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 太陽系、第五惑星木星。
 太陽系最大級の惑星であり、22世紀の地球においては、さほど重要視されていないこの星。だが敵はこっちの都合を考えてくれはしない。防御を緩くすればバイド生命体に狙われないとも言えないのだ。
 一度バイドによる大規模侵攻を受ければ、惑星ごと侵食されて、新たなるバイドの「子宮」を作られかねない。そうなったら、ただでさえ無駄にすることができない有限の資源である戦力をそっちの方に割かなくてはならなくなる。
 そういったことがないように、木星には複数の防衛基地及び「殺戮人口衛星アイギス」が配備され、忘れたころに忍び寄る偵察用の兵器を片っ端から撃墜していた。
 つまりは、大型バイド体や汚染された味方艦隊と砲火を交える前線のR戦闘機乗りとは違い、比較的暇な方なのである。

 防衛用衛星第七基地――。

 衛星、といっても木星にいくつか存在している本物の衛星ではなく、ヒトが自らの手で建造したバイドに対して向けられる盾、武装された人口衛星である。
 その基地はさほど大きくはないが、輸送船と比較すればかなり大きい。
 翼のように見える索敵用の大きなプレート型レーダー。
 元々はバイドの複合生命体などに見られた槍状組織を地球軍の技術で解析したスタビライザー。
 多少頼りないものの、優れた命中力を誇る各種迎撃用の火器。
 R戦闘機などを射出する頑丈なカタパルト。
 特に大きな問題もなく、複数の整備用ドロイドが呑気そうに基地の壁面を滑るように移動して、部品を交換したり、動作テストを行っている。
 木星はいつものように渦を巻き、その存在感を存分に宇宙に放出している。
 その基地へとするすると接近する一機の機体がある。

 『こちらクロイツ1。哨戒任務を終了。繰り返す。哨戒任務を終了する』
 『管制塔了解。第一着陸器へと移動後、着陸せよ。お疲れさま』
 『ありがとう』

 サンデー・ストライク。
 低コスト量産型の傑作機体。
 部品を単純化し、武装も全体的に生産性を高めて、インターフェースなどの部分の性能は一級品を使用するのではなく、より使いやすさを重視したシステムを採用。機体制御用のスタビライザーの数を極端に減らすことで、メンテナンス性を大幅に向上させた機体。
 様々な機体の骨子として使用された、汎用性の高い「R」の息子。
 防衛用衛星に徐々に接近するその機体のキャノピーには、十字架を思わせる十字の塗装がなされており、コールサイン「クロイツ」はここにありとでも言わんばかりに声高に主張している。

 「ふぅ――疲れた」

 その機体を駆る彼女の名前を、「リン」といった。





 リンには、特にこれといって秀でた所がない。
 あるとすれば、何十時間ぶっ続けで機体を操縦していても、その疲労で己の能力を低下させることがないということである。そう、彼女は見かけによらず、タフなのだ。
 今日のリンは木星の周辺の哨戒任務(と、言っても途方もない距離であるが)に出ていた。
 そのタフなリンが疲労するのも無理はない。何せ丸一日の哨戒任務だったのだから。
 今彼女の疲労は限界に達しているといっても過言ではないが、その機体の操縦に一切の動揺は見られない。
 基地の側面(宇宙では関係が無いが)にある機体の着陸装置へと愛機のサンデー・ストライクを寄せていくと、サイドスラスターなどを活用して徐々に接近させていき、理想的な速度で着陸器にドッキングした。
 無論宇宙に通常の音は響かない。響くのは、基地内部と機体へと伝わる振動である。
 機体内部に若い男性の管制官の声が響く。

 『上手い。お帰りなさい』
 『ただいま、管制塔。今着陸したわ』
 『了解。これより収納を開始する』

 壁面が徐々に開放されていき、その十字架のサンデー・ストライクを内部へと押し込み始める。なんてこともない、いつもの光景である。
 収納が完了すると、待ってましたとばかりに幼児にウケそうな形状の整備用ドロイドがやんややんやと収納用ハッチへと群がり始めた。
 ちなみに、このドロイドの形状は開発者の趣味らしい。




