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不幸を変えるもの




 昨年の春先、この町に初めて異形のモンスターが現れた頃。私はこの不可解な事件に、当時はあまり関心を持ってはいなかったように思う。
 その頃の私は、ようやく僅かな光が見え始めた自分の研究に夢中だった。
 御子柴グループ・秘密地下研究所。民間組織でありながら、世界超最先端の――科学者らしからぬ表現をするなら、まるでSFに出てくるような技術の研究をしている場所。
 私はここで、世の科学者から机上の空論と言われ続けてきた理論と取り組んでいたのだ。

 それは俗に言うタイム・トラベル。時間軸を飛び越える理論なら、既に先人たちが幾つも構築しているが、私の研究は、それを現実に物体を運べる装置へと実体化させる試みだった。
 気の遠くなるようなシミュレーションの繰り返しの果てに、ようやく小さいながらも目に見える実験結果が得られた時には、身体の震えが止まらなかった。が、それはゴールではなく、新たな研究の出発点だった。理論上は最長198年の時間を飛べるはずのその装置は、常識では考えられない量のエネルギーを必要とするものであり、それが実現化への第一のネックであることが分かったのだ。
 少しでも消費エネルギーを減らすために、再び実験を重ねる日々。そんな中で、私はこのエネルギー問題を解決してくれる力――いや、それだけでなく、大きく言うならこの世界の技術を更なる高みへと押し上げてくれる、驚くべき力に遭遇した。
 そう。それがあのモンスターを生み出す、現代の科学では現実とは思えないような力だったのだ。

 それは、素材の持つ潜在能力を、数千倍、数万倍に増強して具現化する力。実態はモンスターでも、その力には目を見張るものがあった。
 遊園地の幼児向け遊具が、巨大化して歩行はおろか飛行まで可能になった。せいぜい150km/h程度のスピードしか出せないはずのピッチングマシーンが、音速に達するような速さの弾丸を打ち出した。中には幽体離脱や集団催眠でも説明が付かないような、特殊能力を持つものまであった。
 そして公になってはいないが、実は私たちの試作機もまた、この力に巻き込まれた。そのお蔭で、今までの実績の約一万倍に相当する時間――約二十五年という時間を飛び越える、驚異的な実績を残したのだ。
 力学の法則はおろか、現在の科学技術の常識すらも覆す力。そんな素晴らしい力を、何の生産性もない破壊行動でなく、もっと有益なものに利用することが出来たら、この世界の科学技術の歴史は飛躍的な進歩を遂げることになる。
 しかし、私が事件に関心を向けた頃には、いつしかモンスターはそれまでとは異なる物に変化しており、それに呼応するように、目撃される頻度は極端に少なくなっていた。

 何とかあの力についてもっと知りたい。あわよくば、この目で、この手で、もう一度確かめたい。
 躍起になって手がかりを探し求める私の前に、鋭い眼差しの大柄な女性が現れたのは、もう秋も深まった頃のことだった。



   イエローハートの証明 ( 第12話:不幸を変えるもの )



「・・・彼女は「北」と名乗り、外国のある有名な大学の名刺を出した。肩書は客員教授で、私が探し求めていた力を生み出す“核”の研究をしている者だと自己紹介したんだ。」
 天井の一部が吹き飛んだ研究室が見下ろせる、御子柴邸裏庭の芝生の上。そこに座り込み、暗い地面に目を落として、博士は訥々と語り始める。
 彼の周りには、祈里、せつな、ラブ、美希、それにサウラーが博士を取り囲むように座って、彼の話に耳を傾けていた。
「少し話をしただけで、彼女がとても優秀な研究者であることがわかった。是非、私の研究施設を訪れて欲しい。そう頼むと、訪問は出来ないが、御子柴グループ最先端の施設で是非研究してほしいと言って、あの“核”を・・・ガラスの瓶に封入された、ダイヤ型の“核”を私に託してくれたんだ。まさかそれが本当に異世界の物だとは、その時は思いもしなかった。」

(いや、まさかあのダイヤをそんな目的で使おうと考える人間がいるとは、こっちこそ思いもしなかったよ。)

 内心舌を巻いて博士の話に聞き入るサウラー。だが、後ろから聞こえて来た大声に、顔をしかめて振り返った。
「そうか。それが、俺がノーザに渡したダイヤだったというわけだな?」
「ウエスター!いいから君は、ナケワメーケを早くどうにかしてくれ。」
「うっそぉ、俺だけ仲間外れか?」
「何を言ってる。早く片がつけば、君がこっちに来るのを止めはしないよ。」
「・・・分かった。」
 しぶしぶ承知して、ウエスターは再び怪物と対峙する。

