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未来への証(前編)




 シャッターの隙間から部屋の中に滑り込むと、ガチャガチャというガラスの音が一層やかましくウエスターを迎えた。
 素早く立ち上がり、長テーブルの上に並べられたおびただしい数のガラスの筒と、改めて向かい合う。

(やっぱり、ナケワメーケの出現に共鳴しているのか?)

 さっき見たときはゆっくりと回転していたダイヤたちが、今は筒の内壁にぶつかりながら滅茶苦茶な軌道を描いて暴れている。そのせいで、まるでそこだけ地震でも起こっているかのように、ダイヤを閉じ込めている筒が皆、音を立ててガチャガチャと揺れているのだ。

(こいつらは、どうやら命令なしでナケワメーケになってしまうようだな。とすると、もしもこのガラスが全部割れたとしたら・・・。)

 ちらりと想像した途端、ピシリ、というかすかだが鋭い音が聞こえて思わず総毛立つ。続いて少し離れた場所からもう一度。さらに、もう一度。
 絶望感という黒い染みが、じわりと心の奥に広がり出す。
 ふと、ノーザの甲高い笑い声が聞こえたような気がした。最初から全てを見透かしているかのような、あの嘲笑。こうなることも計算の上で、ノーザは博士にあのダイヤを渡したのか――。
 が、ウエスターはそこでブン!と頭を振ると、自分を励ますように、わざと声に出して呟いた。
「ノーザさん、あんたに見せてやりたかったな。俺たちは、もう何もかも計算通りとは行かないのだ!」

 言い終わると同時に、厳しい顔でテーブルの上に目を走らせてから、一番左奥にあるガラスの筒にそろりと手を伸ばす。触れてみると、思った通りその筒だけがラビリンスの気を発していた。ウエスターは、他の筒を倒さないように慎重にそれを手元に引き寄せると、急いでテーブルから距離を取り、筒の蓋を開けた。
 両の手の間に気を充満させて、ほのかに光る結界を生み出し、その中にダイヤを浮かせる。すると、無軌道にせわしなく動いていたダイヤは次第に回転の軸を取り戻し、回転速度が少しずつ下がり始めた。それを見定めて、ウエスターは静かに息を吸う。
「ふんっ!!」
 短い気合いを発して、ダイヤに念を送り込む。それにつれて、まるで色が抜けるように、ダイヤの黄色が少しずつ淡くなっていく。

(俺は、この世界でさんざん不幸を集めてきた。その過去は消えないが、新しいラビリンスで、新しく生きていくことを許された。お前もこの世界で、新しい可能性に気付いてもらえたんだろう?ならばお前だって生まれ変われる!今度は不幸ではなく、幸せを守る手伝いとやらをしようじゃないか。俺たち二人で!)

 ウエスターの想いに応えるように、少しずつ透明になっていくダイヤ。だがそれに比例するように、机の上から聞こえる亀裂音もまた、次第に大きくなり、しかもその数を増していく。
「ぬおぉぉぉぉぉ~!」
 ついにウエスターの口から気合いが雄叫びとなってほとばしると、ダイヤは最後の力を得たかのように、すぅっときれいな薄青色に染まった。

 大きな息をついて結界を解き、すぐさま廊下に面した窓の方へと向かう。
 窓にかかったカーテンをむしり取るようにして外すと、さっき滑り込んだシャッターの隙間にその一端を押し込む。そうしておいて、ウエスターは手に持ったダイヤをギュッと握りしめると、そっと目を閉じ、再び何事かを念じて目を開けた。

「ホホエミーナ、我に力を!」
 叫びと共にダイヤをカーテンに貼り付け、ダイヤごとカーテンを部屋の外へと押しやる。
「ホ~ホエミ~ナ~。ニッコニコ~!」
 部屋の外で、実体化したらしいモンスターが、相変わらず緊張感の無い雄叫びを上げた。それを聞いて、ウエスターがわずかに頬を緩めた、その時。テーブルの上から、カシャン、という小さな破裂音が聞こえた。

 筒の中から解放された黄色いダイヤが、ひゅん、と空を切って飛ぶ。そして研究室の椅子の背に貼り付こうとしたところを、横っ跳びに跳んだウエスターが、むんずと掴んだ。
 途端にビリビリと走る電撃と、激しく抵抗するダイヤの動き。
「くっ・・・!大人しくしろっ!」
 ウエスターは苦心しながら、さっき蓋を取ったガラスの筒に何とかダイヤを入れようとする。