 「――は~~~、シャワー浴びよっと」

 そういいつつ、基地の機体保管庫でキャノピーを開けて、そのまま手なれた様子で体を一回転、二回転、着地。まさに体操の選手のように華麗な着地を決めてみせる。
 タネを明かせば、なんてこともない。
 この基地にかかっている重力は、地球と比較すると随分と小さいのだ。
 誰もが地球で言う超人になれる。
 重力をかけることは不可能ではないが、こちらの方が色々と都合がいいとして、この防衛用衛星基地には軽い重力しかかけられていない。
 体を緊急時に備えて防御・様々な面でサポートする、どことなく宇宙服を思わせるパイロットスーツのまま、リンは地面を蹴っ飛ばす。それだけで彼女の体は前へと前進する。

 「あ、おじさん。整備お願い」
 「おうよ、嬢ちゃん」

 リンはお気軽な調子で、愛機にゆっくりと飛んできた初老の整備員に手をあげる。
 その愛機は、人が乗っていないことが確認されたらしく、初老の整備員の手で整備室へと小型の運搬装置、つまり金属のレールのようなものに機体をのせて運搬するタイプで運ばれていく。
 サンデー・ストライクは基本的にメンテナンスが必要ないという風説が流れているものの、そんなことはありえない。超がつく技術のカタマリである「R」の血を継承している以上は、定期的なメンテナンスが必要なのだ。
 もしも、電子機器に問題が発生すれば敵にハックされかねないし、融合エンジンがイカれれば、航行不能で宇宙の藻屑。SOSを通信で送るのみ。あとは神のみぞ知る。
 波動砲が作動しなかったら、火力は死んだも同然だ。一方的に蹂躙されるのは目に見えている。スラスターが作動しなかったら、回避能力や制御能力が大きく低下する。
 そのパイロットスーツという名前の鎧を着たまま通路を伝っていく。幾つかのゲートを潜り抜け、1G区域にスーツを着たまま入る。普通重いスーツを着たまま地球と同等の重力区域に踏み込めばその重さでその場で歩けなくなるのだが、このスーツには筋肉をアシストする機能が付いているために特に問題なくスイスイと歩みを進めていき、シンプルな構造の基地内部をなれた様子で歩いて行く。
 彼女は自分の部屋の前に到着した。その扉は、人が来たからハイそうですねとは開かないようになっている。普段はナノマシンと生体認証を組み合わせたシステムを採用しているのだが、このスーツ、もとい鎧を着ていれば、勝手に開く。
 言うまでもないが、自分に割り当てられた部屋だけしか開かない。
 圧搾された空気が扉から漏れ出して、主を部屋へと招き入れる。
 部屋の中央に立って、リンはしばし沈黙する。
 数秒後、そのパイロットスーツの一部が開閉して、各部の留め具が音を立てて外れる。モゾモゾと身をよじって、リンは重厚なソレを脱ぎ捨てた。ゴトンと音を立ててスーツが床に落っこちる。これを脱げば、特殊繊維で作られた薄いスーツが現われる。
 最初に、乱れなく三つ編みに編まれた髪の毛が解放されて揺れる。
 次に、その体全体が現われた。
 リンの体は、一般的に言う豊満な体ではない。かといって筋肉がつき過ぎているわけでもなく、丁度よい均整のとれた体なのである。
 女性らしさを描く曲線は、鳥獣類を打ち倒すための猟銃のような機能美を秘め、柔らかな光を宿しているかのような瞳、整った唇。
 その彼女は、周囲に誰もいないがために、薄いスーツを手なれた様子で脱ぎ捨てて、そのまま何も纏うことなくシャワー室へと直接歩いて行く。両手を背中にやると、編みこまれた髪の毛を引っ張るようにして解き放った。




 シャワーとか、風呂はいいものだ。
 体が熱いお湯にさらされると、疲労が消し飛んでいく感覚がする。
 シャワーよりお風呂の方が好きだが、今は非常にめんどくさいからシャワーにしよう。
 そんなことを考えながら彼女は、シャワーのお湯を出すコックを勢いよくひねった。程よい温度のお湯がシャワーのノズルから勢いよく流れだす。

