引き金が落とされる。
轟音が腕の中で弾け、自動小銃から超高速の弾丸が連続して飛び出した。
弾道は適正。狙うは様々な作業をこなせる汎用のドロイド。見る者に無骨な印象を持たせる金属製のアームにはどこからか持ってきたらしいパイプの残骸がある。
それが自分に投げつけられるよりも数瞬早く、リンの自動小銃の乱射がドロイドのアームに次々に穴を穿ち、銃口が胴体部へと目標を変更。糸を曳くように弾痕が伸び、あっという間に機能停止に追い込んだ。ショートでもしたらしく、あちらこちらから眩い電流が迸り、やがて静かになった。
自動小銃から空になったマガジンを取り外して投げ捨てると、すぐに次のマガジンを押し込む。酷い硝煙の臭いが銃口から漂う。
「――っと!」
リンははっとしたかの様に視線を上に向けた。そう天井だ。
基地に多数配備されている防衛用の自動火器が天井の専用レールを高速で滑ってこちらに接近してきている。あきらかにこちらを捕捉している動きだ。
当たるわけににはいかない。
リンはとっさに横っ飛びして乱射される弾丸を発射寸前で回避すると、自動小銃の三点バーストで防衛用自動火器の本体を粉々に粉砕する。ほぼ同時に放たれていた弾丸が床に弾痕を刻み込んだ。
地面を蹴るように全力で走り出す。
リンは、自動小銃を肩に固定しての乱射で自分の前方にいた掃除用ドロイドを機能停止に追い込むと、右に曲がる。そこは本来は隔壁があるべき場所であったが、今はドロイドに破壊されているので全く関係なく通過できた。
基地のメインコンピュータの陥落。
それは加速度的に基地内部にいる人間の生命を危機に落としていく。
バイドがどこから来たのかリンは把握していないが、メインコンピュータを掌握したというのは間違いない。バイドは、生命維持のための機能を停止させ、戦闘用非戦闘用問わない全てのモノを暴走させている。掃除用ドロイドは基地の人間に体当たりを敢行、戦闘用も勿論同じ。さらに各部の情報端末からは電流が迸り、通信は片っ端から遮断される。脱出用ポッドなど当てにならないのは明白である。
この調子では頼みの綱のR戦闘機もハッキングされるか汚染されるか破壊されるか……。
今リンの周囲にはバイドの汚染が始まっていないが、いつ汚染されるかなんて分からない。そうなる前に何としても脱出しなくてはならない。
なにせ情報が少ないので、どこが安全なのかが把握できない。
ついでに言うと味方がどこにいるのか、そもそも無事なのかどうかも分からない。
ただ時折銃声が響いたり、怒鳴り声が聞こえるのでなんとか生きているということは分かる。
仲間と合流すべきなのだろうか。常識論で言うならば合流して脱出か反撃の機会を作り上げるべきなのだろう。その相手が人間だったなら。だが敵はバイド。そんな悠長なことを言っている暇なんて存在しない。汚染されたらこの思考ですら食い尽くされるのだ。地球を守るために訓練してきた身としては何としてもそれだけは避けなくてはならない。
もしも汚染されたとしたらどうなるのだろう。
この疑問を解決すべく地球では様々な実験が行われた。
結果は単純明快。「汚染されてみないとわからない」。
汚染なんてお断りだ。これは全人類共通の思考である。
「――ハッ、ハッ、ハッ」
また一つの破壊された隔壁を通過した。もう一つの障壁を超えると無重力領域となる。
全力で駆け抜けてきたせいだろうか、リンの息は苦しそうとまではいかないまでも早くなっている。今度は階段に差し掛かる。普段は一段飛ばしで昇降するその障害を、二段、三段、四段以上を越して踊り場まで跳躍する。
……どこかで銃声が連続で響き、悲鳴――そして静寂。
「……わっ、と」
基地が地震よろしくとばかりに大きく動揺する。リンは体勢を安定させるために踊り場の手すりにしっかりと掴まる。
