アットウィキロゴ

私を呼んで、愛の言葉で(後編)/一六◆6/pMjwqUTk




 桃園家二階のラブの部屋。遊んでいるシフォンを所在無げに眺めていた美希と祈里の目の前に、突如、赤い光が現れる。光が収まった後には、ラブとせつな、それにティラミス長老と、タルトのフィアンセであるアズキーナの姿があった。
 シフォンがぬいぐるみを放り出して、大喜びで長老に飛びつく。
「おお、シフォン。元気やったか?」
「キュア~。シフォン、げんき~!」
 二カ月ほど前にスウィーツ王国で目にして以来の、二人の微笑ましい再会のシーン。それを嬉しそうに眺めてから、アズキーナは美希と祈里に向かって、丁寧に頭を下げて挨拶した。

「え……長老さんと、アズキーナちゃんを連れて来たの?」
「うん。アズキーナは、タルトが会いたいだろうと思ってね。長老さんは、タルトが会いたいだろうって理由もあるけど、ちょっと手伝ってもらいたくて」
 ラブは祈里の質問に答えると、長老に向かって、うん、とひとつ頷いてみせる。既に話を聞いているらしい長老は、いつもの軽~いノリで、ラブにウィンクしてみせた。
 ラブが、ナハハ~と笑って、長老の隣に座る。そして、はしゃいでいるシフォンの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、シフォン。この人は誰か、わかるよね?」
「ぱぁぴぃ~!」
 シフォンが満面の笑みで答える。
 長老が、赤ん坊のシフォンに向かって、自分のことを『パピー』と呼んで育てていた、ということは、ラブたちも以前に聞いて知っていた。ちなみに『パピー』とは、フランス語で『おじいちゃん』という意味である。

 ラブは、シフォンの答えに頷いてから、続いてこう問いかけた。
「そうだね。じゃあさ、シフォン。この人の名前は、なんていうの?」
「てぃらみす~!」
 即答だった。呼ばれた長老の方が驚いた様子で、シフォンの顔をまじまじと見つめる。
 ラブはニコリと笑うと、そのままの笑顔で、歌うようにシフォンに語りかけた。

「そうだよ、シフォン。ティラミス長老は、シフォンのだ~いすきなパピーだよね?」
「プリプ~!」
「長老さんはね、『ティラミス』って名前だけど、シフォンに出会って、シフォンの『パピー』にもなったんだよ」
「キュア? てぃらみす、ぱぴ~?」
 首を傾げるシフォンに、今度は長老が重々……しさはカケラもない笑顔で頷く。
「その通りや。シフォンがおらんかったら、ワシはパピーにはなれんかった。ワシのことをパピーと呼んでくれるんは、シフォンだけやからの」

 シフォンが、はじめは呟くように、やがて目を輝かせて、だんだん大きな声でこう言い始める。
「キュア~? てぃらみす、ぱぴ~……てぃらみす、シフォンの、ぱぁぴぃ~!」
「そう! 『ティラミス』は、シフォンの『パピー』。ねっ?」
「てぃらみす。ぱぴ~。だいすき~!」
 ラブの言葉に、キュアキュア~!と両手を振りながら嬉しそうに叫ぶシフォンを見て、ティラミス長老も眉毛をカタッと下げ、ふぉっふぉっふぉっ……と満足げに笑った。


   私を呼んで、愛の言葉で(後編)


 ラブが、シフォンに優しく頷いてから、今度は自分の鼻先を指差す。
「じゃあシフォン。あたしは?」
「ラ~ブ~!」
「そう。あたしの名前は『ラブ』。そして、シフォンにとっても『ラブ』だよね?」
「キュア~?」
 再び首を傾げるシフォンを、ラブは心から愛おしげに見つめて、にっこりと笑った。

「シフォンは、大好きな友達っていう意味で、あたしのことを『ラブ』って呼んでくれるでしょう?」
「プリップ~! ラブ、ともだち!」
 今度は最初から嬉しそうに声を上げるシフォンを、ラブはそっと抱き上げる。

「シフォンがあたしを『ラブ』って呼んでくれるとね、すっごく幸せな気持ちになるんだ。ああ、シフォンはあたしのこと、大好きでいてくれてるんだなぁって。あたしがシフォンを呼ぶときも、おんなじだよ。大好きなシフォンの名前を呼べるのが楽しくて、答えてくれるのが嬉しくて、あったかい気持ちになるの。だからね、シフォン。『ラブ』は、あたしの大事な名前だけど、シフォンに呼ばれる『ラブ』は特別なんだ」

「ラブちゃん……」
 祈里が感極まった表情で、小さく呟く。美希は、二、三度目をパチパチさせて、涙をごまかしている。
 瞬間移動でこの部屋に現れたときのまま、アズキーナと並んで今までのやり取りを見ていたせつなは、ラブの横顔に静かに微笑んでから、美希と祈里の側にやって来て、二人と並んでラブのベッドに腰かけた。