 「はーーー」

 クリーム色の特殊な樹脂で覆われた浴室の内部に湯気が満ちていく。
 特に何をするでもなく、リンはお湯を頭から浴び続ける。
 宇宙基地なのに水資源が豊富なのは、優れた浄化装置が存在するからに他ならない。
その効率はすさまじく、汚水を入れる速度と同じか、それ以上の速度で純水を「生産」するほどである。
 つまり、今浴びているのは川の水を汲んできて濾過しましたというお湯ではないわけだが、彼女はそういったことを気にする性質ではなかった。第一、そんなことを気にしていては、あれもダメこれもダメとなってしまう。
 壁に手をついて、自分の体を水で擦るようにする。髪用シャンプーとボディーソープが一体となった液材の入った容器に手を伸ばしながらお湯を止めて、髪の毛を手早く洗っていく。
 基本的に女性が体を洗う時は時間がかかるのだが、リンは比較的早い。
 さささっと背中まで伸びている髪の毛を液材で洗うと、続いて体を洗う。
 あまり泡は立たないのであるが、それでも十分汚れを落とすことができる品で、時間をかけて体を洗うのを嫌うリンにとっておあつらえ向きなのである。軽く肌につけるだけで雑菌を殺し、垢を素早く分解してくれる優れもの。
 洗い終わった。再度シャワー浴室にシャワーの水音が響きだす。傷一つ見当たらない肢体に液材とお湯が混じり合った水溶液が流れていく。その熱のせいで体は匂う様に上気し始めて、僅かに赤色が浮かんでくる。
 リンは、目を閉じてシャワーを滝打ち修行者のように浴びていたが、やがてコックをひねって浴室を出て行った。

 リンの部屋はかなり飾りっ毛がない。
 別に意図してそうしている訳ではないが、必要最低限かつシンプルを好む彼女の性格が無意識下でそういうふうに働きかけているのだろう。あるとすれば十字架をモチーフにした置物とかネックレス類程度。
 そんな彼女の部屋の小さなベッドの枕もとにある収納スペースには、一個の写真立てが入っている。
 リンは、先ほど着た白い上下の下着だけを身につけたままでベットに歩み寄って腰をかけると、収納スペースを手前に引いてその写真立てを手に取る。その動作は、どことなく丁寧なものだ。ポタリ、と乾燥し切っていない髪の毛から水滴がベッドに落ちた。
 その写真には、にっこりと笑顔を浮かべるリン本人、その隣にどことなく引き攣った表情を浮かべている一人の青年が撮影されている。背景はR戦闘機がオーバーホールされている所という摩訶不思議なことになっている。肩でざんばらに切られた髪の毛の男。リンの現在の恋人であり、素質があるとしてついこの間地球へと戻って新型艦の所属部隊へと異動した人物。名前を、御鞍衣メイゼといった。
 自然に笑うならともかく意味なく笑みを作るのは無理だと主張した彼を、リンは無理に笑わせたのだ。結果として、腹痛でもこらえているのではないかという微妙というか絶妙な笑みが完成した。してしまった。
 デジタルという手もあったが、リン個人としてはアナログの方が好みだったのだ。

 「寒い……服着よ」

 いくら空調が完全といえど、それは衣服を着ていることが前提の話。
 下着だけしか身につけていない状況は完全に想定外なのだ。リンは鳥肌が立った体を両手で覆う。
 とりあえず壁に立てかけてあった軍服を手早く着る。その動きは手慣れたもの。
 時計を確認すると、そっと写真立てを元の場所に戻した。
 さてと、という感じで腰を上げたリンであったが、やることがないことに気がついた。
 重力があるので無駄な筋トレをする必要もない。さっき任務を終えたばかりなので、しばらくの間暇な時間が続く。何より疲労が溜まっている――。
 そうと決まれば早かった。
 軍服を脱ぐと、下着だけになってベットに飛び込み、たちまちの内に睡魔に意識を持っていかれた。