上に下に右に左。基地のどこかで金属質なものが苦しみの絶叫を上げて折れるような音が響いてきた。基地の崩壊が始まったのかもしれない。続いて電子音に近い奇妙な音色がどこからともなく反響し始めて、数秒後には静寂となる。それは一頭の彷徨える「防衛用基地」という複合生命体の上げる断末魔。バイドという規格外のバケモノに内蔵を蹂躙され、骨の髄までしゃぶりつくされようとしている一つの人工物。
そしてリンはさしずめ白血球あたりか。
「もう少し! いける!」
呼吸を落ちつけていたリンは、先ほどよりもやや速い速度で走りだす。普段は編みこんでいる髪の毛が滅茶苦茶な方向を向いているが、今は気にかけている暇はない。自働小銃の標準は常に自分の前方。時折後方に注意を払いながら、その隔壁へとたどり着いた。
奇跡的にも破壊は免れ、普段見る通りの隔壁。識別番号「R-4」。その文字が何故か頼もしく思えた。
リンはその傍らに設置されているパネルに指を伸ばして、触るように操作する。
「やっぱり、ね」
反応なし。
意味不明な文字の羅列がパネルの中で暴れまわっているだけで、うんともすんとも言わない。本来は青色の背景であるべきのその画面は、今は黒一色に染まってしまっている。
こうなったら話は早い。
「壊れろっ」
セレクターが連射になっているのを確認すれば、両手でしっかりと押さえたまま自動小銃をパネルに向けて連射。薄っぺらいパネルが高速の弾丸に耐えきれるわけもなく、ものの一発目で粉々、続く複数の弾丸で根元まで粉砕された。
圧搾されていた空気が押し出される音がした。少し視線を上げてみると、リンの思惑通りに隔壁が参ったと言うように開いていた。
走り出す。隔壁から続く――照明が死んだらしく非常用の照明しか灯っていない――廊下を走るにつれて重力が消えていくのを感じる。リンの体は、にわかに浮かび上がった。地球ではありえないが、ここ、宇宙ではなんてこともない現象。
長い廊下を飛んでいく最中にも基地が大きく揺れているのがわかる。酷く大きい破壊音や銃声、ブーストらしき甲高い音が時折思い出したかのように響く。誰かがR戦闘機か作業用機を動かしているのだろうか。音が聞こえるとなると、基地の内部ということになるわけだが……。
それは非常に好都合であり、そして危険だ。
この基地から乗り物などを使って脱出するとなると、いくつかのゲートを通過する必要がある。たとえ通過しなくても専用のハッチなどを利用する必要がある。
それが稼働しない場合、R戦闘機乗りがとる行動は一つ。
――波動砲などの重火器による強制脱出。正に寄生虫が体内を突き破るために肉を喰らうが如し。
それが外に向けての発射ならともかく、万が一にも内部に向けて発射されたら?
……そうなったら人間など一たまりもなく消滅する。これは間違いない。
「――ふっ、よっと」
重力がないので地面と足との摩擦を使うことができない。だから壁を蹴っ飛ばすようにして加速・減速をしつつ前へ前へと進む。自働小銃は一応構えておくものの、重力がない状況での命中率は予想できない。なにせ踏んばる地面が無いに等しいのだ。リンの腕にある自動小銃の威力は言うに及ばず。反動が制御できない以上、必然的に単射になることは明白である。
それに、支えのない無重力状態では、自動小銃の発射時の反動で反対方向に高速移動してしまう。
「………」
廊下にナニカが浮かんでいる。
それは「元」人間。「今」死体。体から飛び出た骨が丁度廊下のでっぱりに引っかかって揺れている。頭は髪の毛が生えていた頭皮が剥がれ、腹部は無残にも潰されている。血液が今もなお流れ出して、空間に玉状になって飛んでいく。
リンは浮かぶ血液を自動小銃で払いのけると、その死体の横を素早く通過した。
死体は、死んだ生物。死んだら生き返らないのだ。
「あの様子からみると銃じゃない。汚染されている様子もない。――ドロイド、かな。バイドは今のところ見えないけど……多分最初に汚染されたのはメインコンピュータのはず。ハッキングするより手っ取り早い上にシステムを掌握できる……」
