“Rosetta in Cosmos”(前)/makiray
四葉邸の地下三階、中央情報センターでは多くの者たちが固唾をのんでいた。呼吸すら忘れている者もいる。いや、それ以前に、ここにいる人数がいつもより遙かに多い。四葉本邸に勤務している者の内、止めるわけにはいかない作業、外せない任務がある者以外は皆ここに集まっているのではないかと思われた。普段はここに来ることはない執事やメイドたちの姿も見える。
“Touchdown”
ありすが小さく口を開けた。成功だ。メインのモニタにその言葉が表示されると、一瞬の沈黙の後、センターの厚い隔壁も破れるのではないかと思われるほどの歓声が沸き起こった。
「おめでとうございます、お嬢様」
「いえ、それは ESA (欧州宇宙機関) の皆さんに伝えてあげてくださいな」
ありすはそれでもうれしそうに微笑んだ。早速、オペレータが受話器を上げる。別の者は短い、しかし熱い思いにあふれたメールを送信した。
誰かがサブのモニタを Twitter の画面に切り替えた。“Philae Lander”のアカウントが様々な言語でタッチダウンの成功を報告している。
「フィラエ」という無人機がチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に着陸した。彗星表面への着陸は史上初の快挙である。
そして、その母船となった探査機の名前は、「ロゼッタ」。
「四葉がお手伝いした甲斐がありました」
「これで太陽系外の真実がまた一つ、明らかになりますな」
「えぇ。
地球以外にもプリキュアがいるのかどうか、その手がかりが得られればいいのですけど。彗星では難しいでしょうね。それは次のステップです」
その言葉は荒唐無稽に聞こえる。だが、ありすは真剣だった。
人類がやっと定住農耕生活を始めようかという一万年前にもプリキュアは存在した。であれば、地球以外の星にはプリキュアがいない、と考える理由は何もない。
平和な世界を脅かす敵は次から次へと現れる。だが、逆に光もまた遍く存在する。「光の使者」たるプリキュアが真空の宇宙空間を越えて手を携えることができれば、これほど素晴らしいことはない。
「であればこそ、『ロゼッタ』という名前には感慨深いものがございます」
ありすは笑った。
「本当ですわ。素敵な偶然もあったものです」
「偶然でございましょうか」
最終更新:2014年11月17日 00:11