(手こずっているな。ウエスターでもこの調子となると・・・これは想像以上に厄介だ。この上、コントロール不可能なナケワメーケが更に増えるようなことになったら・・・。)

 サウラーは、扉の向こうからかすかに聞こえるガラスが触れ合うような音に、そっと耳を澄ませた。
 ガチャガチャと神経に触るような雑音は、さっきよりも幾分大きくなっているような気がする。研究室に残されたダイヤたちが暴走する予兆なのか、確かなことは分からないが、言うなればこれは、いつ爆発するかもしれない多くの爆弾を抱えているような状況だ。
 今はとにかく、事態を正しく把握することだ。サウラーは自分にそう言い聞かせて、もう一度博士の方に向き直る。

「彼女が持って来た“核”の力は、実に素晴らしかった。だが、そのコントロールは至難の業で、とてもじゃないが我々が普通に扱える代物ではなかった。
そもそも、私たちはモンスターを生み出したいわけではなく、膨大なエネルギーを効率的に得たいだけだ。そこで、彼女の“核”を参考に、より安全性が高くて扱いやすい “核”を作り出す研究に着手したんだ。彼女もメールや電話で何度かアドバイスしてくれたよ。」
「ううぅ・・・これ以上難しい話は、あたしの頭のメモリーが・・・」
「つまり、ダイヤから不幸を集めるナケワメーケを生み出すんじゃなくて、ダイヤが生み出す大きな力をエネルギーとして使おうって、そういうことよ。そのために、誰もが簡単に、そして安全に使えるダイヤを作ろうとしたんですって。」
 博士の説明を聞いて、頭を抱えて目を白黒させているラブに、せつなが分かりやすく説明を加える。

「確かに、目指したのはそういうことだった。もっとも、そう簡単にはいかなかったがね。
まず最初に解決すべき問題は、安全性だった。万が一力が暴走した時、それを止める術が何もないのでは、あまりにも危険過ぎておちおち触ることも出来ない。
何とか良い手立ては無いものか。そう思っていた時、あの事件が起こった。」
「あの事件って・・・プリンセス号の?」
 祈里の問いかけに、博士の表情が心なしか強張る。
「ああ。事件の後、招待客とスタッフしか乗っていなかったはずのプリンセス号でどうしてあんな事件が起こったのか、それが大きな問題になったんだ。
事後調査の中で、うちの研究員の一人が北教授に頼まれて、招待状を一通送っていたことが分かった。それで私が問い合わせてみると、彼女はとんでもないことを言い出したんだ。」
 そこで博士は言葉を切ると、しばらくの間、次の言葉を言いよどむように視線を宙にさまよわせてから、やがて意を決したように、再び口を開いた。
「自分があの招待状を使って事件を起こした。彼女に渡されたあのダイヤは、怪物を生み出したものと同じ異世界の物だ、と。」

 衝撃の告白を耳にしても、慌てるでも騒ぐでもなく、ただじっと自分を見つめる五人。その様子に、博士の方が慌てたように言葉を続ける。
「・・・し、しかし、彼女は続けてこう言ったんだ。この町で不幸を集めていたが、今は目的が変わった。この世界で探し物を手に入れさえすれば、元の世界に帰る、とね。そして、招待状のお礼だと言って、私に一枚のメモリチップを渡した。」
「そっか。ノーザ、そこは嘘をつかなかったんだね。」
「それで、そのメモリチップには何が入っていたんですか?」
 ラブの言葉を遮るように、せつなが小さく、しかし鋭い声で尋ねる。
「あの事件の時のエンジンルームの映像――プリキュアがモンスターを倒した時の映像と、その時あの部屋で発せられたエネルギーの解析データだ。今の研究課題である安全性の確保に、役立つんではないかってね。」
「嘘・・・あの時、そんなことを?」
「何のためにそんなことを・・・。」
 思わず口をついて出たらしい祈里の呟きを、今度はサウラーが遮る。

 博士はゆっくりと顔を上げると、後ろにそびえる大きな邸宅に目をやった。
「社長や坊っちゃん・・・それにあのパーティーのゲストやスタッフに、後ろめたさが無かった訳じゃない。だが、あの時私は、喉から手が出るほどあのチップが欲しかった。それに告発しようにも、彼女はこの世界の人間ではない。告発したら何が起きるのかも、見当がつかない。それで・・・何も言わずにチップを受け取ってしまったんだ。」
 声を絞り出すようにして話す博士の横顔を、御子柴邸の灯りが淡く照らし出す。その眉間に幾本もの深い皺が刻まれていることに、せつなは気付いた。
「そして私たちは、彼女から渡されたデータを元に研究を重ね、ついに全ての“核”に搭載する自動消滅プログラムの開発に成功した。」
 博士の語り口は、相変わらず静かで淡々としている。だが、その声はせつなの耳には、さっきまでと少し違う、苦いものに聞こえていた。

