赤い絨毯戦、新潟基地防衛戦の戦闘の様子は、意図して全世界に放映された。
それは、香月が自ら行ったのである。
理由としては、次のことがあげられる。
現在日本帝国の国力は、世界の大国と比較しても、随分高い位置にある。
もちろん、資源や生産力という面において、米国やソ連には遠くかなわない。当然のことながら、日本は領土・人口の面においても、やはり及ばない。
もしも全面戦争が勃発した場合、今現在の日本帝国が生き残ることは不可能である。
では、なぜ日本帝国は現在の地位を維持していられるのか。
それは技術である。
日本の技術力はとても高く、そこだけ見るならば、全世界でトップクラス。ただ戦術機に関して、当初、日本は完全に遅れをとった。その他の兵器に関しては世界でも高水準であったが、流石に未知の生命体に対抗できる兵器の製造・研究はされていなかったのだ。
結局日本は、仮想敵国ともいえる米国の戦術機を購入するという辛酸を舐める事態となった。
だが日本はそこで引き下がるような国ではなかった。
購入した戦術機を元に自らの手で国産の新型戦術機を生産するまでになったのだ。
だが、たとえそれほどになったとしても、まだ「足りない」。
技術、生産力は、高ければ高いほどによいのだ。
だからこそ、香月は新潟基地防衛戦を世界へと発信した。
あの映像を目にすれば、必ずしもそれを自らの力にしたくなるのが人の性。それを、交渉の手札にくわえ、日本帝国の国際的な地位向上を図ったのだ。そう、圧倒的な力、といのは、実際に被害をおよばさなくとも、周辺の者を圧倒・威圧することができるのである。それは、「核兵器」と同じことが言える。
結果、それは功を奏した。
各国から問い合わせが殺到。問い合わせをしないでスパイを送り込んでくる国も勿論あった が、それらは全て水面下で始末された。始末、そう始末だ。
さて、話を戻そう。
その渦中の人物、メイゼは、突然向けられたその銃口に硬直するようなことはせず、まさしく閃光より早く行動した。
射線に脳天が入れられた状態で引き金を引かれたら最後、脳味噌をブチ撒けて死ぬことは間違いない。いくら強化された人間でも、頭蓋骨に密着された状態での発砲は死を意味する。そしてメイゼはここで死ぬつもりはない。
「――そう簡単にいきません」
「………」
あいてはそれを予想していたらしく、メイゼが頭部をずらすのと同時にもう片方の手でサバイバルナイフを引き抜いて、その首筋に直角に触れさせていた。そう、そのまま直進すれば、脊髄に致命的な損傷を与えることができる位置に。
「手荒な真似はしたくなかったんですがね……」
やれやれという感じで、後ろに陣取っている人物は溜息を洩らした。
勿論それが嘘だというのは簡単にわかる。そもそもそんな事をしたくないなら、銃など必要ないのだ。となると、最初からそのつもりだったと考えるのが妥当であろう。
「動かない方がいいです。その腰にぶら下げている物騒な拳銃を捨ててください。さもなくば射殺も選択肢の中に入れざるをえませんからね」
「―――、……」
するすると13mm対物拳銃の入っているガンホルスターを取り外すと、それを床に置いて明後日の方向へと蹴っ飛ばす。それから、相手に言われるよりも早く両手を天井に向けて上げて、頭の上に置く。
すると、背後の人物は体を密着させるのかと錯覚するほどに体を寄せて、ナイフを首筋に、拳銃を腹部に押し当てる。
どこか面白そうな色を含んだ艶やかな声がメイゼの耳元で響く。
「さて、英雄さん。少し、いいですよね?」
細目、返事など必要がなかった。
「貴方には答えて貰うべき質問が幾つかあります。私としても興味がありますから」
「………」
「もちろん貴方が喋れなくなっているのは知っています。だから、首を振るだけでお話ということで」
その脅迫者が選んだのは、トイレの個室だった。
ナイフと拳銃で脅されている以上、それに従わざるをえなかったメイゼは、男子トイレへと強制的に押し込まれて、尋問を受けることになった。
決して明るいとは言えないその個室で、入口の方に脅迫者。便座側にメイゼ。
ナイフが首筋をくすぐる様に滑る。
「さて―――貴方は日本人、ですね?」
