「チョコレート・ダウン」1
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絆というモノは一本の太い縄ではなく、自分と相手の心にあるたくさんの小さな歯車が組み合わさって出来ているんだろう。ノートを開いて勉強しているつもりが、いつのまにかそんな事を延々と考えてしまっていて、チカラの抜けた溜め息を机の上にこぼした。
時計を見る。午後11時まであと少し。
桃園ラブがあきらめてノートを閉じ、また溜め息をついた。
「もうすぐ今日が終わっちゃうよ・・・」
彼女の中学生活もあとわずか。冬の寒さの向こうに、あたたかな春の日差しを思い浮かべる時節。そこに訪れるバレンタインデーという大きなイベント。
美希や祈里を含む親しい友だちや、いつも世話になっている人たちにはチョコレートを配り終えたけれど、まだ一人だけ渡せていない相手がいる。
同じ家に、すぐ隣の部屋に住んでいる家族同然の少女 ――― 東せつな。
ケンカしているわけではない。数日前に、意見が食い違って軽く諍(いさか)うような口振りになったことはあるが、その程度だ。しかも直後に「ごめんね、せつな」「ううん、私のほうこそごめんなさい」と互いに謝っている。なのに、それから何かがうまく噛み合わない。美希や祈里たちの前では普段通りなのに、二人だけになると、感情的に小さな齟齬(そご)を覚えてしまう。
無論、ラブとせつなも、どうにかしようと努力は続けていた。しかし、このぎくしゃくした感じは完全には治らない。こちらの歯車がきちんと噛み合ったと思えば、今度はこっちの歯車同士がぎこちなくなっているといったような・・・・・・。
結局、この日の二人の会話はほとんど無く、その気まずさのせいでチョコレートを渡せていない。手の平に乗る程度の小さなプレゼントボックスは、箱の色と同じ赤いリボンで可愛らしくラッピングされて、そのまま机の隅に置かれていた。
毎年たくさんの人に配るから、どうしても一人当たりの量は少なくなってしまう。けれど、いろんなチョコレート型を使ったバリエーション豊かな手作り。チョコのひとつひとつに、ちゃんと心が込められてある。
ラブがそっと赤い小箱に手をやった。箱の中にあるのはチョコレートだけではない。せつなに渡したい気持ち、伝えたい気持ち。箱に触れる手の平に、ぬくもりを感じた気がした。
――― ううん、気のせいじゃない。
赤い小箱を手に立ち上がる。もう一方の手で頬をパシッと叩いて気合を入れ、せつなの部屋へと向かう。ドアを優しくノックしようとした手が一瞬弱気を見せたが、ラブは逃げなかった。
「せつな、まだ起きてる?」
せつなの返事を待ってから、ドアを開ける。
寝る前に軽く読書していたらしい。ベッドに腰かけていた彼女が、本を閉じてラブに微笑みを向けてきた。今日一日の事を思い出したラブが、二人の雰囲気がぎこちなくならないよう意識しつつ、なるべく自然にベッドへ腰を下ろす。せつなのすぐ隣、肩と肩がくっつきそうな距離。
「今日バレンタインデーだから・・・・・・、こんな時間になっちゃったけど」
「ありがとう。ホワイトデーには、ちゃんとお返しする」
チョコレートの入った小箱をせつなに手渡したと同時に、ラブの口から気の抜けた溜め息が洩れそうになり、あわててこらえる。相当、気が張り詰めていたらしい。
(バ、バレてないよね、今の・・・?)