「ウエスター、早く脱出しろ!」
 さっきの破裂音が聞こえたのだろう。外からサウラーの、いつになく緊迫した声がする。それに混じって聞こえてきた心配そうなホホエミーナの声に、ウエスターのまなじりが上がった。
「何をしている、ホホエミーナ。早く行け!」
 ダイヤを持つ右手が痺れて、肘まで感覚がなくなってきた。これでは無事ダイヤを封じられるか分からない。しかも、次のダイヤがいつ飛び出して来てもおかしくないのだ。そうなったら、今度は到底、阻止出来ないだろう。

(だから、頼む・・・。一刻も早く!)

「行けと言ってるのが、聞こえないのかっ!」
 もう一度声を荒げると、今度は頭上で、バサリと何か大きな物が飛び立つ気配がした。
 よし、と小さく頷いて、ウエスターが全集中力を手の中のダイヤに向ける。
 だがその瞬間、カシャン!カシャン!と、今度は立て続けに二回破裂音が響き、二つのダイヤが筒の外へと飛び出してきた。



   イエローハートの証明 ( 第13話:未来への証(前編) )



 ずしん、という不気味な揺れを感じたのは、ホホエミーナが頭上遥かに飛び去ってすぐのことだった。続いて、ずしん、ずしん、とさらに二度の衝撃音の後に、地の底から響くような、複数の異形の叫びが。

「ウエスター・・・」
 全ての音の発生源である研究室に向かって、呟くように呼びかけたせつなの肩を、サウラーが押さえる。
「君たちは下がっていてくれ。」
「サウラー、どうするつもり?」
「安心しろ。奥の手はこっちにもある。とにかく早く、屋敷に避難するんだ!」
 そう言って少女たちと博士を見送ってから、サウラーはウエスターがわずかにこじ開けたシャッターを睨んだ。

「ホホエミーナ、我に力を!」
 新たな薄青色のダイヤがシャッターに貼り付く。現れたモンスターは、呑気そうな見た目とは裏腹に、蛇腹のような体を素早く“く”の字に曲げると、ミシミシと軋み始めた天井と壁の両方を、その体でしっかりと押さえつけた。
 そうしておいて、細長い銀色の腕を伸ばし、体の下の隙間から部屋の中へと差し入れる。
「ウエスター、つかまれ!」
「おう、すまん。」
 やがてホホエミーナの腕につかまって、ウエスターが少し照れ臭そうな顔で、部屋の外へと滑り出た。

 サウラーがホッとしたように小さく息を吐き、うっすらと笑う。そして、階下から隣りへと跳び上がって来たウエスターと向かい合ったところで、再び厳しい顔つきになって、今度は庭の奥へと視線を走らせた。
「全く・・・こんな時に!」
「ナ・・・ケ・・・!」
 さっきウエスターが気絶させた、あの眼鏡のナケワメーケが目を覚まし、起き上がろうともがいているのだ。
「仕方がない。今度こそ、俺が黙らせてやる。」
 すぐさまそちらへ向かおうとするウエスター。が、その時少女の高い声が、裏庭に響いた。

「ダメよ!もう暴れちゃダメ。あなたは本当は、こんなことしたくないんでしょう?」
 ウエスターが心配で、様子を見に戻って来たのだろう。屋敷の裏口近くに、少女たちの姿が見える。その中から、祈里があろうことかナケワメーケに向かって呼びかけながら、こちらへ駆け寄って来たのだ。
「ブッキー!?」
 驚いた顔で叫ぶラブの隣から、せつなが飛び出し、祈里の後を追う。美希は万が一に備えてか、さっき運んでもらったライトの方へと走り出す。

「無茶をするな!後は僕たちに任せろと言っただろう!」
 少女たちの動きに一瞬気を取られたサウラーが、ハッとしたように身構える。階下から、さっきとは違う、より大きな衝撃音が聞こえてきたのだ。
「ホ・・・ホエミー・・・ナ・・・。」
 ついに研究室の天井が吹き飛び、ホホエミーナの体の上半分が、バタバタとまるで布きれか何かの様に翻る。そしてついにその体が吹き飛ぶと、淡い光を発して、元のダイヤとシャッターに戻ってしまった。
 その光景をいぶかしむ間もなく、今度は目を開けていられないほどの強風が、裏庭を襲った。

