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壊したい世界/そらまめ




「ん、あれ…」

ひどい頭痛で目が覚めた。枕もとの時計を見ればもう正午を回っている。

「やあっと起きたんかい」
「たる、と…なんか、頭いたい…」
「そりゃ寝過ぎや。ママさんも出掛けて誰もいない日やからって限度っちゅうもんが…」
「あー、はいはい、すみませんでしたー」

これ以上タルトに話をさせるとクドクドと説教臭くなるので軽く受け流し、汗で張り付いたパジャマの胸元をぱたぱたと手であおった。
もう夏も終わるというのに今日は蒸し暑いな。なんて思いながら外を見れば、外ではミンミンと元気に蝉が鳴いている。

「あ、れ…?」
「ん? どないしたん?」
「た、タルト…なんか今日、やけに太陽が輝いてるっていうか眩しいっていうか、蝉がなんでまだ鳴いてるのっていうか…」
「…なんやまだ寝ぼけてるんかいな…お天とさんが眩しいのは当たり前や。蝉が鳴いてるんは夏のひと時を一生懸命生きとるっちゅう証拠で…」
「ま、待って…夏? え? 今って9月だよね? さすがにもう夏じゃなくて秋なんじゃ」
「…壁のカレンダーよう見てみい」
「カレンダー…え…?」

タルトが呆れながら指さす方を見る。壁のカレンダーは、8月のページ、赤のバッテンは1日に印がついていた。

今は、夏休みだった。



頭が追い付かないまま階段を降り、冷蔵庫のドアを開ける。ひんやりとした冷気が肌に当たるのを感じながら、麦茶を取り出し一気に飲んだ。
朝食兼昼食を食べ、部屋へ戻ると窓を開けた。夏独特のぬるい風が体にまとわりつく。確かにこの蒸し暑さは夏だ。茂る緑の木々も近所のひまわりもそれを物語っていた。それでもなにかしっくりこなくて首をかしげていると、視界の端でリンクルンがピカピカと点滅している。着信履歴には美希の文字が。ボタンを押してかけなおしてみる。

「アンタねえ…どれだけアタシ達を炎天下にさらす気よっ!」

いきなり怒られた。

「え、なんか今日、約束してたっけ…?」
「ああん?」
「ひぃっ」

美希のあまりにもドスの効いた声に思わず怯えた声がでた。これは怒っている。長年の経験からみてもかなりヤバい状態だ。
がくがくと体が小刻みに震え、暑いはずの空気が一瞬で冷や汗と共に流れていく。

「今、どこ」

電話口から聞こえる淡々とした声。

「じ、自分の部屋に、います…」
「いつもの公園、今、すぐ」
「は、はいっ!!」

ぷつりと通話が切れる音に弾かれるようにドタドタと体が動き出した。


「あら、意外と早かったわね。こんなに早く来れたのになんで時間通りには来てくれないのかしら」
「ぜーぜーっ…す、すみません、でしたっ」

ミンミンとけたたましい音が鳴り響く公園の一角、パラソルの下には椅子に座ってジュースを飲みながら冷やかな目でこちらを見る美希と、苦笑いしながらハンカチを手渡す祈里がいた。

「肌焼けてたらラブのせいだからね」
「もう、美希ちゃん。美希ちゃんなら日焼け止めくらい塗ってるでしょ?」
「ブッキーだって怒っていいのよ? こんな暑い中待たされたんだから。しかも電話するまで集まる事忘れてたって言われたら、ねえ?」
「すみません…」

祈里から貸りたハンカチで汗を拭きながら頭を下げる。なんだかこの構図はサラリーマンが上司に謝り倒しているみたいで嫌だな。なんて思いながら、二人と同じようにテーブルに座った。

「で、こんな日にこんなところに集まったわけだけど…」

こほんと一つせきをして話し始める美希だが、このメンバーに物足りなさを感じる。

「ねえ、せつなは? もしかして遅れてくるの?」

そう。せつなはどこだろう。思えば自分の家を出る時確認すればよかったのだが、慌てていたのでそこまで気が回らなかった。
と、せつなの名前を出した途端、ふたりの顔が強張った気がした。
ぎしり。という音が合うような、一瞬にして空気が凍ったような。

