコーティングされた細長いビスケットスティック・プッキーを一本だけ取り出した。
それをあかねに、はい、と手渡し、何やら恥ずかし気に片方の掌をピンクに染まったその頬に当てる。
「それじゃ、その両端をお互いに咥えて……先に顔を背けたり、折っちゃった方が負けだから」
やよいの言葉に、流石にあかねとなおも何をさせられるか察したようで、ボンッ!!と湯気でも立ちそうなくらいに真っ赤になった。
みゆきも一瞬考えた後、え~、それって…と恥ずかしそうに声を出した。
ただ一人、れいかだけは狐につままれたようにキョトンとしている。
「……?わたくしにはサッパリなのですが、それはどういう戦いなのですか?」
そんなれいかに、みゆきが身振り手振りを交えて、概要を説明し始めた。
「あ、れいかちゃん知らないんだ。えーとね、これはプッキーゲームって結構有名なやつで、向き合ってお互いにプッキーを端から食べ合うってものなの」
「お互いに向き合って……なるほど、互いに睨み合いながら一本のお菓子を奪い合う真剣勝負ですか……何やら故事に由来していそうですね……」
「は、ははは、多分してないと思うんだけど……」
一方、あかねとなおはプッキーと相手の顔を交互に見比べつつ、モジモジと躊躇うばかり。
……当然だろう。いかに男勝りで負けず嫌いとは言え、それでも多感な年頃の純情な女の子達なのだ。
「な、なあ……ほんまにコレやるんか……?」
「や、やよいちゃん……今からでも種目変更は……?」
むくれたように頬を膨らませたやよいは、縋るような瞳のなおとあかねに向けて、両手を交差させてバツ印を作って見せる。
いつもの彼女ならここで二人に圧されてしまい、その要望にも応えただろうが、今のやよいには強力な後押しがあったのだ。
「ダメ!変更は一切しません。これは神様の思し召しなの。ほらほら、二人とも早く咥えて!!」
「か、神様の思し召しって何やねん……」
「どんな神様がプッキーゲームやれって言い出したんだよ……暗黒神か……」
それでも一向にプッキーを咥えようとしない二人に向けて、業を煮やしたかのようなれいかの声が飛ぶ。
「なお!あかねさん!一体何をモタモタしているのです!先程まではどんな対決でもやってみせると息巻いていらしたのに……もしやあなた方は、プッキーゲームという血で血を洗うこの戦いに、怖気づいたのですか!?」
(うわ~……れいかの奴、絶対なんか勘違いしてるだろ、あれ……)
(よりによってまためんどくさいのがやよいに付いてもうたなあ……)
「ヒューヒュー、あかねちゃんもなおちゃんも早く早く~!!」
(みゆきちゃんは……)
(面白がってるだけやろな、多分……)
横並びで小声で愚痴混じりに会話して、がっくりと項垂れるなおとあかね。
それからどちらからともなく視線を合わせ、慰め合うように互いの背をポンポンと力なく叩き合う。
今この状況で味方と言えるのが、いざ戦わんとする敵同士の自分達しかいない、というのもおかしな話ではあるのだが。
「しゃあない……これが最後なんや……コタツもかかっとるんやし……やったるわ……」
「だね……あかね、お互い勝っても負けても恨みっこ無しだよ……」
諦めにも似た覚悟を決めて、緩慢な動作で向かい合い、それぞれプッキーの端を咥えたあかねとなお。
同時に、そんな二人の悲愴な決意を秘めた暗い表情にそぐわない、やよいの元気で明るい号令が広場に響き渡った。
「それじゃあ、最終決戦、ふしぎ図書館プッキーゲーム対決、スタート!!」
されど、開始の合図でプッキーの端を咥え合いはしたものの、あかねとなおは身じろぎ一つせず、直立不動の姿勢のままだ。おまけに瞼は固く閉ざされ、よく見れば羞恥にプルプルと震えている。
「何をやっているのですか、あかねさん、なお!しかと目を見開き、互いの相手を見据えるのです!!それでは勝負とは言えませんよ!!」
(ま、またれいかが勝手な事を……)
(そ、それって……め、目ぇ開いて見つめ合えって……事やん……)
恐る恐る目を薄く開くなおとあかね。
その先にいたのは、頬を朱に染め、柔らかそうな唇に菓子を咥えた、何やら悩ましげに眉を顰めた対戦者の顔だ。
(な、なお!な、なんて顔しとんねん!!こ、こっちまで恥ずかしくなるやんか!!)
(あ、あかね!こんな時ばっか女の子らしい切なげな顔しないでよ!!や、やだ……)
そんな二人の心境もお構いなしに、みゆきの応援……もとい、野次が飛ぶ。
「ヘイヘーイ!ちっともプッキー食べてないじゃない!もっと食べ進めないとダメだよー!」
「あ、なんかみゆきちゃん、楽しそうね」
「うん!……温かいとこで身体を動かして熱くなる対決してもらう、っていう最初の目的とは色々ズレちゃったけど、まあこれはこれでいいかなーって。ホラ、二人ともさくらんぼみたいに真っ赤になって、それなりに熱そうだしね!」
みゆきの声に、亀の歩みよりなお遅く、ゆっくりとプッキーを食べ始めたあかねとなお。
(く、くそー……みゆき、覚えときや……)
(みゆきちゃん……絶対この事は忘れないからね……)
それでも少しづつ距離が縮まっていくにつれて、二人の鼓動は早鐘を打つかのように速度を増していく……全身に響き渡るその胸の高鳴りに、お互いにそれが相手に聞こえてるんじゃないか、という疑念を持つほどだ。
そして、その想像が更にあかねとなおの羞恥心を煽っていく。
(く、な、なんでドキドキしとんねん!!こ、これは勝負や!戦いやねん!落ち着け、ウチ!!)