チラリ、とせつなの顔をうかがうと、彼女は自分のひざの上に置いた小箱を見つめながら、赤いフタの表面をいとしげに指でなぞっていた。
そのほっそりした白い指先の動き。
ラブのまなざしが吸い寄せられた。とても綺麗だと思って見入ってしまう。
ふと、ラブの視線に気付いたせつなが顔を上げた。
「どうしたの、ラブ?」
「えっ」
不意のせつなの声にたじろいだラブが、とっさに笑ってごまかそうとした。
「あ、あははっ・・・、ごめーん、ちょっとぼんやりしてただけ」
「そうなの?」
くすっ。
あたふたしているラブの内心を見透かして、せつなは口もとに笑みをこぼした。
・・・・・・なんだかいつもどおりだ。
ラブは声をひそめて、「実はね ――― 」と切り出した。
「今日配ったチョコレートの中に、たった一つだけ、金色の招待券が入っているものがあるの」
せつなが、つい先日ラブと一緒にテレビで見た映画を思い出してうなずいた。
「ふふっ、ラブの部屋は、私が憧れたチョコレート工場だったのね」
「ドアを開けた途端、総勢100名のウエスター・ルンパが唄とダンスで愉快にお出迎え」
「やめてそれ怖いっ!」
脊椎反射で叫んだ直後、脳裏にそのイメージが飛び込んできて、ガマンできずに噴き出してしまう。たぶん今ごろ、新生ラビリンスでウエスターが盛大にくしゃみをしているだろう。
「きっとこのフタの裏に、そのチケットが張り付いているわ」
「そうかもね」
来年は本当に用意しようと、ラブは思った。ウエスター・ルンパは無理として。
ひとしきり笑ったせつなが両目を閉じて、ラブと肩同士をくっつけた。ほんの少しだけ体重を預けてみる。うまく出てこない言葉の代わりに、こうやって自分の気持ちを伝える。
ラブもまた静かにまぶたを下ろして、その柔らかな体を感じた。
せつなの体温 ――― 幸せなぬくもり。
言葉に乗せると微かにズレてしまう気持ちが、今は素直に、ゆっくりと二人の体にしみこんでゆく。バラバラの無数の歯車が、彼女たちの心の中で、ひとつひとつ優しく噛み合わさっていくような充足感。お互いが、相手をどれだけ大切に想っているかを再認識する。
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部屋に戻ってベッドに入っても、全く眠れなかった。赤い小箱をなぞるせつなの指や、彼女の身体のぬくもりを思い出しては、閉じていたまぶたを開いて小さく溜め息をついた。
(あーあ、まだ一緒にいたかったなぁ)
もう一度溜め息をついて、今度はクスクスと楽しそうに笑い出す。
少しの時間だけだったけれど、チョコレートを渡したあとは、以前と変わらない気兼ねなさでせつなに接するコトが出来た。胸の曇り空が、何日かぶりにさっぱりと晴れた感じ。
(よしっ、明日はもっともっとたくさん話をして、いっぱいせつなの笑顔を見よう!)
ラブが掛け布団の下でギュウウウッと強くコブシを握りしめ、寝返りを打った。
――― その瞬間を見合わせたみたいに、ドアの開けられる音が控えめに響いた。軽くでも寝入っていたら、まず目を覚まさないだろうという程度の音に、びくっ、と大きく心臓を跳ねさせたラブは、思わず寝ているふりをしてしまう。
(きゅ・・・急すぎるよ、せつな)
走り出そうと強く一歩を踏み出した瞬間、相手にぶつかりそうになったみたいなタイミングの悪さ。心の準備がうまく出来ない。
ラブを起こさないようにと気を使っているらしく、そっと近づいてくる。いつも違う雰囲気に、少し胸がざわめく。
(フタの裏に、誰にも見えない金色の招待券を見つけたのかな?)
掛け布団が静かにめくられ、眠ったふりを続けるラブの隣に、やわらかな肢体がすべり込んできた。さっきラブが寝返りを打ったせいで、二人の体が向き合うカタチでベッドに横たわる。
「・・・・・・・・・・・・」
眠っているふりを続行。
だが、顔が熱くなるのをとめられない。触れ合うほど近くにあるせつなの身体 ――― 少女特有のやわらかな曲線をまとった綺麗な肢体を、どうしても意識してしまう。
同じ家で暮らす、家族同然の間柄だ。今までにも一緒のベッドで仲良く眠ったことはあるが、今日は何かが違った。さっき大きく跳ねた心臓が、全然おさまろうとしない。
(こんな調子だと・・・またせつなと・・・・・・どうしよう?)
