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歪む世界は日常的/そらまめ




「プリキュア、―――フレーシュっ!」
「シュワシュワ―」

光に包まれ浄化されていくナケワメーケを、いつものように見送った。

「今日も無事終わったねー」

そう言いながら腕を上げ伸びをするピーチを横目に、自分も一息吐き出す。

「早く移動して変身解きましょう」

やれやれとこちらに歩いてくるベリーの歩き方はまるでモデルのよう。あ、モデルだったか。

「ちょっとパッション、今何か失礼な事考えてなかった?」
「な、何の事かしら…」
「なんで目を逸らしたのか説明を…ってパッション、左腕、血が出てるわ」
「…あ、ほんとね」
「えぇっ! だ、大丈夫パッション? 痛くない…?」

かすり傷程なのに大げさすぎるリアクションのピーチに、傷よりもその動きに気を取られる。ワタワタと手を動かすピーチは踊っているみたいで可笑しかった。
そんな彼女とは対照的にベリーのアクションは眉を少し下げるだけに留まっていた。流行を先駆けるモデルは色んな事にアンテナを張り巡らせ変化に敏感だと言うけれど、言いだしっぺが凹むならこういう変化への気づきは冴えなくてもいいと思う。

「みんな、あっちの教会の裏手は滅多に人が来ない場所だから移動しよう? パッションの手当てもそこで」
「よし、じゃあ早く行こう!」

パインの指さす協会は、彼女が偶に行く所らしい。そういえばここら辺はパインの通っている学校近くだったことを思い出しながら、高く飛び上がった。






「あ、明日って確か委員会の集まりあるって先生言ってたっけ」
「そう言えばそうだったわね。なら美希とブッキーとも会えないわね…」
「うう、明日は無理ってあたしちょっとメールしてくるね」
「ええ。それじゃあ今日はもう寝ましょう。おやすみラブ」
「うん。おやすみせつなー」

夜、ラブとの雑談も終わり自室に戻る。風呂上りで火照った体を冷ますようにベッドの上に腰かけ、ただじっと正面の壁を見つめていた。思い出すのは昼間の出来事。
今日の祈里の手当ては驚くほど手際が良かった。彼女の実家が病院なのだから怪我をしている患者の手当てなど朝飯前なのかもしれない。赤い雫が数滴流れた程度のそこが、見る見るうちに包帯の白で隠れていく様が、まるで背後にある教会のように罪が許されていくみたいだなんて、祈る神も持ち合わせてはいないのにそんな事を考えて、すぐにそんな気がした程度だと気付いた。
お風呂に入っている時も思い出したようにチクリと痛んだそこに、今はあの白い包帯は巻かれていない。さすがに包帯をしたままで風呂には入れないと思ったから。
そんな腕に視線をやれば、血流がよくなったせいなのかじわりと赤い何かが滲んでいる。
そんな場所に、爪先を食い込ませた。











―――学校の放課後は人がいるにも関わらず、不思議な静けさがあると思う。
グラウンドを走る人
校舎のどこからか聞こえてくる楽器の音色
廊下を走り去っていく数人の生徒たち
床にボールの弾む音とバッシュの足音

夕焼けの茜色に染まった教室で、ただ、ぼんやりとそれを聞いていた。
委員会とか、今度ある修学旅行の係の集まりだとか、面倒な事が一気に集中して、ラブと一緒に帰るといういつもの行動も出来なかったわけで、もう大半の生徒が帰っているであろうこの時間にここにいる理由は、なんとなくといったところだろうか。
誰もいない教室の赤く染まる空間の中、ここに居るとなぜか一人きりになったような、世界から取り残されたように感じてしまう。

グラウンドで汗を拭って走るあの人は、どうしてあんなに一生懸命なんだろう。
音が乱れては何度も同じ音色を奏で続けるのはどうしてだろう。
何がそんなに楽しくて、笑いながら走り去っていくのだろう。
弾む音と走る音がいつまでも鳴り止まないのはなぜだろう。

