『桃園家の一日Ⅰ』/Mitchell&Carroll




「じゃあ、お留守番よろしくね、せっちゃん、ラブ」
「行ってらっしゃい、お母さん、お父さん」
「おみやげよろしくねー、お母さん、お父さん!」

土曜日の朝、母のあゆみと父の圭太郎は二人で温泉旅行に出かけた。
帰ってくるのは明日の遅くだという。

「ふっふっふ、せつな……」
「何よ。お風呂の掃除にリビングの掃除、玄関の掃除に廊下の掃除、
それから授業の復習と予習もしないといけないんだから。さっ、洗濯物干さなきゃ」

ベランダに出たせつなは、洗濯物をいきおい良くパンッパンッと鳴らす。
霧が虹色に輝いて、せつなに降りそそぐ。
ラブも隣でいささか歯切れの悪い音を鳴らしながら洗濯物を干す。

普段手の届かない所まで念入りに行われた掃除は、
10時の休憩を挟み、正午には終わった。
「お腹空いたー。せつな、お昼ごはん何?」
「夕べの残りの肉じゃが」
「うっ、ニンジン……せつな、代わりに食べて」
「わがまま言わないの」
「うう~」
「しょうがないわね」

前日の夕食の残りをきれいに平らげ、皿も洗い終わったところで、
せつなはソファに腰掛けて手芸の番組を見ている。
一方、ラブはその隣に座って、友達とメールのやり取りをしている。
せつながメモか何かを取りに行こうとしたのか、腰を上げたその瞬間、ラブはせつなの尻を触った。
「何するのよ」
そのままメモ帳を取り、戻ってくると、
「どうせ触るなら、肩でも揉んで」
と、ラブを躾ける。
後ろにまわったラブは、せつなのしっとりした髪を掻き分け、服越しにそのしなやかな肩に触れる。
視線の先には、柔らかそうな二つのふくらみがあった。だが、
「頼みもしないところまで揉まなくていいからね」
と牽制された。

――いつの間にか、せつなはスウスウを寝息を立てて眠ってしまった。
ラブも手を止めてせつなの横に座ると、間も無く、肩にせつなの頭がコテンともたれ掛かった。

せつなが目を覚ました頃、時計の針は5時をまわっていた。
「夕食の支度しないと」
「せつな、あれ食べようよ、ラザニア!」
以前スーパーで目に付いて思わず買ってしまった、生地とソースの入った、
途中まで完成しているラザニアを、二人で説明書きとにらめっこしながらなんとか作り上げる。

味や見た目を褒め合いながら、次はああしよう、こうしようと喋りつつも、
お互いの、噛む音、のみ込む音まで、今日はなぜかいつも以上に聴こえてくる。

なかなか上出来のラザニアも堪能したし、授業の復習と予習も済んだ。
「お風呂、入ろっか」
「そうね」

せつなはシャツをするすると脱ぎ、洗濯カゴに放り込むと、
すかさずラブはそれを鷲掴み、顔を埋(うず)め、深呼吸を開始する。
「はあー、今日一日分のせつなのにおい♡」
「ちょっと、やめて」
恥ずかしがるせつなを見つめながら、例の呼吸を続けるラブ。
「ラブ、きらい」
言葉でラブをつねる。

いつもと何かが違う入浴。
毎回ベタベタ触ってくるくせに、どうして今日に限って触ってこないの?と、せつなは不安になっていた。
まさかさっきの言葉を真に受けたのでは、とひとりで気まずい思いをしたままタオルで体を拭っていると、
「きょうは、せつなの部屋に行っていい?」
と、ラブにたずねられた。
「……ええ」


続く



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最終更新:2014年07月12日 16:13