それが現在考えられる最悪にて妥当な考え。
メインコンピューターを掌握したとなれば、あと狙うは基地全体。防衛力の低下した基地なのだから、さほど時間もかかるまい。だからリンはその前になんとしても愛機の元へ辿り着かねばならぬのだ。
「ここじゃ死ねない――!」
死にたくない。
リンはそう思いながらひたすらに駆ける。
道中で様々なドロイドの襲撃を受けたリンは、その度に自動小銃を撃った。
壁があるなら体を固定して発射、無いなら単射で確実に仕留める。だが銃という武器は弾薬がなければ動きやしないのだ。途中で前弾を撃ち尽くし、今は丸腰の状態。そこらへんにある武器なりパイプなりを拾っておけばよかったと今更ながらに後悔がつのる。
「つ――、痛い」
ようやく格納庫に辿り着いて、隔壁を開けて中に入ったリンは、左肩を押さえていた。
そのリンの左肩からは多量の出血がみられる。
回避しきれなかった防衛用火器の弾丸が命中してしまったのだ。
どんなに優秀でも丸腰で機械を相手にするには厳しいものがある。それはリンも例外ではない。幸いなことに弾丸は貫通しているものの、このまま出血が止まらなければ死にいたることは間違いない。
人間に備わっている治癒機能と体内の汎用ナノマシン群が血液の流出を食い止めようと奮闘しているのがわかる。来ていた軍服の上着を脱ぎ捨てると、白いTシャツを破いて即席の包帯とする。それを手早く左肩の出血部位を縛りつけて簡易の止血を行った。
無重力のお陰で立っているのに力はいらない。むしろ浮いている。
リンは、その傷ついた肩を押さえるようにしながらずらりと並んだ射出装置兼格納庫を進んでいく。幸いなことに敵による攻撃の痕跡は見られない。しかし作業用機は既に一台もなく、R戦闘機もその殆どが脱出を遂げたらしい。その時だった。通路の奥の方から人間のうめき声のような音が聞こえてきたのだ。
「あぁ……目が……!」
どうやらそれは男性の声。リンは警戒を帯びた視線で射出装置の周辺を見回すと、その人物を発見した。両目を手で押さえている作業服を着たその男。両足からは多量の出血が見受けられ、さらに良からぬ方向へとねじ曲がっている。押さえている両手からは滝のように赤い体液が流れていく。
控えに見ても軽傷とはいえない。明らかに重傷である。
作業服を着た男は無重力故に射出装置にある操作パネルに挟まるようにして浮いている。
リンは数瞬だけ戸惑うと、手すりを伝って男の元へと進む。
「動ける?」
「……動けるが、グッ、……教えてくれ……俺は、助からないんだろ?」
男は湧き上がる体液を飲み込むと、その言葉を吐いた。苦しげにせき込むと、無重力の空間に男の体液が飛んでいく。
また基地がリンの視界の中で大きく揺れた。今いる格納庫のどこかで破壊音が響き、小さな破裂音が連続して響いた。ここもそう長くは持たないのだろう。リンは男の体をじっくりと検分して、言う。
「治療さえできればなんとかなるけど――」
「行ってくれ。顔は見えないけど美人を死なすのは俺のプライドが許さない」
「――じゃあね」
「痛てぇ、痛いんだよクソッ!」
リンは振り返るかえることなく、宙を駆けた。医療装置が使えるならあの程度はなんとかなるが、あいにく動力が通じるか、そもそも無事なのかどうかすらわからない状況では諦めざるを得ない。
これ以上時間をかけている暇はないのだ。今は出来る限り早く脱出しなくてはならない。
リンが自分の機体が収納されている射出装置まで一気に体を加速させた、その時である。メキリメキリと金属音が響いたかと思えば、今しがた自分が通過してきた隔壁あたりを強引に突き破ってくる巨大な影。
――ついに悪夢が姿を顕現させた。
「あれは……」
――アンチェインド・サイレンス。