なんで、私はここにいるのだろう。
自分だけがこうして、動かずに、雑音もさせずにここにいるのには何か意味があるのだろうか。意味があるのなら、早く教えて欲しい。ここに居ていい理由を、誰か。でなければこの赤さに飲み込まれてしまいそう。
無意識に左腕を撫でる。
日が落ち、教室が黒さでいっぱいになってようやく席を立った。


「あー修学旅行楽しみだねせつなっ!」
「ラブったら昨日からその話ばっかり」
「なんかさ、しおりとか作ろうっていろいろ話し合ってたらいよいよだなって思えてきてさっ!」
「そうね。係の集まり、私の所は当日が主な仕事だから早く終わっちゃったけど、ラブの場合は今からが本番だものね」
「うん! あたしもう胸がキュンきゅ…」
「待ってラブ、その台詞はちょっと待って」
「え、どうしたのせつなそんなに慌てて?」
「いえ、別に…」

あまりにも修学旅行が楽しみ過ぎて己を見失いかけるラブに、ちょっとだけ焦ったのは秘密だ。
そんななんでもない話をラブの部屋でしながら、なんでもない今日も終わっていく。


突然だが、普段タルトとシフォンはラブの部屋で暮らしている。前に、それではラブに申し訳ない気がして一度二人にこちらの部屋を使ったらどうかと聞いた事があった。居候は居候同士と。だが、そんな申し出は断られてしまった。なんでもずっとラブの部屋で暮らしていたからか他の部屋だと寝つきが悪くなるとかなんとか。シフォンもラブに懐いているしラブも気にしていないようなのでその一回きりで誘うのは止めた。
そんなわけで一人で部屋にいると、時折三人の声が聞こえてくる。あまりうるさいとおばさまに見つかってしまうのではと、こちらとしては気が気じゃないが当人たちはどこ吹く風であまり気にしていない。これじゃやきもきしている自分の一人相撲ではと思い、一人でハラハラするのは以前よりぐっと減った。
今日はそんなに騒がしくも無いようで、時折ごにょごにょと話声のような音が聞こえてくるだけだった。そんな音にぼんやりとしていたら、ふと、自分がまた無意識に左腕を撫でていたことに気付いた。気付いて、巻かれている包帯をスルスルと解く。本当なら包帯なんてもう必要なかったけれど、ラブが、「こういうのは治りかけが一番用心しなきゃ」と、それ風邪の話じゃ…と突っ込む間もなくグルグル巻いていったものだ。祈里のより歪な巻き方で、自分がするよりずっと頑丈に巻かれたものを腕から解けば、もう少しで後も残らないのではと思うほど回復していた。
その傷跡を指先で撫でる。チリチリと痛むこともなくなったそこに、皮膚が薄くなっている部分におもむろに爪を食い込ませれば、じきにツーっと赤い線が腕に描かれ、そのうち一滴ぱたりと床に落ちた。



「あ、絆創膏になったんだねそこ」
「え? ああ、ここね。ええ。もうだいぶ良くなったんだけどね」
「よかった。包帯とれて。はやく治ればいいね」
「…ええ。そうね」

体育の時間、制服から体操着に着替える時、隣で一緒に着替えていたラブに言われる。ニコニコと嬉しそうに絆創膏を見ながら言うものだから、その視線につられてそこをついっと撫でれば、チリチリと少し痛んだ。

「…ほんとうに、早くなおればいいのに」

あまりにも小さく呟くような声と、先ほどよりワントーン低い声に思わず目線を上げてラブを見れば、彼女はなぜか窓の外、空を見上げていた。

「ラブ…?」
「ん? どうしたのせつな?」

さっきの顔が嘘のよう。いや、見間違いだったのかもしれない。そう思えるほどに笑顔で振り向いたいつものラブは、いつものように私の手を引いて教室を後にする。
教室から出る際振り向いた視線の先は、先程までラブが見つめていた空を捉える。そこには雲がかかって少し陰った景色が見えた。


