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 2004年 2月23日 夕方 新潟基地沿岸

 夕方の太陽を背景に一人戦うメイゼ。
 その巨人――ヒュロスの夜明け前のような薄紫色はとうの昔にBETEの血で汚れ、見る影もない真紅に染まっている。
 背面部大型バーニアや各部スラスターが作動するたびに、BETEの血液や体液が宙に飛び散って、地面や海面を汚す。その圧倒的な力で全てをねじ伏せる姿は、今までBETEを恐怖の対象・恨みの対象としか思っていなかった衛士の心を震わせる要素があった。
 今や新潟基地に侵攻してきたBETEの全てがメイゼ機に集中し、他の衛士は何もしないでもいい状況になっている。
 時折思い出したかのようにヒュロス周辺に群がるBETEに発砲するも、その必要はほとんどないようである。
 何故なら、ことごとく薄紫色の巨人が倒していくからだ。
 両手から生やした青い爪で戦車級突撃級要撃級を斬り伏せ、要塞級の脚を寸分の狂いなく切断し、電磁投射砲ですらこの威力は出せまい、というほどの力をもった青い砲弾で地面すら抉り取る。

 『すげぇ……』
 『ああ……』
 『すごいなんてもんじゃねーよ……あの戦術機も、かの有名な香月副司令官が造ったってのか?』

 完全に手持ちぶたになった撃震の衛士らが会話している。
 その前方には、沈みゆく夕陽でシルエットしか見えないヒュロスの姿がある。
 汚れて真っ赤になった海岸線での戦闘は、普段とは違って非常にゆとりがあるものだ。

 『こんな楽な戦闘も滅多にないよな』

 と、一人の衛士が呟く。すると、撃震に乗っているもう一人の衛士が足元の闘士級の死骸を観察しながら言う。

 『暇とかいうな。あの戦術機を援護しろよ』
 『どうやってだ? あの速度で飛びまわってるのに、もし誤射でもしたら首が本当に飛ぶぞ?』

 ――新潟基地内部。本部。

 表示される情報が端末の画面に投影される。複数の人間がそれを睨みつけながらキーボードを打ち込み、味方に適切な情報を渡す。そう、ここは指揮所である。
 香月夕呼横浜基地副司令官は、新潟基地の司令官と味方が送ってくる戦闘の様子を一緒に見ていた。その画面には空を自由自在に飛びまわるヒュロスが映っている。
 髭の長い初老の男――新潟基地の司令官は、腕を組んで唸った。

 「う~む……何度見ても素晴らしい!」
 「恐れ入ります」

 静かに頭を下げる香月。
 いくら英雄といえど、司令官に対して大きな口を叩くことは出来ない。
 新潟基地の司令官は、どこか熱の籠った視線で、BETEを殺しまくる薄紫色の巨人が映っている画面を見つめる。

 「ところで――あの戦術機の名前はなんというのですかな?」
 「ヘラクレスの息子である、ヒュロス、という名称が暫定的に名づけられていますわ」
 「ふーむ。英雄の息子、ですな!」

 英雄。
 この世界において「英雄」と呼ばれるのは、当然のことながらほんの一握りしかいない。
 メイゼの世界でも同様である。
 ―――メイゼの世界。
 そのかつての「英雄」は、屠るべきバイドに捕まり、暗黒の森の木々に繋がれた番犬となって人類に立ちふさがった。……覚めぬ悪夢によって侵されながら。

 「ところで彼は――」
 「……それに関してはまだ言うことは出来ないということになっています」

 さっと話題を遮る香月。異世界からの来訪者なんて到底言うことは出来ない。
 それから香月は、その映像を各方面へと送信するように指示した。絶望を打ち消す唯一の方法、それは希望を与えることだからである。
 無線機からの通信が入る。応答をした香月は、司令官の方を向かずに、僅かに口の端を上げて言う。

