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灯りが二つ/一六◆6/pMjwqUTk




 ぴかりが丘の一角に建つ、駐日ブルースカイ王国大使館
 以前は多くの人々が集い、夜遅くまで不夜城のように明るかったこの建物も、今では火が消えたように、ひっそりと静まり返っている。
 と言っても、誰も居ないというわけではない。建物の中庭に位置する、外からは見えにくい二階の一部屋に、今日はいつもより遅くまで灯りが点いていた。

 やがてその部屋のドアが開き、一人の少女が廊下に顔を出した。キョロキョロと辺りを見回してから、階段を下り、やはり灯りが漏れているキッチンを覗く。そして、そこにお目当ての小さな背中を見つけると、少女はフッとその顔をほころばせた。

「ここに居たの?リボン。ねぇ、お腹空いた。何かお夜食・・・あれ?」
 いつもの少し甘えた声で話しかけながらキッチンに入って来た少女――ひめが、そこで小さく首を傾げる。
 部屋の中に居た妖精――リボンが、テーブルの上に座り込んで、何やら一心に書き物をしているのに気付いたからだ。
 何を書いているのだろうと、リボンの小さな肩越しに、その手元をひょいと覗き込む。ひめの大きな影に光を遮られて、リボンは不思議そうに後ろを振り返った。

「まぁ、ひめ。どうしたんですの?」
「え?ああ・・・勉強してたら、お腹空いちゃって。それよりリボン、何書いてるの?」
 ひめの問いに、リボンはテーブルの上の小さな――リボンの体に対しては大きなノートを見せる。
「これは、私のお料理ノートですわ。今日のゆうこの差し入れが、とっても美味しそうでしたので、ゆうこに頼んで、幾つか作り方を教えてもらったんですわ。」
「へぇ!そうなの!?」
 ひめが目を輝かせる。
 今日めぐみと一緒に食べた、『おおもりご飯特製・勉強できちゃう定食』は、実に美味しかった。
 まぁ、おおもりご飯の料理は、いつ何を食べても、本当に美味しいのだけれど。

(それじゃあ・・・今度から、『リボン特製・勉強できちゃいますわ定食!』が食べられるかもしれないってことね!)

 思わず口の中に溜まった唾を、ゴクリと飲み込む。その時、今度はリボンが小首を傾げて、不思議そうに問いかけてきた。

「ところでひめは、こんな遅くまで何のお勉強ですの?・・・まさかっ!ひめもめぐみと一緒に再試験を・・・!」
「違う違う!わたしは再試験なんか受けなくていーのっ。まあ、順位は誠司ほど良くはなかったけど、英語は学年で一人だけ百点だったんだから!」

 エッヘン!と胸を張るひめに、リボンも、吊り上げそうになった眉を下げて、まぁ凄いですわ!と歓声を上げる。もっとも、リボンはひめの英語の点数が良かったこと自体には、実はそれほど驚いてはいなかった。
 甘やかされて育ったとはいえ、ひめはブルースカイ王国の次期王位継承者。それなりの教育は受けている。特に語学に関しては、幼い頃から何人もの家庭教師を付けられ、英才教育を施されてきたのだから。
 しかし、テストの出来には精神面が少なからず影響するものだ。ただ学力があるだけでは、そんな難しいテストで満点を取るのは難しかったかもしれない。
 めぐみ、誠司、ゆうこ――それに、毎日少しずつ、ひめの口から出る名前が増えている、クラスメイトたち。
 彼らのお蔭で、ひめは学業でも遺憾なく実力を発揮できるほどに、学校生活を楽しめるようになってきたのだろう。
 それを心から嬉しく思いながら、少々大袈裟に驚いてみせたリボンだったが、その後のひめの台詞を聞いて、今度は本当に目を見開いた。

「今はね、わたしの勉強っていうより、めぐみのために、テスト勉強で暗記しなくちゃいけないヤツをノートにまとめてたんだ。」
「まぁ・・・ひめが、めぐみのために?」
「うん。だってぇ!めぐみにとっては、プリキュアになって初めての・・・つまり、わたしと友達になって初めての、大ピンチなんだよっ!」
 両手の拳をギュッと握り、身を乗り出して力説したひめは、そこでホッと小さく息を吐き出して、握った手を下ろした。

「ねぇ、リボン。わたしね。」
 ひめが、今度は少し小さな声で、ゆっくりと語り始める。
「友達になったばかりの頃から、めぐみがわたしの気持ちをよく分かってくれて――分からないときでも、分かろうとしてくれてるのが、凄く嬉しかったんだ。」

 いまでもその光景をありありと思い出せる。めぐみがプリキュアになって、初めて二人でサイアークと戦った時のこと。
 怖くて戦いの場から逃げ出して、さらにはめぐみとリボンとブルーの前からも逃げたひめを、めぐみは見つけ出して、こう言ってくれた。

――そっかぁ。ダメでも何度もチャレンジしてきたんだ。
――怖くてもプリキュアやってきたなんて凄いよ。ひめ、偉い!

