イエローハートの証明 ( 第7話:ダイヤの行方 )
連続して響いていたシャッター音がわずかに途切れると、顔の筋肉がほんの少し緩む。
決して気を抜いたわけではない。これは次の顔を作るための、予備動作みたいなものだ。
「いいよ~、美希ちゃん。ベリー・クール!はい、目線こっちね~。」
全身を黒でまとめたカメラマンが、一ポーズ毎に鮮やかに表情を変える美希の姿を、次々と切り取っていく。
「は~い、お疲れ。ああ、美希ちゃん、来週の撮影場所を確認してくるから、着替えたらちょっと待っててくれる?」
プロデューサーの言葉に笑顔で頷いて、お疲れ様でした~、とそこに居る全員に挨拶をしてから、美希はスタジオを後にした。
控室に入り、衣装のままでまずはリンクルンをチェックする。
着信ゼロ。健人からは、まだ何の連絡も無いのだろうか。
中学三年生になるのとほぼ同時に、美希は読者モデルから専属モデルになった。その結果、最近は仕事の時間が、昨年と比べて格段に増えていた。
契約したプロダクションは、仕事と学業の両立をよく考えてくれているし、オフの時間に美希がダンスレッスンに通うことも認めてくれている。が、そうは言っても仕事が入っていれば、今回のような大変な事態であっても、こうしてラブたちに連絡を頼んで、それを待つだけになってしまう。
昨年とは違うその状況を改めて実感して、美希は小さくため息をつく。と、その時。
「あら、蒼乃さんじゃない。」
控室に入って来た人物が、美希を見つけて声をかけてきた。
栗色のふわりとしたロングヘアに、知的な光を宿した瞳。最近じわじわと知名度が上がっている、高校生モデルの夫婦坂涼子だ。美希とは何度かオーディションで一緒になったことがある先輩で、その凛とした立ち姿と飾らない人柄で、モデル仲間の間にもファンが多い。
お疲れ様です、と挨拶する美希に、涼子は茶目っ気たっぷりに、パチリと片目をつぶって見せる。
「なぁに?彼氏からのメールでもチェックしてたの?」
「うふっ、違いますよ。ちょっと、友達からメールが来ることになってるもので。」
涼子の口調に合わせて軽い調子で答えた美希の言葉に、友達か、と呟いて、彼女は少し申し訳なさそうな顔になった。
「そう言えば、蒼乃さんたちのダンスユニットって、去年のダンス大会で優勝したんでしょう?
あたし、謝らなきゃいけないわ。『ダンスにうつつを抜かしてる』だなんて、失礼なこと言っちゃって。ごめんなさい。」
「いいえ、そんな。」
律儀に頭を下げる涼子に、美希が慌てて歩み寄り、その手を取る。
確かに去年の秋頃、そんなことを言われたことがあったのを思い出した。涼子がその時、仕事のことで激しく落ち込み、苛立っていて、それが普段の彼女らしからぬ発言に繋がったということは、後から知った話だ。
美希としては、ダンスに対する自分の気持ちを改めて言葉にする機会になったくらいのもので、特にショックを受けたりはしなかったのだが、涼子の方は、もしかしたらずっと気にしていたのかもしれない。
涼子は美希の手をそっと握り返してから、その手を放して照れ臭そうに微笑んだ。
「今もまだ続けているんでしょう?ダンス。」
「はい。でも、このところ時間が取れなくて、なかなかレッスンに行けなくて。友達には、迷惑かけちゃってますけどね。」
「最近売れっ子だもんね、蒼乃さん。」
「いえ、そんなんじゃ・・・。」
美希がもう一度かぶりを振ると、まるでそれに合わせるかのように、マナーモードにしておいたリンクルンが、ブルブルと振動し始めた。
「ちょっと失礼します。」
急いでメールをチェックした美希が、わずかに目を見開く。
てっきりラブからだろうと思っていたメールの送信者欄に、「せつな」の文字があったからだ。
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From :せつな
To :美希
Subject:返事が来ました
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お仕事、お疲れ様。
健人君が、家に訪ねて来ました。御子柴家にダイヤは無いという返事です。
今日はお父さんもお母さんも家に居るので、これからクローバー・カフェに場所を移します。
ブッキーと隼人と瞬も一緒に、詳しい話を聞いてみるわ。
夕方改めて、カオルちゃんのお店で作戦会議しようって話しています。来られる?
