「キュアエコー ニューステージ 前編 当たり前の日常」/アクアマリン




「あゆみー、そろそろ出ないと遅刻するわよー!」
「はーい、今出るところだって」
「この前みたいに数学の教科書忘れたとかない?」
「大丈夫。ちゃんと寝る前と朝に確認したもん」
「あら、そう」
「それじゃー行ってきます」
 そう言ってあゆみはドアを開けて玄関を出た。そして、ドアを閉じてから
「行ってくるよ、フーちゃん」
 そう小さく呟いた。



キュアエコー ニューステージ 前編 当たり前の日常



「おはよう、モモちゃん」
 そう言っていつも通り隣の家の犬に挨拶をするとモモちゃん、一見その可愛らしい名前からは想像もできない風貌の犬はあゆみに小さく2度ほえた。
「それじゃ、行ってくるよ。モモちゃん」
 自分を歓迎しているのかよくわからなかったが、あゆみは軽く手を振り、学校の方へと歩いて行った。

 そうして住宅街の中を歩いているとあゆみは街路樹が陽射しを受けて青々と生い茂っているのに気がついた。以前のようにうつむいたまま歩いていたのでは気づくことのなかった光景だ。

 あの事件の後、すぐにはわからなかったがあゆみは自分を取り巻く世界が少しずつ変わっていくように感じた。
知らない人ばかりでまるで監獄のように感じていた学校も、今では大切な自分の居場所であるとハッキリと思える。
 それだけではない。無機質そのもののように思えたこの町も今では色鮮やかで活気に満ちあふれ、頬をなでる風も優しく感じられる。
 そのことに気づくきっかけとなったのは、皮肉にも全てを消し去りたいという考えが引き起こしたあの事件だった。
(リセットされなくて良かった…)
あゆみはそんなことを考えながら学校への道を歩いて行った。



「ねえねえ、昨日のプリキュアの話聞いた?」
「うんうん、ホントすごかったー!あゆみは?」
「うん、私も朝のニュースで見たよ」
「すっごいカッコよかった~」
授業の合間の休み時間、あゆみとその友達の話題は昨日の幻影帝国とプリキュアとの戦いで持ちっきりだった。

「このぴかりが丘で戦っているプリキュアってホントにかっこいいよねー」
 そう言って友達の1人、緑色の髪の子が雑誌に載っている写真を指差した。そこにはぴかりが丘で幻影帝国と戦っている2人のプリキュアが写っている。

「でもアタシはこっちのプリキュアの方が好みかな~」
 もう1人が指差した写真には大貝町のシンボル、四葉タワーの頂上に立つ6人の女の子が写っていた。

 あゆみはテレビで何度か見たことのあるそのプリキュア達を改めてよく見てみた。どちらも直接会ったことはないので、どんな子なのかはよくわからない。それでも大切な友達や日常を守るために日々全力で戦っているのだろうということは今のあゆみにはよくわかった。

「あゆみ、あゆみってば」
「えっ」
 ふと気がつくと友達の1人が何度もあゆみに呼びかけていた。

「どうしたの?さっきからぼんやりして」
「ああ、ちょっとこの記事に見入っちゃて」
「あゆみってば、本当にプリキュア好きだね」
「ゴメン、ゴメン。それで、何の話?」
「ほら、もうテストまで1週間切ったじゃない。それでウチで勉強会開こうって思って」
「勉強会?」
「そう、今日はウチの両親仕事で遅いからちょうどいいなって。あゆみは何か予定ある?」
「ううん、特には」
「それじゃあお菓子持ち寄ってウチのマンションに集合ってことでいいね!」
「うん!!」
 ちょうどその時、授業を告げるチャイムが鳴り、あゆみたちは慌てて自分の席に戻った。そしてあゆみは放課後の勉強会に胸をおどらせながら、教科書とノートをカバンから取り出した。



 その頃、町の中心にそびえるビルの屋上では幻影帝国の幹部、ナマケルダが寝っ転がっていた。
「まったく、この町ときたら人や建物がやたら多くてうっとうしいですな」
 そんなことをぼやきながらナマケルダは起き上がり
「ここはひとつ私がきれいさっぱり片付けてあげますぞ」
 かすかな笑みを浮かべながらつぶやくと、瞬時にその場から姿を消した。



