健康診断・身体測定というものは、女性にとって、天国と地獄の両面を併せ持つ行事である。
男性からからしたら「体重身長座高を測って、ハイ終わり」のツマラナイ行事でしかないが、だが、女性からしたら、それこそ自分の命日を知るに等しい行事なのだ。明日かもしれない。五十年後かもしれない。ひょっとするとあと三秒後かもしれない。
「…………」
2004年 2月8日。晴天なれど気温低し。
ヨルムンガンド級輸送艦「サクラ」の医療室。
ここにも、自分の体のことを知りたいような、同時に知るぐらいならBETEに裸で特攻してやるなんて不謹慎な事を考えている女の子が居た。最初、メイゼを怪しいやつ呼ばわりした「検非違使 あやの」だ。
お人形みたいな顔つきに、小柄な体に似合わない豊富な髪の毛をツインテールにして腰まで垂らしている。その手の人間が見たらさっそく写真でも撮りそうな風貌である。
彼女だって女性独特の丸みを帯びた体を持っている。
しかし―――。
彼女はもう一度、その二つの丘がある白いシャツの下を透視するかのように凝視する。
大きい。
「………いいな」
「ん? なんか言った?」
「何にも」
女性の作業員に体の筋肉量を計測されていたキサラギが、あやのの方に振り返る。ぷいと顔を逸らすあやの。既に測定を終えて待機していたリンがキサラギの胸と自分のを眼で比較する。
「にしても大きいですね」
「うーん。また大きくなったみたいで」
「アタシに言わせたら大きいだけだって」
血液検査を終えたナイトメア3の「香舞園 理佳(コウブエン リカ)」が、もぞもぞと軍服を着ながら言った。ざんばらなショートカットの平均的な女の子だ。部隊の切り込み隊長として、長刀の扱いに関して彼女の右に出る者はいない。
ただ、頭に血が上ると誰にも止められないという欠点を持っている。
「大丈夫です。まだ大きくなるらしいです」
「うっせ!」
富士キサラギ――ナイトメア遊撃部隊の隊長。
スラリとした長身に、これでもか! これでどうだ!! これでも食らえ!!! とばかりの、まさに富士山級の大きな胸。
一方、どうにも貧相なあやのの胸部。
あやのは心に決めた。こんど大きくなる呪文でもなんでもやってやる、と。
さて、なんで彼女彼ら「ナイトメア遊撃部隊」の六人が健康診断をしているのか。
それを知るには、少し時を遡らなければならない。
――「戦術機をR戦闘機に近づける」。
そんなことを突然香月が言い始めたのが、つい一週間前のこと。
R戦闘機に近づけるなら、まず反重力機関とか、波動砲とか、先にすべきものは沢山あったが、それは時間がかかる。ならば、時間がかからず、しかも効果的な事をすべきだ――。
ということで、戦術機の操縦者、つまり衛士の強化がなされることになったのだ。
最初に取り掛かったのは、衛士と戦術機の間を結ぶOSの改良だ。
「XM3」という機動制御用のOSがこの世界で広く使用されているが、それを独自に組み替えて、R戦闘機に近づけようとしたのだ。しかし、これに関しては「OSをR戦闘機に近づけたところで、性能が追いついていない」ということで後回しにされた。
と、いうことで、まずは操縦席周りの改良が始まった。
これはさほど難航する作業ではなかった。何せ、外見だけという状況なのだから。
さて、話は最初の健康診断に戻る。
何故健康診断か、というと、人体の強化を行うためである。ただし、メイゼのように骨格や筋肉・神経を人工素材で強化したり、ヴァジルカのように脳味噌を弄るようなレベルの改造は出来ないので、汎用ナノマシンの注入などの軽度の強化を行う。
健康でもないのに強化は出来ない。だから、体の様々なデータが必要になった。だから、健康診断をやった。そういうことだ。
汎用ナノマシンとは、血中のウィルスを除去したり、通信用に使われるのが本来の目的であった。しかしこれは軍用品。神経を活性化させたり、筋肉の疲労物質を取り除くことも出来るようになっている。
ナノマシン自体は香月達で生産できないので、ヨルムンガンド級輸送艦「サクラ」の施設で製造したものを使用する。
「ったく、こんな事ならナイトメアにこなきゃよかったゼ」
「まぁまぁ、そんな事を言わないでください」
女性特有の会話で盛り上がるナイトメア隊の四人の隣、黄色いカーテンを一つはさんで、二人の男がベットに寝ている。その全身に様々な計器を取り付けられている。一人は小柄。もう一人は長身。前者は白髪の長髪。後者は優男の風貌。
優男がニヤリと笑う。
「……ひょっとして注射が怖いとか? 御冗談を」
「ちょ、ばっ! そんなんじゃねーよ!」