 そんなことを言ってくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。あの時のめぐみの言葉が無かったら、自分は果たして今までプリキュアを続けて来られたのか、全く自信が無い。

「だからさ、今度はわたしがめぐみの気持ちを分かって、助けになってあげようって思ったんだけど・・・。めぐみったら、勉強が得意じゃない、って言うだけで、何が分からないのか、何につまづいちゃってるのか、なぁんか自分でもよく分からないみたいなんだよね。」
 はぁっ、と大きなため息をつくひめに、リボンも苦笑しながら頷く。夕方、リボンも二人が勉強している様子を見ていたのだが、確かにめぐみは、自分がどこが分からないのかも、よく分かっていない様子だったのだ。

「それでね。今のめぐみの気持ちはよく分からないから、それなら、これから先のめぐみの気持ちを――めぐみが、これやらなきゃ、どうしよう!って明日くらいには思うだろうなーってことを、考えてみたんだ。」
「それで、暗記物のノートを作ってるんですの?」
「そ!」
 両手を腰にやり、つんと上を向いて澄ましているひめの顔を、リボンは、その丸い瞳を潤ませて見つめた。

「ひめ、偉いですわ。リボンは心から、感心しましたですわ!」
「えへへ~、そんなこと、あるけど!」
「めぐみが知ったら、きっと跳び上がって喜びますわ。」
「・・・そうかな。」
 得意満面だったひめが、少し頬を染めて、上目づかいにリボンの顔を見る。実に嬉しそうに――そして、ほんの少しだけ不安そうに。
 そんなひめの気持ちを感じ取って、リボンは小さな体を一杯に使って、大きく頷く。
「ええ。そうに決まってますわ!」
 その力強い答えを聞いて、ひめはニッコリと、屈託のない顔で笑った。

「じゃあさ、リボン。わたし、もう少し頑張ってまとめちゃうから、お夜食に美味しいパンケーキ・・・」
「ひめ。よろしかったら今夜は私の気持ちにも、少しだけ寄り添って下さいな。」
 え~、と不満を口にしかけたひめが、リボンの表情を見て、その言葉を飲み込んだ。
 いつもの、「私はひめの健康を考えて・・・」とお小言を言うときの顔ではない。
 リボンの目の輝きは、何だか楽しいことを目の前にしているときのように、とてもキラキラしているのだ。

「えーっと、じゃあ・・・何を作ってくれるの?リボン。」
 半ばしぶしぶ、と言った調子で問いかけるひめに、リボンは、よくぞ聞いてくれました、という表情で胸を張った。
「ゆうこに、日本の美味しいお夜食を教えてもらったんですわ。
温かくて、消化が良くて、頭にもとっても良くて、何より美味しい、『卵とじうどん』というお夜食ですわ!」
「オー!ジャパニーズ・ヌードル!」
 リボンのあまりにも楽しそうな解説に、ひめが思わず歓声を上げる。そして、ハッとしたように、バツが悪そうな顔でコホンと咳払いをすると、もう一度リボンの顔を見て、ニッと小さく笑った。

「じゃあわたし、部屋で続きをやってるから。なるべく早く作ってよね。」
 そう言って、再び階段を上がっていくひめを見送って、リボンは鼻歌を歌いながら、冷蔵庫へと向かう。
 明日の朝ご飯は、友達思いのひめへの小さなサプライズ・プレゼントとして、美味しいパンケーキを焼いてあげよう――そう思いながら。

 駐日ブルースカイ王国大使館の大きな建物は、今日も黒々とした闇に沈んでいる。
 でも中庭に面した建物をよく見ると、灯りがともる窓が二つ。
 一階と二階にひとつずつ見えるその窓の灯りは、まるで闇夜に光る二つの星のように、小さいけれどあたたかな光を放っていた。


~終~
最終更新:2014年04月20日 23:43