雨が降りしきる曇天の空を見つめても、止みそうにない振り方をしている。突然の雨。今日は傘を持ってきていなかったから、ラブは職員室に傘を借りに走っていってしまった。昇降口には自分と同じように校舎を背に空を見つめるものもいて、予想していなかった小さな不運は自分たちだけに振りまかれたわけではなさそうだ。こんな程度を不幸だなんて言わないけれど、ラビリンスには、こんな事なかったな。
思いもしなかった事なんてなかった。すべて予定通りに事が運んで、計算されつくした毎日を消化する日々は、今にして思えば随分と退屈な日々だった。
でも、とても楽ではあったかな。
そんな事を思い出しながらおもむろに左腕に手を掛けた時、あの声が聞こえてきた。

「おーい、せつなっ!」
「ラブ」
「傘借りれたよー、今日はあたしたち以外にも借りに来た人結構いたみたいで、残り少なかったから一本だけ借りたけどいいよね」
「ええ。ありがとうラブ」
「よし、さくさく帰っておやつ食べよっ!」
「はいはい」



「おやつはそのずぶ濡れの体を温めてからよ」
「そ、そんな~」

今日はおばさまが家にいる日で、一本の傘で割と強い振り方のした雨の中を歩いてきた私たちは、濡れ鼠になって玄関に立っていた。

「ラブ、せっちゃんも一緒にお風呂入ってきなさい。その間に温かい飲み物でも用意しておくから」
「え、あの、私は大丈夫…」
「わかった! 行くよせつなっ、早く入っておやつっおやつっ」
「ちょっとラブ、どれだけおやつ食べたいのよっ?!」

グイグイと腕を引っ張りながら脱衣場に向かうラブは、途中からおやつしか言わなくなった。あまりに空腹全開でなんかちょっとこわい。

「はいはい入って洗って浸かってねー」
「ら、ラブ、早いわ。ちょっと追いつけないんだけど」

電光石火のように一連の動作を終えたラブはもう湯船に入っている。私はといえば泡まみれになりながら急いで手を動かしていた。

「っ!」

ゴシゴシと急いでいたものだから、腕の絆創膏が勢いよく剥がれ落ち、ついでにスポンジで擦った為か周囲についていた白い泡がじんわりと赤く染まっていく。
石鹸が傷口に入りじくじくと痛み始めたその様に、なぜだかほっとして肩の力が抜けた。
だからか、その時のラブの視線がどこを向いていたかは分からなかった。

お風呂からあがる頃にはおやつコールをしなくなっていたラブは、約束通り用意されていた飲み物とおかしを持って部屋に入る。

「ラブ、今日は私の部屋なの?」
「うん。ほら、シフォンとタルトってこの時間お昼寝してること多いから」
「そう」

ことりと床に置かれるトレーを目で追いながら、未だに止む気配のない雨に、これでは明日も美希と祈里に会えないのかと気分が下がった。カオルちゃんのドーナツはおいしいけど雨の日にあそこに居座るのはちょっと遠慮願いたい。
あ、でも、ナケワメーケが出れば、プリキュアが必要になれば二人には会えるか。
と、そこまで考えてサッと血の気が引いた。まるでナケワメーケの出現を望んだかのような思考に、今の自分の考えを必死に否定する。
違う。そういうつもりじゃない。だって自分はプリキュアなんだから。敵を倒すのが私の使命。ナケワメーケを、ラビリンスを倒して、この世界の日常を取り戻すんだ。
日常はきっと、そんな世界の異物を無くせば取り戻せるはずだ。だから私はプリキュアとして…

「…っせつなっ!!」
「えっ!?」

呼ぶ声に驚いて正面を見ればラブが怒った顔をしていた。

「呼んだのに返事なかった…」
「ごめんなさいラブ。ちょっと考え事してたわ」
「なんかせつな顔色わるい」
「湯冷めしたのかもしれないわ」
「うー…」

今の会話の何に不満があるのか抗議の目を向けてくるラブを躱して、湯気の立つマグカップを一つ手に取った。ゆっくり飲めばポカポカしてくる体にグルグルと血が廻っているのがわかった。