「みんなー、お待たせ」
「あゆみってばおっそ~い」
「ごめん、どのお菓子持っていくか悩んじゃって」
 そう言ってあゆみはバッグから袋詰めのクッキーを取り出して、テーブルの中央のバスケットの中に入れた。

「そういうトコ、あゆみらしいよね」
「ふふっ、」
「それじゃあ、みんな集まったことだし始めよっか」
「うん!」

 こうしてお茶やお菓子を持ち寄り華やかな雰囲気の中、女子会、もとい勉強会が始まった。

「ねえ、あゆみ。ここの英語の問題わかる?」
「ああ、それはこの助動詞を使って書くの」
 そう言ってあゆみは英文を完成させる助動詞を教えた。
「そっか~」
「今度はこの数学の問題がわからないんだけど」
「これは連立方程式を使えば解けるわ」
今度はあゆみが教えてもらう番だ。友達の中で一番数学が得意な子に聞くとすぐに連立方程式を書いて解法のヒントを示してくれた。
「さすがだね、ありがとう」
「お互い様だって、また英語でわからないところがあったら聞くから」
「うんっ」

 そうして互いに教えあう声やたわいもない雑談が時折部屋を賑わすが、基本的にはペンを走らせる音だけで静かだ。それでいて、堅苦しいとか窮屈といった雰囲気というものは一切ない。あゆみは勉強に集中する一方で、この勉強会の独特の雰囲気に少なからず驚いていた。自分1人だったらこんなふうに勉強することは思いもよらないだろう。多分だらけるか、携帯をいじったりしてしまうかのどちらかだ。もちろん1人で集中できるのが1番良いのだろうが。

「ねえ、そろそろ休憩しない?」
 勉強を初めて1時間ほどたった頃に友達の1人がそう言ってきた。
「それいいね」
「アタシもちょっと古典で煮詰まってきたし、賛成~」
「あゆみは?」
「私も言い出そうかなって思ってた頃なの」
「それじゃあ全員一致ってことで」
 そう言って1人がお菓子の詰まったバスケットに手を伸ばすと他の子たちも合わせるようにお菓子を手に取った。
 あゆみも大きく背伸びをしてからキャンディを手に取った、その時だった。

 突然、地震のような揺れがリビングを襲った。その場の和やかな雰囲気は一瞬にして凍りつく。
「何?今の!?」
 そう言ってあゆみはリビングの窓を開け、ベランダに出て外を見た。すると下の路上では大勢の人が暴れまわる奇妙な怪物から逃げていた。

「うそっ!!また何か現れたの?」
「あっちのほう、みんな逃げてる!」
「ヤバイよ、アタシたちも逃げないと!」
「でも逃げるってどこに?」
 あゆみの友達があわてふためく中、あゆみもこの事態に動転しながらもあることに気づいた。

「学校…」
「えっ?」
「みんな、とりあえず私たちの学校に逃げよう!」
 この町では津波や地震などの災害に備えて公民館や公園などを避難場所として指定している。その中の1つにあゆみたちの通っている学校があることをあゆみは思い出した。
「「「うんっ!」」」
 その言葉に冷静さを取り戻したようにあゆみの友達も頷き、4人はリビングを飛び出して、学校の方へ向かった。



 町は恐怖と混乱の中にあった。怪物に追い立てられるように街の人たちは逃げ惑い、その流れに押されながらあゆみ達は学校へと向かっていた。

(どうして?また、こんな…)
 あゆみは逃げながらこの事態に戸惑っていた。この状況はかつて自分が起こしてしまったあの事件と似ていた。
逃げ惑う人たち
突如として崩壊する日常
大切なものを失うかもしれない恐怖
この混乱の中にいるとどうしてもあの時のことが浮かんでしまい、足が止まりそうになるのをこらえながらあゆみは必死に走った。