(私たちには冷静に語っているけど、この人は自分の行いを深く悔いている。後悔し続けているのに、その行いの続きを、今まで止められずにいたんだわ。)

 哀しげに博士を見つめるせつなの肩に、美希がそっと手を置く。
「なるほど。だから空き地で暴れていたナケワメーケは、ヒーリング・プレア・フレッシュにそっくりな光で消滅したのね。」
「じゃあ、どうして今頃になって、ナケワメーケが現れたんだ?」
 不意に、美希の後ろから、再びウエスターがこちらを覗き込んだ。
「すまん、サウラー。こっちの話が気になって、どうにも集中できなくてな。だから、あいつはしばらく眠らせてきた。俺も話を聞かせてもらうぞ。」
 今度は有無を言わせないぞ、という表情のウエスターの遥か向こうに、ついさっきまでウエスターと戦っていたはずのナケワメーケが、地面に長々と伸びているのが見える。

(・・・手こずっていたのは、単にこっちが気になっていたせいか。)

 サウラーは、やれやれとため息をついて、博士に話の続きを促した。

「安全性と扱いやすさを重視した分、オリジナルに比べてエネルギー効率が落ちるのが・・・つまり、思ったほどのエネルギーが生み出せないのが、開発品の欠点だった。それを解消するために、よりパワーの高いサンプルNo.9を開発したんだが、それが暴走してしまったんだ。その時、女性研究員の机の中にあった香水瓶に取り付いてしまってね。
以前、御子柴グループ創立百周年を記念して、社員全員に贈られた物だったんだが、自分には使う機会が無いからと、彼女がもう何年も机の引き出しに仕舞いこんでいたものだったらしい。
幸い、人のいない工事現場で暴れてくれたお蔭で、被害は最小限に抑えられたが、その騒ぎの中で、同時に開発したサンプルNo.10も行方不明になってしまった。それが・・・」
「あの眼鏡のナケワメーケになったんですね?」
「ああ。いつの間に坊っちゃんの眼鏡に取り付いたのか、私にも分からないが。」
 祈里の言葉に、うなだれるように頷いたのを最後に、博士の長い告白は終わった。



 芝生の上は、しんと静まり返った。聞こえるのは、相変わらず階下から響いている、ガチャガチャという音だけだ。
 そちらにもう一度目をやってから、サウラーは博士の顔に視線を戻した。

(これで大体の状況は掴めたか・・・。気の毒だが、彼の開発品は全て破壊するより仕方ないな。)

 サウラーが、それを博士に伝えようと口を開きかけた時、一瞬早く、博士に話しかけた人物が居た。
「あの・・・ごめんなさい。」
 祈里がおずおずと、博士に向かって頭を下げたのだ。
「わたし、誤解していました。人々を不幸に陥れるようなダイヤを、真似して作るなんて許せないって。でも、違ったんですね。あのダイヤは、人を不幸にするのではなく幸せにするために――人の役に立てるために作ったものなんですね。」
「いや、同じことだよ。結局No.9だけでなくNo.10まで暴走させて、坊っちゃんを酷い目に遭わせてしまった。君だってそのせいで傷ついたんだろう?本当に申し訳なかった。」

 反対に博士に謝られて、祈里が困った顔で言葉を探す。博士はそのまま一人一人の顔に目をやってから、サウラーを見つめて言った。
「君は、北教授と同じ世界の人間だろう?教えてくれ。坊っちゃんの様子が最近おかしかったのも、この子が怪我をしたのも、あの“核”の力によるものなんだな?」
「おそらく。オリジナルでは無いので100%そうだとは言い切れませんが、もともとあれは、不幸を集めるために作られたもの。“核”のままでは威力は小さいが、周囲に災いをもたらす力を持っているんです。そのことを、ノーザ・・・いや、北教授は?」
 サウラーの問いに、博士が一瞬ポカンと口を開けてから、小さくかぶりを振った。