慌てたように否定してかかるも、作業員に制止されて大人しくなる。
どこまでも癖のない銀髪を腰までのばし、その姿は妖精を思わせるほどに美しい。潤った唇。大きく凛とした両目。しかし、彼は立派な男である。ちなみに、女に勘違いされるのが大嫌いである。ナイトメア5、彼の名前は「宵崎 白夢(ヨイザキ ハクム)」という。
片や飄々とした様子で白夢をあしらう男、ナイトメア6、名前は「椎名 宗一(シイナ ソウイチ)」。
二人は、なんだかんだ言いながら仲が良いのであった。
「そこは我慢しなくては。ナノマシンによる簡易強化らしいですからね。自分たちの生死がかかっている、そう考えれば我慢できるでしょう?」
「む」
「どうです?」
「……分かったよ」
ナノマシンは、原始的かつ確実な手段―――注射で投与される。
それを事前に知らされていた二人は、この後注射されることを知っている。
ここでナイトメア遊撃部隊について少々触れておこう。
ナイトメア遊撃部隊とは、2001年12月31日のオリジナルハイヴ攻略作戦(桜花作戦)にて数人が生き残るも、反応炉の暴走に巻き込まれてハイヴそのものが大爆発、全滅、実質解散した英雄「ヴァルキリーズ」の後継として組織された部隊である。
正規の軍隊として動かず、戦場を自分の意志で駆けて、様々な部隊を支援する。文字通りの遊撃部隊。特に秀でた者だけが入ることを許される、エリート集団六人組。
味方を見捨てることも、敵前逃亡することすら許された特別な存在。それがこの部隊である。友軍から「悪魔」と忌み嫌われる、ヴァルキリーズとは異なる集団。
それ故に、それぞれが特に決まった役割を持っていない。
が、やはり得意不得意は存在する。
比較的前方でBETEと戦うのが香舞園 理佳。後方にて部隊を支援するのが宵崎 白夢と椎名 宗一。どれにも属さず、全距離を駆けるのが富士 キサラギ隊長と、検非違使 あやのと、合崎 リン。そういうことになっている。
そしてこんな部隊だからこそ、香月が介入できるのだ。
2004年 2月12日 夕方 曇り。
ここは演習場。
六人の「獣」が、たった二人の「獣」を追い詰めつつあった。
『こちら宵崎、配置についた』
『こちら椎名、配置につきました』
長髪のヤマトナデシコ、富士キサラギは持っていたサブマシンガンにマガジンを差し込んだ。
ナノマシンによる身体能力の増加。それを調べるためにナイトメア隊、そしてメイゼとヴァジルカは演習場にて実戦さながらの訓練を行うこととなった。ただ、R戦闘機と戦術機では性能差が天と地ほどあるため、生身での訓練となったのだ。
演習場にある、大きな廃工場。ことごとく窓ガラスが吹き飛び、その廃墟は、どこか「死」を思わせた。
ナイトメア隊は、防弾チョッキにゴーグルなど、重量だけ見たら実戦と変わらない装備を抱えていた。もちろんメイゼとヴァジルカも同じだ。
狙撃に関してかなりの腕を誇る二人の配置を確認したキサラギは、あやの、理佳、リンに手で指示を出した。作戦を開始する。
「………」
静かすぎる。
メイゼとヴァジルカは既にどこかに隠れているはず。だというのに物音がしない。当たり前か。軍人である人間が不用意にガチャガチャと音を立てるはずがない。
周囲には工作用の機械が鎮座していて、廃工場の天井付近にはキャットウォーク。
隠れるところはどこにでもある。
四人の前進を確認した狙撃の二人が移動を開始する。
コツンコツンと二人分、微かな音が反響して消えていく。再度狙撃銃の暗き銃口が工場内を支配できる位置から覗く。
「周辺警戒」
「「「了解」」」
女性陣の声が重なる。丁度工場の中心付近に陣取った四人は、警戒しながら工作機の陰に身を置く。男性陣は再度移動し、今度は小さなコンテナに開いている大きな穴から銃口を覗かせる。
―――タタタンッ。
足音。
瞬間。ナイトメア隊全員の視線が素早く移動し、銃口を上げる。
「見~つけた」
「なっ?!」
上だ。
工作機の一つ、ベルトコンベアから工場の側面へと駆け上がったメイゼは、そのまま壁を蹴って円を描くように跳躍。人外じみた力でナイトメア隊の真上に陣取った。両脚が真上を向き、手に持ったサブマシンガンがナイトメア隊目がけて咆哮する。
「散れ!」
全員が一斉に横っ跳びで回避。
メイゼから発射されたペイント弾が地面に突き刺さって真紅の汚れを付ける。
鉄を溶接する機械の陰に隠れたキサラギは、僅かばかり頭を出してメイゼの姿を確認する。仲間の誰かがメイゼかヴァジルカと銃撃戦を繰り広げているらしく、断続的に銃声がする。
参加しなくては。
「ッ!」
殺気か!