他のR戦闘機には見られない球体状の大型分析用レドームを備え、大型のスタビライザーを後ろに装着、ラウンドキャノピーの先端に特殊なパーツが付けられているその白い機体。ミッドナイト・アイを超える高度な早期警戒システムを装備し、さらにレドーム状パーツでいかなる空間でも歪のない全方位画像データを取得可能な偵察機。
微かに大気を歪ませながら、壁を体当たりで破壊しつつ格納庫に体をねじ込んできたアンチェインド・サイレンスは、狂ったように天井に体当たりを敢行。金属製の天井が大きく歪んだ。正しい意味でイカれている。
「キャノピーが……!」
汚染だ。
その青いキャノピーの表面に人間の血管に近いものが走って、心臓が動くかのようにピクンピクンと蠢いている。優美な曲線を描いていたはずのレドームには触手のような物体が生えており、右へ左へ手を振るかのように動く。獲物を求める猛獣のように、その偵察機がリンの方に機首を向けた。
――中に誰か乗っているとしたら、既に手遅れだ。
R戦闘機程の質量の物体の体当たりを食らったらミンチになることは必至。汚染されたあの機体に触れたら自分も仲良くバイドの仲間入りだ。それは絶対に回避せねばならない。
「くっ!」
地面を蹴っ飛ばして上へと急激な上昇。その次の瞬間、
轟! という音、そして衝撃音。格納庫がそれに合わせて振動する。
レースカーも真っ青な加速でアンチェインド・サイレンスが突進をかけてきた。しかし汚染されかけという状態のために本来の性能ではない。もしも万全の状態であったら体当たりなどしないだろうし、リンは機体が移動する衝撃波ですっ飛ばされている。音速を一瞬で超えることはRの血を引く息子・娘には当たり前のことなのだから。
リンは空中で体を捻ると、天井にをさらに蹴っ飛ばして愛機の元へと急ぐ。
一方のアンチェインド・サイレンスはスタビライザーが一本変な方向にねじ曲がり、各部を傷だらけにして床に程近い所に浮いている。だがしかし、その猟犬はまだ狩りを諦めた訳ではない。リンという敵がいるのであれば、攻撃するのみなのだ。
「あった!」
緑のラウンドキャノピーに十字架の塗装がほどこされた、リンの愛機サンデー・ストライク。優美な形状のキャノピーを持ち、多くの姉妹を持つ小柄な彼女は、自らの主の到着を壊れゆく格納庫にてずっと待っていたのだ。
リンは、軌道を調整しつつサンデー・ストライクの真横に降り立つと、素早く操作用パネルに触れてキャノピーを開放し、半ば強引に体を押し込むように搭乗した。不機嫌そうな様子で首にかけている十字架のネックレスが揺れた。
「――!」
格納庫の崩壊が始まったようだ。あちらこちらで小爆発が起こり、どこからか飛来してきたミサイルが天井の一部に大穴を穿つ。発生したエネルギーの余波で機器が滅茶苦茶に壊れて、射出装置の幾つかにぶつかって跳ね返る。電磁投射砲らしき青い一条の閃光が壁を貫通してあらぬ方向へと抜けていく。出来上がった穴から大気が抜け始めて、ほこりなどを片っ端から吸い出し始めた。
≪システムオールグリーン システム緊急起動――全武装オンライン完了≫
AIの落ち着き払った声がキャノピーの内部に響き、キャノピーが透過処理されて外の光景を映し出す。体内のナノマシンが瞬間的に活性化し、現在の情報をダイレクトに脳に送り出す。戦闘準備が整った。射出装置の拘束を十字架の機体が自ら破壊しつつ空間に浮かぶ。
そのサンデー・ストライクの前にアンチェインド・サイレンス、その傷ついた機体が姿を表した。体当たりを仕掛けるべく後部ブースターに火が灯り、
「貰った!」
サンデー・ストライクの下部電磁投射砲が唸りを上げて弾丸を連続発射し、汚染されて原形を失いつつあるキャノピーに次々と衝撃を叩き込む。たまらず右へ機体をずらすアンチェインド・サイレンスだったが、既にその方向に機首を向けていたサンデー・ストライクの低出力の波動砲弾の一撃を食らうことになった。