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どうやら喫茶店に向かう途中、歩きながらメールを打ったらしい。
詳しい話を聞いてからだろうが、御子柴家に手がかりが無いとすると、謎はまた振り出しに戻ったことになる。それとも健人の答えに、せつなたちは何か不審なものを感じているのだろうか。
メールを読んだ瞬間に曇った美希の表情は、しかしすぐに、かすかな苦笑いに変わった。
(それにしても、相変わらず愛想が無いというか・・・真面目よね、せつなのメールは。)
絵文字だらけでカラフルなラブのメールとは対照的に、あまりにもシンプルで、必要最小限なことしか書かれていない文面。それをもう一度読み返した時、美希は、画面右端のスクロールバーが、一番下まで下りていないことに初めて気付いた。
念のために、画面をスクロールさせる。すると、本文から五行以上も間が空いたところに、「追伸」の文字が現れて、今度は美希の頬が、思わず緩んだ。
≪追伸:ごめんね。私のメール、相変わらず愛想が無くて。≫
まるで美希の心の声が聞こえたかのような、最後の一文。それを見ていると、仲間になって間もない頃の、今よりもっと素っ気なかったせつなのメールの文面を思い出した。あまりの素っ気なさに、最初は遠慮して何も言わなかった美希も、親しくなってからは、冗談めかして何度か話題にしたものだ。
必要な時以外は決してメールして来ないせつなと、どちらかと言えばメールより電話派の美希の間で、そう多くのメールがやり取りされたわけではない。それでも、最初はまるで味気なかったせつなのメールは、少しずつ柔らかく、格段に読みやすくなって、今では「せつならしいメール」と言える個性を持ったものになっていた。そしてどうやら、今でも変化は続いているようだ。
(大体、「お仕事、お疲れ様」だなんて、今まで書いてきたことあった?)
吹き出すのをこらえて、返信しようとキーを操作する。すると突然、リンクルンの画面の代わりに自分の顔が目に飛び込んできて、美希は驚いて顔を上げた。
いつの間にか、悪戯っ子のような表情をした涼子が目の前に立っていた。彼女の右手はリンクルンの上に差し出されていて、掌には小さなコンパクトが乗っている。
「見た?今のあなたの表情。優しくて、あったかくて・・・このあたしが嫉妬しちゃうくらい、いい顔してたわ。」
キョトンとして自分とコンパクトを見比べる美希に、涼子がニコリと笑いかける。
「そんな顔が出来るなんて、モデルとしての大きな武器ね。あなた、本当にいい友達を持っているわ。少々会えないくらいで、手放しちゃダメよ。」
「あ・・・ありがとうございます!」
美希の顔が、珍しく真っ赤に染まった。
イエローハートの証明 ( 第7話:ダイヤの行方 )
サクッという、ほとんど音とも呼べないような気配と共に、ドーナツがきれいに二つに割れる。その片方を、たった二口で無造作に頬張って、カオルちゃんは、うんうん、と二回頷いた。
直立不動でその様子を見守っていた隼人が、ゴクリと唾を飲み込む。
こちらの世界は大型連休とやらで、休みが長いと遠出をする人が多いらしい。だからなのか、今日はお客さんがほとんど来なかったので、夕方の待ち合わせ時間までの間、隼人は一通りドーナツ作りのおさらいをすることが出来たのだ。
カオルちゃんは、手に持ったもう半分のドーナツもあっという間に平らげると、隼人の顔を見て、ニカリと笑った。
「うん、進歩してるね~。昨日のはまだまだ重たかったけど、今日のは倍くらい軽くなってるよ。あれ?軽くなってるんだから、倍じゃなくて半分って言った方がいっか。グハッ!」
ドーナツよりさらに軽いカオルちゃんの言葉に、隼人が安心したように大きく息を吐く。それを見てから、カオルちゃんはその軽い調子のままで、さらに言葉を続けた。
「でもね、お兄ちゃん。味や食感以上に、まだまだ一番大切なことがおろそかになってるよん。」
「えっ?一番・・・大切なこと?何だ、それはっ!あ・・・すまん、それは何か、教えて下さい、師匠!」
「ありゃま。そんなに硬くならないでよ~、ドーナツもお兄ちゃんも。」
再び直立不動になる隼人に、グハッ!と大口を開けてみせてから、カオルちゃんはワゴンに据え付けられた、大きなフライヤーを指差す。