「ラブ、ラブの言いたいことはわかるわ」

美希の声がさっきまでとは別物で、硬さを持っている。

「でも、ラブも見たはずよ。あのカード。あれはラビリンスのもの。せつなは、アタシ達の敵なの」

ゆっくりと、言葉を選ぶように、でも事実を突きつけるように告げられた言葉はいつかのデジャヴを感じる。祈里はこちらを気遣うような、心配そうな顔をしている。

「トリニティのライヴ会場にせつながいたのは、きっとあのライヴを攻撃するためだったのよ? せつなが倒れてなかったら、一般のお客さんも巻き込まれて被害は大きかったと思う。そんな事をしようとしてた人、許していいわけないわ。近いうちせつなはきっとまた来る。あの最後のカードを使うために。その時アタシ達がしなきゃいけない事は…」
「ちょ、ちょっと待って美希たん、せつながラビリンスだったって事は今更な話じゃん」

美希が長々と話す内容は、みんな知っている事のはずだ。トリニティのライヴを中断させて、せつなが自らイースだったと正体を明かして、そしてペンダントを壊して去って行ったあの光景は忘れられるようなものじゃない。

「ラブちゃん…もしかして前からせつなちゃんがあのイースだったって知ってたの…?」
「え? 何言ってるのブッキー、ブッキーだって知ってるでしょ?」
「えっ…! わたしはあのライブでカードを見たって二人の話を聞いて知ったんだよ?」
「ん? だからライヴ会場でイースがいつもとはちょっと違うナケワメーケをだして…」
「ラブ。なに勘違いしてるのか知らないけど、この間のトリニティのライヴは何事もなく無事に終わったわよ。忘れたの?」
「は…?」

何かがかみ合わない。意味がわからない。
二人の中ではせつなはまだイースで、でもイースはライヴ会場では何もしてなくて…
腕組をしながら頭を捻る。頭をフル回転させてもこういった考え事は性に合わないから、すぐに頭がくらくらしだした。この場の暑さも相まってふつふつと沸騰しそうになった時、部屋で見たカレンダーを思い出す。

「ねえ、美希たん…今日って、何日だっけ?」
「…8月2日よ。急にどうしたのよ?」
「そっか…今、夏休みだから…」

何がどうしてだかわからないけど、今日がまだ夏休み初日で、せつながパッションになる前だから二人の中では敵って事なのか。
…なにそれ意味わかんない。
タイムスリップでもしたのあたし? それともこれは夢?

でも、頭に思い浮かぶ光景がある。この青空とは似ても似つかない黒々とした雲が覆った雨の日。パッションが、せつながあたしを庇って倒れた時の事だ。
思えばあそこから先の記憶がない。むしろあっちが夢だったのだろうか。ただ、この手にはまだパッションを抱きしめた感覚が残っている。
もしかして間に合うのかもしれない。どちらが夢にしろ、血の気のないせつなの顔は、傷だらけの姿はもう見たくない。自分の記憶とは少し違うけど、今、せつなは生きている。まだラビリンスにいるけれど、それでも彼女がまた笑いかけてくれるなら。
あたしは、今度はあたしがせつなを助けるんだ。

「ラブ、辛いかもしれないけど…」
「うん。わかった。せつなに会いに行こう」
「いいの? ラブちゃん」
「うん。いい」
「そう。よかったわラブがそう言ってくれて」

絶対助ける。何があっても













「まさかそちらから来るとは、手間が省けた」
「せつな…」

ラビリンスと言えばやはりあの館。敵地に飛び込む形にはなるが街の人に危険が及ばないためにも、あの森で決着をと決めて歩いていると、たどり着く途中でせつなと鉢合わせる。この場所は、雨の日にせつなと一対一で戦った場所だった。