「キャー!」
 横風にあおられる格好となった祈里がたちまちバランスを崩し、数メートル先まで吹き飛ばされて地面に転がる。
「ブッキー!」
 咄嗟にその場に伏せたせつなも、その姿勢を保つのがやっとで動くに動けない。
 美希は、ライトが倒れないように支えたままずるずると後退し、壁際まで押しやられている。
「ブッキー!せつな!美希たん!」
 後方から、ラブの声が切れ切れに届いた。見ると、せつなと同じように腹這いになって、匍匐前進のように、何とか仲間たちの方へにじり寄ろうとしている。

 首だけを何とか動かして仲間たちの様子を確認したせつなは、今度は強風の発生源に目をやって、思わず驚きの表情になった。
 研究室の壊れた天井の上に浮かぶ、黒っぽい円盤状の体。その真ん中に黄色いダイヤを貼り付けたナケワメーケ――記憶の中に鮮明に残る、イースが最後に召喚したナキサケーベによく似た換気扇のナケワメーケが、裏庭に向けて滅茶苦茶に暴風を吹き出しているのだ。
「くっそぉ・・・!」
「みんな、大丈夫かっ!」
 何とか風圧に耐えながら、ウエスターとサウラーが声を絞り出す。
 その時だった。深夜の暗い裏庭に、突如、四色の光の柱が立ち上ったのだ。


   ☆


――祈里・・・。祈里・・・!

 高く澄んだ、そしてどことなくあどけなさを感じる声。柔らかく響くその声に、祈里はぼんやりと目を開けた。

(・・・ここって!)

 辺り一面、穏やかな黄色い光に満たされた空間に居る。
 このあたたかな光は、祈里にとっての聖なる光。キュアパインに変身するとき、リンクルンから溢れ出して祈里を包み込む、あの光だ。
 そして、目の前の中空に浮かんでこちらを嬉しそうに見つめているのは――。

「キルン!」
――久しぶりだキー。

 それは、キュアパインのパートナーである妖精、祈りの黄色い鍵・キルンの懐かしい姿だった。

「どうしてここへ?今はスウィーツ王国の祠の中に居るはずじゃあ・・・」
――ホホエミーナが、連れに来てくれたキー。ピルンとブルンとアカルンも一緒だキー。
「そう。ウエスターさんが言ってた奥の手って、このことだったのね?」

 その言葉にニッコリと微笑んでから、キルンは大きな瞳で、まっすぐに祈里を見つめる。

――確かに連れに来てくれたのは、ホホエミーナだキー。でも、ここに来られたのは、祈里のハートのお蔭だキー。
「わたしの・・・ハート?」
――人間にも動物にも、時には誰かの大切な物にも幸せな未来があるって、祈里は信じているキー。そんな未来を守りたい、作っていきたいって、そう強く思っているキー。
どんなに迷っても、傷付いても、諦めずに未来を信じ続ける。それが、祈里のハートの力だキー。

 そう言いながら、キルンの体が淡く光り始め、やがて眩いばかりの明るさになる。そして一筋の黄色い光の尾を引いて、祈里の腰に付けたリンクルンに飛び込んだ。

――さあ。そのハート、一緒に届けに行くキー!
「うん!」

 四つ葉のチャームを差し込んでリンクルンの扉を開き、ホイールを回す。
 ディスプレイから溢れ出す黄色い光の洪水。そのあたたかさを全身で感じながら、誓いの言葉を高らかに叫ぶ。

「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!」

 柔らかな光の渦の中で、今、変身の儀式が始まる。
 胸に輝く四つ葉のクローバー。その身に纏うは可憐な衣装と、無限のメモリーから託されし、伝説の大いなる力。
 トレードマークのサイドポニーは変身後の姿にも引き継がれ、大きな山吹色のリボンと共に、黄色いハートの髪飾りが聖なる儀式を締めくくる。
 生まれ変わった姿で、大地に向かって急降下する。愛する世界、守りたい世界へと、今、帰還するのだ。