キサラギはとっさにその場から飛びのき、キャットウォーク辺りに銃火を走らせる。だがキサラギは、軽技師のように側転をきめてヴァジルカがペイント弾を避けるのを見た。
ざ、とキャットウォークの足場でヴァジルカが姿勢を低くすると、両手に持ったサブマシンガンをナイトメア隊全員へと浴びせかける。
狙いが甘いペイント弾がいたる所へと赤い花を咲かせた。かちんとヴァジルカのサブマシンガンから音がする。弾切れだ。
弾切れの隙を狙って白夢と宗一の狙撃銃が吠える。
「やるねぇ」
跳躍。
高速の小銃弾がヴァジルカの先ほどいた空間を縫い付ける。
ヴァジルカは優に2mの距離を跳んで遥か下の地面へと落下。姿を工作機械の群れの中へとくらます。
「ナイトメア3 ヒット!」
香舞園がやられたらしい。キサラギは唇を噛んだ。
なんであんなキチガイ染みた動きが出来るのか分からない。自分らも軍事用ナノマシンを入れている。お陰で息が切れにくくなった。だが彼等はその動きの遥か上を行く。同じ人間相手に三次元戦闘を行うなど、完全に想定外。
今のがヴァジルカだとすると、他の面々と戦っているのはメイゼか。
なんて力量だ。
実質4対1ではないか。
キサラギは姿勢を低くしたまま銃声の方向へと滑りこんだ。
あやのとリン、狙撃銃ではなく拳銃を引き抜いた白夢と宗一がメイゼらしき人かげと銃撃戦を繰り広げている。
メイゼの狙いはで、前に出ることが出来ない。実質一人にキサラギを含めた5人が釘付けにされていることになる。
「行け行け行け!!」
「了解しました!」
銃声が止んだ。
同時にリンが駆け出し、そして近場の廃材の陰に飛び込み、数発メイゼの方向に銃を撃ちこみ、さらに突撃をかける。
しかし――。
「いない……?」
「中見ろ」
「えっ」
転がっていたドラム缶から銃口が覗く。メイゼの肩までの髪が揺れる。とっさに射線から逃れようと身をよじるリンだったが、薙ぎ払うように発射されたペイント弾の数発が腹部に命中してしまう。
ペイント弾が命中していない全員が身を乗り出してドラム缶目がけて撃ちまくる。しかし、ドラム缶はそのまま障害物の陰に転がり込んでしまい、銃弾が当たらない。
「全員周辺警戒!」
薬莢の転がる音。沈黙。火薬の臭い。
――カラン。また音がした。
「!!! 撃て!」
後方、そう、ヴァジルカだ。各々の射線がヴァジルカに食いつく。
しかし、銃弾が発射されるよりも数瞬早くヴァジルカは地面に伏せた。強化頭脳により射線、発射のタイミングを高速演算。すべての弾がヴァジルカの頭上を貫いた。ヴァジルカは宣言する。
「いくぞナイトメア隊!」
子供のような体が横に転がる。
狙撃銃のペイント弾が派手に地面に弾ける。
ヴァジルカは適当にサブマシンガンを撃ちまくるが、さすがに不安定な姿勢からでは命中弾はない。撃ちまくる。マガジンを排出、再装填。ヴァジルカはとにかく撃ちまくる。銃口からのペイント弾がナイトメア隊を脅かす。
キサラギは戦闘可能なナイトメア隊の面々に指示を出しながら、自らもヴァジルカにサブマシンガンの銃火を向ける。廃工場内部にやかましい音が鳴り続く。
「……? おかしいぞ……あれほどの機動力を持っているのに正面から撃ち合い? 今まで撹乱戦法だった――これは――罠か!」
「メイゼが来てます!」
狙撃担当の椎名 宗一の緊迫した声が響く。
音もなく、暗殺者のように忍び寄ったメイゼの双眼が嗤う。
椎名の拳銃がメイゼの顔面に向けられる。実戦なら即死する位置。
しかし宗一が引き金を引くより早くメイゼの顔面がぶれる。回避行動か。