「もうわかっているとは思うけど、私はお前たちの敵だ。もちろん、止まる気もない」
「やっぱり…」

美希の苦しそうな呟きを横目で見ながら、せつなの敵意の籠った視線を感じる。以前はそれ以上を感じ取れなかったが、今は他の事にも気を掛けられるようになった。例えば、敵意の他に焦りが見える事。全身ぼろぼろで既に満身創痍な事。カードを使えばライブ会場の時のように制御が効かなくなりそうな事。どれをとっても、せつなはもういっぱいいっぱいだ。

「ねえせつな。せつなが今、譲れないくらい強い想いを持ってるのは解るよ。そのためならどんな手段も使いそうだってことも」
「…そうだな」
「でもね、あたしもせつなに負けないくらい押し通したい想いがあるの。せつなと仲良くなって、せつなと一緒にたくさん楽しい思い出を増やしたいんだ。大丈夫。こっちの世界に居場所が無いと思うならうちに来て一緒に住もうよ。ラビリンスが全てじゃないよ」
「私が、一緒に? ラブと? …っは、馬鹿を言うな。どうしたら敵と一緒に暮らせると言うんだ」
「せつなは敵じゃないよ! あたしの大切な友達だよ!!」
「だから…お前のそういうところがムカつくんだっ!!」
「待ってせつなっ! それを使っちゃダメっ!!」

せつなが掲げたカードに手を伸ばす。今それを使えばせつながどうなってしまうかわからない。
だが、駆け出し伸ばした手は宙を掴む。せつながイースへと変わり、あろうことか自身にそのカードを押し当てた。

「ぐっぁああああっ!!」
「せつなぁあああ!」

胸を抑え苦しむ姿が、いつかと重なる。ただでさえ黒い衣装は更に黒くなり、全身には茨の代わりに鎖がぎちぎちと音を立ててイースの体に食い込んでいく。

「はぁっ…ぐっ! こ、この力で、貴様らを……倒すっ!!」

息も絶え絶えになりながら、鎖を拳に巻き付け殴りかかってくる。

「くっ! せ、せつなっ、それ以上その力を使っちゃダメだよっ」
「うるさいっ!!」

プリキュアに変身してその攻撃を受け止める。その後方では美希と祈里が心配そうにしているが、予め一対一で戦いたいとお願いしたので手をだしてはこないだろう。
だが、本当ならこうなる前に止めたかった。もう一度せつなと殴り合うなんて嫌なのに、あの時と同じように時間は進んでいく。一つ違うとすれば、憎らしいくらい晴れ渡った空がこちらを照らしている事だろうか。

「ねえ待ってよせつなっ、あたしせつなと戦いたくないよ」
「そんなの知ったことかっ! 私は貴様を倒したい、プリキュアを倒す! そのためならっぐぁあっ!」
「せつな!!」

まだこちらから攻撃なんてしていない。それなのに消耗していくイースの体。鎖が締め付ける度に吐き出される音は苦痛以外聞こえない。
同じだ。暴走しているんだ。鎖はきっとその体を引きちぎってしまう。

じゃらじゃらと音を立てながらどこまでも伸びていく鎖は、まるでそれ自体意思があるように動いている。イースに向かって拳を向ければ、周囲を取り囲む鎖が壁のように連なって盾となり、伸びる鎖に足を取られればその隙をついてイースが手套を振り下ろす。

「はあ、はぁ…せつ、な…だめなんだよ…このままじゃせつな、しんじゃうよ…」
「死ぬ…? ははっはぁ…何を今更、そんなことに…怯えなければならないんだ。貴様らを倒せないなら…この命、どうなろうと…」
「…いやだっ!! せつなが死んじゃうなんて、いやだよっ…う、ぁうっうあああっ…」

耐え切れずに涙が出た。どうしてこんなに泣いているのか自分でもよくわからない。でも、せつなが死んでしまう光景を想像すると、胸が張り裂けそうなくらい悲しくて、もうどうしようもないくらい大声で泣きわめいた。