「イエローハートは、祈りのしるし!とれたてフレッシュ!キュアパイン!」


   ☆


 まるで時が止まったかのような一瞬の後、突如現れた四人の戦士。

 ツインテールを盛大になびかせながら、中央で仁王立ちしているキュアピーチ。
 紅玉のような瞳が、ティアラにも負けない知性と闘気の輝きを放つキュアパッション。
 強風にあおられても揺るぎのない立ち姿で、余裕の笑みさえ浮かべるキュアベリー。
 そして、可憐なたたずまいの中に、優しさと一本芯の通った強さを感じさせるキュアパイン。

「ナケワメーケ!」
「ハッ!」
 怪物の雄叫びを合図に、四人一斉に上空へと跳び上がる。
「プリキュア!クアトラブル・キーック!!!!」
 息の合った強烈な蹴りに、ナケワメーケはたまらず研究室の中へと墜落した。

「ニッコニコー!」
 勝どき・・・と言うには少々呑気過ぎる響きを持った雄叫びが、遥か上空から聞こえた。小さな沢山の輪で出来た足をジャラジャラ言わせながら、カーテンから生まれたホホエミーナは何だか得意げな表情で、ウエスターの隣りに舞い降りる。

「良かった、間に合ったか。よくやったぞ、ホホエミーナ!」
 再び裏庭へと降り立った戦士たちの姿に、ウエスターが安堵と感激で目を潤ませる。だが。
「ちょっとウエスター!もしかして・・・」
「『後は頼んだぞ』って、まさかこのことだったの!?」
 呆れたようなピーチとパッションの言葉に、今度は不思議そうな、そして少し不満そうな顔で、コクリと頷いた。
「ああ、そうだぞ?他に何があるというんだ。」
「いや、その・・・『後を頼む』って言われたら、普通・・・ねぇ?」
「えっと・・・ま、まあ、ウエスターさんも無事だったわけだし。」
「ああ、僕もついうっかり忘れていたよ。ウエスターの言葉は、文字通り素直に受け取らなくちゃいけないんだってことをね。」
 苦笑いのベリーに、曖昧な笑みを浮かべてとりなすパイン、皮肉たっぷりな口調のサウラー。
「ん?どうして褒められているのか、よくわからんが・・・」
「褒めてないし!!!!!」
 相変わらず腑に落ちない顔をして呟くウエスターに全員でツッコんでから、ピーチがクスリと笑った。
「ありがとう、ウエスター、ホホエミーナ。じゃあ、みんな行くよっ!」

「Let’sプリキュア!!!!」

 久しぶりに、四人揃ってポーズを決める。するとそれに答えるかのように、研究室の天井の破れ目から、一体、また一体と、モンスターが姿を現し始めた。
 頑丈そうな四角い体を持った、机だったらしいもの。角ばった上半身をクルクルと回している、椅子だったらしいもの。
 右手がネズミの形をしたコンピューターナケワメーケや、いかにも重量感がありそうな専門書ナケワメーケ、バサバサと身軽に宙を舞う白衣ナケワメーケなど。
 そしてそれらの後ろから、再びゆっくりと浮かび上がる換気扇のナケワメーケ・・・。

「パイン。」
 ぐっと拳を握って身構えながら、ピーチが仲間を振り返る。
「パインは、あの眼鏡のナケワメーケをお願い。」
「ピーチ・・・。」
 驚くパインに、目の前の敵に油断なく目を配りながら、今度はパッションが声をかける。
「ここは私たちに任せて。伝えたいことがあるんでしょう?」
「早く行きなさい。全く、こういうところは変わらないんだから。」
 ベリーも、視線はナケワメーケに向けたまま、軽やかな口調で言葉を繋ぐ。
「みんな・・・ありがとう!」
 パインは嬉しそうに仲間たちを見回してから、さっと表情を引き締め、くるりと踵を返した。そして、庭の奥でようやく立ち上がろうとしているもう一体のナケワメーケの元へと、一目散に走り出した。

「さあ、あたしたちも行こう!」
 ピーチが、傍らに立つベリーとパッションに呼びかける。
「オーケー!」
「わかった!」
 駆け出す三人に、ウエスター、サウラー、ホホエミーナが続いた。


   ☆


「はぁ~っ!」
 キュアピーチの右の拳が、分厚い天板のような体に炸裂する。
 巨大な四角い体を持った、机のナケワメーケ。ピーチのパンチなど物ともせずに跳び退って距離を取ると、さっと太い右足を振る。すると、引き出し型のロケット弾が三つ、ピーチ目がけて飛んできた。
 それらを全て拳で打ち落として、ピーチは再びナケワメーケの本体に迫る。