「コイツだよ。最初に使い方を説明した時に言ったろ?使い終わったら、本体のスイッチを切るだけじゃなくて、ガスの元栓、ちゃんと閉めとくんだよ、って。」
「あ・・・そのことか。」
ドーナツのことでは無いと知って、思わず肩の力を抜く隼人。その顔を見て、カオルちゃんの目が光った。
「お兄ちゃん。今、なぁんだそんなことか~、って思っただろ?ドーナツの出来のことじゃないんだ、ってさ。」
「いや、そ、それは・・・」
慌てる隼人の目の前で、カオルちゃんは、チッチッチッ・・・と人差し指を立てて見せる。
「防災の心得は、ドーナツの出来以前の話だよ。いい?火事は絶対に起こしちゃダメ。人を幸せにするドーナツで、人を不幸にしちゃあ、いけないよ。」
サングラスの奥から隼人の目を覗き込んで、噛んで含めるようにそう言ってから、その口調がガラリと変わった。
「それでもさ。その気はぜんっぜんなくったって、時にはミスをしちゃうのが人間なんだよね~。だから、念には念をいれなきゃダメなわけよ。
必ず二回以上はチェックすること。今のやり方でどういう事故が起こる可能性があるか、時々シミュレーションして対策を考えておくこと。それから、少しでも気になることがあったら、そのままにしないでちゃあんと確認すること。気を付けることは、そんくらいかな~。」
「少しでも・・・気になることがあったら・・・か?」
隼人が、少し掠れた声で、オウム返しに呟く。
「うんうん。人間の感覚ってさ、これが結構バカにならないんだよね~。
何でもそうだけど、面倒でも小さいうちに確かめといて良かった~、なんてこと、あったりするからさ。これがだんだん大きくなってくると、確かめるのが怖くなっちゃったりするしね。
ま、その小さいことも大きいことも気にしないおじさんの性格が、一番アブナいんだけどね~、グハッ!」
三度天に向かって口を開ける能天気そうな顔を見つめて、隼人が、いつになく真面目な顔で頷く。
「そうだな、お蔭で目が覚めた。ありがとう、師匠。」
「どういたしまして~。って、そんなに感動しちゃった?今の話。」
怪訝そうに首を傾げるカオルちゃんに、隼人がやっと、小さいながら今日初めての笑顔を見せる。
すると、カオルちゃんの隣りから不意に一本の手が現れて、皿の上のドーナツをひょいと攫った。
いつの間にやって来たのか、瞬が無表情のまま、隼人が作ったドーナツを口に放り込む。
「ふむ。昨日のよりもサクサク感があるね。でも、もう少し砂糖を入れるか、粉砂糖かチョコレートがたっぷりかかっていてもいいんじゃないかと、僕は思うけど。」
「瞬!お前、いつの間に昨日のドーナツなんか食ったんだ!」
「お兄ちゃん・・・苦み走ったいい男なのに、相変わらず味覚だけはアマアマなのね~。」
驚く隼人と呆れ顔のカオルちゃんに、ふっと一瞬だけ微笑んで、瞬は素早く二個目のドーナツに手を伸ばした。
☆
ラブたちがドーナツ・カフェに集まって来たのは、それから三十分ほど経ってからだった。丸テーブルを二つくっつけて、六人でそれを囲む。都合のいいことに、カオルちゃんは隼人に店仕舞いを頼んで、さっさと町へ出かけてしまった。
夕方とはいえ、まだ太陽は十分に高いところにあって、光と熱が存分に降り注いでいる。去年の今頃は、もうこっちの世界に居たはずだが、こんな明るさと暖かさを味わう感覚は、あの頃は持っていなかった――隼人がそんなことを思っていると、昼間現場に居なかった美希が口火を切って、話は早速本題に入った。
「それで健人君の返事は、御子柴家のお屋敷にはダイヤも無いし、ナケワメーケが生まれたなんてことも無さそうだ、ってことなのね?」
ラブが、うん、と浮かない顔で頷いて、オレンジジュースを一口飲む。
健人が桃園家を訪ねてきたのは、今日の昼過ぎのことだった。在宅していた両親に見つからないように、ラブとせつなが慌てて出迎えたのだが、健人はそんな二人の表情をろくに見もしないで、いつになくはきはきと、御子柴家はダイヤともナケワメーケとも無関係だと返事をした。そしてさっさと帰ろうとしたところを、二人が半ば強引に、商店街の喫茶店に連れて行ったのだ。
理由は、仕事中の美希を除いた全員で返事が聞きたかったためと、もう一つ。
「隼人。健人君からは、ダイヤの気配は何も感じなかったのね?」