空間に波動粒子の青色が弾け飛ぶ。
低出力――つまりチャージしていないので大した損傷にならなかったが、一瞬だけひるませることに成功した。リンは、すぐさまサイドスラスターなどに点火して距離をとると、追尾ミサイルをロックオン。発射、ミサイルユニットから二つの弾頭が飛び出した。
慌てて回避する腐れアンチェインド・サイレンスだったが、時すでに遅し、追尾ミサイルの一撃を喰らって吹き飛ばされて、格納庫の壁を突き破って宇宙空間へと放り投げられる。その余波は格納庫の崩壊を早め、基地への損傷をさらに増やしていく。
≪拡散波動砲≫
機首に増幅用フィールドが展開し、その空間そのものを歪ませ始める。強大なエネルギーが集束していく。拡散波動砲――R戦闘機に標準装備されている波動砲の無数に存在するバリエーションの内の一つ。
一つの波動砲弾を途中で拡散させることで広範囲のバイドを殲滅、制圧可能な殺戮兵器。
「行けっ!」
≪発射≫
リンはトリガーを引いた。
瞬間、サンデー・ストライクの前方が爆発した。
青い波動砲弾が設定された距離、すなわち壊れかけて穴が穿たれている壁の至近距離で分裂、閃光――爆発。
サンデー・ストライクの後部ブースターが俄かに青い火を孕んで、そして噴き出し、その爆発の閃光にの中に飛び込んだかと思えば、次の瞬間突き破って絶対零度の宇宙空間へと脱出していた。
≪警告 バイド敵性体を確認。バイドのECMにより通信が不可能です。現在ECCMを作動させています。≫
「……分かってるわよ」
サンデー・ストライクの小柄な体は防衛基地から見る見るうちに離れていく。リンは、ある程度のところまできたことを確認すると基地の方へと向きなおった。そこでリンは見た。中型バイド体を護衛している異形の塊を。
筋肉繊維を丸めて丸めて球場にしたかのようなその物体の表面には、意味不明な突起状の組織がある。拡大すると、それは触手が餌を求めるように蠢いている。あんなの、バイドには腐るほどいる。未確認のバイド体がいても特におかしくはない。
基地は――既に破壊されていた。
その破片とも残骸とも言えるそれらにもバイド体や汚染されたドロイドなどがが群がって自らのものに改造せんとして蠢いている。妙な表現だが、いつものことだ。
リンは思考する。
なにもせずに逃げるか、それともバイドに一撃を与えてから逃げるか。
沈黙は数瞬で破られる。
≪拡散波動砲≫
これが大気のある場所であれば独特の集束音を聞くことができるが、今彼女がいるのは宇宙空間。音はせずに、ただ空間が歪んでエネルギーが増幅されていく。狙うのは基地に群がるバイド。無論撃てば基地が破壊されるが、インターフェースを通しての情報が確かなら生きている人間は既にいない。いるとすれば汚染された肉塊だけである。
だからリンは拡散波動砲を撃つべく引き金に指をかけて、
≪敵性――≫
「あぐッ――!?」
衝撃が機体に襲いかかり、リンの体が揺さぶられた。拡散波動砲があらぬ方向へと放たれ、宇宙空間に青い破壊の花びらが開いて消えた。着弾したソレは、大型のミサイル。ただの爆発ではなく、特殊なエネルギーを使用した必殺の兵器。
とっさに三次元レーダーを確認するも、敵の姿は映っていない。映っているのはざらざらとしたノイズのみ。
リンは、己の迂闊さを呪った。
先ほどECMにより通信が不可能だと知ったではないか。元々このサンデー・ストライクは電子戦闘を得意としていない。量産性と整備性を高めるために電子性能を低めにしているのだ。
それを波動砲発射のために低速で、しかも一直線に移動するなど愚の骨頂。
≪警告 中破 メインブースター損傷 電磁投射砲の連射速度低下≫
「――ああああっ!」
――電磁妨害による認識阻害。
それに後押しされた絶対なる一撃に、リンは嵌められていた。