(あたし、今度のことでよくわかったよ。あたしはやっぱり、みんなで幸せゲットしたいんだって。一人で無理して頑張ったって、幸せにはなれないんだって。
せつなにはせつなの夢があるんだから、せつながやっと見つけた夢だから、頑張ってるせつなに負けないように、あたしも頑張らなきゃって、そう思ってた。
でも、せつなの夢は、せつなだけの夢じゃない。せつなの幸せは、せつなだけの幸せじゃない。あたしの夢で、あたしの幸せでもあったんだ。健人君の喜びや悲しみを、御子柴家の人たちみんなが喜んだり悲しんだりしてたみたいに。)

 ピーチの怒涛の攻めに、ナケワメーケが一歩、二歩と後退する。
 そして今度は左足のロケット弾を放とうとしたところで、ピーチの体が高く舞い上がった。

(二兎追う者は一兎をも得ず――前に、せつなに言われたことあったよね。あの時、あたしは二兎を追って両方ともゲットする、って言ったけど、本当は二兎じゃなくて、幸せって、みんなどこかで繋がっているものなのかもしれない。ううん、繋げていけば、もーっと幸せゲットできるのかもしれない。
だって、自分の幸せも、家族や友達の幸せも、両方自分の幸せだったら、幸せはきっと、二倍にも三倍にも広げていけるもの!)

「プリキュア・パーンチ!」

 全ての力と想いを右手に込めた、ピーチ渾身の一撃。ナケワメーケもこれは受け止めきれず、地響きを立てて仰向けに倒れた。

 愛の鍵・ピルンが飛び出して、秘密の鍵へと姿を変える。その鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
 光と共に現れるアイテム。ピーチはそれをくるりと手の中で転がしてから、キラリと光る先端をナケワメーケに向ける。

「届け!愛のメロディ。キュアスティック・ピーチロッド!」

「悪いの悪いの、飛んで行け!プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」

 巨大なハート型の桃色の光弾が、ナケワメーケを包み込む。やがて光が収まった後には、引き出しの中から盛大に散らばった書類やファイルにまみれて、どっしりとしたスチール製の事務机が、芝生の上に横倒しになっていた。


   ☆


「ナ~ケワメ~ケ~!ハクイ?ビャクイ?ビャクエ?」
「なんなのよ、もうっ!実験用の白衣ならハクイでしょ?漢字の話はもういいわよっ!」
 何度目かの蹴りが、またしてもバサリと受け流される。キュアベリーの相手は、ひらひらと身軽に飛び回る白衣のナケワメーケだった。

(読者モデルから専属モデルになって、ダンスレッスンにも以前のようには通えなくなって・・・。みんなにも迷惑がかかるし、いっそダンスはすっぱり止めちゃおうかなって、そう思った時もあったわ。
でも、わかったの。アタシは、みんなと繋がっていられるから完璧を目指せるんだって。ううん、アタシだけじゃない。みんなだって、おんなじよね。)

 空元気が痛々しいほどだったラブの、ここ数日のキラキラとした目の輝き。そして、涼子がコンパクトに映して見せてくれた、せつなのメールを読む嬉しそうな自分の顔を思い出して、ベリーは小さく微笑む。

(人に迷惑をかけることは、悪いことかもしれない。でも、一緒に過ごすために友達にかける迷惑は、度が過ぎなけりゃ、迷惑じゃないわよね。だってアタシ、みんなと一緒に居る時間を、完璧に幸せな時間にしてみせるもの。みんなにとっても、そしてアタシにとっても!)