銃声。
拳銃はメイゼの顔の隣で銃弾を吐き出した。
ぐん、と宗一の景色が回る。地面に背中から叩きつけられ、一瞬呼吸が止まる。
―――投げられたと気がついた時は時すでに遅し。宗一の拳銃はメイゼに奪われ、そのまま心臓がある地点に一発、二発と引き金が落とされた。ペイント弾の塗料がメイゼと宗一の二人の顔に飛び散る。
跳躍。メイゼは跳んだ。向上に廃棄され、地面から空に向けて突き出した鉄骨を足場に、もう一度宙に体を浮かばせる。
円を描くようにメイゼの体が廃工場の空間を舞い、運搬用のクレーンに掴まる。
クレーンが軋むことで体が左右に動く。弾道計算、発砲時の銃身の跳ね上がりを計算。高速演算、座標調整。
「ロック、オン」
連続で引き金が落とされる。正確に銃弾がメンバーを襲い、そしてそのほとんどを脱落させる。悔しげな声がナイトメア隊から絞り出される。
「人間、じゃない」
「あんだよありゃ。サーカスから来たのかぁ? クソッ。綱渡りで死ねばいいのに」
「まったく歯が立ちませんでした……僕の実力不足でしょうか?」
銃が弾切れのようだ。予備の弾もない。
メイゼは銃をホルスターに戻す。防弾チョッキをしているのにも関わらず汗が浮かんでいない。ただ、息は切れているし、疲労していない訳ではない。元々いた世界では、人そっくりのアンドロイドとキチガイじみた戦闘訓練をしていたのだ。メイゼにとってこれは苦しいことではない。
「人間ならとっくに止めてるさ。残りは一人。……なぁキサラギ」
「ああ」
キサラギが音もなく進み寄る。サブマシンガンは弾切れ。それでも、体に色が付いていないところを見ると、さすがは隊長か。
「おっとと、俺は用事を思い出したから二人でやってくれ」
飄々とした様子でヴァジルカが出てきた。こっちは汗だくである。銃を下ろすと、不満げな様子で退場するナイトメアの面々と一緒に工場を出ていく。
メイゼとキサラギ。
二人のエースが油の臭いの満ちる空間で対峙する。
「人間を止めた、とはなんなんだ?」
「連中、と戦うために体をちょいと弄ったってことかね」
「連中とはBETEだな?」
「さぁて。人間かも知れない。当たり前だろ?」
「何?」
キリリとした視線が絡み合う。お互いに無手。丸腰。しかし、お互いがお互いに核ミサイルの発射スイッチを持っているかのような緊張感が漂っている。そのうちにスイッチは押されてしまうであろう。
キサラギは、ほんの僅かに脚に力を込める。
「――人を殺したことがあるというのか?」
この世界の軍隊において、敵というのはBETEである。
多少の小競り合いがあるにしても、その戦力のほとんどが対BETE戦のためにつぎ込まれている。
軍人が人を殺す。この世界ではあまりないのだ。と、いうかまずありえない。
しかしキサラギは見抜いていた。あれは対BETE戦闘の為ではない。人が人を殺すために作り上げられた、完成された「技術」だ。
「当たり前だ。必要とあれば殺す。命令ならお前も殺す。お望みとあればできる限り醜くなるように殺してやる。それがどうかしたか? それが軍人だろう?」
「なんだと……?! 人を殺すことをなにも思わないとでも言うのか――?」
「ああ、そうさ我が同類。――軍人殿」
表情を変えることなくメイゼが答える。
それはあたかも、何かの説明書を読み上げる様であった。
異形の生命体、バイド。
それを利用して金を儲けようとする人間は非常に多い。
基地に忍び込み、人員の誘拐や工作を行う人間もいる。