 メイゼとリンが出会ったのは、この基地のヴァーチャル訓練でのことだった。
 新人だったリンは、敵味方入り乱れる三次元超高速戦闘訓練を行っていた。
 汚染された小型の修理用機から中型バイド体、よく見かけるバイドシステムαまで。味方は巡洋艦級や駆逐艦に複数のR戦闘機。エースのみが扱うことを許される機体として名高い光学兵器特化型特別攻撃戦闘機「レオ」も参戦している。
 バイドの生物兵器が縦横無尽に飛びまわり、小型のバイドはこの野郎とばかりに体当たりを仕掛けてくる。味方の光学兵器が無茶苦茶に発射され、フォースはびゅんびゅん投げられ、波動砲が容赦なく空間に閃光を投射する。
 新人には、正直これは辛いと言わざるを得ない。何せ殲滅戦でも追撃戦でもない。お互いの戦力が拮抗した状態での戦闘。気を抜けば間違いなく死ぬ。これがヴァーチャルであろうと、現実と大差ない。仮想空間で死ぬのなら、現実世界でも死ぬといっても過言ではないのだ。
 サイドスラスター作動。突っ込んできた敵小型バイド体――形状は人間の脳みそそっくりのやつを回避する。ちなみに何故か小脳に相当する部分が肥大化している。
 バイドってのは悪趣味だ、と叫びたい気持ちを封じ込めて、リンは目の前の「訓練」で生き残るべくR戦闘機を駆る。サンデー・ストライク。これが最初に彼女に与えられた機体であり、この訓練で彼女が乗っている機体である。
 機体前方に装着されたフォースをショットガンレーザー改に切り替えると、わらわらと寄ってきていた生理的にノウサンキューなバイド体に向けて連射する。エネルギーが凝縮された半物質弾が敵にぶつかって小爆発が起きて、四散する。
 同時に、ミサイルを敵にロックオンして二発同時発射すると、メインブースターを吹かしてその場所から離れる。
 次の瞬間、半実体化したバイドのレーザー弾がその場所を焼き尽くしながら通過していた。

 「ああもうっ」

 冗談じゃない。喰らうもんか。
 各部のスラスターがリンの操縦に合わせて青い火炎を吐き出して、怒涛の如く押し寄せるミサイル群を紙一重で回避した。――はずだった。

 「嘘っ!?」

 攻撃はそれだけではなく、どこからか放たれた誘導型のエネルギー弾が至近距離を通過し、その後を追い掛けるような機動で迫ってきた大型のミサイルが爆発した。サンデー・ストライクの小柄な機体が大きく動揺する。損傷、スタビライザーの一つが弾け飛び、サイドスラスターの幾つかから青い雷が弾ける。

 ≪警告。損傷を受けました。ミサイル発射ユニット動作不良。第二スタビライザー致命的損傷。サイドスラスター各部不調。≫
 『ミサイルシステム停止!』
 ≪了解≫

 これはまずい。
 ミサイルは威力で言うならレーザーや波動砲よりも遥かに劣るが、勝手に追尾してくれるのが取り柄。考える力のない小型バイドに対して有効な武装となる。それも使えず、サイドスラスターとスタビライザーがやられて回避能力が低下している。
 戦場であれば、死に到る可能性を大幅に引き上げてくれる。

 「マズイマズイマズイ……!」

 仮想訓練といえど、ここで戦死はみっともないにも程がある。
 リンは唇を噛みつつ、機体から見て真上から強襲を掛けてきた運搬用の民間機の体当たりをかわした。その動きはさっきと比較してどこかぎこちない。
 機体を真下へ向けると、スプレットレーザーにモードチェンジ。撃って撃って撃ちまくる。とどめのフォースシュート。オートモードへ移行。オレンジ色のフォースは発射された勢いを殺さずに暴走運搬機を「喰らいながら」あさっての方向へ弾き飛ばした。
 機体をロールさせるように調整しながらメインブースターから火炎を吹き出す。
 たちまちのうちに機体が加速し始める。
 リンは、送信されてきた情報から敵の位置を把握し、機体をほぼ真横の方向へと滑らした。同時に、味方が発射した波動砲弾が今しがたいた場所を貫いて、遠距離にいた槍状組織を持った中型のバイド船の一部を強制的に奪い取った。
 そして敵が目の前に躍り出るやいなや、機首にある超高速のレールガンを撃ちまくる。

 「――っ、落ちろッ」

 輪状のパーツと赤い塗装をもった量産型とおぼしきバイド機の装甲に、サンデー・ストライクから放たれた青い弾丸が次々にめり込んでいき、あっという間に大破せしめた。この程度は造作もない。
 戦場は常に流動している。
 それを例えるならば川である。
 一見するといつもと同じかもしれないが、その一点にあるのは先ほどと同じ水ではない。
 と言っても、これはあくまでヴァーチャルであるわけで。
 かといって手を抜きたくはない。仮想での撃墜=現実での戦死となる。つまり、やられるわけにはいかないのだ。撃墜なんてリンの性格が許容しない。
 戦闘区域である宇宙空間を駆けてミサイルによる弾幕を展開していた宇宙駆逐艦の一隻の攻撃が一瞬沈黙する。その次の瞬間、船体を覆い隠すような量のミサイルが雨あられと発射された。それに同調するのは旧型の宇宙巡洋艦級の追尾ビーム。青い光が一条の閃光となってバイドの汚染艦に襲いかかる。
 続いて巡洋艦、各部から複数のミサイルを発射。
 向かってきたバイドのミサイルと小型機動兵器を光り輝く爆発の壁で薙ぎ払う。
 だが、その次の瞬間、艦首にバイドのビーム兵器が次々と命中して、装甲を深くえぐられる。艦首砲の内部機構が負荷に耐えきれず電流と様々なパーツを噴出した。これでは艦首砲が発射出来ない可能性が高い。旧式であるため、防御力が低い。攻撃を受け続けたら、大破してしまうであろう。