「そうか。普通なら、そんな非科学的なこと・・・と思うところだが、これまで生み出されたモンスターや、何よりあの坊っちゃんの様子を見てしまうと、根拠が無いとは言い切れない。科学技術が適用できる範囲が、そもそもこの世界とは違うんだね。やはり、相当に進んだ世界だ。」
 何かを諦めたような、それでいて悲しみと悔しさが入り混じっているような、そんな口調で博士は言葉を続ける。
「ということは・・・この研究所も、そしてこの御子柴邸も、災いを受けているのか?」
「・・・それは・・・。」
「いや、すまん。答えなくて構わないよ。
力そのものに、善悪も、幸も不幸もない。そう思ってこの研究を続けてきた。だが、私の考えは甘すぎたのかもしれないな。」
 そう言って、博士が何かを吹っ切るように、初めてうっすらと、寂しげな笑顔を見せる。が、その笑顔は途中で驚きと戸惑いの表情に変わった。

「そんなことありません!」
 凛と響く少女の声。ラブが、いつの間にか博士の目の前にしゃがみ込んで、その顔をまっすぐに見つめていた。
「あたしは頭が悪いから、難しいことは全然分からない。だけど、博士が凄いってことは分かります。あのナケワメーケの力を、みんなに悲しい顔をさせるためじゃなくて、みんなで幸せゲットするために使おうって考えるなんて。」
 力強い声とそのあたたかな眼差しから、博士が眩しそうに顔をそむける。
「私はそんな立派な人間じゃないよ。自分の研究のために、御子柴家の人たちを、ずっと裏切っていた。この町のために懸命に怪物探索をしている坊っちゃんを騙して、嘘までつかせた。おまけにモンスターの暴走を、隠そうとすらしたんだ。」
 ラブの脳裏に、あの時急に場面が切り替わった、四つ葉町商店街のテレビの映像が甦った。
 掠れた声で告白する博士に、ラブが更に何か言いたげに身を乗り出す。が、それより先に、ラブの声よりもっと低い、穏やかな声がした。

「大丈夫。人は、何度でもやり直せます。私はそれを、この町で教わりました。」
 せつなが、穏やかな瞳で博士を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私も元は、あの世界の人間でした。あの頃は、決められた人生を決められた通りに生きなければならない、それが当たり前だった。人がそれぞれみんな違っていたり、物事にいろんな見方があるなんて、思ってもいませんでした。
そんな私でも、新しい未来を生きています。ましてやあなたは、不幸の源のようなあのダイヤにすら、違う可能性を見つけている。だったら、不幸に縛られず、新しい未来へ進むことだって、きっと出来るはずです。」
 そう言って、せつなは自分を見つめているラブと目を合わせると、少し照れ臭そうな表情で言った。
「不幸はいつでも、幸せに生まれ変われる・・・そうよね?ラブ。」
「うん!」

 胸の中が熱いもので一杯になり、それが両目から溢れそうで、ラブは首を動かさずに声だけでせつなに答えて見せる。
 思い出すのは、初めてせつなを交えて家族で外食した、あの日の帰り道。自分は幸せになってはいけない気がする――そう呟くせつなに、ゆっくりとかぶりを振ってあたたかく微笑みかけた、母の顔だ。

(今のせつなの表情・・・何だかあの時のお母さんにそっくりだよ。当たり前だよね。だってせつなは、あたしの家族なんだから。)

 嬉しくなったラブが、せつなにドンと肩からぶつかる。その途端、ラブの目尻から一粒の涙がこぼれて、笑顔の頬の上を、すーっと流れた。
 それを横目で見て小さく微笑んでから、今度は美希が博士と向かい合う。
「研究って、そのほとんどが失敗に終わる実験の繰り返しなんですよね。それでも希望を捨てずに頑張ったから、結果が出せたんしょう?だったら、今度は全ての情報を完璧に集めたら、きっと新しい結果を出すことが出来ますよ。」
「ええ。時間はかかっても、きっと人々の幸せに役に立つ技術が生まれるって、わたし、信じています。」
 祈里も、穏やかな眼差しを博士に向けた。

「君たちは・・・こんな酷い話を聞いても、誰も私を責めようとしないのか。」
 博士が、喉の奥から絞り出すような声でそう言ってから、四人の少女に、無言で深々と頭を下げる。そして表情を引き締めると、サウラーの方へと向き直った。
「研究所にある“核”を、全て始末する。厚かましいお願いだが、最大限、安全に処分するために、力を貸してくれませんか。」
「分かりました。僕に出来る最善を・・・」
 生真面目な顔で頷いたサウラーが、そこでハッとしたように言葉を切る。
「マズい・・・。せつな!博士とラブたちと一緒に、屋敷の中に避難してくれ。」