せつなの部屋できれいに噛み合わさったばかりの歯車が再びずれてしまうのではないか、という予感が胸を苦しくさせる。
「ラブ、だいじょうぶ?」
きゅっ・・・。
パジャマの袖が遠慮がちに掴まれた。もしラブが軽くでも腕を動かしたら、簡単に離れてしまいそうなほど弱々しいチカラ・・・・・・。だけど、まるで母親に手を握ってもらったみたいな安心感を覚える。
不安にざわめきかけていた胸が落ち着きを取り戻し ――― 途端に、二人の歯車の調子を狂わせようとしているモノの正体がはっきりと見えてしまった。気付いてしまえば、ものすごく単純な感情。おかしくて、笑いそうになってしまう。
もう眠っているふりをする必要はないだろうと思い、ラブが両目を開け、せつなに眼差しを重ねた。せつなは微かにうなずき、ラブの瞳を見つめる。
掛け布団の下で、二人の手が自然に繋がれた。
「ダンスのあとにね、汗で湿った後ろ髪をせつなの細い指がカッコよくかきあげるの。その時にうなじがチラッて見えて、それが・・・・・・すごく好き」
まずは一つ目。
好きと言える部分は、まだまだたくさんある。
「目を閉じて・・・」
せつなの耳もとでそうささやいたあと、ひとつひとつを大切に思いだしながら、彼女に告げていく。ラブにとって全部、以前は当たり前だったコトだ。でも、今は違う。全てが宝石。
例えるなら、小さい頃から兄妹のように育った幼なじみ同士が第二次性徴を迎えて、突然お互いを異性として意識し始めるように・・・・・・。ラブたちの場合は同性ではあるし、何がきっかけだったのかは詳しく分からない。自分でも知らない間に急成長してしまった、ある感情。無意識の戸惑いを生んでいたそれに対して、ようやく正面から向かい合う事が出来た。
何度も耳もとで「ここが好き」「これも好き」と告白されて、せつなは非常にくすぐったい気分だった。放っておいたら一晩中続きそうなので、嬉しさに緩む唇でラブに呼びかける。
「ねえ、一個一個丁寧に並べているけど、それって一つの言葉にまとめられるんじゃない?」
「えっ」
ラブが怯(ひる)んだように言葉をとめた。恋愛に慣れていない少女にとって、その単語はちょっと恥ずかしいし、照れくさい。モジモジとためらう表情にほんのりと朱が差してくる。そんな彼女に、至近距離からの物静かな視線で圧力をかけるせつな。どうあっても言わせるつもりらしい。
こら、恥ずかしがってないで言いなさい。
こうもじっくり見られながらでは、余計に萎縮して言えなくなってしまう。 ――― だが、せつなの視線による静かな圧力は続く。真綿で首を絞められていような気分に耐え切れない。
「だ、大好き。せつなが大好き」
「フーン・・・、私を部屋に帰らせたいの? ラブは」
「わあぁっ、待って。愛してるっ、せつなを愛してますっ」
本気でベッドから出て行こうとしたせつなに、あわててラブがしがみつく。一応満足したせつながベッドに戻り、掛け布団の下で再び仲睦まじくラブと身体を寄せ合う。
「ふふっ、ほら、一つの言葉におさまったでしょ」
「もーっ!」
顔を真っ赤にしたラブが、いきなりバッと背を向けた。いじわるされた猫が拗ねているみたいでカワイイ ――― せつながクスクスと笑う。
そして、その背中を優しく抱きしめた。
「ラブを愛してる」
心からの言葉を背中越しに届ける。ラブのすらりとした肩の丸みを撫で、そこへ、コツっ・・・、とおでこを乗せる。
「お詫びなら何でもするから・・・・・・許して」
せつなの手が掛け布団を掴んで、二人の頭部がすっぽり隠れるまで引き上げた。「・・・っ!」とラブが驚く後ろから、チョコレートよりも甘い声音で尋ねる。
「おしえて。ラブは、どんなお詫びがほしいの?」
最終更新:2014年02月25日 22:32