頷くメイゼ。その双眸からは一切の感情を読み取ることができない。無論、顔も同じだ。
「しかしそれは本当でしょうか。御鞍衣メイゼ――メイゼ、というのは明らかに外国の名前です。貴方はハーフかなんかでしょうね。では次にいきましょうか」
質問することなくささっと自己解決して次なる質問へと移る脅迫者。声は、男性にしてはやけに高い。これはきっと女性のものなのであろう。
女性が男子トイレに入るなんて――と思うかもしれないが、ナイフと拳銃を突きつけて尋問するような奴に、そんな羞恥心は無いに違いない。この状況から分かることだが、これは明らかに私情ではない。
「あの高性能機体はどこで製造されたのか言えますか?」
これはある意味で核心に迫る質問だ。
未来の、しかも別の世界の地球で、と答えるのは容易い。
だが、メイゼはただ黙して語らず。落ち着き払った態度で銅像となり、そして首を機械的に横へと振るばかり。
「米国・ソヴィエト・中国、この中にありますか?」
「――――――――」
世界の三大国。しかしそれでメイゼは首を振る。振りながら、この「不快」な状況を打破すべく、頭を動かさずに眼球だけで周囲を探る。
使えそうなもの――便座、却下。
トイレットペーパー、却下。
「言えないような国―――いえ、場所か、団体か。そういうことですね」
「―――――」
トイレに置いてある芳香剤の香りが空間に満ちている。
なんとかできないか考えてみるも、どうしようもない。
銃弾を迎撃するその頭脳を持ってしても、今の状況を乗り越えることは非常に難しい。
体が密着している以上、相手の体の状態は、「感触」で分かる。もしもメイゼが足なり腕の筋肉を必要以上に動かせば、躊躇することなく殺害されるであろう。そう、筋肉を使用する以上、「予備動作」が発生してしまうのだ。
「もういいですよ、なんて言わないので。お休みなさい」
「………ッ」
「それでは御機嫌よう、な~んて」
腹部に当てられていた拳銃がどこかに消えて、代わりに首筋に何かが押しあてられる。
カシュン、と音がして薬品が血管に強制的に侵入する。即座に治療用ナノマシン群が対処するべく動くも、余りに量が多く、首筋だったために間に合わなかった。メイゼの意識は落下した。
ニーズヘッグ級ミサイル宇宙駆逐艦。
北欧神話で、世界樹の根元で樹をかじり続け、ラグナロクで世界が焼き尽くされるや否や、死体を漁ったという「嘲笑する虐殺者」。
威力よりも数を重視したミサイルの「面」を構成し、小型バイド体から大型の個体まで、様々な局面での戦闘を可能とする戦闘艦。電子戦闘や、ステルス性能でも他の艦とは一目置き、浅異層次元に対する攻撃能力も有する名艦。
形状は「三角」というのが正確か。
その船体の周辺には、護衛用の量産型兵器が複数巡回している。
ここは太陽系外縁部のアステロイドベルトの某所。
船体の一部、そこから複数の複雑な機器類を積んだ小型艇が宇宙へとこぎ出して、その作業を行う。アームがついているものや、半透明の円盤状の部品を積み込んだものもある。
「この作業になんの意味があるのでしょうか?」
その様子を空中投影モニターで確認していた女性の副艦長は帽子を被り直すと、「隣接次元への再縫合痕」、つまりは「一度開けられて、もう一度閉じた」かどうかの調査の意義を傍らに立つ若い艦長に尋ねた。
そう。実のところ、なんの意味があるのか分からない調査なのである。
隣接次元――すなわち並行世界とも呼称される別の世界へ「開いて」しまったかどうかを調査しているわけであるが、それは特に意味がないことでもある。
何故か? それは、「観測できとも、移動は困難」なのである。
次元とは、すなわち「階層」であり、「海」でもある。
自分がいる次元を海面とするなら、他の次元は深海である。
浅異層次元潜航とは、海面近くの浅い深度へと潜っているだけである。いわば食い込んでいるようなものであり、次元を超えるためにはそれ相応の装備や大規模な設備が必要なのだ。今調査しているのは、恐らく偶然開いてしまった「穴」。
では仮に次元を超えたとしよう。
その渡った世界で、一体何をするのか、ということだ。
もしもバイドがその世界にいたら? もしも他の文明が存在していたら?