 そうして10分ほど走るとあゆみたちは学校に到着した。既に近くから逃げてきた人たちが体育館や校舎の中に避難している。
「あゆみ、アタシたちも中に」
「うん!でも、ちょっと待って」

 そう言ってあゆみはきびすを返し、校門のほうに戻った。
「あゆみ?」
 あゆみの友達が不思議がる中、あゆみは1度大きく深呼吸してから
「みんなー!!この学校に避難して下さーい!」
 大声で逃げ惑う人たちに呼びかけた。

「あゆみ……」
 その行動にあゆみの友達は驚いた。おとなしく内気なあゆみがこんな大胆とも思えるような行動をとるとは思ってもみなかったからだ。しかし、すぐに互いに頷き合うとあゆみのもとへ走り、同じように大声で呼びかけた。
「こっちのほうに逃げて下さーい!」
「慌てずに逃げて下さーい!」
「まだ避難する場所は十分ありまーす!」

 その声に逃げ惑っていた人たちも冷静さを取り戻した。次々と学校の中に入り、自発的に誘導や高齢者の手助けに回った。それは混乱の中にかすかでも秩序が戻った瞬間でもあった。

 しかし、この落ち着いた状態も長くは続かなかった。
「おい、見ろよ!!あれ」
 そう言われてあゆみたちがその男の指差したほうを見ると、街を襲っていた扇風機を模した怪物がビルの屋上に立っていた。その怪物は扇風機の羽根を回転させ、上空に大量のカビを撒き散らした。たちまち、ビルや路上、街路樹がカビで覆われていく。その勢いは凄まじく、この学校が飲み込まれるのも時間の問題だろう。

(一体、どうすればいいの?)
 あゆみが自問自答していた時だった。突然、誰かの泣き声が聞こえた。あゆみがその声がしたほうを振り向くと、小さい女の子が母親にすがりつきながら泣き声を上げ、母親が必死になだめていた。

 その光景を見てあゆみは胸を痛めた。この状況で自分ができることをしてきたつもりだったが、それでも自分の無力さを思い知らされているような気がしたからだ。

(そうだ!)
 上手くいくかどうかわからなかったが、この状況で自分に出来ることがまだ1つあることに気づいた。
あゆみはゆっくりと親子のほうに近づくとしゃがみこみながら穏やかに言った。

「これ、あげる」
「えっ!?」
 そう言ってあゆみは食べようと思ってそのまま手付かずになっていたキャンディをポケットから出して、その子のほうに差し出した。
「これ舐めれば少しは元気になると思うの、だから」
 その様子を見て母親はこの見ず知らずの少女が自分の娘を、そして自分を少しでも元気付けようとしているのがわかり、娘に向かって優しく言った。

「ホラ、受け取りなさい」
 そう言われてその子はおずおずと手を伸ばした。あゆみはその子の手を自分の両手で包み込むようにしてキャンディを渡した。

「ねえ」
 そう言ってその子はキャンディを握り締めたまま、あゆみと自分の母親のほうを見ながら聞いた。
「プリキュア、きてくれるかな?」
「えっ」
 その言葉を聞いて母親は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、あゆみはその子の手を握ると力強く言った。
「大丈夫、絶対来てくれる!」
 そうしてあゆみは立ち上がり、その子のほうを一度向いてから今度は笑顔で言った。
「ありがとう」

 どうしてそんなことを言われるのか分からずポカンとしたその子を尻目に、あゆみは校舎の裏側へと走っていった。そして人気のないところまで来ると胸のポケットからエコーデコルを取り出した。

(行くよ!フーちゃん、みんな)
 そうしてあゆみはこの町で自分を見守っている友達と今もどこかで戦っている仲間たちのことを考えながら、エコーデコルに思いを込めた。するとエコーデコルはあゆみの思いに応えるようにまばゆい光を放ち、その光はあゆみを包んでいった。

「思いよ届け、キュアエコー!!」

 そして再びキュアエコーに変身したあゆみは力強く地面を蹴って、町と町の人たちを苦しめている怪物のほうへと向かっていった。



最終更新:2014年03月29日 18:19