 「英雄だけにいい思いはさせません。アレ、が到着しました」
 「アレ、とは?」



 ビームバルカンが上空から発射され、地上でうろついていた要撃級を海岸の砂に串刺しにした。血まみれになった巨体が崩れ落ちて趣味の悪いオブジェと化す。

 「こんな持久戦は初めてだ」

 メイゼは、完全に疲労していた。
 体中の筋肉が悲鳴を上げ、汗がどんどん染み出てくる。既に息は上がっており、その顔は赤く染まっている。パイロットスーツの補助機能が追いついていないため、運動能力が徐々に低下してきている。
 普段の任務はここまで体力を消費しなかった。メイゼは歯を食いしばった。
 徐々に精神が朦朧としてきているらしい。

 「逃げるってのも手か」

 AIから本日何十回目の警告が入る。
 レーザー照射警告。視界が危険領域で赤く染められる。
 スラスター作動。機体各部から火炎が噴き出して加速、ヒュロスが安全区域に滑り込み、次の瞬間には文字通り光速で白い空間が射出されて、空に白い塔が立ち上がった。
 まともに食らえば、さすがのR戦闘機もダメージを受ける。
 G元素だけでは完全に修復できない故に、直撃だけは避けておきたい。

 「真っ赤な絨毯か」

 新潟の海岸は、既に色を失い、赤へとそのほとんどを変えられている。そう、流れ出したBETEの血液が砂にしみ込んでいるのだ。その量は余りに多く、砂の元の色が分からない程である。
 あまりに高速すぎた所為か、ヒュロスの肩から白い雲が発生する。その巨人がさらに殺戮を重ねるために地上に着地、向かってくる「壁」を切り崩しにかかった。
 その「作業」も手慣れたもの。BETEが攻撃することすら許されないままに切り刻まれ、高エネルギー弾を叩き込まれて沈黙する。
 背後から襲いかかっても同じことだ。哀れな生贄達は、フォースが握っているビームサーベルで次々絶命させられる。
 レーダーに新たな感あり。メイゼはBETEの光線種の位置を確認し、死にかけの要塞級の陰に機体を滑り込ませた。これで背後からの強襲は無い。生きている味方を乗り越えることすら、しようとしないようなのだ。
 群がってくるBETEを、ビームバルカンで適当に撃ちまくる。
 たったそれだけでBETEはヒュロスに近づくことができない。

 「大きいな……これは、えーと、あれだ、そう、高機動型タブロック?」

 「それ」はメイゼの記憶にある人型兵器、タブロックに形だけ少し似ていた。大きさは全然違う。
 「R」を超える――というゲインズとは違い、タブロックは主に後方支援を得意とする大型ミサイル搭載の人型兵器である。
 旧式ながら、今も辺境の土地で頑張っている「ヘイムダル級宇宙戦艦」が装備しているギャランホルンミサイル砲と同格をなす威力を持つミサイルを両肩に装備し、優れた姿勢制御能力を持つ兵器。
 その最新型の「タブロック3」にどことなく似ている兵器が地面を舐めるように登場したのだ。にしても大きい。全高は少なくとも150メートル。正に小山のようなサイズのそれは、海岸へとするすると進んでくる。
 ――あれは味方なのだろうか?
 警戒の色を強めたメイゼが通信を繋ぐよりも早く、新潟基地側から通信が入った。

 「アンタひょっとして攻撃しようとか思ってないかしら?」
 「香月副司令官殿か」
 「……殿?」
 「……副司令官、だけだったか」

 本当に波動砲でもぶち込もうかと思考していた頭が少し冷える。
 冷静で知的な声が無線越しに、さらに言葉を紡いだ。

 「あれは凄乃皇六型っていうの」
 「え、あ? スソ、ノオ?」

 疲労から呂律が回らない。
 メイゼは、微妙に惜しいその兵器の名称を言った。すぐさま香月が訂正してかかる。

 「違うわよ。スサノオ。とりあえず時間がないみたいだしざっと説明すると、レアコック・レヒテ型抗重力機関っていうのをメインエンジンにしてて、ラザフォード場ってのでBETEのレーザーを跳ね返せるわ」
 「ほぅ」
 「ああそれから、その凄乃皇の周囲10メートルには強烈な偏差重力が発生してるから、うっかり入ったら最後と思った方がいいわ」
 「了解」
 「ついでに言うと元々装備してた荷電粒子砲を波動砲に換装しているから注意して頂戴」
 「分かった」