 「私しか居ないか――」

 三次元レーダーで確認してみても、今あの旧型巡洋艦の応援に回れる者はいない。今いけるのは自分ぐらいか――? リンはスタンダート・フォースKを機体へと呼び戻す。
 その時だった。

 『応答してくれ。こちらはアルファ1、ベガ級巡洋艦を援護する。ほったらかしにして撃沈されたら上官殿に訓練時間をサルみたいに上乗せされるんでね』

 冷たい声での通信が入る。すぐさまインターフェースを通じて情報を確認する。
 味方らしい。搭乗機は初期型であり量産型である白き矢じり、アロー・ヘッド。先ほどまでムカデにもにている中型バイド体数体と交戦していたらしい。そのバイドの反応が消えていることから、既に屠ったということ。

 『……OK! 援護と見せかけてサボリだったら、私が撃墜してやるから』
 『そりゃこっちのセリフだ』

 傷ついたサンデー・ストライクを反転。ベガ級巡洋艦へと機首を向けると、暴れまわっていたスタンダート・フォースKを前方に接続。ドーズゲージが66%を指し示しているのを確認する。二機は、行動を開始した。





 震動。そのせいでリンの意識がにわかに覚醒する。
 それは制御されたこの場所においては、実におかしなことである。
 大型の艦船かなんかと基地がドッキングするときの震動でさえ、ほぼ完全に制御されて揺れることがない。消去法により、震動がここまで伝わってくるというのは一つぐらいしかない。それぐらいしか思いつかない。

 「――敵襲?」

 バイドか?
 寝起きで中々回転しない頭を振りつつ、布団を放り投げて、壁のハンガーにかけていた軍服を適当に着て、直立不動のままナノマシンによる通信を開始する。

 『基地のホストコンピューターに接続―――完了。現在の状況を知らせよ』

 通信状態が悪いのか、既に敵に掌握されたか破壊されたか。
いつもよりも通信速度が落ちている。それを補うべく体内のナノマシンの稼働率が急上昇していく。

『バイド……敵襲、迎撃……』

 その文章を最後に、通信が切断された。
 リンは数瞬沈黙すると、部屋の端にある収納用の棚へと足を進める。扉を開けると、そこには小銃が立てかけられている。黒光りするそれは、R戦闘機乗りのリンが使うことがないと思っていた兵器である。リンの戦場はあくまで空なのだから。
 口径は7.62mmだが、強力なガンパウダーを使用することで生身の人間の片腕を一発で吹っ飛ばす威力を秘めている。簡易火器管制機構により、反動の跳ね上がりによって命中率が低下することを防止するという優れもの。
 マガジンを突っ込むと、リンは銃を発射可能な状況にする。
 パイロットスーツを着るべきなのだろうが、おちおち着る間に襲われたら死ぬに死に切れない。R戦闘機に乗るのには着ておいた方がいいに越したことはないが、脱出するのには唯の軍服でも十分だ。

 「こんなの聞いてないわよ……」

 言いながら、扉を勢いよく開いて、小銃を前に構えながら走って行った。
 不気味なほどに静かだ。白系統の色で統一された廊下には人の影すらない。
 目指すは愛機に乗り込める格納庫兼射出口。リンは、たどりつく間に汚染されたドロイドや人間、バイド体に遭遇しないようにと願いながら廊下の壁面に背中を向けるように移動する。

 「………」

 リンの戦いは、まだ始まったばかりだった。






 あとがき。

 この話は三話に登場している「リン」の戦いを描いたものです。
 いかにして汚染され、そして散ったのか。それの(前)です。
 矛盾点や誤字脱字、感想批評等ありましたら掲示板にて報告願います。
 それでは後編にて。
最終更新:2009年01月18日 14:58