 いつになく静かに、じっとラブの目を見て話を聞いていたシフォンが、キュア~!と元気に両手を上げる。
「ラ~ブ~、シフォン、だいすき~!」
「ありがとう、シフォン。あたしも大好きだよ」
 そう言って柔らかくシフォンを抱き締めたラブは、そのまましばらくシフォンのぬくもりを感じるように目を閉じてから、シフォンの体をくるりと回転させて、三人の仲間たちの方に向けた。
「あたしだけじゃないよ。せつなも、美希たんも、ブッキーも、み~んなシフォンに――大好きな友達に呼ばれる名前は、特別なの」

「キュア~! せつな~、だいすき~!」
「ええ。私も大好きよ、シフォン」
「みぃき~、だいすき~!」
「アタシもよ、シフォン」
「いのり~、だいすき~!」
「ええ、シフォンちゃん」



 笑顔の視線と視線が柔らかく結び合って、何だか部屋の中が、ほっこりとあたたかくなる。
 せつなはその光景を見ながら、ふと、以前ラブに言われた言葉を思い出した。

――そっか、良かった。やっぱりイースじゃない、せつなだったんだね。

――胸が苦しいのは、せつなだからだよ。イースじゃなくて、せつなだから。

 最初のときは、やっぱりラブには自分の気持ちなんてまるでわからないんだと思った。正体を明かし、イースとして拳を交えたというのに、そんな自分の中にまだ、偽りの友情で築いた仮の姿を探すのかと。
 そして二度目のときには、ラブの言っている意味が、はっきりとはわからなかった。今はイースではなく、せつなとして生きているのだから――という単純な意味じゃないことはわかったが、ラブが何を言いたかったのか、理解したとは言い難かった。

 心の中に引っ掛かって強く残っていたこの二つの言葉の意味が、さっきのラブの言葉を聞いて、少しわかりかけたように思った。
 ラブは、今は本来の姿となったこの姿の自分そのものを、『せつな』と言ったわけではない。あのときのラブの中にあったせつな――彼女の中に確かに息づいていた、大切な親友の姿を、『せつな』と言ったのだ。

(もしそうなら……あの頃は偽りだと思っていた『東せつな』は、ラブの中にちゃんと居た、ってこと?)

 そんな馬鹿な、と打ち消そうとする心の奥から、やっぱり、という確信がゆっくりと浮かび上がってくる。そのことに戸惑いと嬉しさを感じて、せつなは微かに首を横に振った。



「せつなぁ~」
 ふいにあどけない声で呼びかけられ、せつなはハッとして顔を上げた。せつなの仕草を不思議に思ったのか、シフォンがキョトンとした表情でこちらを見つめている。
 慌てて笑顔を向けると、シフォンはすぐにプリプ~!とはしゃいだ声を上げた。

「せつな、どうしたの?」
「ううん、何でもないわ、ラブ」
 少し心配そうに問いかけたラブは、せつなの穏やかな返事を聞いて安心したように、美希にそっと目配せした。
 美希がリンクルンを開いて、タルトの画像を表示させる。ラブは、それをシフォンの目の前に差し出すと、もう一度その顔を覗き込んだ。


   ☆


「はぁ~、すっかり遅うなってしもた。ピーチはん、怒ってるやろか。それにしてもカオルはん、ドーナツ詰める手ぇまで止めてギャグを連発するやなんて、大丈夫かいな」
 ドーナツの袋を抱えたタルトが、ブツブツとそんなことを呟きながら、桃園家の門をくぐる。ラブに頼まれてドーナツを買いに行ったのだが、予想外に時間がかかってしまったのだ。
 小さなため息をひとつついてから、そろりと玄関のドアを開けると、家の中はいつになくひっそりとしていた。

「なんや、エラい静かやないか……。あ、そうやぁ。今日は圭太郎はんもあゆみはんも、おらんのやったなぁ。おーい、ピーチはぁん! ドーナツ買うて来ましたで~。遅うなって、えろうすんまへ~ん」
 一瞬ひるんだタルトが、普段正体を隠している二人が不在であることを思い出して、一気に大胆になる。だが、大声で叫びながら二階へ続く階段を駆け上がろうとした矢先に、リビングのドアがバタンと開いて、思わずギャッ!と跳び上がった。

「……な、なんやぁ、ピーチはん。パッションはんも、そこに居るなら居ると、言うてくれたらええやないか。びっくりしたぁ……」
 リビングの入り口に立っているラブとせつなの姿を見て、タルトがホッと胸をなでおろす。が、その腕に抱かれている二人に気付くと、再びその顔に緊張が走った。
「えっ? 長老! それに、アズキーナはんやないか。まさか、スウィーツ王国に何かあったんでっか!?」

「違うよ、タルト。いつも寝る間も惜しんで頑張ってくれているタルトのために、今日はみんなでお疲れ様会をやろうって話になったんだ。それで、長老さんとアズキーナにも来てもらったの」
 ラブがそう言って、じゃーん! と得意げにテーブルの上を指差す。
 そこには、ラブのハンバーグとせつなのコロッケ、それに美希が作った豪華なサラダを中心に、様々なご馳走や色とりどりの果物が、所狭しと並べられていた。