様々な危険な要素が億ともいえる程に存在しているのだ。
バイドとの「生存戦争」をしている人類に、そんなことに力を裂いている余裕はない。
だというのに――――これは一体なんだ。
「これ」こそ無駄な行為ではないのか。
「わからん。それに我々は軍人でしかない。知る必要がないことは知らせない、というのは軍隊での鉄則だろう」
「それはそうですが……」
「だとしても興味は止められないものだ」
「はい?」
半ば諦めているような口調で艦長は言うと、デッキに備え付けられた金属の椅子に腰を下ろし、空中投影モニターの幾つかに指を当てて移動させると、新しい青いモニターを起動させる。
「ほら。いくら質問しても答えちゃくれない」
女の副艦長がそのモニターを覗き込むと、艦長らしき人物が書き込んだと思われる文章のすぐ下に、「権限無しにつき回答不可」と表示されている。複数回質問したらしく、同じように「権限無しにつき回答不可」がひたすら並んでいる。
「……何か重要な実験でもあるのでしょうか?」
「さぁね。わからんが、不利益なことはやらないと思うのだが」
「それはそうですが……」
「それかあれじゃないか? チームR-TYPEが研究のために――みたいな感じなんじゃないか? 連中ならこのぐらいの調査、当然のことだろうしな」
二人の呟きは、ただ艦内に虚しく響いた。
「全兵装オンライン。各部状況知らせ」
「こちら機関部。問題なし」
「こちら兵装制御部。問題なし」
「こちら電子戦部。問題なし」
エリューズニル級超弩級次元航行戦艦は、その巨体を、同じく凶悪な大きさの複合ブースターによって推進させていた。その巨大さ故に、戦闘に参加することがほとんどなく、艦首砲に至っては未だに未完成というお粗末さ。その全長はなんと30km超。ここまでくると、「戦艦」とは言えない。
今回彼女が(船は女性として見るのは、かつての名残りである)戦場に足を踏み入れることになったのは、いくつか理由がある。
艦首惑星破壊級波動砲「ヘル」の試射の為である。
地獄の名前を冠されたその砲は、発射までに数時間かかるというものであり、バイドの母星を惑星ごと破壊するために建造されたものの、その肝心の母星は見つからず、冷却システムに難があったために、途中で計画が停止していた。
それを時間をかけて作り上げ、現在にいたる。
太陽系外縁部を越えた辺りに存在が確認されたバイド軍の戦艦が今回のターゲットに選ばれた。戦艦、と言っても、それは地球の一般的な戦艦とは大きく異なる。
複合体とも呼称されるそれは、どこからか拾ってきたとしか思えないブースターユニットや、地球軍の人工衛星のソーラーパネルの破片、宇宙船の先端部など、適当に組み合わせて作り上げた「船」である。
もっとも有名なのは「コンバイラ」という複合戦艦であるが、今回のは違った。ただ、そこにあるゴミを拾い上げてくっ付けましたと言わんばかりの「駄作」。
艦首砲の餌食にするには余りに小さな敵であるが、それが試射の為の的であるなら話は別。一通りの動作確認を出来ればよいのだ。
その艦首、大きく突き出た漆黒の補助制御装置がまるで生物で有るかのように蠢いているのが分かるはずである。それだけではない。まるで荒れ狂う嵐のように、その砲の内部から紫色の雷光が際限なく外へと発せられている。
ずるり、と黒き光が球体となってその砲からせり出してきた。
それは破滅の光。
惑星すら破壊しゆるレベルまで増幅された、科学という名前の神々の咆哮。
「波動粒子、限界増幅領域まで到達。各員、準備」
エリューズニル級超弩級次元航行戦艦の内部機構が、まるで巨大な生物の胃腸が消化するために蠢くように駆動し、その暴力の力を纏った波動粒子を増幅していき、その限界まで到達させる。
興奮しているが如く、各部に生えた槍状の安定装置があらゆる方向へ動く。
「艦首ヘル砲発射秒読み開始。10、9、8、7、6……」
艦長の乾いた号令――といっても儀礼的なものであるが、秒読みが開始される。
凍えたエネルギーが、今か今かと解放の時を待つ。
「発射」
轟。
黒き閃光が鎖から解き放たれ、一直線に突進を開始した。
どれだけの時間が経過したことか。
「………」
男子トイレの一室。
便器に腰をかけて、自分の足を抱くように気を失っていたらしい。
体を起こすと、ゴキリと妙な音がした。体の各部、主に腰のあたりに負荷がかかる体勢で気を失っていたので、当然のことである。
メイゼは肺から空気を吐き出すと、腰を上げた。
麻酔薬か何かを直に注射されたせいか、平衡感覚が鈍い。
だが、そんな彼の表情には、苦痛もなければ、苦々しさもない。
あるのは、ただ空虚。
メイゼは、身なりを整えると、そのまま足早にトイレを出て行った。
あとがき。
調子が乗らないので今回は極端に短く終わらせてみた。すいませんねぇ。
メイゼくんは、長時間トイレで倒れていたわけじゃありませんが、どうもそう言う風にも見えるから困る。
次回はしっかり、内容が詰まった作品を書いてきます。それではっ。
最終更新:2009年01月24日 15:01