せつなの問いに、隼人が重々しく頷く。
「ああ。ずっと注意していたが、何も感じなかったな。」
「僕もだ。まあ隼人が感じ取れないんじゃ、それも当然だけどね。」
「そう。」
隼人と瞬の言葉に、せつながじっと考え込む。
この世界の人間として生まれ変わったせつなにとってはもう過去の感覚だが、ナケワメーケを使役していた二人には、そのコアであるダイヤが近くにあれば、それを感じ取ることが出来た。また、ダイヤがその場に無くても、ダイヤと関わった人間と会えば、そうだと分かった。
だから、もし今回のナケワメーケが御子柴家で生まれたのなら、二人が健人から何らかの気配を感じる可能性は高いと思われたのだ。
「やっぱり健人君は・・・御子柴家は、今回の事件とは関係無いのかしら。」
少しの沈黙の後、小さな声でそう呟いたせつなの肩に、今日は左手にしか手袋を着けていない祈里が、そっと右手を触れた。
「ねえ、せつなちゃん。何か気になることがあるなら、全部言って。」
「・・・え?」
「せつなちゃんは、健人君の答えに納得なんかしてないんでしょう?何かを隠しているか、それとも嘘をついているのかもって、そう思ってるんじゃないの?」
いつもながら、優しく穏やかな口調での、ストレートな問いかけ。間近から覗き込んでくる祈里の大きな瞳から逃れるように、せつなが少しどぎまぎと視線を泳がせる。
「でも別に、何か根拠があるわけじゃ・・・」
「根拠なんか関係ないよ!大事なのは、健人君の話を聞いて、せつながどう思ったか。それだけだよ。」
「アタシは直接話を聞いてないから、どんな小さな心配事も、全部聞いておきたいわ。たとえ勘でも、せつなの勘ならラブより断然頼りになるもの。」
「ちょっと美希たん!それ、どういう意味?」
いつものように小競り合いをしながら、ラブと美希も、瞳に強い光を宿してせつなを見つめる。
ラビリンスの幹部特有の力は失っても、せつなの観察力、洞察力が群を抜いていることを、仲間たちはよく知っている。そしてその反面、人を疑うことに、せつなが人並み以上に躊躇してしまうことも――時には、まず自分の感覚を疑ってしまいかねないことも、もしかしたらせつなが自覚している以上に、彼女たちはよく知っていた。
以前と変わらぬ三人三様の反応に、せつなが思わず、ふっと顔をほころばせる。
「そうね。事件とどう結びつくのかは分からないけど、健人君は明らかに何かを知ってて、隠してる・・・そんな気がしたわ。でも、もしかしたら御子柴家にダイヤがあるんじゃないかって言われて、気を悪くしていただけなのかもしれないけど。」
健人の、まるでどう答えるかを練習してきたかのような、すらすらと淀みのない口調。挑みかかるようにこちらを見据えているのに、何となく落ち着きのなかった目つき――。
不審を感じたポイントについて、せつなが幾つか説明すると、祈里も同じような印象を持っていたようで、何度も大きく頷いた。
「そっか。本当に何かを隠しているのか、何とか確かめられないかな。」
ラブがそう言って仲間たちを見回す。するとその言葉を引き取るかのように、隼人が少し緊張した面持ちで口を開いた。
「それと直接関係があるかは分からないが、俺も一つ、ダイヤのことで確認しておきたいことがある。」
一斉に自分に集中する視線に、少し眩しそうな顔をしてから、隼人は言葉を続ける。
「去年の秋頃・・・そう、お前たちと沖縄で会ったすぐ後ぐらいに、この世界の子供たちが不幸になる事件があっただろう?」
「子供たちが不幸に・・・?」
「もしかして、おもちゃが突然消えちゃった、あの事件のこと?」
クローバーの四人が顔を見合わせてから、隼人に問いかける。
「ああ、確かそんな事件だったな。おかしなことを訊くようだが、そいつはナケワメーケの仕業だったのか?」
「ううん、あの事件はラビリンスとは無関係だったよ。おもちゃの国のトイマジンが、全世界のおもちゃたちに呼びかけて、それでおもちゃが消えちゃったの。」
「そう。だから、アタシたちはトイマジンの野望を止めるために、おもちゃの国まで行ったのよ。」
「っていうか、もしもナケワメーケの仕業だったら、隼人さんが知らないわけないんじゃないの?」
祈里と美希の説明に続いて、ラブが不思議そうな顔で身を乗り出す。美希も祈里も、そうよね、と頷き合い、せつなはただ黙って隼人の顔を見つめた。