 思いがけない光景に口をあんぐりと開けるタルトに、祈里が、タルトにも片手で楽に持てそうな小さな陶器を差し出す。
「はい、わたしからはこれ。なかなか作ってあげられなくて、ゴメンね、タルトちゃん」
「これは、パインはんのアロマやないか! あ~、やっぱりええ香りやなぁ。おおきに。大事に使わせてもらいますわ。それにしても、なんや突然のことばっかりで、嬉しすぎて目ぇが回るわ。みんながこんなサプライズを準備してくれてたやなんて」
 少し頬を赤らめながら、全員に感謝の眼差しを向けるタルト。だが、ラブはその目の前で、チッチッチッ……とわざとらしく人差し指を立ててみせた。

「まだまだぁ。いっちばん大切なプレゼントは、これからだよっ!」
「一番……大切なプレゼント?」
 怪訝そうに眉根を寄せるタルトの目の前に、シフォンがふわふわと飛んで来る。そしてタルトの顔を見ると、キュア~!と嬉しそうな声を上げてから、あどけない声で言った。
「プリ? ……たーるーとー! だいすき~!」

「え……シフォン、今、なんて言うた?」
 タルトがぽかんとして、シフォンの顔を見つめる。
「プリ? シフォン、タルト、だいすき!」
 次の瞬間、タルトは「わ~っ!」と何だか間の抜けた歓声を上げながら、シフォンを力一杯抱き締めた。そして、そのふわふわした頬に頬ずりしながら、おいおいと声を上げて泣き出したのだった。


   ☆


 それからは、みんなで賑やかにご馳走を食べ、ゲームをしたり、長老やアズキーナと近況を報告し合ったり……。結局、タルトは一人でゆっくり休むよりも、みんなでワイワイ楽しく過ごす方を選んで、パーティーの時間は瞬く間に過ぎていった。
 夕方になり、長老とアズキーナが、名残惜しそうにスウィーツ王国へと帰還する。そして、そろそろ後片付けをしようかと四人が立ち上がったとき、ただいま~、というのんびりとした声がして、あゆみがパートから帰って来た。
「あ、お母さんだ! 長老さんたち、間一髪だったね」
 ラブが、仲間たちを見回して首をすくめてから、お帰りなさーい、と元気な声を張り上げる。

「あらぁ、美希ちゃん、祈里ちゃん、いらっしゃい。まぁ、みんなでパーティーしてたの? 楽しそうねぇ」
 リビングに入って来たあゆみは、美希と祈里に明るい声で呼びかけてから、せつなにニコリと笑いかけた。せつなもテーブルの上の食器を重ねながら、あゆみに笑みを返す。
「お帰りなさい、おばさま」
「ただいま、せっちゃん。あ、そうそう、お隣さんから頂いたリンゴがあるわよ。まだお腹に余裕があったら、みんなで召し上がれ」
 そう言って、自分の部屋に着替えに向かうあゆみ。その後ろ姿を笑顔で見送ってから、せつなは重ねた食器を台所の流し台に運ぶ。
 すると、シフォンがニコニコしながら飛んできて、おんぶをせがむように、後ろからせつなの首に両腕を回した。

「どしたの? シフォン」
「キュア~!」
 シフォンは、あゆみが出て行ったドアの方を眺めてから、せつなの頬に自分の頬をすり寄せて、相変わらずあどけない声で言った。

「あゆみ、せつな、おかあさん」
「え……シフォンったら、何を言ってるの?」
 ポカンとして間近にある幼い顔を眺めるせつなに、シフォンは実に嬉しそうに、なおも言葉を重ねる。
「せつな、おかあさん、だいすき~!」
 流し台の前に突っ立って一歩も動けないまま、せつなの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まった。

「シフォ~ン、ここにおったんかいな。あれ? パッションはん、何ボーっとしてるんでっか?」
 タルトがやって来て、せつなの顔を見上げて首を傾げる。
「な、何でもないわ。それより、シフォンに何か用があるんじゃないの?」
 せつなが慌ててシフォンを抱きかかえ、タルトに手渡す。すると、タルトはもうせつなのことなど眼中にない様子で、すっかり緩んだ顔をシフォンに向けた。

「なぁ、シフォン。もう一回、ワイのこと呼んでくれへんか?」
「プリ? タルト、だいすき!」
「プリ? て。それは余計やで、シフォン」
「プリ? シフォン、タルト、だいすき!」
「……まぁ、ええかぁ。おおきに、シフォン。ワイもシフォンのこと、大好きやで」
「キュア~! シフォン、タルト、だいすき~!」
「ううっ……! せ、せや。めっちゃ、めっちゃ大好きやで!」

 タルトに泣きながら頬ずりされて、シフォンが流石にプリ~……と苦しそうな声を上げる。
 せつなはその様子を、まだ頬を紅潮させたままで嬉しそうに見つめてから、あ、と小さく声を上げて、やっと流し台の前から離れた。
 食器棚に並んだ湯呑みの中から、あゆみの湯呑みを大事そうに取り出す。
 そしてせつなは、仕事で疲れているはずのあゆみに美味しいお茶をいれようと、いそいそと準備を始めた。


~終~
最終更新:2014年03月03日 21:54