いつか君に並ぶため/そらまめ
ある日、とある女の子とのすれ違いざまに、こんなことを言われた。
「そんなのまだ習ってないよっ!」
「えっ」
唐突なその声に思わず反応してしまった。いつもなら無視していたはずだが、一度アクションを起こした手前、次の行動もしなければならないように感じるのはなぜだろう。
今にも泣きそうによよよっとしているその子は、地図を逆さに見ては左右に反転してみたり、太陽に当てて裏から透かしたりしていた。見た感じでは、道に迷ったのだろう。
まあ、地図も持ってはいるし、ここは人通りも少なくない。幸い先ほどの自分の反応も気付かれてはいないようだから、知らぬ存ぜぬをきめこんでこの場から退散しよう。
そう思って彼女とは逆方向に歩く。最後に一瞬だけチラリとそちらを見てみた。
目が合った。
思わず足が止まる。なんでこのタイミングで視線がかち合ったんだろう。
潤んだ瞳が完全に助けを要求している。このまますぎ去ってしまうのは人としてどうだろう…と、一瞬考えたが、自分は悪の手先だから人間性とかどうでもいいかと思い、彼女に背を向けてまた歩き出した。
「道教えてって言ってるじゃんっ! シカトすんなーっ!!」
そんな声と一緒に分厚い本が後頭部へ直撃しました。というか一言も教えてなんて言ってきてないんだけど…
「っ!…っ痛ったいわねっ!! 怪我したらどうしてくれるっ!」
「ふんっ! 私を無視した罰よ!」
「初対面で物投げつけてくる人間無視して正解だったな」
「そんなことよりっ!」
「お ま え が そんなことよりって使うなっ!」
「何よ心が狭いわね。カリカリしてると長生きできないよ? 大丈夫?」
なんで憐れまれなければいけないのだろう。しかもなんか異様にムカつく反応だな。
「この辺りに怪しいおじさんのおいしいドーナツ屋さんがあるって聞いてきたんだけど知らない?」
怪しいグラサンした店員の、たしかにおいしかったドーナツ屋なら知ってるな。
「そのお店公園にあるからそこを目印にして、もしその公園に行くまでに迷ったら交番で聞きなさいって言われたんだけど、交番の場所がわかんなくて…」
「なんだその本末転倒な感じは…」
「でも、君の場合は交番の場所すら分からなくなりそうだから、そこの机の上に置いてある地図を持っていくんだよ。って言われて…」
「そこまで想定内とは普段どれだけ残念なんだ」
「って言われたから持ってきたのがこの手描きの地図で、もっと色々な場所が書いてあるって前に教えてもらったやつも持ってきた。私天才!」
ズイっと持ち出されたそれは確か先ほど後頭部に当たったような気がする本だった。なんとなく角が凹んでいる気がするが気のせいだろう。
というかここまであるならどうして迷うんだ…と思いながら差し出された本をよく見てみると、
「おい、日本地図を持ってきてどうする」
「え? だめなの?」
「県単位で探すのか? 山を目印にして歩くつもりか? 馬鹿なのか?」
「そ、そんなのまだ習ってないからわかんないよ!!」
「日本地図片手にどこまで旅をする気だったんだ…」
畳みかけるように言うとむくれた様子で拗ねだした。
ああ、わかった。こいつアホだ。出会って間もないが確信した。ラブといい勝負…いや、ラブより勝るんじゃないかこれ…
交番がどうとかの問題ではないと気付いた。だいたい裏から透かして地図を見てる時点でお察し。そもそもこいつ一人で知らない土地を歩かせると、高確率でトラブルを呼ぶ気がする。なんとなくだけど。
「お客さんが来るから買ってくるようにって社長に頼まれたのにこのままじゃ…」
「社長…?」
「うん。私が働いてる会社の社長さんに言われてここまで来たんだ」
「なん…だと…」
大丈夫なのか…?その会社。
「ちなみに、担当業務は…?」
「えっと、お茶くみ…は、初日に一回やってから君にはまだ早い。ってあれからやらせてもらえなくて…」
「初日に何があった…」