 上空高くから放った蹴りが、またしてもひらりとかわされる。悔しそうに辺りを見回したベリーは、そこで何かに気付き、瞳をキラリと輝かせた。
 足下に転がっている、自分の体ほどの大きさの細長い瓦礫を、力を込めて持ち上げる。それを肩に担いで再びナケワメーケに肉薄すると、今度は蹴り技ではなく、その襟元をぐっと捕まえた。

「たぁっ!」

 気合い一閃、抱えた瓦礫ごとナケワメーケを地面に叩き付ける。そして、左右の袖に瓦礫の両端を入れ、まるでつっかえ棒のようにして、大きなボタンを留めた。自由を奪われたナケワメーケが、ジタバタと暴れる。
「ナ・・・ナ~ケワメ~ケ~!ファッションセンス、ゼロ~!」
「なぁに言ってるの。仕事に真剣に向き合う人の美しさなら、あなたが一番知ってるでしょ?それを守ることが、あなたたち作業服の仕事じゃない。」
 情けなさそうな声を出すナケワメーケに向かって、澄ましてポーズを決めるベリーの前に、希望の鍵・ブルンが姿を現した。

「響け!希望のリズム。キュアスティック・ベリーソード!」

「悪いの悪いの、飛んで行け!プリキュア!エスポワール・シャワー・フレーッシュ!」

 水色のハートがナケワメーケを包み込んだ後、ゴロリと転がった瓦礫の下から、くしゃくしゃになった白衣が顔を覗かせた。


   ☆


(酷い嵐を巻き起こして人々を恐怖に陥れても、その暴風を自分自身の体で味わうことは無い。自分の哀しみや怒り、苛立ちが何なのか向き合おうともしないで、ただ目をつぶって、それを暴力的に人にぶつける――かつての私も、そうだったわ。)

 薄桃色の髪をたなびかせ、キュアパッションは再び換気扇ナケワメーケと対峙していた。ナケワメーケは照準をパッションに合わせ、相変わらず凄まじい暴風を吹き付けてくる。

(プリキュアになっても、根本は同じ。みんなの幸せを守りたい・・・そう思いながら、私には、私の幸せって何なのか、まるでわかっていなかった。わからないから、もしかしたらラブから貰ったその問いから、ずっと逃げていたのかもしれない。
でも、それじゃダメなんだってわかった。私の幸せも、みんなの幸せな未来の一部なんだって、やっとわかったの。)

「はぁっ!」

 十字受けのような体勢で風圧に耐えていたパッションが、両手の拳にぐっと力を込めた。そのまま拳を腰まで下ろし、気合いを発して風を跳ねのける。そして上空高く舞い上がると、矢のような踵落としで、ナケワメーケを地面に叩き付けた。

(私の幸せが何なのか、まだその答えはわからない。でも、幸せな気持ちなら知っているわ。そういう幸せな気持ちを・・・小さな経験を少しずつ積んでいくことなら、私にも出来る。
ひとつひとつの経験はみんな違うんだって、ブッキーのおば様に教えてもらった。だったら、幸せの経験を積み上げることで、私の幸せのカタチも、いつか見えてくるかもしれない。ううん、きっと見つけてみせるわ!)

「ナ・・・ケ・・・」
 黄色いダイヤの上に見えるナケワメーケの目が、赤色から緑色に変わった。それを見て、パッションはナケワメーケに向かって、うん、とひとつ頷く。
「お返しに、あなたにも嵐をお見舞いするわ。ううん、一緒に味わいましょう。幸せの嵐を!」
 戦闘中とは思えない程穏やかな表情でナケワメーケを見つめるパッションの前に、相変わらず無邪気で嬉しそうな表情の、幸せの鍵・アカルンが現れた。

「歌え!幸せのラプソディ。パッションハープ!」

「吹き荒れよ!幸せの嵐!プリキュア!ハピネス・ハリケーン!」

 ナケワメーケと、ハープを手に回転するパッションを、赤い旋風と真っ白な羽の嵐が包み込む。
 やがて生まれた真っ赤なハート型の光がナケワメーケを包む。光が収まると、そこにはカラカラと軽い音を立てて羽を空回りさせながら、研究室の換気扇が転がっていた。


   ☆


 鈍いグレーの大きな顔と、細長い手足。顔全体を覆う程の巨大な黒縁眼鏡をかけたナケワメーケは、裏庭の奥でようやくフラフラと立ち上がった。
「ナケッ?」
 目の前に立ってこちらを眺めている人間の姿を認めて、小さく首を捻る。怪物を目の前にして、あまりにも平静なたたずまい。が、これ幸いとその小さな人影目がけて、長い腕が振り下ろされた。
「ボクヲ バカニスル ナーケワメーケ!――ナ・・・ナケッ!?」
 そこでナケワメーケは今度こそ、驚きの声を上げた。
 小さく華奢な少女にしか見えないその人間が、ナケワメーケの拳を、両手で受け止めてみせたのだ。