(だ、ダメだ!集中集中!今はただ、あかねに勝つ事だけ考えなきゃ……!!)
しかし、勝負として相手に勝とうとした場合、両者とも譲らなければどういう結末になるのか。
時と共に徐々に間を狭めていく、なおとあかねのふっくらした薄桃色の唇と唇が、何も言わずとも雄弁にそれを物語っている。
今までは鼻息荒く二人を叱咤していたれいかだったが、その事にふと思い至った時、息を飲み、両手で顔を覆った。
「み、みゆきさん、もしも、もしもですよ?こ、この勝負、双方がプッキーを折ったり放したりしなければ……どうなるんですか?」
「え、今更?そ、そりゃあキスしちゃうんじゃないかなあ……」
「き――な、なんて不埒な!!そ、そのような破廉恥な行為は、七色ヶ丘中学生徒会長として、わたくし見過ごすわけにはいきません!!」
「えー……じゃあ止めちゃう?いいとこなんだけどなあ……」
「い、いえ……見過ごすわけにはいきませんので、しっかりとこの目で、最後まで見届けようと思います……」
見れば、れいかの顔を覆った手の指は軽く開いていて、そこからじっと二人の少女の様子を覗いているようだ。その隙間から見える彼女の白い肌も、湯上りのように紅く上気している。
やよいはといえば、興奮に目をキラキラと輝かせ、いつの間に秘密基地から持ってきたものか、スケッチブックにあかねとなおの姿を一心不乱に描き込み中だ。
けれど、そんな傍観者達の様子も、今のなおとあかねには最早届かなくなっていた。
(あ、あれ……あかねって……間近で見たら、こんなに可愛かったんだ……)
(な、なんでや……見慣れた筈やのに……なお見てたら、頭がボーッとして……)
双方の視線は、見つめ合う互いの瞳と、胸の内に芽生えた不可解な感情から逃げるようにして、対戦相手の唇へと移動した。
プッキーを加えるためにすぼめられ、突き出されたお互いの唇。
――それは二人に、相手からキュートに、それでいてセクシーにキスをせがまれているかのような錯覚を起こさせる。
(や、ヤバイ!!……このままじゃあたしの唇が……あかねの唇に……柔らかそうな唇に、触れちゃう……)
(な、なお……大人しく負け認めて顔逸らせって……ウチはあかんねん……なんや知らんけど、今あんたの唇から顔逸らされへん……)
共に気が付いていないが、顔が近づくにつれ、身体も少しづつ前へと移動し、今やその胸が触れ合いそうなまでに接近していた。
その両手もゆっくりと相手の腰に回されつつある。
何も知らない人間が見たら、恋人達の熱い逢瀬をスローモーションで見ているかのようだ。
(う、ウチどっかおかしいんやろか……み、皆がすぐ傍で見てんのに……もう、止まらへん……)
(どうしちゃったんだろ、あたし……けど……触れたい……あかねの唇に……キス、したい……)
今まではスローペースだった二人のプッキーを齧る速度が、知らぬ間に先程までと比較できないほどに早まっていた。
まるで、プッキーよりもなお甘く、身も心も蕩けるお菓子がその先に待っているかのように。
(は、早く……あかねの唇に……)
(なおの唇を……ウチに……)
飢えているかのように、互いの唇を求め合うなおとあかね。
二人の中からは対決の事などとうに消え去り、その脳内を占めるのは、一刻も早く相手の唇を味わいたい、という一途な想いだけであった。
その唇と唇の合間から覗くプッキーの姿は、もう1センチもないだろう。
(あか……ね……)
(……なお……)
互いの名前を心で呼び合い、今度はそっと静かに瞼を閉じるなおとあかね。
そして、ついに訪れたその瞬間に、思わずゴクッと喉を鳴らすみゆき達三人の少女達。
――だが、この時、想定外の闖入者が広場へと現れた。
「みんなー、見つけたクルー!!キャンディを置いてどこ行ってたクルー?寂しかったクルー!!」
突如として広場に響くキャンディの声に、狼狽する一同。
アタフタとスケッチブックを閉じるやよいに、居住まいを正すれいか。立ち上がり、わー、なんでもなーい!!と、手を振ってキャンディの視界からあかねとなおを隠そうとするみゆき。
無論、動揺してしまったのが彼女達だけであるはずはない。
ポキッ!
プッキーの砕ける微かな音がやよいの耳に届き、彼女はスケッチブックから顔を上げる。
その先にあった信じられない光景に、やよいは目を大きく見開いた後、おずおずと、ゆっくり小さなその手を掲げた。
「……さ、最終決戦、ふしぎ図書館プッキーゲーム対決……勝者は――」
最終更新:2018年05月02日 09:40