それはかつてあった日々を偲ぶ憧憬のような。
現状に満足していない不満のような。
これからはこう在りたいと思う希望のような。
そんな複雑な思いが描く幻想である。
幻想であるから、実際は過去を美化しているだけだったり、
そもそも人によって思い描く時代が食い違ったりする。
人には人の歴史があり、国には国の歴史があるので食い違うのは当然の事ではあるが、
になし藩国では概ね全ての住人が同じ時代を思い浮かべる。
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イラスト イタ@になし藩国
二人の摂政が藩王を支え、藩王が王女を支え、一丸となって帝国を脅かすものと戦った時代。
藩王の下、王女と共に戦場を駆けた日々こそがになし藩国民の誇り。
例に漏れず大規模に過去を美化しているだけの可能性もあるが、
戦いが終わった平和な時代ではなく、戦い続けたあの頃こそが輝かしい時代であると、
大半の国民がそんな幻想を抱いているのだった。
──はてない国では、幻想は時として現実のものとなる。
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PPGの初陣があると告げられて間もない頃──
長い休暇を終えたになしは執務室に居た。以前と同じように。
シーズンオフで過疎になっていた最中、出迎えたのは一人の摂政と一人の秘書官だけで、それも
「おかえり、藩王さま」
「うむ、留守の間よくやってくれた」
という実に素っ気無いやりとりがあっただけである。
秘書官に至っては頭を下げただけで何も言っていない。が、その瞳には全幅の信頼があった。
「では行くか」
どこへとも言わず歩き出すになしと付き従う二人。
執務室から出てすぐ、廊下の窓から覗く事が出来る中庭には見た事もないI=Dが立っていて、
それだけで三人の意思は一つになった。
すまんが状況がさっぱりなので説明してくれ。と歩きながら言い出したのはになしである。
とりあえずぽちが立つと聞いて戻ってきただけで詳しい事は良く解っていないらしかった。
「敵は評価30のなりそこないが一万、
勝利条件は○○○○の討伐を担当するトップエースを守って敵中を突破することである。……だって」
応じた摂政も半分ぐらいしか解っていなさそうな声色であった。
「なりそこないとはなんだ」
「え・・・なんだろう」
「そういえば良く解りませんねぇ」
三人揃って首をひねる。
と、そこに摂政月空登場。
「あ、おひさしぶりですー」
「おー、月空くんひさしぶりー」
「うむ、健勝なようでなにより」
再開の挨拶もそこそこに歩き出す一行。どこに行くのか聞きもせずに月空も加わって四人になった。
「ところで月空くん、なりそこないって何か知ってる?」
「任せてくださいよっ。こんな事もあろうかと色々調べておきました」
元々事務仕事やら裏方の担当が多かった月空が、調査した内容らしい書類を手に説明を始める。
「なりそこないとは、名前を呼ぶだけでもやばいアレの尖兵のことで、ぶっちゃけどういうものなのかよく解ってないようです。
死に瀕してオーマに覚醒しようとすると汚染されてなりそこないになったり、
絶技使おうとするのも駄目みたいです。
AR10以下にならない特殊があるようなのでARの高いI=D群での先制攻撃が有効なはずです」
「あー・・・・・・アレか。ラスボス的存在の」
アレの話になって露骨に嫌そうな顔をするになし。
「アレとか伏字とか言うととっさに分かりづらいから野茂さんと呼ぶことにしよう」
「それはいいのかな・・・全国の野茂さんが渋い顔しそうだけど」
「そもそもなんで名前呼ぶとだめなんでしょうね」
今度は四人揃って首をひねる。とことん世事に疎いのがになし藩国の特徴であった。
シーズンオフ中に全く生活ゲームなどに出ていなかったせいでなりそこない騒動から逃れていたが、
おかげでどう対策していいか良く解らないという弊害もあった。
それでもになしは微笑った。戦う前に敵の情報が解っていた事など少なかったなと言い捨てて。
「これまでと同じように、出来る事をやろう。・・・発掘兵器は動かせるか?」
「その辺はイタさんと玲音さんが──」
「勿論問題ありませんわ!」
柱の陰からまるでタイミングを見計らったかのようにイタと玲音が現れた。
「お休み中にフレーム周りの点検とブラッシュアップをしまして、以前よりも調子が良くなってるはずですわ」
「すいません正直出番待ちしてました。
あ、白兵と防御に関しては前より無茶が効くようになってると思います。
具体的には体格評価+2(当社比)くらいで」
「当社比というのが良く解らんがとにかくご苦労だった・・・お前らも変わらんなぁ」
「キャラが薄くなったら負けですわ!」
「自分はイタさんと一緒に出ると影が薄くなるんで御免被りたいんですが」
「お前は十分濃いから安心しろ」
私服のネコミミメイド服である玲音(♂)と、ですわ口調でくるくる縦ロールのイタ(♂)、
ある意味良いコンビではあった。
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イラスト イタ@になし藩国
イロモノ二名を加え、になし一行は再び歩き出す。
進むたびに瑠璃やらコーラルやら下丁やらアイビスやらその他諸々と出くわし、
一言二言会話を交わして合流するうちに藩国の主要人員が全員揃っていた。
真っ直ぐに歩くその眼差しは揺ぎ無く、炎の様に燃える髪をなびかせて進んでいく。彼らの王女の元へ。
同日同時、になし藩国内某所──
そんな一行をモニター越しに見る太い影──オタポンである。
「・・・再びここにか、フン、あいつらギリギリすぎだな、毎度の事」
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イラスト イタ@になし藩国
と、グチりながらも、彼の口元は緩んでいた。その自分の表情が旧式介入装置に映っているのを見て、
メガネのレンズを回す、俺とした事が。
「でもまぁ、また連中を弄って楽しめそうだ、ここはまたひとつ協力する(フリ)とするか、くくく」
彼らの近くにいれば「王女萌へー」な彼にとっても美味しいのだった。
そして、自分から見ると「だいぶバカ」で始終「ぐるぐる」している彼らを見ているのは実に楽しい。
「冬」の間、ずっと寝ていたクセに、王女が動き出した途端コレだからな、傑作だよ。
画面に映っているエイジャ兄弟と王女のショットを、王女だけカットペーストしながら彼はニヤリとした。
「さて、こんどはどうやって俺を楽しませてくれるのかな」
『電子の妖怪』はひどく上機嫌なのだった。
誰も行き先を聞かないまま、それでも一切の迷いなくになし軍団は中庭に辿り着いた。
王女ががるるるした相手こそがになし藩国の敵である。
になしが戻ってきたように、ぽちも戻ってくるはずだ、という先入観があり、
ということは見たことも無いI=Dは王女の物だろう、と誰一人の例外もなく確信していたのだった。
戦う前には故郷に一度戻ってくるんじゃないか、というたいした根拠もない思い込みである。
──しかしそれは間違っていなかった。