「掃除…は、あなたがやると一生終わらないどころか増え続けるのでやめてください。って目つきの悪いいけ好かない奴に言われてからやってなくて…」
「……」
「書類のコピーは…できたんだけど、」
「できる仕事があったのか!」
「できたんだけど、5枚コピーするのを間違えて500枚印刷して…」
「おい、おい…500枚とか途中で気づけよ…」
「その時会社に私一人しかいなくて、印刷ボタン押してからすぐ社長に届け物しに外に出かけたから…その…」
「なんで一人にしちゃったのかしら…」
「帰ってきた社長には、泣かれた」
「最早怒ることすらしなかったのね…」
会社の存続が怪しくなるレベルで心配になる。しかし軽作業も掃除も出来ないとなると、もう…
「おいお前、その会社にいて何か役に立っているのか? 聞いている限り、簡単な作業すらまともにできていないようだが」
―――――役に立たないなら、いらない…
「んー、さあ?」
「は…?」
なぜそんななんでもないように言えるんだ。
「確かに、今はまだこうやってお遣いもダメで、いろんなこと教わってる途中だけど…いつか、できるようになるから。そう、決めてるから」
「望まれている事に答えられなくては、意味ないだろ。今出来なきゃ…」
―――次なんて無い。
「いくら望まれたからってすぐその通りになんてできないよ。でも私は、今こうしている間にも成長できるから。昨日よりも、1時間前よりも、1分前よりも、1秒前よりも、私は変わってる。変わることを許してくれた人たちがいたから、今こうしていられる。だからその人たちの為にも、諦める事なんてできない。一回失敗したらそれまでなんて、そっちの方が変だよ」
その誇らしげに語る表情が、眩しさが、ラブと重なる。
「ねえ、あなたには大好きな人、大切な人っている?」
「突然、なに」
なぜか真っ先にラブが頭の中に浮かんだ。
「そ、んなの、いらない」
頭を振ってかき消した。
好きだとか、愛情だとか友情だとか、そんなのは要らない。私には、メビウス様さえいてくれればそれでいい。メビウス様がプリキュアを倒せと言ったんだ。なら、私はラブを倒す。そう、それが全て。メビウス様が、私の全てだ。
ラブと食べたドーナツも、他のプリキュアの奴らと一緒に街を歩いたのもあいつらを油断させるためだ。楽しくなんかなかった…絶対、そう。
「あのね、大好きな人の為なら、いくらでも頑張れるんだって」
「そんなの知らないわ」
「楽しくて笑っちゃうとか、一人が寂しいとか、そんなの、知らない?」
「っ!」
「あなたって、私にそっくりだね」
「どこが。どう考えてもお前より優秀だろ」
「あ、間違えた。少し前の私にそっくり」
「少し前?」
「うん。私もね、知らなかったんだ。大好きな人とか、楽しいとか、そういうの。でも、教えてくれた人がいたの。だからね、大丈夫だよ。きっとあなたにもそういう事教えてくれる人がやってくるから。もしかしたらもう、会ってるかもしれないけど」
どうしてさっきからラブのことばかり考えてしまうんだ。どうしてメビウス様よりラブの事が気になるんだ。どうして、こんなにも苦しいんだ。でも、何が苦しいのかわからない。
「そこから連れ出してくれる人が、早く来てくれるといいね」
無事公園にたどり着き(というか結局私が案内をした)、ドーナツをありえないほど大量に買ったその子に、一体どれだけのお客が来るのかを聞くと、
「え? 5人と、4匹…? だよ」
「えっ…」
5人でその量って計算おかしくないか? また数を間違えたのではないかと心配になったが、これでも足りるかわからないと抱えるドーナツを見ていたので、きっとウエスター級の大男が5人なんだと自分に言い聞かせることにした。
「今日はありがとう! それじゃあ、またねっ!!」
そうやって去って行ったその子が視界から完全に消えた頃、名前を聞いていない事に気付いたが、もう会うこともないだろうと気にするのはやめた。
最終更新:2014年09月24日 22:55