 数瞬の沈黙。てっきり通信を切るのかと思いきや、香月は通信を切っていなかった。
 その間も要塞級に背中をつけたまま、ビームバルカンを撃ちまくる。

 「疲れはないの?」
 「ある」
 「そう。じゃあBETEが撤退するまでお願い」

 もういい。疲れはどうでもいい。通信を切る。
 それと同時に、自らの内部で何かが切り替わったような気がした。
 それはブレーカーが過負荷で落ちたような感覚。脳細胞が震えるよう。
 精神の疲労が限界に達して、思考にノイズが走り、今まで封印していた記憶が心を責め立て始めた。記憶が奔流となって荒れ狂い、自身の骨子が鈍い音を立てているのを感じる。
 軋み、軋んで、揺らいで。
 世界が反転していく。自身の破片を材料に何かが創造されていく。
 ―――そして、その空間は、紅い何者かで染められた。
 どこかで、声が響いた。

 「ははははは」

 殺せばよいのだ。
 元いた世界ではバイドを。今いる世界ではBETEを。
 殺して殺して殺して。それこそが自分の存在意義ではないか。
 人でもバイドでもBETEでもいい。なんでもいい。命があればいい。
 さぁ殺そう。境界すら越えて、血で大地を染め上げよう――――。

 「彼」は知らない。
 その思考がバイドとほぼ同じであるということを。
 「彼」は知ろうともしない。
 それが罪の意識から生まれていることなど。
 浸食は進む。心に何かが入り込んでいく。
 そう、「彼」はあまりにも見すぎたのだ。
 異形の生命体の絶叫、体液、それを利用しようとする人間。欲望、むき出しの骨格。燃え上がる街。敵対する恋人、友人。番犬と化した英雄のなれの果て。襲い来る味方であるはずの戦艦。発狂した人々。緑色の液体に浮かぶ「試験体」。
 だが、「彼」は止まろうとはしない。
 何故なら、もう全てが分からなくなっていたのだから。



 「これより試射実験を開始します。で、のろまな人はラザーフォード場に生身で飛び降りってことでお願いしま~す」
 「ら、ラジャー!」

 その巨人。凄乃皇の内部には「サクラ」部隊の一人、シーナ=アッシェル技術担当員が乗り込んでいた。本来数人しか搭乗できないのを6人まで増やした凄乃皇の運転席。そこに扇情的な体型のシーナが腰かけている。
 まだこの世界で生産されていない波動砲を搭載している、出来立てホヤホヤの凄乃皇が出撃することになり、「あとは任せて下さい」などとこの世界の技術者に言われたシーナは憤慨した。技術屋の血が、それを許さなかったのだ。
 議論の末に、シーナ一人が操縦手として搭乗することになった。
 凄乃皇の操縦に、さほど技術はいらない。水上を走るジェットスキーと同程度と思っていただければよい。なにせ宙に浮いている上に重装甲を持っているのだ。大抵の障害物は関係なしに素通り出来るし、うっかりビルに突っ込んでも問題ない。
 武器に関しても同じだ。
 波動砲は適当に撃てば当たるし、他の武装に関してはこの世界で訓練を受けた連中が操作してくれる。