「健人君は、もう不幸の中に囚われてはいないよ。」
 キュアパインが静かな眼差しで、ナケワメーケを見上げる。
「ボクノ コトナンカ ダレモ・・・」
「本当は、あなたも健人君が心配だったんでしょう?だって、ずっと健人君のそばで、健人君が見ているものを一緒に見て来たんだもんね。」

 ナケワメーケの中に居る健人の心に、御子柴家の人々の声が届いた、あの時。一瞬だけ外を映し出したナケワメーケのガラス窓――モンスターの素体である眼鏡の表面が、濡れているのに祈里は気付いた。それが、ナケワメーケが健人を思って流した涙のように、祈里には思えたのだ。

「ゴチャゴチャ ウルサイナ~ケワメ~ケ~!!」
 業を煮やしたように、怪物が今度は空いている左の拳を振り上げる。
 パインは大きく後ろへ跳んで攻撃を避けると、そのままナケワメーケ目がけて走り出した。

「はぁぁっ!」

 勢いを殺さないように斜めに跳んで、さっきの反動で前のめりになったナケワメーケの肩のあたりを、両足を揃えて思い切り蹴りつける。
 衝撃を受け止めきれず、両手をついて腹這いになるナケワメーケ。綺麗な後方宙返りを決めてから、その目の前に着地したパインは、怪物に向かって、キッパリと言い放った。
「待ってて。今、助けるから!」

 祈りの鍵・キルンが再びパインの前に現れて、踊るように秘密の鍵へと姿を変える。その鍵でリンクルンを開き、優しく弾くようにホイールを回す。
 光と共に現れるアイテム。パインはそれを大事そうに両手で抱えると、横向きにして構える。

「癒せ!祈りのハーモニー。キュアスティック・パインフルート!」

 そっと息を吹き込み、聖なる音階に耳を澄ませる。アイテムの先端に凝縮した光のエネルギーが、眩い点滅を繰り返しながら、解放される時を待つ。

「悪いの悪いの、飛んで行け!プリキュア!ヒーリング・プレア・フレーッシュ!」

 黄色いダイヤ型の光弾が、光の尾を引きながら、凄まじい勢いでナケワメーケ目がけて飛んでいく。
 やがて、巨大なイエローハートがナケワメーケを包み込んだ時、パインには、ナケワメーケが何だかホッとした表情をしているように見えた。
「シュワ、シュワ・・・。」
 断末魔と呼ぶには穏やかな叫びと共に、ナケワメーケの体が淡く、小さくなっていく。やがて怪物の姿が完全に消え失せたとき、ポトリと降って来たものを、パインは慌てて受け止め、嬉しそうにニコリと笑った。
 それは、少々泥が付いて汚れてはいたが、壊れても傷ついてもいない、一本の黒縁眼鏡だった。


   ☆


 一体のナケワメーケを浄化し終えて、ホッと息をついたピーチの元へ、ベリーとパッションが戻って来た。そこへ、パインもニコニコと駆け戻って来て、パッションの隣りに立つ。
 研究室の中では、まだ何体ものナケワメーケが蠢いていて、外に出ようとするのを、ウエスターとサウラー、それにホホエミーナが阻止し続けていた。

「じゃあ、みんなで一気に行くよっ!」
 ピーチの言葉で、四人はそれぞれのアイテムを握り締める。

「吹き荒れよ!幸せの嵐!」

 パッションが高く掲げるハープの周りに、たくさんの真っ白な羽が出現する。

「悪いの悪いの、飛んで行け!」

 ピーチ、ベリー、パインが十字を切って、高々とジャンプする。

「プリキュア!ヒーリング・プレア・・・」
「プリキュア!エスポワール・シャワー・・・」
「プリキュア!ラブ・サンシャイン・・・」

「フレーッシュ!!!」

 桃色、青色、黄色の光弾が、光のスタンプとなって研究室の壁を覆う。

「プリキュア!ハピネス・ハリケーン!」

 赤いハートと白い羽の旋風が、研究室を囲んで舞い踊る。
 やがて、四色に煌めく大きなハート型の光が研究室を包み込むと、モンスターたちの姿はことごとく消え失せて、御子柴邸の長い長い夜は、ようやく終わったのだった。

~第13話・終~



最終更新:2014年12月01日 23:53