メイゼは、そういった人間を何人も血祭りに上げてきた。ヴァジルカも同じだ。Rを駆る者の敵はバイドだけではない。人間ですら敵となる。敵ならば、殺しても構わない。
キサラギの顔にうっすらと汗が浮かんでいる。
これは、体を動かしたことにより発生した熱によるものだけではない。
あまりにも冷たいその目による威圧、それも含まれている。
「同類――? 違う、私は故郷を、地球を守るためにいる――」
「なら連中がいなくなったらどうするつもりだ? BETEという画期的なモノを各国が軍事技術に応用しないわけがない。そうなったら今度は人間相手に戦術機が運用される。……まさかナノマシンの調整でこんな事になるなんてな。ハッ! 下らん。来い。俺を倒せ。ナノマシンの稼働実験だろうがなんだろうが、構わない。お前ら、軍人、は甘すぎる。軍隊というモノの本質すら知らないでここにいる。教育してやる。軍人のくせに綺麗ごとを言うな。虫唾が走る」
「―――!!」
一気にまくしたてるメイゼ。
心なしかその顔には怒り、そしてどこか見下すような、そんな感情が混ざっている。
希望なんか無い、そんな状況で戦ってきた。
希望をくれた人は死んだ。だからメイゼは言う。別の世界での絶望。愛した人が、戦闘とは関係のない人が敵として襲い来る、その煉獄で剣を振り続けた、彼は言う。この世界の「甘い」軍人に言う。
守るためには人も殺す。
大切な人のために人は殺さない。
考えの違いが明らかになる。
キサラギの拳が握り締められる。奥歯が極端な圧力をかけられて悲鳴を上げる。
「ふざけるな!!」
「ふざけているのはお前だ。今わかったよ。俺はお前らが気に食わない」
「――分かった。ある程度力を抜いていくつもりだったが、本気で行こう」
ドン、と乾いた音が鳴る。二人が地面を蹴っ飛ばした音だ。
なんの合図も無しに二人が駆け出した。
キサラギがメイゼの頭部を殴るために拳を固め、空気を切るように突き出す。
「―――ッ!」
メイゼはそれをバックステップでかわし、腰の捻りを入れた蹴りを頭に突き出す。
体は防弾チョッキでダメージを与えられそうにないからだ。
なら、頭を狙うまで。
ぎゅん、とメイゼの脚がキサラギの頭を素通りする。
同じように距離をとって回避していたのだ。
「ほら、いくぞ、軍人殿」
「クソッ」
メイゼは、猛烈な、捩じり込むように拳をキサラギの顔面に放つ。危ういところで回避。普通の人間ではありえない速度で拳がキサラギの顔面を掠めた。
なんて力だ。キサラギは唇を噛む。
メイゼが蹴り突き出せば、キサラギは受け流して反撃する。
肉と肉がぶつかり合う音がしばらくの間響く。
「骨の一つぐらいは砕いてねじってやる。なぁ軍人殿? そうすれば軍人を止められるぞ?」
「私はっ、軍人でありたい!」
「人を殺す覚悟もない甘ちゃんがなに言ってる。BETEしか殺せない、それで地球を守れるのか? もし相手が人間だったらどうする?」
メイゼの片足が一瞬霞む。明らかに人間ではない力でキサラギの脚が払われた。
そこにバランスを崩したところに一気にメイゼの肘が落とされる。
――ヒュン。
必殺の、それこそ頭蓋を割らんとばかりの速度の一撃を、キサラギは、両手を割り込ませることで受け止めた。
ぎちりと筋肉と間接が悲鳴を上げた。
「私、には、BETEを殺す、それ以外に無いっ――!」
「 ほ~~~、で?」
「私は、それでもいい。甘くてもッ! いい!」
「――なら死ね。理想が通ると思うな」
メイゼは、一時的に筋肉のリミッターを解除。
受け止められていた片手を無理矢理上にあげ、コンクリートを粉砕するほどの力で拳を振りおろし――!