「ちょ、ちょっとピーチ、どうしたのよ?」
「ピーチ…?」

駆け寄ってきた美希と祈里に尋ねられても、どうしてここまで苦しいのかわからなくて、痛みに耐えながらも理解できないと困惑するイースにも何も言えなくて、ただ、ゆっくりと雲が流れる静けさに、自分の声だけが反響し続けていた。

「何故、そこまで私に構うんだ。私はお前達を騙していたのに」
「だ、だって…だってせつなは、ぐすっ、あたしの大切な友達だから。せつながどう思ってても、あたしの気持ちは変わんないよ」

友達で、大切な家族だから。これから一緒に暮らして、学校に通って、修学旅行だって行かなくちゃなんだから。こんなところで、終わらせたくない。

「わからない…私にはそんなのっ、ぁああっ、ぐぅあっ! ぁあああ――――」

頭を抱えて苦しみだすイースが、先ほどまでとは明らかに違う叫び方をする。その叫びに呼応するように鎖が暴れだし、周囲の木々がその鋭利な衝撃で切り倒された。

「せつなっ!!」
「今イースに近づくのは危ないわっ!」
「ピーチっだめっ!!」

イースのそばに行こうと走り出す瞬間、その体は制止させられる。二人がかりで抑え込まれて動かない体を、それでも近づきたくて必死に手を伸ばしても、届かない。自分の声も今のせつなには。
イースの周りではバキバキと木々が壊れる音が響き、地面は所々抉られ土煙が上がる。
縦横無尽に動く鎖はその制御を失って、それでも暴れることを止めないそれをどうにかできないかと目で追いかけ続ける。と、そのうちの一本が大木を切り裂き、別の所でなぎ倒され地面に落ちていく巨木に当たって軌道を変える。その先は、今も苦しむイース。

「ま、待って…」

いやにスローモーションで、時間がゆっくりと流れている気がした。イースは気付かない。自分以外誰も。気付いたら二人の制止を振り切ってイースのもとへ駆け出していた。土煙で視界が悪いせいで間に合うかわからない。次々倒れる木の音も何もかもが遠くなって、美希と祈里が何か叫んでいる気がするけどわからない。
それでも走る。嫌だ。このままではまたせつなが目の前から消えてしまう。
思い出す。雨で視界の悪い中突然パッションが目の前に現れ、こちらを向いてにこりと笑うその腹部には木の根のようなものが背中から刺さった姿を。

「嫌だ、そんなの嫌だぁあっ!!」

重なる光景に更に勢いをつけてなりふり構わずイースに覆いかぶさる。その体は、温かい。生きている。そう思ったら嬉しくて涙が出て、温もりを感じた一瞬後に衝撃が体中に伝わっても、間に合ったことが嬉しくて思ったほど悲しくはなかった。

「ど、して…」
「よかっ、た…せつな、ぶじだぁ。よかった、ぁ…」

カタカタと震えるイースの手は、背中に回される。そうやって支えられてももう自分では立っていられなくて、ズルズルと体から力が抜けた。

「ラブっ!!!」
「ラブちゃぁんっっ!!」

真っ青な顔で駆け寄ってくる美希と祈里のふたりを視界の端に捉えてから、ふっと上を向けば、いつの間にか鎖が消え、それでもその跡が体中に残っているイースが、驚いたままの顔でこちらをのぞき込む。
傷だらけの体だけど、それでもせつなが無事でよかった。今度は自分が守れたんだと思ったら嬉しくてしょうがなくて、思わず笑ってしまう。

「なぜ、笑うんだ…」

ぽたりと落ちた水滴に、雨でも降りだしたのかと空を見る。せつなの顔越しに青空が広がっていて、それでも落ち続ける雫は、とても温かい。

「せつな、あお、ぞら…しょってるみたい、で…うれしい、から…」

手を伸ばしてせつなの頬をひとつ撫でてから、その先の空に向かって手を伸ばした。








今日も、快晴だ。



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最終更新:2014年11月03日 18:09