「えっ、何?」
「どうしたの?」
 驚くラブと美希の隣で、せつなも厳しい表情で立ち上がる。
「・・・この音ね?」
「音?」
 首を傾げた祈里は、あ、と小さく息を呑んだ。
 言われてみれば、階下の音がさっきよりはっきりと聞こえる。それどころか、こうしている間にも、音がだんだん大きくなっているのだ。
「僕とウエスターは、何とかしてダイヤの暴走を止める。最悪、研究所は当分の間、使えなくなるかもしれな・・・あ、おい待て、ウエスター!」
 博士に話しかけていたサウラーが、驚いて話を中断した。
 すっくと立ち上がったウエスターが、天井の破れ目からいきなり階下へと飛び降りたからだ。そして博士が下ろしたシャッターに、おもむろに手をかけた。

「馬鹿、よせ!そんなことをしたら、ダイヤが暴走した時、防ぎきれないぞ!」
「そうなる前に、止めてみせる。」
「どうやって!?」
「奥の手、というヤツだ。まずは、俺のダイヤを取り返す。」
「そんなことをしても無駄だ。この部屋の中にあるダイヤはほとんどが、君のコントロールが効かない複製品なんだぞ。さっき見ただろう!」
 驚きと焦りで、極限まで目を見開いたサウラーが、彼には珍しいほど激した怒鳴り声を上げる。
 その顔と、彼の隣から心配そうにこちらを覗き込んでいる少女たちに目をやって、ウエスターはあろうことか、ニコリと笑った。

「無駄かどうか、やってみないことには分からん。
不幸は幸せに変えられるんだろう?こいつらや、この世界で教わったこと――人間の想いや願いに、そんな力があるんだっていうことを、俺も証明してみせる。だから・・・後は頼んだぞ。」
「待て、ウエスター!」
「それ、どういう意味!?」

「うおぉぉぉ!」

 サウラーとせつなの声には答えず、渾身の力を込めて、ウエスターがシャッターをこじ開ける。そして僅かに隙間が開くと、腹這いになってその体を部屋の中へと滑り込ませた。その途端。

 ピシッ・・・ピシピシピシッ!

 この上なく不吉な音が、五人の耳に聞こえた。ガラスにひびが入る音。それもひとつではなく、立て続けに幾つも聞こえてくる。そしてそれに混じって、獣のようなウエスターの雄叫びが、再び部屋の中から響いてきた。
「ウエスター!」
「ウエスターさん!」
「何っ?何があったの!?」
 美希、祈里、ラブが、たまりかねて口々に叫ぶ。と、その時。

「ホホエミーナ!我に力を!」

 ウエスターの叫び声が聞こえたかと思うと、さっきのシャッターの隙間から、するりと何かが這い出して、ふわりと宙に浮かび上がった。

 裏庭に降り立ったのは、何だか緊張感のない嬉しそうな表情を持つ、巨大なシーツのお化けのような姿。その額には、黄色ではなく薄青色のダイヤが貼り付いている。
 裾の部分には、まるでたくさんの足か車輪が付いているかのように、小さな金属の輪のようなものが、じゃらじゃらと付いている。どうやらこのモンスターの素体はシーツではなく、研究室のカーテンらしい。
「ホ~ホエミ~ナ~。ニッコニコ~!」
 それは、最終決戦で誕生したラビリンスの新しいモンスター、ホホエミーナの姿だった。

「ウエスター!奥の手って、これだったんだね!」
 ラブが嬉しそうに階下に向かって呼びかける。が、すぐにその顔が強張った。
 カシャン!というガラスの割れる音――今までとは明らかに違った音が、部屋の中から聞こえてきたのだ。
「ウエスター、早く脱出しろ!」
「ニコ、ニコ・・・!」
 サウラーが再び階下に向かって叫び、ホホエミーナが助けに向かおうとする。しかし、苦しげなウエスターの声が、それを制した。

「何をしている、ホホエミーナ。早く行け!」
「ウエスター!ホホエミーナで戦おうというんじゃないのっ!?」
 今度はせつなが、焦りの声を上げる。それには答えず、ウエスターの声がもう一度、心優しきモンスターに檄を飛ばした。
「行けと言ってるのが、聞こえないのかっ!」
 ホホエミーナはカタリと目尻を下げて、戸惑ったように主の居る研究室を見下ろした。
 そして意を決したように、ニッコニコー!と一声高く雄叫びを上げると、見た目からは想像できないようなスピードで舞い上がり、上空高く、飛び去っていった。

~第12話・終~



最終更新:2014年11月09日 10:06