既に死んだと思っていた基地の防衛機能を、バイドは浸食によって取り込んでいたのだ。確かに基地はその機能を停止している。だが、迎撃用の火器は生きていた。電子妨害によって三次元レーダーがほとんど使えない今、低速で移動など危険極まりない。
「……アンチェインド・サイレンス……! 破壊したと思ったのに……!」
――それは肉をより集めたような外見をしていた。
かつての唯一の名残は偵察機独特の大型球状レドームのみといっても過言ではない。電磁投射砲弾が命中したラウンドキャノピーはカサブタのような物体で覆われ、スタビライザーの代わりにバイドの槍状組織が数本生えている。バイドの浸食を受けた個所が心臓の拍動のようにピクンピクンと動く。かつての美しき流線型は、死んだ。
恐らくこの機体の電子戦闘能力を使ったのだろう。電子戦闘に掛けては、この機体は最高性能を誇っているのだ。その証拠に三次元レーダーのノイズがさらに酷さを増した。
「くぅぅ――!」
高エネルギー反応確認。無事なサイドスラスターを作動させることで腐れアンチェインド・サイレンスの全体からわき出るようにして発生したビームを回避した。
≪ミサイルロックオン ジャミングにより誘導性能低下中≫
キャノピー内部を駆け巡るロックオンシーカーがその醜悪な機体を枠内に捉えるや否や、リンはミサイルを二発同時に発射する。連射速度が落ちた電磁投射砲を発射しつつ後退し、拡散波動砲のチャージを開始。前方に波動粒子が集束し始める。
だがバイドはそれを許容しない。
絶叫するようにバイド機の片側の各部から青い光が噴き出して、電磁投射砲弾を発射寸前で射線から逃れる。迫るミサイル二発を迎撃すべく、機体各所から「触手を生やした」。人の筋肉にも似たそれは、針の穴に通すが如く、ミサイル二発をその身をもって迎撃した。
「嘘!?」
さらに追加で触手が伸びる。その先端から意味不明な物体――針に近いものが出現したかと思えば、散弾銃のようにエネルギー弾による弾幕を展開させ始めた。一発一発は弱いが、連続で当たれば致命傷は免れられない。
後退するも、バイド機はそれにぴったりと張り付くように前進してくる。必死に各部スラスターで回避に入るも、メインブースターが損傷した状態での回避はさすがに不可能があった。機体に悲鳴にも似た衝撃が走った。
≪警告 被弾 サイドスラスター作動不良 ミサイルユニット使用不可≫
満身創痍である。
キャノピーには皹が入り、メインブースターは苦しげに薄く青い火炎を吐き出す。ミサイルユニットはねじ曲がり、電磁投射砲には深い傷が刻まれている。
≪警告 多数の熱源の接近を感知 ミサイル14発、来ます≫
元防衛基地辺りから放たれた目玉の形状のミサイルがサンデー・ストライクに襲いかかる。リンは舌打ちをすると、今までチャージしていた拡散波動砲――といっても損傷のせいで相当威力が低下してしまっているが、それを目玉型ミサイルに向かって放たんとして引き金を落とす。
発射。解き放たれた青い波動粒子が一定の地点で炸裂するや否や、バイド機と同じように散弾となって小さいながら「壁」を作り出した。
――爆発。
計14発中の11発の迎撃に成功。だが――。
≪大破 致命的損傷 波動砲発射不可能 主機関損傷率62% ザイオング慣性制御システム及び反重力機関に異常発生。システム停止―――再起動困難≫
「きゃああああああ?!」
3発を迎撃しきれなかった。高速で迫るそれらを必死に身をよじるように回避するも、あまりにダメージを追っていたせいで回避が間に合わなかった。
炸裂すると同時に、スタビライザー全てが電流を伴いながら千切れ飛び、キャノピーの皹が広がって、電磁投射砲を半ばでへし折り、ブースターユニットを粉々に粉砕した。機体が面白いぐらいにくるくる回転しながら飛ばされる。
≪システム、ダ―――ウン、復帰中――≫
「あ……、く、う」