 「R作業用機ならともかく、こんなの操縦なんて……私も出世したわね~~」

 そう言うとシーナは、やたらとピチピチな強化服を見やった。服の下で「苦しい」と自己主張している大きな胸。会う人会う人かならずここに視線を落とす、その場所。
 サイズが無かったのだ。いくら伸縮自在とはいえ、限界がある。
 彼女はその限界を超えていた。
 では正直に言おう。
 エロイ。そう、それは、人類が追い求めてきたエロスそのもの。
 現に今一緒に搭乗している衛士も、顔合わせの際に最初シーナの全身を舐めるように見た。それに気がついたシーナは、グラビアアイドルのように腕を組んで胸を強調させてみた。さらに上目使いも入れてみた。
 入れ食い。それがその時の状況を的確に表す言葉か。
 それはともかく、基地との交信をすましたシーナは、その巨大な凄乃皇を海岸まで前進させた。より重厚になったフロート部。突き出した整流棒。それは、周囲を威圧する存在だ。
 前方にメイゼ機がいる。シーナの位置からみると、いくらR戦闘機といえど小さく見える。
 シーナは、その赤き海岸で死んでいる要塞級の隣で凄乃皇を停止させると、各部の情報に目を通す。準備よし。ML機関は順調に稼働中。

 「波動砲準備!」
 「了解!」

 シーナがトリガーを引くと、網膜に投射されているモニターのいくつかが急激な変化を催す。すると、前方の空間そのものが歪曲し始めた。
 素早く端末のキーボードに指を走らせて、凄乃皇の調整に入るシーナ。
 そう、高エネルギーを孕んだ波動粒子が凄乃皇六型の前方の力場に充填しはじめられたのだ。二本の整流棒の周囲に青い光が集まり始め、大気そのものがごっそりと持って行かれた。
 波動砲のチャージを妨害されないように、凄乃皇各部に設置されている36mm機関砲が一斉に火を噴く。海岸にて死にかけているBETEや、わらわらとメイゼ機に襲い掛かるBETEを次々に粉砕していく。
 パシュン、と間の抜けた音とともに水平な向きに大きなソレが発射された。
 それは、ある程度の距離を飛翔すると、BETEの群れの突き出た一角に「火炎」を投下した。数千度を超える火炎がBETEの体を焼き、次々に無力化していく。
 ナパーム弾。生物である以上は熱に弱い。硬度など関係のないことだ。
 本来あるべきレーザーによる迎撃は、今は無い。それどころか凄乃皇に向かってくるBETEの一匹すらいない。何故なら、メイゼの搭乗するヒュロスがその全てを引き寄せていたのだから。
 それは砂場に磁石を放り込んだ状況に似ている。
 入れた磁石に反応して、次々に砂鉄が引き寄せられる。
 メイゼのヒュロスが磁石で、BETEが砂鉄。他の戦術機と凄乃皇は、砂鉄にとってはただの砂程度の「魅力」しかないのだろう。
 砂に、砂鉄は、吸いつかない。
 そして波動砲をチャージしている間も、「磁石」は「砂鉄」を殺し続けていた。
 精密機械を思わせる動きで空間を舞う、その薄紫色の機体。彼こそがこの戦場の支配者であり、BETEはそれを盛り上げるための材料に過ぎない。その姿は、他の戦術機に「邪魔をするな」と無言で圧力をかけているようにも見える。

 「波動砲、行きます! もし波動砲のベクトルが真後ろに崩れた場合、凄乃皇もろともすっ飛ぶから、覚悟お願いね!」
 「覚悟は済んでいます!」
 「大丈夫です!」

 波動粒子集束レベル最終領域へ。
 集束音、最高音域まで極大化。
 正しく力を込められて青く変色した波動粒子が、凄乃皇の整流棒を基点に興奮した様子で渦巻いている。
 シーナは、一緒に搭乗している者達の返答に頷くと、トリガーを引き抜いた。