「駄目ですメイゼさま!!」
リンの声が聞こえた。
「――ッ!」
とっさに急制動をかける。
キサラギの両腕を掻い潜って、頭部を粉砕せんと迫っていたメイゼの拳が、目を保護するためのゴーグルの数センチ手前で停止した。
脳内にかかっていたノイズが晴れていく。
「俺は、今、何を?」
遅れて、ナイトメア隊の面々とヴァジルカが何事かと入ってくる。
「よぅ、相棒。もう終わったか?」
ヴァジルカが口笛を吹きつつ、硬直している二人の銃を回収する。途中から殺し合いになっていたのだが、キサラギが下で、メイゼが拳を直前で止めているところを見ただけでは、「寸止めしたんだな」という解釈しかできない。
ナイトメアの面々は、既に帰る準備を始めている。
「メイゼさま」
「………」
「取りあえずそこをどいてください」
「………分かった」
キサラギは目を閉じ、固まっている。メイゼは、チラリとキサラギに目をやると、そのまま走り去った。
ナイトメアとの面々とヴァジルカは何があったのかさっぱり分からないのか、疑問が顔に浮かんでいる。
ただ一人。リンを除いて。
「あとお願いします!」
「あぁ? オイコラ!」
後の処理を任せられた白夢が叫ぶも、既にリンは工場の外へと消えて行っている。そして、キサラギが体を起こした。
「なぁ皆――軍人というのは――」
何にもかもがムカついていた。
殺して殺す。それは、元の世界では復讐であり、生き甲斐であった。そこに地球を守る、ということは本の僅かしか入っていなかった。
否、きっと同僚達も同じだったのだろう。
バイドを殺す。
それはきっと、人生と同等の価値を持っていたのだ。
そもそも、「対バイド戦だけに作られた」操縦者だってゴロゴロといた。
クローン。
理論上、100%同じ遺伝子を持った生命体を作りあげる禁忌の技術。
俺は、メイゼという人間は、孤児だ。
バイドの攻撃を受けた宇宙船がとある街に落とされ、家族はみんな死んだ。
人の生命は紙のように軽い。
26世紀の人間は、銀河系中心域に確認された、明らかに敵意をもった知的生命体を滅するために次元兵器よりも有効な「兵器」を求めた。
生体物理学、遺伝子工学、そして魔導工学すら使って、その生命を「合成」した。その基礎となったのは、汎用性の高い「ヒト」であることは、既に知られている。
そう、実質人間同士が殺しあっている、ということと同じなのだ。
命の重さなど、人類を守るという大義の前では、ゴミ同然となる。
それは、22世紀であれ、26世紀であれ、変わることがない。
それが、元人間であれ、関係ない。
だと言うのに――この世界の軍人は、あまりに綺麗すぎる。人を殺す、という本当の目的を忘れて、未来への希望を抱いて生きている。
「殺す」。それを言い換え、「倒す」などと言う。
それが、どうにも違和感を覚えさせ、同時にいら立ちに変っていた。
「クソが」
軍人である以上、「他の軍」に許可なく喧嘩を吹っ掛けるなどやってはいけない。
だが、時にはこんなこともいいだろう。未遂なら、問題ない。
じきにBETEが襲ってくるだろう。そうしたら、後は殺せばいい。あいつ等は――ナイトメア隊なんてどうでもいい。放っておけ。
その「作業」を繰り返すことができれば、メイゼという生命の生きた証が残る。
「―――メイゼさま」
ああ、俺に過去の人間が語りかけてくる。
いや、違うな。これはあくまで現実だ。
メイゼは、工場の外にある古びたコンテナから飛び降りると、体重をさびた側面へと預け、手をポケットに突っ込む。防弾チョッキその他は工場に放置してきた。
「なんだ」
「お話、いいですか?」
「ああ」
三つ編みされたポニーテイルが背中で揺れる。今リンは、同じように装備を脱いでいる。
「なんであそこまでやろうとしたんですか?」
あのまま振りおろせば、頭部を粉砕していたのに、ということは言わない。メイゼは地面に落ちていた石を足で、転がして弄び始める。
「さてさて、何のことやら俺にはさっぱり」
「……止めを刺そうとしてましたね?」
「………」
「あのまま行けば死んでました」
ガッ。メイゼは石を力をいれて蹴っ飛ばした。重心をもとに戻すと、リンに歩み寄る。
そのままメイゼは腕を組み、リンを睨みつける。一瞬だけ表情を強張らせたリンは、同じようにメイゼを睨みかえした。
リンが口を開く。
「確かにその強さは尊敬します。でも、仲間を傷つけることは許しません」
虎のような態度で、リンは言う。どこまでも、それこそ鏡に映った姿をそのままここに連れてきたかのように似ている彼女。
リンの視線に耐えられなくなったメイゼは、腕を戻してくるりと背中を向ける。
「悪かった。でも、俺は態度を変えん」
もういいだろう。
要するに戦えばいい。
それ以外は必要ない。
メイゼは、一人新潟基地に戻ることにした。
あとがき。
ヒャッホホオホホホホホホホホオォゥ! 一人称と三人称が混ざるぜ☆
新兵器の設計とか、製造とか、
一体どのぐらいの時間がかかるんだかわからNEEEEE!
ふぅ、俺なにやってたんだろ。
今回は、なんだかんだで一番長い文字数になってます。お話がブツ切りになったり、色々とゴワゴワとした構成ですいません。小説って難しいです。それでは。
最終更新:2009年01月24日 14:52