「せつな、手、出して」
「なに急に」
「いいから手」

不機嫌そのままに要求してくるラブに仕方なく手を伸ばす。

「そっちじゃなくて、左腕の方」
「?」

右腕ではだめなのかと言いたい言葉は飲み込んで逆の手を差し出す。
と、つかむや否や腕の袖をおもいきり捲った。いきなり外気に触れたからか驚いたように鳥肌が立ったが、赤いパジャマの布地の下に同じくらい赤い色をしたものが肌の一部を染めているのを見て、逆立ったはずの鳥肌は一気に元の状態に戻った。



「ねえ、聞いてもいい?」
「何?」

柔らかい手つきで腕に白い包帯が巻かれていくのを見ながら答える。

「どうして、せつなは傷を見るとホッしたみたいになるの?」

問いかけるラブは下を向いていて表情が読み取れない。ただ、その質問をされた時にピクリと動いた左腕に、一瞬だけ包帯を巻く手が止まった。

「そうかしら。ラブの気のせいじゃない?」
「気のせいなんかじゃないよ。今だって、さっきお風呂でもそうだった。ほっとしたみたいに、安心したみたいな顔してた。どうして?」

ようやく顔をあげたラブは、今にも泣きそうな顔をしていた。

…傷を見る度安心したのは、自分が戦った証拠だから。逃げなかった事への証明になる。今までの事を懺悔したかった。見えるものでしか納得できない自分にとって、その傷は今ここにいていい理由になる気がしたから、消えてしまうのが怖かった。
浮かんでは消える想いは語りつくせないほどあるけれど、でも、私にはその泣き顔を笑顔にする魔法の言葉なんて持っていないから。何も言えずにただ黙ってしまう。

「ねえせつな。大丈夫だよ? そんな傷作らなくたってみんなせつなが一生懸命な事知ってるよ? あたしたちは目に見えるものだけでその人を見ているわけじゃないんだよ。だから、大丈夫だから…」

私の左手を両手で包むように閉じ込めたラブの手は、そのまま彼女の額に押し付けられた。その姿はいつか祈里に見せてもらった祈りの仕草そっくりで、まるでラブが何かに祈りを捧げているように見える。
何を祈っているのだろう。私は神に祈ったことなんてないからわからない。

















「せつなぁあああ――ッっ!!!」

降りしきる雨の中、雨音に混じったラブの声。その声でふっと意識がクリアになった。なぜ今この間の事を思いだしていたのだろう。祈るラブの姿が目に焼き付いて離れない。

全身の感覚がぼんやりしていて、駆け寄ってくるラブを見て、自分は今立っているんだと理解できた。さっきまで雨の滴が衣装を濡らすのが煩わしかったのに、今はその温度を心地よく感じる。下を見れば真っ赤な服が地面にもその色を映したかのように足元を染めていて、手先を見れば赤く染まった衣装が黒へと変色し始めていた。

赤は、パッションの色。情熱の色。私の色。
でも、赤って時間が経つと黒に変わることもあるんだね。黒から赤には変わらないのに。
そんなよくわからない事を思いながら、がくっと体が崩れ落ちた。


「せつなぁっ!! しっかりしてっ!! おねがい返事して!!!」

私がここにいたのは、すべてこの時のためだったのかもしれない。なんでかそう思えて、それと一緒に妙な達成感もあって、こんな時なのに満たされた気がした。

「よ、かった…ぶじ、で…ラブ…」
「せつなっ! なんで、こんな…また、またあたしの、せいで!」
「ちがうわ…わたしが…かってに、やったことだから…」

しきりに降り注ぐ冷たい水が顔を伝っていく中、時折温かい水滴も頬を打つ。これは、なんだろう。わからないけど、でも、なんだか温かくてふわふわした気持ちになる。





…そうだ。ねえ、知ってたラブ? 「許す」って言葉は「赦す」って漢字にもなるんだって。国語辞典を読んでいたら書いてあったの。
ねえ、どうして赦すには赤って字が入っているのかしら。
それって、血を流すくらい赤く染まらなきゃ罪は償えないって事なのかもしれないわね。
それなら、私の罪は赦されたのかな。もう、いいのかな。















天を仰ぐ。雨はまだ、止みそうにない。



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最終更新:2014年11月03日 18:08