 「いっけぇぇぇ!」

 凄乃皇の耐久限界まで圧縮された波動粒子が破滅的な解放へと向かう。
 封をされた波動粒子は、正に歓喜の声を上げて首輪を解かれ、轟く。地平線まで響くほどの発射音と共に、青い「激流走」が発射。海岸のやわな地形を破壊しながら空間を貫き、かなり離れた海中に突き刺さった。
 否、まだ流れ続けている。
 堤防が決壊したかのように勢いで波動粒子が、一秒、二秒、と放射され、最後には小さな光の糸を引きながら停止した。
 海水をまきあげておよそ百メートル以上近くまで爆発が上がった。ベクトルを失った波動粒子が木端微塵となってあちらこちらに飛び散る。
 粉々になったBETEの破片が少し離れた海水に次々に落ちていく。
 命中しなかったBETEも、空高く吹っ飛ばされて落ちる。
 発生した熱が、翼のように広げられた放熱板から空中に放出され始めた。立ち上る熱気が、大気をゆらゆらと動揺させる。

 「これは――!」
 「すげぇ……」

 効果は確認された。明らかに荷電粒子砲を超えた威力を持っている。
 一瞬で放出が終了する荷電粒子砲とは違い、今搭載されている波動砲は、数秒の間放ち続けることができる。機体を横へ動かせば、「薙ぎ払え!」ということもできるであろう。広範囲の殲滅が極めて楽になること間違いない。
 その波動砲「着弾」した先は海中。これが荷電粒子砲であれば、こうはいかない。
 効果は大幅に減退され、ハイヴの攻略など出来ないであろう。
 もっとも、海中にハイヴが建設された例は今のところないのだが。

 「……集束率も問題なし、放熱システムも問題なし、整流棒も異常なし、ML機関への悪影響は見られないっと……。うん、合格ね」

 そう呟きながら、シーナは第二射に入る。
 各部火器が凄乃皇をハリネズミの様相にさせる中、再度前方の空間に波動粒子が集束され始める。

 『―――こちら香月。聞こえる?』
 『聞こえています』

 その様子をモニターしていた香月から通信が入った。シーナは、凄乃皇をさらに前進させて搭載されている火器の射程内にBETEを捉えようとする。

 『特に問題はありませんね。波動砲発射機構は正常に動作しましたし、36mmもナパームも、問題なく使用出来てます』
 『よかった……。その凄乃皇は目玉が飛び出るほどお金がかかってね――もしも――』

 映像越しで香月が表情を鋭くさせる。そして置いてあったコーヒーを一口飲んだ。

 『壊したら殺すわよ』
 『りょ、了解!』

 思わず敬礼をとったシーナ。その目の前には、「冗談でこんなこと言わない」と目だけでかたる香月の姿があった。
 通信が切れる。シーナは、敬礼を解いて、息を吐き出す。
 モニターに表示。波動粒子集束率、発射水準まで上昇。

 「じゃあもう一発いくわよ!」
 「はい!」

 巨人はまだ止まらない。

 そして2004年 2月23日 午後19時3分。
 BETEが撤退を開始。
 凄乃皇六型、および防衛艦隊の生き残りが追撃を開始。
 2004年 2月23日 午後19時39分。
 追撃を断念、帰還。戦闘終結。

 ここに、後に「赤い絨毯戦」とも呼ばれる迎撃戦が終了した。
 その映像は意図して各国に放映され、話題を呼んだ。特に注目が集まったのは、ヒュロスであることは言うまでもない。



 血濡れの巨人がゆっくりと新潟基地に帰還した。
 先に帰還していた戦術機や、戦闘ヘリなどが迎えてくれた。
 ヒュロスは、そのまま大きく加速し、基地の外を一周すると、一瞬で停止して高度を落とす。本来軍人が走るためにあるグラウンドの中心付近、そこに赤く染まったヒュロスが降り立った。
 それは全てBETEの血液。殺戮の証で元の色が判別できない程に赤い。
 ヒュロスが変形する。
 戦闘機の形に戻るや否や、やんややんやの拍手喝采で迎撃戦に参加したほとんど全ての兵隊が駆け出して、その周りを取り囲んだ。
 口々にほめたたえる声を上げる彼らは、一様に熱っぽい顔つきでその「英雄」を待つ。