「それについては後で説明するが・・・じゃあ、同じ頃に別の事件で、ナケワメーケが現れたことはあったか?」
「修学旅行の後だよね。・・・ううん。あの頃は、ソレワターセばっかりだったよぉ。」
ラブの即答を聞いて、そうだったのか・・・と考え込む隼人に、今度は瞬が、怪訝そうに眉根を寄せる。
「おい、隼人。一体何が気になっているんだい?あの頃の僕らの任務は、既に不幸集めではなくて、インフィニティの・・・シフォンの奪取に変わっていたはずだ。ナケワメーケの出番は、あのダンス大会の時まで無かったはずだが。」
「いや。あの頃、俺は一度だけ、ダイヤを召喚したことがある。」
隼人が重々しく首を横に振るのを見て、瞬の表情が一変した。
「え・・・それってつまり、あたしたちが知らないところでナケワメーケが・・・」
「そんなことがあれば、クローバーボックスが知らせてくれたはずよ。隼人。あなた、そのダイヤをどうしたの?」
思わず鋭い口調になったせつなの問いかけを、隼人は硬い表情で受け止め、絞り出すような声で言った。
「あの時・・・俺はノーザに頼まれて、召喚したダイヤを彼女に渡したんだ。」
全員が息を呑む音が聞こえるようだった。
一瞬の後、六人の間をひときわ強い風が吹き抜けて、公園の木々が、ざわざわと騒がしく揺れた。
ナケワメーケのダイヤが欲しいと、ノーザが隼人に――ウエスターに頼んできたのは、去年の秋。ちょうど沖縄から帰った日のことだった、と隼人は言った。
怪訝に思って、どうしてそんなものが欲しいのだ、と問いかけると、ノーザは含み笑いをしながら、こう言ったという。
「この調子で行くと、ゲージの不幸が足りなくなってインフィニティが発動しなくなる・・・なんて事態も、起こらないとは限らないわ。だから一度くらい、私も不幸を集めてみたいと思ってねぇ。
でも残念ながら、私にはあのダイヤは支給されていないのよ。それであなたにお願いしているっていうわけ。」
そう言われたウエスターがダイヤを召喚すると、それを受け取ったノーザは彼に、数日の間、クラインの手伝いをするために本国に戻るよう命じたのだという。
「ちょっと待って。確かあのダイヤって、召喚する人によって色が違ってたわよね。人から貰ったダイヤでナケワメーケを生み出すことなんて、出来るの?」
美希の問いに、せつなが静かに頷く。
「ラビリンスの力は、スウィーツ王国の不思議な力とは違う、科学的な力よ。使いこなすのにそれなりの技術や精神力は必要だけど、プリキュアのアイテムのように、その人しか使えないというものじゃないの。
ましてやノーザの力を持ってすれば、それくらい、きっとたやすいことだったはずだわ。」
「そっか・・・。それで隼人さんは、自分がラビリンスに行っている間にノーザがナケワメーケを生み出して、あの事件を起こしたんだと思っていたのね?」
「ああ。ちょうど本国へ戻ってすぐに、事件の話を聞いたんでな。」
すると、今度は祈里がハッとしたように顔を上げた。
「あ・・・じゃあひょっとして、隼人さんがラビリンスへ行かされたのって、ダイヤが使われたように思わせるために?」
「なるほど、それは大いにあり得るね。ラビリンスの襲撃によく似た事件が起こったから、これ幸いと利用したんだろうが・・・もしトイマジンの事件が起こらなくても、偽の情報をそれとなくウエスターに教えたかもしれない。」
さっきから難しい顔で考え込んでいた瞬が、そう呟いて隼人を見つめる。
「だが、そんなことまでして、ノーザは一体、ダイヤを何に使ったんだ?」
「さぁ・・・それは、俺にも分からん。」
相変わらず険しい表情のまま、淡々と言い切る隼人に、五人は思わずため息をついてから、さっとその表情を引き締めた。
「隼人さん。ノーザに渡したダイヤは、ひとつだけだったの?」
「ああ、そうだ。」
「じゃあ、そのダイヤがこの前のナケワメーケになったんだとしたら、もうナケワメーケが現れる心配は無いのかなぁ。」
ラブの言葉に、美希が、うーんと首を捻る。
「でも、それならどうして今頃になって、ナケワメーケが生まれたのかしら。御子柴家の紋章が入った香水瓶がナケワメーケになった、っていうのも気になるし。」
「ええ。それに、ナケワメーケを倒した光の正体もね。」