その様子を見ていた元アンチェインド・サイレンス、現バイド機は、ゆっくりとした様子でサンデー・ストライクに接近していくと、触手を使ってその機体を引き寄せた――。
リンが目を覚ましたのは、メキリメキリという奇妙な音のせいであった。
――暗い。
――寒い。
――ここはどこだっけ? ああ、ここは私の機体の中だっけ。
リンは体を起こす。周囲を見渡してみるが、透明なはずのキャノピーはピンクとも茶色とも赤色ともいえぬ奇妙な色に染まっている。どういうことなんだろう、とリンは首をひねる。機体を操縦しようにも、動かない。
だからAIに状態を提示させようとしてナノマシンによる体内通信を開始した――
≪■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――≫
「えっ」
しかし聞こえるのは不気味な叫び声のみ。故障でもしたのかと思って、リンは通信を切った。そして違和感を感じておもむろに下に視線を向けて、思わず声にならない小さな悲鳴を上げた。
……なんだ、これは。
「何、これ――――」
それは自分の下半身ではない。意味不明な細胞組織に覆われた、ナニカ違う生物のモノだ。表面には太い血管が走っている。その血管は、まるで意思が有るかのようにリンの腹部に進んでくる。それは軍服のボタンやチャックといった無機質なモノにまで貪欲に喰らっていく。表面はまるでオリーブオイルでも塗りたくったかのような光沢を帯びている。
唖然とするリン。
その次の瞬間、どこからか侵入してきていた触手が、リンの腹部を一撃で貫いた。
「が――ああああああああああ!!!」
痛い苦しい助けてメイゼお願い誰か熱い暑いそんなのダメ――!
リンの痛覚が爆発した。声にならない悲鳴を上げると、もはや自分のモノではない両脚を動かそうとする無駄な努力をして、まだ動かせる両手で操縦席の前を思い切り叩く。何回も、何回も、何回も。血がにじんでも止めない。止められない。
体内に侵入した触手が、分裂して各内臓を蹂躙していく。毛細血管一つ一つが次々に食い尽くされて、書き換えられて、引き裂かれて、馴染んでいく。
ナニニ? ワカラナイ。
視界が、霞む。
触手が、両足を蝕む細胞が、神経を伝ってもっとも重要な器官である脳に到達する様子を、リンは感じ取った。すると、痛覚が引いていく。未だに無事な耳は、脳味噌の中を這いずりまわる異物の音を聞いた。
否、耳とてその電気信号を脳に伝えなければ聞いたことにはならぬはず。ということは、まだ脳は無事ということなのだろうか。
「―――やめて……駄目! 駄目!!」
触手が、何かよくわからないモノが、脳の中で花開く。
脳だけじゃない。
目が、手足が、腹部が、心臓が、血液が、骨髄が、髄液が、神経細胞の繋がりが。
細胞が冒されていく。境界線が消えていく。
ナノマシンが狂ったように這いずりまわり、体を攻撃している。
どこかで血液が噴き出したが、その血液は粘りを帯びて糸を引く。
「メ――い、……ゼ」
記憶が引きずり出される。
生まれた時の記憶、軍に入った時の記憶、恋人の記憶、他にも色々な――。
視界が様々な色に染まっていく。それは美しくもあり、世界の終焉を思わせる毒々しく、そして禍々しい気配を秘めている。音もそうだ。まるで天国の天使が演奏しているかのような、それでいて地獄の罪人の絶叫にも聞こえる音が頭に響く。
リンの首の十字架が、誰に動かされるでもなく、宙に漂い始めた。
だが、それだけであった。
あとがき
なんだか途中でブーストというかエンジンに点火してしまって、猛烈な勢いで書き上げました。グロい描写が多いですけど、このぐらいは許容範囲です(何)。
リンさんかわいそうですけど、バイドってのは汚染したらこのぐらいはやると思うんですよね。メイゼが知ったら発狂モノです。
感想・批評・矛盾点の指摘などお願いします。それではっ。
最終更新:2009年01月24日 14:45