 「……………」

 その「英雄」がキャノピーから地面へと降り立った。
 表情は正に極寒。絶対零度まで凍えた色を湛えた「英雄」は、その歓声にもまったく動揺しない。汗で全身がびっしょり濡れているというのに、まったく嫌そうな顔一つしない。
 メイゼは、兵隊達にわいわいと押されていく。
 その間、まるで魂が抜けてしまったかのように抵抗しない。
 どんなに体を触られようと、肩までの髪を引っ張られようと、彼は反応を見せなかった。



 赤い空間に、彼は裸で立っていた。
 否、それは赤なんかじゃない。確かに赤だが、それは「血」だ。
 壁なんか無い。ただ、永延と赤い空間が広がっている。
 地平線すら存在していない。赤い地面。赤い空間。赤い光。血の臭い。

 「…………」

 地球を護るため。愛する人を護るため。

 「……………」

 いつの間にか目的と手段が替わっていたのか。
 すなわち、護るために殺す、のが、殺すために護る、と。
 でも、俺には何も残っていない。
 リンは既に死んだ。俺が殺した。

 「………………」

 歩く。その度に体は赤い血で染まっていく。
 本来あるべき地面の感触がない。その地面は、カサブタを重ね合わせたかのように奇妙な弾力を持っている。
 メイゼの足に何か当たった。疑問に思って、それを引っ張り上げる。

 「……………あ」

 十字架のネックレス。
 すると、メイゼが何もしていないのに、次々と「それら」が赤い水面へと浮上してくる。

 「………………あぁ」

 バイド。BETE。人間。その他殺してきた者達。
 見覚えのある、「パーツ」が意思を持っているかのように蠢き、メイゼにすり寄ってくる。
 バイドの心臓。BETEの脚部。人の頭部。まだまだ増え続けるソレラ。
 それらは、一斉にメイゼに飛びかかると、血の水面下へと引きずり込もうとする。

 「止めて……助けて……」

 必死で抵抗するメイゼ。しかし、徐々に下へ下へとその体は沈みこんでいく。
 その時、一人の人間が血を掻き分けて現れた。粘着な音を立てて血の水面から浮上する。血が辺りに少し飛び散った。
 メイゼのかつて愛した女性。美しい髪の毛を編み上げて後ろに垂らした、リン。
 全身が赤に染まった裸のリン。彼女は血の水面に立つと、僅かに口角を吊り上げる。
 それが、さも楽しいことのように。それが、本当に面白いかのように。

 「ねぇ………殺してよ……」

 嗚呼、これが、殺してきた代償なのか。
 これが、辿り着いた場所なのか。
 これが、目指した理想郷なのか。

 「わああああああ……!!」

 赤い世界で、メイゼは絶叫した。
 それを聞いているのは誰もいない。



 人類が戦うのが好きなのと同じように、バイドも戦いが好きである。
 故に、バイドと人類は大差ない愚かな生き物であるということが証明される。

 ――生物学者「デイビット=オーゼ」より





 あとがき。

 はい、今回は前回と違って短いです。N式です。
 あんまり長く書くと俺自身の脳みそが沸騰しちゃう上に、途中で飽きて投げ出すなんて悲劇が発生しかねませんので。
 今回は主人公の内面的な事をエグってみました。色々考えた上に、そこのシーンの文章量を少なくしてみました。――サボリじゃないもん! どうすんだよ――主人公ブチ壊れなのに、そのフラグの回収というか修復の仕方を考えてないよ・・・・・・・・


 文章の中での表現の多重、矛盾、誤字脱字に意味の取り違い等ありましたら、報告願います。それでは。
最終更新:2009年01月24日 15:01