せつながそう言って、そっと祈里の左手に目をやる。
祈里は、せつなに小さく微笑んでから、今日も手術用の手袋を着けた左手を、そっと右手で包んだ。
「やっぱり、もう一度健人君と会って話を聞いてみようよ。今度はわたしたちの方から御子柴家に訪ねて行けば、もしかしたら何か分かるかもしれないし。」
「だが・・・お前たちが行くのは危険じゃないか?まずは俺たちだけで様子を見て来ても・・・」
心配そうに眉をひそめる隼人に、ラブがニコリと優しい笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、隼人さん。あたしね、最近の健人君が、何だか凄く苦しそうに見えて、気になるんだ。大輔たちとも、ぎくしゃくしちゃってるみたいだし。
それが今度の事件と関係あるのかどうか分からないし、大したことは出来ないかもしれないけど、でも・・・なんか今の健人君を、一人にしちゃいけない気がするんだ。」
「そうか。それがラブの“気になってること”なんだな?」
ラブの言葉を黙って聞いていた隼人が、大真面目に問いかける。ラブの方も、真っ直ぐに隼人の目を見つめて、うん、と頷いた。美希も祈里もせつなも、そんな二人を真剣な眼差しで見つめている。
「・・・分かった。だが、今から行ったら遅くなるだろう。行くのは明日の朝だ。それでいいな?」
「ありがとう!」
嬉しそうにお礼を言うラブから、隼人がさりげなく目を逸らす。そして、ふぅっと大きく深呼吸すると、さっきとは打って変わった明るい声で言った。
「それにしても、やっぱり凄いなぁ、お前たちは。」
「え?何の話?」
怪訝そうに問いかけるラブに、隼人がニカッと、カオルちゃんの真似をしたような笑い方をする。
「さっき話していて思い出した。あの時――本国へ出張させられた時、俺はクラインに力仕事ばかりさせられて、メイン・コンピュータ・ルームにすら入れてもらえなかったんだ。もしも大事なデータを壊されでもしたら大変ですから、って言われてな。」
そう言って、ハハハ・・・と自嘲気味に笑ってから、隼人の声が低くなった。
「あんな仕事をさせるために、任務のある俺をわざわざ異世界から呼び戻すなんておかしいと――そう感じていたはずなのに、あの頃はそれを気にしなかった。
お前たちはいつも、自分で感じたり考えたりして気になったことを、ちゃんと大切にして、自分自身で確かめる。
そこへ行くと俺は、何でも分かったようなことを言いながら、ちゃんと気にして確かめるってことを、して来なかったんだな。」
一体何を言い出すのだ、という顔で隼人を凝視していた瞬が、それを聞いてうっすらと笑った。
「いや。それなら僕も一緒だよ。」
「それを言うなら、私だって。でも、それに気付けたことの方が、大切なんだと思うわ。そのお蔭で、私たちはこれからを始められるんだもの。」
せつなが穏やかな声でそう言って、二人をまっすぐに見つめ、ニコリと屈託のない笑顔を見せる。その横顔を、実に嬉しそうに見つめてから、美希がパチリと片目をつぶった。
「ノンノン!これから始めるんじゃなくて、もう始まってるわ。アタシたちはみんな、毎日進化しているんだもの。」
そう言っておもむろにリンクルンを取り出すと、美希はそれを顔の横に持って来て、意味ありげな表情で振って見せる。それを見て、せつながみるみる真っ赤になると、あさっての方を向いた。
「え?なになに?せつな!」
「ん?何なんだ?イース!」
ラブと隼人が揃って首を傾げて、口々にせつなに詰め寄る。
「もぉ!いいから二人とも、放っておいてよ!」
「放っておけないぞ!気になったことは、ちゃんと確認する。それが大切なんだ!」
せつなに怒声を浴びせられて、ますます不思議そうに眉を寄せる隼人。今は能天気に見えるその横顔を、瞬は、いつもの無表情に見える顔つきで、じっと見つめていた。
☆
その夜、少女たちがそれぞれの家で、眠りにつく時分。
街灯も消え、漆黒の闇に沈んだ四つ葉町公園に、夜目にも白い衣装を纏った二人の男が現れた。
彼らは公園を飛び出すと、人っ子一人いない四つ葉町の通りを、住宅街の一角を目指して風のようにひた走る。
その後ろ姿を、闇に紛れて見つめる人影があったことを、彼らは夢にも知らなかった。
~第7話・終~
最終更新:2014年05月20日 21:09